第十一章 神さまはそんなに甘くない
私はこの世界にスローライフをしに来たんんじゃなかったっけ?
来る時に、神さまと約束したはず!
王子様の番とか、聞いてない!
わいわいと賑わうご家族の中で、私一人が頭をぐるぐるとさせていた。
一体どうなってるの!
あ、そうだ。頭の中の辞書に聞けばいい。きっと身分差とかで結婚出来ないとか、何かオチがあるはずよ!
私は、未だかつてないくらい必死に、頭の中の知識を引っ搔き回した。
『竜族の番』
あった。これだ!
『竜族の伴侶として長い生を共にする者。竜族が初めて異性を背に乗せることは、
そんなルール、聞いてないから。
えっと、身分差とか、種族違いとか……。
『竜族は婚姻にあたって種族差をあまり意識しない。同族を求める者が多いが、他種族から番を見出すこともある。それに対する反発も少ない』
フリーダムな種族なんですね。
って、違う! そこじゃない!
頭の中のどこをどう探しても、私が求めるような答えは見つからなかった。
『いい加減、諦めたらどうだぽよ?』
はい?
鑑定だけではなく、私の脳内辞書までも、スラちゃんに乗っ取られたらしい。
って、スラちゃん!?
『そうだぽよ~♪』
能天気な声が頭の中に響く。スラちゃんって、確かルルド村に残してきたわよね?
『そうだぽよ? でも僕は特別製だから、こうやってチセと話が出来るぽよ』
特別製って何だろう?
というか、この遠距離で私の思考がスラちゃんにダダ漏れなのってどうなのかしら?
『君の一番の
えっと、それはどういう……。
『君の異世界スローライフと、与えられた使命を遂行するためのサポート役として神が遣わされたのが僕だぽよ』
使命? 使命って何。聞いてないよ?
『チセは考えが甘いぽよ。聞いてなくても、何事にも与えられる物には対価という物が必要なんだぽよ。世の中とは、そうやって
いや、最初に神さまは、「君が為した善行の分、贈り物をしてあげられる」って言ってたじゃない……!
『チッチッチ。だから、チセは甘いぽよ。君が命を賭して命を救ったことに対しては、君が望む新天地で命を与えるということで対価は相殺されてるぽよ」
え。それって、異世界転生とかで聞いてないよ?
善行してトラックに轢かれて転生したら、チートもらって異世界で……って、お約束なんじゃなかったの!?
『……君、ゲームとかアニメとかそういうの、見過ぎ』
スラちゃんに突っ込まれた。
『君が最初に望んだ希望はささやかすぎて、神が君に与えたかった使命と比べると、些か軽すぎたんだ。だから、神は君に追加でオプションを盛り込んだんだぽよ』
はい?
『まあ言い換えると、ぶっちゃけ押し付けたんだよ。望んだ物以外に、
ぶっちゃけられた。
というか、聖竜って……アルだよね?
スラちゃんの言うとおりだと、神さまは私の望みを叶えるために転生させてくれたんじゃない。
私にアルを目覚めさせるという使命を持たせるっていうのが、主な目的だったということだ。
ちょっと待って。勝手すぎない!?
『だってチセ、竜に乗って空を飛びたいって言ったぽよ? 望みどおりだろう?』
私は、がっくりと項垂れた。
『いや~! アルフリートがガルドリードを殺そうとした時は焦ったぽよ。もしあれが実行されていれば、アルフリートが聖竜に目覚めるどころか、心を病んだ邪竜や闇竜に変質してしまったかもしれないからね! チセの説得には感謝してるぽよ! 本当に君はやっぱり世界の救世主ぽよ!』
そんな私の気持ちには気づかないのか、スラちゃんが今度は私を称賛し始めた。
──聖女や巫子を通り過ぎて、世界の救世主か。
もう、ため息しか出ない。
私は相変わらず項垂れたままだ。
それを見てようやく気づいたのか、スラちゃんが私に優しげに語りかける。
『神さまは、何も考えずに君にアルフリートを番わせようとしたわけじゃない。君たちは元々魂レベルで相性が良かったんだぽよ。だから、チセが選ばれたんだぽよ。そして、次元を跨いで君を送り込んだんだ。出会うべくして出会った、運命の相手と言ってもいいぽよ!』
理屈はわかった。
でもひどい、ひどすぎる。
神さまは勝手だ。
私は頭を支える両手をそのままに、頭を横に振った。
「……チセ、チセ?」
そんな私に気がついて、アルが声をかけてきた。
「俺の伴侶なんて、いや、だったかな……」
アルが、少し傷ついたような顔で苦笑した。
その顔はまるで捨てられた子犬のようだ。
「違っ……。私、竜族のそういうしきたりとか知らなくて。その急すぎて……」
嫌なのだろうか、あまりにいろんな情報が飛び込んできすぎて、私の頭はパンク状態だった。
「そうだな。チセは変なところで世間に疎かったな。……そういうことをきちんと説明した上で背に乗ってもらえばよかったな」
「ごめん」と呟くと、アルが悲しそうに微笑んだ。
ご家族も、ハラハラした様子で私たちを見ていた。
私を見つめるアルの瞳が、秋の風に吹かれたように悲しげに潤んで揺れる。
どう、しよう。私は頭の中で逡巡する。
アルのことは嫌いじゃない。
嫌いじゃないだけなのだろうか。
「……私、は」
次の言葉を出そうと、私はアルの腕を摑んだ。
アルがみんなに指示すると、みんながきちんとまとまった。頼りになる人だなって思った。
時々憂いを帯びる横顔は、なぜなのだろうと気を揉ませられた。
けれど、殻を破ったアルは、急に大人になっちゃって。
彼を少年だと思おうと言い聞かせていた、私の思考が追いつかなくなった。
一度手を繫いだきりの彼の大きな手は、逞しく、温かだった。
二人で並んで仰ぎ見る空は明るく青く、空気も澄んでいた。
彼と一緒にいるだけで──世界は、私の心は、幸福に満たされたの。
「私は、あなたのことが嫌なわけじゃない」
「うん」
「多分、好き……なんだと思う」
「……チセ」
私が摑んでいたのは、片方だけだったから、もう片方の手も彼の腕に添えた。
そうして、一つ息を吐いて、大きく吸い込んだ。
「私は、あなたが好き。……でも、それは求婚だとか、いきなりじゃなくて。その、ゆっくり考えさせて欲しいの」
何もかもが、私には急すぎた。
だから、ゆっくり考える、自分に言い聞かせる時間が欲しかったのだ。
「大丈夫。驚かせたり、答えを急がせたりしないよう、配慮するよ。……でも、俺が君のそばにいることを許して欲しいんだ」
「私こそ……アルに、そばに……」
「……うん」
言葉尻は小さくなってしまったけれど、私は今の想いを頑張って伝えた。
急に目の前が暗くなって、私よりもだいぶ背が高くなったアルが、私の方へ屈んだのだと気がついた。
私は反射的に瞼を閉じる。
そして気づいたその瞬間、額に柔らかく温かいものが触れた。
──キスだ。
私は額に口付けを受けていた。
「驚かせないって、言ったそばから……」
私は、その感触に全く嫌な感じがしなかったから、その口付けを受けながら笑った。
瞼を閉じていると、アルの息遣いを間近に感じた。
「そうだな」
アルの唇がそうっと離れていって、その温もりが離れていくことに、私は少しの寂しさを感じる。
「そうだよ」
「じゃあ、抱きしめるのは許して欲しい」
「仕方がないなぁ」
くすくすと笑い合いながら、私はこてんと体の重さを彼に預け。
そして、アルがその体重を受け止めて、ふんわりと抱きしめてくれたのだった。
私たちの抱擁がしばらく続いたあと、「ゴホンゴホン」と咳払いの音が聞こえた。
──ちょっと待って! ご両親の前じゃない!
私は、ぎゅうっと両手でアルを押しやって、熱くなった頰を両手で覆う。
憎たらしいことにアルは余裕なようで、お父さまに「まあまあ」なんて言っている。
「アルは、これからどうするつもりなんだ? 今の話だと、彼女と一緒にいたいんだろう?」
お兄さまがアルに尋ねた。
恥ずかしいことに(当たり前か)、私たちの会話はご家族に丸聞こえだったらしい。
「これからも、ルルド村……チセのアトリエに住み続けたいと思っています」
あれ?
国を守護する聖竜さまがうちにいていいんだっけ?
私は驚いてアルに確かめるように、彼を見上げた。
「ならば、ルルド村を聖竜の里として聖地に認定しよう。ルルド村も、アルの直轄地としよう。そして、聖竜がそこにいるというのであれば、この国の民も一生に一度はその姿を見たいと巡礼に赴くだろう。良き統治をすれば、将来きっとその村は栄えることになる」
「でしたら、王都から聖地までの道を整備しないといけませんね!」
お父さまとお兄さまがやる気満々といった様子で頷き合っていた。
「まあ、それは素敵。いっそ神殿でも作ったらどうかしら。アルの力を目覚めさせてくださったのなら、チセさんを神殿の巫子に認定してもいいかもしれませんね」
「おお。どちらもいい案だな!」
お母さまとお父さまが盛り上がっている。
でも、今欲しいのは巫子だの神殿じゃなくて、焼け落ちた家の修復よね。
そして丁重に巫子は辞退したい。
「聖地となって、道が整備されれば、人の往来も増えて村も次第に潤うことでしょう。私たちは、道が整備されてゆく間に、村を綺麗に整えたいと思います。今回の件で、焼けた家も直さなければなりません」
「ああ、そうだったな。焼け落ちたままでは生活も立ち行くまい。早々に手筈を……」
「父上。兵士に私が以前赤竜だった時のツノと、剝がれ落ちた鱗を預けております。あれを国に買い取っていただきたいのです。村人たちの生活のために必要な物を購入する、資金が欲しいのです」
「ならば、財務卿に話を通しておこう」
「ありがとうございます」
結局、神殿云々はまだあとにして(それでも、そのうち出来るらしい……)、村の復興を優先することになった。
そうして、私たちは換金手続きが済むまで王城に滞在することになったのだ。
◆
ところ変わって、ガルドリードの実家の侯爵家の地下の幽閉室。そこにガルドリードは囚われていた。
その部屋には必要最低限のベッドやトイレといった家具があるほかには、机と椅子があるのみだ。地下の幽閉室にはだから、小さな窓しかない。その窓以外にはカンテラしかが唯一の明かりはなかったであり窓もない。そしてその机にの横の本棚には、この国を建国した王の伝記やら手記やら、建国に至った歴史書、赤竜王に従った黒竜族の歴史、道徳を問う本などがぎっしり詰まっていた。
そして、入り口はまるで牢獄のような鉄格子。そこには屈強な竜騎士が二人監視のために立っていた。
その鉄格子の向こうから、ガルドリードの父ヴァルドが、息子に声をかけた。
「ドレイクどころか、翼もなくドラゴンブレスも吐けない、ドラゴニュート並になってみて、どんな気分だ。貴様の嫌っていた以前のアルフリート殿下以下の姿だ」
あまりの愚息のしでかしを受けて、息子に対する呼びかけも、貴様に変わっていた。
「……っ!」
「アルフリート殿下はお優しいことに、殿下の回復能力が向上した暁には、貴様のその姿を治すことも考えてくださっているらしい。しかも国王陛下は、他の関わりのない黒竜族は連座なしと決めてくださった。……貴様にこの寛大な処置が理解出来るか」
「……」
「無理だろうな。しかも、これらの処置を提案してくださったのは、貴様が傷つけようとしたアルフリート殿下とその巫子さまのお口添えによるものだそうだ」
「……そんなものは要らねえ!」
「いい加減にせんか!」
ヴァルドは囚われた息子に向かって怒鳴りつけた。
「お前の母は、お前が囚われ帰ってきてから泣きどおしで部屋から出ることも出来ない。貴様のやらかしたことのショックと、その身の有様と。そしてそれに対する寛大な処置に王家に顔向け出来ないと言ってな」
「……母上が……」
「陛下やアルフリート殿下は、貴様に更生の機会を与えると言ってくださった。だが、まずそれを見極める私や後継であるお前の兄の目は厳しいと思え。簡単に出す気はないし、私たちの目を欺こうとしても無駄だ」
そうして、ガルドリードは期間未定の囚われの身となったのだった。
その数日後。
「ガルドリード!」
「母上!」
ガルドリードが駆け寄った鉄格子を摑むと、ガシャンと金属音が響いた。幽閉室にガルドリードの父がガルドリードの母を伴ってやってきたのだ。
「こんな姿になって痛々しい……。いいえ、断罪を思いとどまってくださっただけでも十分だわ」
そう言うと、ガルドリードの母親は涙を流しながら、鉄格子を摑むガルドリードの両手に覆いかぶせるようにして手を握った。
「……母上」
「ガルドリード。どんな罪を犯したとしても、私はあなたが生きていてくれて嬉しい。私には、あなたしかいないのだもの。あなたを失ったら私には何も残らない。私にはあなたしかいないから」
「……はは、うえ……」
再びガルドリードが呻くように呟いた。
彼女の言うとおり、ガルドリードの母が産んだ子は彼のみだ。彼の兄は正妻が産んだ子。ガルドリードは第二夫人である彼の母が産んだ唯一の子だったからだ。
たとえ自暴自棄になっていたガルドリードとはいえ、そんな母に切実な想いを訴えられれば、頑なだった彼の心も揺れる。
「陛下と殿下はあなたに更生の機会をくださったと聞いたわ。それに加えて、私たち一家や黒竜族への連座はなしと裁決してくださったの。お願いよ、ガルドリード。あなたには、その厚意に誠実に応えて欲しいの」
「けれど、恥辱に塗れて生きるなんて……。いっそ……!」
「やめて!」
ガルドリードが「いっそ死んだ方が」と言いかけようとすると、まるで叫び声のような悲痛な声が地下に響く。
「……母上」
ガルドリードの母が、涙を頰に伝わせながら首を横に振る。
「あなたは竜族としての誇りである翼とブレスを吐くための器官を失った。それを背負って生きるのは、あなたには耐えがたいことでしょう。でもあなたは罪を犯した。私はあなたにまず自分の犯した罪について考えて欲しい。そして、罪を償いながら生きる
それを伝えると、彼女は夫から手渡されたハンカチで頰を拭った。
「ガルドリード。陛下や殿下がお前にかけてくださったご期待だ。私たちも、お前にはそのご厚意に誠実に応えて欲しい」
「父上……」
そして、夫婦で顔を見合わせて頷き合った。
「また来るわ。時間はたくさんある。きちんと考えておいて」
そう言い残して彼らは幽閉室前から立ち去っていった。
「……罪を、償って生きる……方法」
両親が去ると、ガルドリードはフラフラと力なく机に備え付けられた椅子に腰を下ろした。そして項垂れた頭を両手で抱える。
最初は小さな子供の我儘だった。それを拗らせ思うままに事態を大きくした結果、自分が生き延びることを懸命に訴える母を残して逝くのが正しいとも思えなくなってきていた。
ガルドリードの心が大きく揺らいだ。
「……俺が、生きる……」
そうしてしばらく経つと、顔を上げて茫然としながら机の横にある本棚の本に目を留める。
「……俺は、どう生きたらいい……? いや、生きていていいのか?」
ガルドリードが椅子から立ち上がる。彼の指先が答えを求めるかのように本棚を彷徨う。
ちょうどその時、雲間から月が顔を覗かせ幽閉室に一筋の光が差し込み、ガルドリードの足元を照らすのだった。