しばらく進むと、ポツポツと村や町が散見されるようになり、その密度が濃くなってくると、大きな街と見られる都市らしきものも見つかるようになった。

 一本しかなかった細い道はやがて集まって街道になる。

 村落や都市では家畜も飼われているようで、牛や馬、山羊のような生き物も遠目で確認出来た。

 人種は、獣人、ドワーフかハーフリングかと思われる小さな人、頭部が竜の者もいた。

「ねえ、アル」

「どうした?」

「あそこにいる、頭や尻尾が竜で体は人間の人たちと、アルたちは違うの?」

「ああ」と気がついたようにアルが答える。

「ルルド村にはドラゴニュートはいなかったから、チセが知らなくても当然か」

「ドラゴニュート?」

「そう。彼らは、遠い祖先が竜と交わったと言われている亜人だ。純血かそれに近い竜族と彼らは一応区別されている。それともう一つ違いがあって、俺たち竜族は、竜型、じんけい、人型に翼を生やした形にへん出来るんだが、彼らはあの容姿で固定されている」

 なるほど。

 竜に似ているといっても、色々種類があるらしい。

 再び視線を眼下に展開される光景に戻す。

 都市から離れるとまた集落の規模が小さくなっていき、再び集落の所在地も近くなっていく。それを繰り返すのだ。

 そこは、昔いた世界とあまり変わらないのかもしれない。

 私たちは空の旅を続けた。

 やがて、一際高い山々が聳え立つ真ん中に、お城が現れた。

 それは、立地自体も天然の要塞として利用している。城を囲うのはゴツゴツとした高い岩壁と、それを補うように作ったと思われる切り立った城壁だ。

 館は広く、仕える者たちも、たくさん控えることが出来そうな大きさ。

 左右に高い塔が聳えている。その円柱の形は、内部に螺旋で続く階段がありそうだなどと想起させる。

「お城だわ!」

 荘厳な光景。それを見て思わず私は歓声を上げる。

 前世の私は、ヨーロッパ旅行になど行ったことはなかった。だから、こんな光景を生で目にしたことがなかったのだ。その西洋のようなファンタジーのような景色に、私は思わず興奮してしまう。

「あれが、赤竜城。この国の王城だ」アルが説明した。

「……王城」

 ならば、アルはあんなに大きなところを住まいにしていたのだろうか。

 うーん。育ちの違いを感じる。

「私なんかが行くのは、場違いじゃないかしら?」

 興奮したのも束の間、城が近づくにつれて私はだんだん気後れしてきた。

「気にするな。……そもそも、俺がお前を紹介したくて連れてきたんだから」

 アルの返答に、私はさらに疑問が深まってしまう。

 ん? 紹介? 誰に?

 そんな私を他所に、彼は私を乗せて城へと向かうのだった。


 やがて、私たちは王城のごく近くというところまで近づいた。

「見たことのない竜が!」

「金色の竜なんていたか!?

 発着場になっているという、城の屋上で空からの襲撃を警戒する兵士が、私たちを指差して口々に叫んだ。

「俺はアルフリート。赤竜王の末子、アルフリートだ!」

 竜の姿でアルが口を開け、名を名乗る。

「アルフリート様!?

「おい、陛下に報告しろ!」

「確認が済むまで、しばしお待ち願いたい!」

 与えられた仕事に忠実な兵士たちが、アルに待ってくれるように依頼する。

「ああ。父上にはこう伝えてくれ。『あなたと聖女エミリアの息子が、やっと目覚めました』と」

「承知しました!」

 兵士たちは、引き続き警戒を続ける者、報告に走る者と、二手に分かれて慌ただしくなるのだった。



 許可が下りたということで、私たちは城内に案内された。

 明らかに容姿が変わったアルを、あの伝言だけでアルと認めるというのも不思議な話だったのだけれど、そのあとはスムーズにことが運んだ。

 やがて一つの豪奢な扉の前で兵士が立ち止まる。彼は一礼してその扉を開けた。

 それは謁見の間とでも言うものだろうか?

 そこまで広いわけではない。けれど、天井や壁を飾る壁画、置かれる調度品は華美すぎないものの一目で高価とわかる物だった。建国時代のことをモチーフにしているのだろうか。壁画には、竜や亜人、神と思しき存在たちが描かれていた。

 部屋の一方に並ぶ窓ガラスは天井ギリギリまで高く作られていて、差し込む日差しが部屋の中を明るく照らす。

 そうして、部屋の奥には上段があり、その中央に二つの椅子があった。

 片方には壮年の男性が、もう片方には同じ年頃の女性が腰を下ろしている。そして男性の隣には、アルと同じ年頃の男性が立っていた。

「アル、よく帰ってきた!」

 壮年の男性が椅子から立ち上がり、大きく両手を広げていた。

「アル、元気そうでよかった。それにしてもすっかり見違えたな。背丈も俺と変わらないじゃないか!」

 アルと向かい合って背比べのような仕草をしながら、赤い髪の青年が快活な笑顔を見せる。

「アル。あなたの範囲基本回復エリアヒール。王都でもはっきりわかりましたよ。今までよく辛抱しましたね」

 壮年の女性の微笑みが母性を感じさせる。

「父上、兄上、上。長らくご心配をおかけしました」

 三人に声をかけられたアルが、上段にいる彼らに一礼した。

 同じようにした方がいいかと思って、私もアルに倣って頭を下げる。

「あら、アル。その可愛らしい子はどなたかしら?」

 アルのお母さまだという女性が目を細めると、少し小皺が寄る。その様子は、老いというよりむしろ愛らしさを感じさせた。

 私は、突然自分のことに話題が振られたので、おろおろとアルに視線を送る。

 それをチラッと見たアルが、口の端で微笑んだ。

「彼女はチセと言います。私が赴いたルルド村のそばの森に住まう、薬師です」

「さあ」とでも言うように、アルが私の背中を優しく押した。

「チセと申します。アルフリート様の仰せられたとおり、私はルルド村のそばに住まいを持ち、薬師をしております」

 確か、こういう階級の方々に対する正式な礼の執り方があったはずだ。けれど、残念ながら準備もしていなかった私は、瞬時にはその所作もわからない。仕方がないので、ひとまずスカートの上で両手を揃えて、頭を下げた。

「まあ、可愛らしいこと」

 よかった。アルのご家族は、私のお辞儀に不快感を示さないでくださった。

「アル。そなたがその姿になったのは、例の村と関係があるのか?」

 お父さまがアルに尋ねた。

「はい。その村──ルルド村をガルドリードが襲撃しました。私は彼女や村に住まう者たちを守りたいという願いから、この姿に変わることが出来ました」

「またあいつか!」

 アルの回答に、お兄さまが忌々しげに眉間に皺を寄せた。

「アル。ガルドリードはなぜあの村を襲ったのだ?」

 次に、お父さまから声がかかった。

「はい。以前小姓ペイジの任を剝奪された時から、あれは私を憎んできました。そしてその後の待遇への不服も理由の一つだった。その結果、私や私が大切にするもの破壊しようと思いついたようです」

 その報告を聞いて、お父さまが深いため息をついた。

「あの一件は、あれの父のヴァルドが謝罪したから、なんとか取りなされたというのに。そんな親の心すらわからんのか……」

「はい、そのような発言もしていました」

 お父さまは「嘆かわしい」と呟いた。て、

「再度の私への暴言として『私の大切なものを壊したい』と言っていました。おそらくはそれが動機かと……。そして、『俺たちは王族などに媚びへつらう必要はない、黒竜族は武力でお前らなど蹂躙出来る』と、明確な叛意を見せました」

「だからお前の手で制裁を下したのか」

「はい。竜族としての誇りである翼とドラゴンブレスを吐くための器官を潰しました。それは、ガルドリードには、あの思想が変わらない限り、力を持たせたままなのは危険であると判断したからです」

「ただし」と一言言葉を付け加えて、アルが再び報告を続けた。

「私は聖竜としての力に目覚めました。いずれ私は上位魔法である完全回復パーフエクトヒールを使えるようになるでしょう。いつかガルドリードがその心を入れ替えることが出来れば、あの体を回復させることも可能です」

「……なるほど」

 アルの報告を聞いて、お父さまがお兄さまの顔を見て両者が頷き合った。

「そう、確認したかったのはそれだ。お前が帰ってくる少し前に、レブナントと彼の部下がガルドリードを連行してきたと報告を受けている。その言伝として、アルが『ガルドリードに更生の可能性があるなら、命は奪いたくない』と言っていたと聞いたが……それは本気か?」

「はい。ああいや……正確には彼女、チセの願いです」

 アルはそう言うと、並んで立つ私の背を軽く押した。

「チセ。そなたはなぜ、そなたの大切な村を滅ぼそうとしたガルドリードを赦せと言うのだ?」


 ──うわ、矛先がこっちにきちゃった! どうしよう!


 アルのご家族の目は私に注がれている。すごく緊張する。思わずスカートを握るその手が汗ばんでくるのを感じた。

 目を閉じて「すー、はー」と深呼吸をしてから、私は決心して瞳を開いた。

 あの時の気持ちを、順番に素直に説明しよう。

「私が最初に願ったのは、ガルドリードを助けることではありませんでした」

「……それはどういうことだい?」

 アルのお兄さまが私に問いかけた。

「アルに、その手を血で濡らして欲しくなかったんです。たとえそれが定められた法の正義のもとであろうと、誰かの命を奪えば、アルの心が、その良心から生まれる優しさが変わってしまうのではないかと思ったのです」

「……アルの心を守ってくれたのね。ありがとう」

 お母さまが私を見る目を細めた。


 ──あともう一つの理由はどうしよう。


『法の正義』と『良心の正義』。この違いをどう伝えたらいいのかわからなかったのだ。

『法の正義』は、定められた法律に従って、一切の情状酌量はなく決裁を下す。

『良心の正義』は、それとは異なり、罪を犯すに至るまでの経緯やその後の改心状況など、そういったものを鑑みて、最終的に人を赦す可能性を与えるかどうか判断する余地を与えるということ。

 私が生きていた日本でだって、それをどうすべきか人によって意見が分かれていたはず。これはとても難しい問題なのだ。それをどう伝えたらいいのだろう。

 私はそう思い悩んだのだった。

 そうして、どう伝えたものかと悩んで黙ってしまっていると、アルが横から助け船を出してくれた。

「チセは、教えてくれたんだ。過ちを認めて考えを改めるという『更生』とか、その後罪を償いながら生きる『贖う』という生き方があると。ガルドリードに、もしそれが出来るのであれば、その機会を与えてもいいのではないかと言ったんだ」

 アルの説明に、ご家族みんなが大きく目を見張った。

「そして、こうも言っていた。その場で簡単に命を奪わずに、彼に更生の機会を与えてみた結果、気づきを得て心を入れ替えられるなら、新しい人生を生きることを認めたり、そのための支援をしてあげたりしてもいいと思うと」

「罪人の更生か……」

 考え込むように「うーむ」と唸って、お父さまが顎に手を添えて考え込む。

「ガルドリードの罪は、結果的に王家への暴言と村の器物損壊に止まりました。幸い死者は出ていませんし、負傷者は俺が治療済みです」

「確かにそれはそうだ。ガルドリードの件は、宰相とあれの父のヴァルドと共に相談して決めよう」

「ありがとうございます。それと父上。もう一つお願いがあるのです」

「うむ」

「彼の父を含め、黒竜族を即座に連座として処罰するのはおやめください。今回の件は、私とあれの確執に決着をつけたまで……」

「みなまで言わなくても配慮する。心配しなくていい。……そもそも、あれの父のヴァルドは我が右腕。お前たちをそうしたいと思ったように、彼は幼い頃から支えてくれた友であり忠臣。彼らを無下に処罰しようなどとは思ってはいない」

 よかった。アルは「罪は一人で背負え」そう言って、黒竜族のみんなに累が及ぶことは望んでいなかった。それが配慮されるようで、私はほっと胸を撫で下ろす。ガルドリード自身についても一考してくれるようだし。

 そうして私がほっとしたのも束の間。

「ところでアル。その一緒にいるチセさんをもう少し詳しく紹介してくださらないかしら?」

「おお、そうだ、アル! 兵士たちの報告からは、彼女を背に乗せてきた、と聞いたのだが、それは本当か?」

 アルのお母さまの言葉を契機に、お父さまがなぜかソワソワとした素振りでアルに尋ねた。

「はい、背に乗せてきました。……彼女は、俺にとって大切な人なので」

 アルが私を見てふわりと微笑んだ。それはまるで、蕩けそうな笑みだった。


 ──あれ? 大切な人って何?


 大切なって言うなら、スラちゃんだって、メイプルだって、ソックスだって仲間よね? それに村人たちも、一緒に苦難を乗り越えた仲だよね?

 私の頭の中に、たくさんのクエスチョンマークがぐるぐるした。

「アルが、我が息子が、つがいを決めたぞ!」

「それはすごい! 聖なる力に目覚めただけではなく、運命の番を見つけたのか!」

「まあまあ、めでたいこと」

 アルのご家族が、それぞれアルに向かって祝福の言葉をかける。

 いやでも。

 何それ、聞いてない! 私、全く聞いてないから!

 そもそも番って何!

「ねえ、アル」

 沸き立つご家族に隠れて、こそっとアルの服の裾を引っ張る。

「どうした?」

「番、って何?」

「伴侶ってこと、かな」

「は?」

 アルが、目元を少し赤らめて答えた。いい雰囲気になるところなんだろうけれど、私はただただ開いた口が塞がらない。

 やっぱり聞いてない! 聞いてないよーー!

 番だなんて、私は何も聞いてない!

 私は両手で頭を抱え込んだ。