これは、ルルド村の人達のために必要な農具などを買って回っていた頃の話。
私達は王城に滞在させてもらって過ごしていた。
「村やアトリエのみんなは、元気にしているかしら……」
ルルド村の獣人やゴブリン達、そして、アトリエの仲間であるスラちゃんとメイプル、ソックス。明るい庭の景色を眺めながら、彼らのことを思い浮かべた。
その時。
「チセ、いるか?」
アルの声とともに、ドアをノックする音がした。
早足で鏡の前に行って、自分の身嗜みが大丈夫なことを確認する。
「大丈夫よ。入ってちょうだい」
するとドアが開いて、アルが顔を覗かせる。
「今日は特に村へのお土産とかじゃないんだけどさ。まだ日にちがあるから、一緒に街を散策したらどうかと思うんだ。城に閉じこもっていてもつまらないだろう? どうかな?」
アルの言葉に、私はしばし考える。
確かに、お城のお部屋にいても、一時的に私付きになった侍女さんとお茶をするくらいだしなあ……。
「うん、いくわ!」
私が返事をすると、アルが、ぱあっと喜色を浮かべる。
「じゃあ、支度をしておいて。あとで迎えに来るから!」
私に手を振って見せてから、彼は上着を翻しながら背を向けて扉を閉めた。
「じゃあ、お出かけにあう服に着替えないとね」
私はクローゼットに向かう。
扉を開くと、アルのお母さまが侍女に揃えさせてくれたというワードローブが並ぶ。滞在中、困らないようにとの配慮で、城で寛いでいる時、城下へ降りる時、城内のかしこまった場所で着られるようなものなど、私には充分すぎるほどの服や小物が揃えられていた。
えーっと。
まだまだゆっくりと約束したといっても、一応は想いを伝えあった仲。ということは、これから二人で城下町に散策に行くというのは、デートのお誘い?
──ドキドキしちゃう。
彼と街歩きをするのは初めてではない。
けれど、特に理由もなく二人きりで歩く。そのお誘いを受けるというのにときめきを感じた。それも、相手はまるで、いや、実際に王子様であるアルフリートだ。
──夢みたい。
もう一度心の中で確認する。
前の人生、二十九歳で仕事は忙しすぎたし、なんとか一人で食べていけるくらいは稼げていた。だから、なんとなーく、「このまま一人で生きていくんだろうなぁ」なんて考えていたし。
そういうものに憧れていたものの、自分からという積極性もなく、恋愛や結婚は周りの誰かが叶えていく、夢のようなものと思っていたのだ。
──でもこれって、デートよね? 私だけがそう思っているわけじゃないよね?
嬉しさと恥ずかしさで頰が熱くなる。
クローゼットの横に備え付けられている姿見を見ると、鏡の中に映る私の頰は赤く染まっていた。私の猫耳の中の方のピンク色の部分まで、なんだか赤くなっているみたい。
あ!
ぼうっとしていたら、アルを待たせちゃう!
私は自分の両頰をパチンと軽く叩いて、気持ちを切り替える。
「何色の服にしようかしら……」
デートなら、何かしら色味とかも考えた方がいいかしら?
私の髪はシルバーグレー、瞳は空色。
アルフリートの髪は金色、瞳は蒼。
──彼の瞳の色に合わせて、濃い蒼のワンピース?
そう思いつき、藍色に近い蒼のワンピースを手に取ってみて、私はボンッと火が出るように頰が熱くなるのを感じた。
あれ? 蒼い瞳のアルと、その色のワンピースの私が並んで歩く……。
──わわわわ。ちょっと待って待って!
ちょっとそこまではやりすぎじゃないかしら? 早いよね?
私は真っ赤になっているであろう頰を、手のひらで冷やす。
そうして胸のドキドキと頰の熱が冷めてから、もう一度ワードローブを眺める。やっぱりここは、私の色に合わせた水色が無難かしらね。そう思い直して、ワンピースを手に取って、着替えをし、鏡台で髪の毛をまとめる。飾りのリボンはワンピースとお揃いに。
「出来たわ!」
顔の角度を変えて確認していると、部屋のドアをコンコンと叩く音がした。
「チセ。準備は出来た?」
アルの声だ。
「うん、出来たわ。今行くから待ってて……」
「あ、出かける前に話したいことがあって。中に入ってもいいかな?」
何かしら?
でも、確かに話があるなら、室内で落ち着いての方がいいわよね。
私は、彼を迎え入れるために、ドアへ向かう。
「どうぞ、アル」
私はドアを開けて、笑顔で彼を出迎えた。
アルは街歩きに合うような軽装だった。濃い青の上着に、一つにまとめた金の髪が映えてよく似合う。
「話って、座っての方がいいかしら?」
「えっと……そうだな。その方が落ち着いていいかもしれない」
少し辺りを見回して、アルが返答した。
なんだか、アルが少し落ち着きのないような……?
一瞬そんな気もしたけれど、あまり気にしないことにして、私はテーブルセットの方へ彼を案内した。そして、二人で向かい合って腰を下ろす。
「今日の服可愛い。チセによく似合ってるよ」
真っ直ぐに褒められると照れ臭くて、私ははにかんで少し俯く。
「どうした?」
「ちょっと恥ずかしくて……」
覗き込んで尋ねてくるアルに、私は小さな声で答えた。
「ねえ、チセ」
「なぁに?」
なんだろうと思って顔を上げると、今度はアルがなぜか顔をやや赤らめて、口元を片手で隠していた。
「もう少し恥ずかしいこと、……お願いしてもいいかな?」
──え。何。
もっと恥ずかしいって、何!
私が頭の中でいろんなことをぐるぐるさせていると、アルがテーブルの上に小さな小箱を差し出してきた。
「これを……受け取って、身に付けて一緒に出かけてくれないかな?」
なんだろう?
「これを、私に?」
「うん、受け取って欲しいんだ」
「開けてみてもいいかな?」
「もっ……勿論!」
なんだかお互いドギマギしたやりとりをしたあと、私は差し出された小箱を手に取って開ける。
「うわぁ、……綺麗」
それは、濃い蒼色の小さな宝石の付いたネックレスだった。中心に置かれた蒼い石の周りには、小さな無色透明の石が数個あしらわれていた。
「……蒼色……。これって」
身につけようとしてやめた濃い青のワンピースが、頭の片隅をよぎる。アルの瞳の色とお揃いになっちゃうから、辞めたんだよね?
「そう、俺の目の色」
そう告げるアルの顔は真っ赤だ。
「その……兄さんが、恋人ならしっかり捕まえとけって……。その、アクセサリーの一つでも身に付けさせろって煩くてさ……。けど、そういうの早いかなと俺は思ったんだけど。でも、恋人に身に付けてもらうんだったら、ほんの小さな石でも、俺の色だったらいいなって思って……」
そうして、顔の下半分を手で隠したまま呟くアル。
その告白に、ネックレスが納められた箱を持つ私の手が小さく震える。
「アル……」
私はアルに見られたくなくて俯いた。
「ご、ごめん……! 急がないって約束したのに、やっぱり早かったよな! ……って、チセ?」
顎にアルの手を添えられて上向いた私の顔を見て、アルが驚いたように目を見開く。
私が、泣いていたから。
「チセ……」
間違いをなかったことにしようと、アルは私が手に持った小箱を取り戻そうとする。けれど、私はその小箱をしっかりと握りしめて首を横にふった。
「ちが……っ」
私は、頰に温かい涙が伝うのを感じながら勇気を振り絞って言葉を紡ぐ。
「嬉し、かったの……」
「チセ……」
「嬉しかったの! 恋人って言ってくれて、あなたの色を身に付けて欲しいって……!」
こんなに嬉しいことってないじゃない。
だから、半分涙声で、嬉しかったのだと、そう告げた。
「チセ……。ありがとう。そう言ってもらえて、俺も嬉しい」
ほっとしたような顔をしながら、アルがポケットから真っ白いハンカチを取り出す。そして、私の濡れた頰を優しく拭ってくれた。
「ねえ、アル」
「なんだ?」
「このネックレス、アルにつけて欲しいんだけど、いいかな?」
頰を拭ってくれるその至近距離でお願いすると、アルの顔がみるみるうちに赤く染まっていく。
「ちょ、チセ……」
アルは顔が赤いまま。
「お願い」
いいよね?
私だって泣いちゃうくらいびっくりさせられたんだから。
私はアルに彼の色のネックレスを首につけてもらった。
そして、二人で街へと繰り出したのだった。