書き下ろし後日譚② みんなで村おこし
ルルド村へ到着した私は、アルの背から降り、久しぶりのルルド村の地を踏んだ。
「おかえりなさい!」
そう言って私に駆け寄ってきて抱きついてくるのは、メイプル。
「おかえりにゃん!」
私のスカートの周りを回ってステップするのはソックス。
「チセ、おかえりぽよ!」
ぽーんと大地を跳ねて、私の頭の上に飛び乗ってくるのはスラちゃんだ。
村人になったゴブリンたちも、歓声を上げて周りで飛び跳ねている。
私は彼らにわちゃわちゃともみくちゃにされた。
アルは竜の姿のまま、村の獣人たちの手を借りて、荷物を下ろしてもらっている。そして、竜型を解いて人型に戻った。
彼は獣人たちと一緒に運んできた木箱を開ける。村人たちの農具が入った木箱を開けて、その中身があらわになると、村全体から歓声が上がる。
「これはルルド村の皆のために買ってきた物だ! 村のためならば、遠慮なく使うといい!」
アルが、集まった村人たちを見回して、高らかに宣言した。
獣人は彼らに合わせた一般サイズの新品のクワを手にして、それを掲げて嬉しそうに笑う。
「おいらでも持てるぞー!」
ゴブリンたちのために特注したクワやシャベルを持った子たちも、実際に土を掘ってみたりして嬉しそうに遊んでいる。
そして、もう一つの木箱、二頭のまだ眠っているロバの姿を目にすると、一際大きな歓声が上がった。
「これは、農耕用に使うロバだ。彼らに引かせる鋤もあるぞ! これでだいぶ農作業も楽になるだろう!」
アルが再び村民に説明している横で、小さなゴブリンがくいくいと私のスカートを引っ張ってきた。
「チセ様」
「なあに?」
「あれ、俺たちより大きい。怖くないか?」
遠目にロバを見ながら、彼はロバを指さしている。
そんなゴブリンを安心させたくて、優しく頭を撫でてやる。
「大丈夫。あなたたちと一緒に作業が出来るような、優しい子を選んできたわ」
少し屈んで、そのゴブリンの手を掬い取って手を繫ぐ。そうして、一緒にロバのそばに歩いていった。
私とゴブリンは、ロバの前に並んで立った。
「チセ様。こっ、こいつは蹴ったり嚙んだりとか、しないか?」
自分より背の高いロバを前に、ゴブリンは若干腰が引き気味だ。
「大丈夫。こうして、優しく鼻面を撫でてあげれば、応えてくれるわ」
お手本を見せるように、私はその子を撫でてやる。すると、ロバは気持ちが良さそうに目を細めて、鼻をすり寄せてきた。
「ね、大丈夫でしょう?」
隣にいるゴブリンが、ごくんと喉を鳴らしながらも頷いて、自分もとロバに向かって手を伸ばす。
すると、ロバは背の低いゴブリンに合わせて、首を下げてきた。そして、素直にその手に撫でられる。
「ほ、ほんとだ! 大丈夫だ!」
ひとしきりロバを撫でたあと、ゴブリンは村人たちのいる方へ体の向きを変えて、両手を上げて報告する。
そんな彼を、獣人、ゴブリンと種族を問わず、みんなが目を細めて見守っていた。
そうして、ロバの周りに村人たちが集まってきた。私は、農具が置かれている場所にいるアルのそばに歩いていった。
「アル。ロバは村人たちと仲良くやれそうよ」
「そうか、よかった」
彼に報告すると、彼も嬉しそうに目を細める。
「アルフリート様、チセ様」
そんな時、人々の奥にいた村長が、私たちのそばにやってきた。
「村長さん」
「お久しぶりです」
私とアルが再会の挨拶を口にする。
「農具にロバに食糧に、村のために本当にありがとうございます。どうお礼をしたらよいか……」
私たちが王都から持ってきた品の量を見て、施しとして受け取るには申し訳ないといった様子で、村長さんが言葉尻を濁す。
「構わない」
「ですが……」
そんな村長さんに対して、アルが柔和な笑顔を浮かべて首を横に振った。
「父上は、国王陛下はこの村を俺が治めろと言った。ならば、その民のために必要な物を用意するのも統治者の務めだ。それに、そもそも買ってきたものの資金源は俺の剝がれた鱗。不用品をこれからのために使う。それでいい」
アルがそう言い切った。
「アルフリート様……!」
「アル……」
私は、そんなアルの横顔を見て、彼への頼もしさと喜び、優しさを感じて、彼の手を取って握り締めるのだった。
◆
新たな道具やロバが加わって、急ピッチで村の開拓は進んでいる。
私は、その村の光景を眺めていた。
「ねえ、スラちゃん」
「どうしたぽよ?」
私の頭の上で揺れるスラちゃんが、返事をした。
「新しい農具やロバのおかげで、だいぶ開拓スピードも良くなったわ。でも、私に何かしてあげられることはないかしら?」
もちろん、私が農作業に加わって一緒に土を耕すのに精を出すという方法もある。けれど、私自身の身体能力はたかが知れている。
──スラちゃん鑑定曰く、力は『猫並み』らしいしね。
でも、私には神さまに与えられた力がある(半ば押しつけのようなものらしいけれど)。
だったら、それを有効利用出来ないかと思ったのだ。
スラちゃんは私の最大のギフトらしい。そして私の能力を知っている。だったら彼にアドバイスを求めるのが的確だと思ったのだ。
「チセはまだ、土の精霊を呼んだことがないぽよ。彼らは大地のエキスパートぽよ。彼らを呼ぶぽよ!」
私の気持ちを察してか、今日のスラちゃんは優しくて、素直にアドバイスをくれた。
「ありがとう、スラちゃん!」
私はスラちゃんに感謝してから、両手を空に掲げた。
「土の精霊さん、力を貸してちょうだい!」
すると、アクアやシラユキとは違って、空中にではなく、土の中からたけのこのようににょきにょきと黄色い小さなおじさんたちが生えてくる。見た目はあれ。白雪姫の七人の小人たちのような、とんがり三角帽子をかぶった、そんな容姿である。
「なんだいなんだい。ようやく聖竜の巫子のお呼びかい」
──ずいぶん私も有名人なんですね。
アルのご家族だけでなく、土の精霊にも『巫子』と呼ばれて、思わず心の中で突っ込んでしまった。
と、ツッコミは置いといてっと。
「土の精霊さん。私たちはこの村の畑を増やそうとしているの。住人が増えたから、作物がもっと必要なのよ。大地のエキスパートであるあなたたちに、何かいい知恵はないかしら?」
小さな彼らに合わせて、私はしゃがみ込んで尋ねてみる。
すると、精霊の一人が地面の土を手に摘まんで口に含んだ。
「うん、この土地は悪くない。だけど、手っ取り早く栄養豊かに育てるなら、森にある腐葉土を混ぜた方がいいな」
「腐葉土? それって森にあるの?」
私は前世の知識でその名前は知っていた。確か、ガーデニングとかをする時に、ホームセンターで買う物よね。それが森とどう関係があるのかしら?
前世では、鉢植えで時々お花を買っては枯らしてしまう残念女子だった私が首を捻る。
「お前、そんなことも知らんのか」
精霊さんに盛大なため息をつかれてしまった。
「知らないものは知らないの。意地悪しないで教えてちょうだい」
そう言って教えを乞うと、やれやれ仕方がないといった様子で精霊さんが頷いた。
「仕方がない。大事な巫子の願いだ。きちんと大地のことを教えてやろう」
精霊さんが一人だけ私の肩の上に乗って、その他の子たちは大地の中に消えていった。
彼に、私とスラちゃんと精霊さんだけでは人手が足りないだろうと指摘されて、獣人とゴブリン二人ずつを代表として伴って、一緒に森へ向かうことにした。
そして一匹のロバが休憩中だったので、その子に荷車を引かせ、その中にスコップやシャベルを載せて運んでいった。
程なくして私たちは近場の森に足を踏み入れた。
森に入ると、足元は柔らかくふかふかしている。
「それだよ、それ」
私の肩に乗っている精霊さんが地面を指差す。
「これ?」
私は、ふみふみと足を踏み締めて、そのふかふかの細かく柔らかな土を踏んだ。
「まったく、この巫子ときたら、おっとりというか、なんというか……」
また精霊さんがため息をついて肩を竦めている。
──もう。ちょっとわからないくらい、優しく教えてくれてもいいじゃない。
私は知らず知らずのうちに、唇を尖らせていた。
「ああもう。拗ねるな。そのふかふかのやつが、腐葉土って言うんだ」
「これが腐葉土」
私はしゃがみ込んで地面を見つめた。そこには自然が、その営みを以って作り上げた腐葉土があったのだ。
「枯れ落ちた落ち葉を、ミミズなんかの虫や微生物が長時間かけて分解する。やがて葉が崩れて土のように変化して堆肥の一種になる。それが、ここ一面に敷き詰められた腐葉土だ」
「おお! 森にこんな恵みがあったなんて!」
「すごいゴブ!」
一緒にやってきた獣人とゴブリンたちが歓声を上げる。
「早速これを村に持って帰りましょう!」
獣人たちが大きなスコップを持ち、ゴブリンたちも手に小さなシャベルを持つ。私もシャベルを手に持って、みんなで協力して腐葉土を掬っては荷車に積み上げる。
それを、スラちゃんと精霊さんが、笑顔で見守っていた。
私たちは、たっぷりの腐葉土を荷車に積み終えると、ロバに引かせて村へと戻る。
「チセ、おかえり!」
村人と一緒に農作業をしていたアルに声をかけられた。
「ただいま、アル」
彼に応えてから、私はすうっと息を吸う。
「みんなー! 畑の栄養になるものを採ってきたわ! 肥料よ!」
そして、畑作業をしている村人たち全員に届くように、私は大きな声で知らせた。
「え? 肥料?」
作業をしていた村人たちが、その手を止めて農具をその場に置いてこちらにやってくる。
「これは?」
荷車に載せられた腐葉土を見て、村人たちが首を捻った。
「これは腐葉土。森が作った天然の肥料さ。これを耕した土に混ぜるんだ。そうすれば、作物がよく育つようになる」
「おお! じゃあ畑を整える時には森へ行けば……!」
「ちょっと待った!」
精霊さんの説明に一瞬盛り上がった村人たちに、精霊さんから「待った!」の声がかかる。
「全く。本来これは、森が森を維持するために作ったものなんだ。今回は時間がないから拝借しただけだ。これも時間をかければ自分たちの手で作れる。またあとでそれは教えるから、森ばかりに頼るんじゃない!」
「はい……」
私の肩でふんふんと鼻息荒く説教をしだした精霊さんに、村人たちがしゅんとなる。
私も村人たちとおんなじように、安易に考えていたわ。でも、精霊さんの言うとおり、確かに森は自分たちのために腐葉土を作っているはず。あんまりもらってばかりいてはいけないわね。
村人たちと一緒になって、私も反省することにした。
とはいっても、みんなでいつまでもしゅんとしていても、作業の手は進まない。
「みんな! 腐葉土の作り方はあとで精霊さんに教わりましょう! そして、今は、さっき森から分けていただいた腐葉土を使って、畑を整えましょう!」
沈んだ雰囲気を吹き飛ばしたくて、みんなにはっぱをかける。
「ああ、お前ら、そんなに沈み込む必要はない! ほら、やるぞ!」
肩にいる精霊さんも声が明るくなって、みんなに作業を促す。そして、一度一人に減っていた土の精霊さんは、再び土の中から十人ほど生えてきた。
そうして、再び農作業が始まる。もちろん私も参加した。
畑をならしていると、ちょうどアルとすれ違いになって、その顔に笑い合う。
「アル、鼻に土がついているわ」
「チセ、そういう君もほっぺたが汚れているぞ」
メイプルもソックスも村人に交じってお手伝いをしているし、スラちゃんは力にならない分号令や声援をかけている。土の精霊さんは技術指導に熱心だった。