第十章 復興計画と戦後報告


「それにしても、焼けてしまった家を修理しないといけませんなあ」

 人々の陰から姿を見せる村長さんが、ため息をつく。

「ドラゴンの鱗とツノは貴重品。だから高値で売れる。それを集めて村の復興資金にすればいいんじゃないか?」

 アルが村長さんに提案した。

 ドラゴンは基本長命種。なので、滅多なことで新たな死亡者が現れることはない。

 それゆえ、死したドラゴンの遺体とは、残すところがないほど全部位が貴重。鱗一枚、血の一滴までもがオークションなどの取引対象となる。

 なので、アルが聖竜に変化するにあたって村中に散った鱗、生え替わる前の抜けたツノだけでも、価値があるのだそうだ。

 そう考えると、ガルドリードは焼いてしまわずに倒した方が良かったのかもしれないけれど、そこは仕方がない。それに、あそこまで歪んだ思想の持ち主を素材にして何かを作っても、なんだか嫌な効果がつきそうで怖い。

 っと、話が逸れたわね。

 ツノと鱗を換金したらどうかと提案するアルに対して、村長はどうしたものかと首を捻る。

「ですが、我々にはその換金の手段がありません。行商人を待ったとしても、彼らはこんな辺鄙な土地に住む我々の足元を見て、買い叩くでしょう。それではアルフリート殿下にあまりにも申し訳なく……」

「じゃあ、俺が王都で換金してくればいいんじゃないか? そして、その資金を元にこの村を復興する」

「ほら」と言って背から黄金色の翼を生やして伸ばし、「これなら早い」そう言ってアルが笑った。

「そんな、恐れ多い……」

 村長が言い出すのを遮るように、アルが村人たちに大きな声で号令をかけた。

「おーい、みんな! 俺が落とした赤い鱗とツノを集めてくれ! それは換金すればまとまった金になる。それを元にして焼けた家を修理して、あとは……食糧も王都からまとめて買ってこよう!」

 それを聞いた村人たちが、わぁっと歓声を上げる。

「一片たりとも残さず集めろ! 自分のポケットに入れようなんて考えるなよ!」

「しないゴブー! オイラは、鱗より腹一杯食べたいゴブ!」

 結局、なんだかんだとここの村人たちは正直者ばかりのようで、時間はかかったもののすんなりとアルの赤い鱗と二本のツノが集まったのだった。

 ちなみにアルがまだ赤竜だった時、シラユキを庇ってガルドリードのブレスを受けてしまっていた。だから集めた鱗は、綺麗なもの、焼けているものの二種類に分類された。

「焼けた鱗は使い物にならないか……値段も低いんだろうな」

 うーんとアルが頰に手を当てながら考えていた。

「ねえ、初級回復ヒールとかで直らないの?」

 私は、アルの隣に並んで、焦げた鱗の入れられた容器の前に立った。

「これは脱皮後の皮のようなものだからな。初級回復ヒールで直すってものでもないんじゃないかな……でもチセが言うならやってみるか」

 アルが容器に手をかざした。

初級回復ヒール!」

 アルの手のひらからぽうっと優しい光が溢れ出たけれど、焦げた鱗は直らなかった。

 初級回復ヒールじゃダメなのか……。

「ちょっと待っていて! 村長さん、村長さんのお宅に置いてきた荷物、取りに行ってきます!」

 私は村長さんに断りを入れてから、彼の家にお邪魔して、置きっ放しだったショルダーバッグの中から初級ポーションの入った瓶を一本持ってきた。

「チセ、それは?」

 私が手にしている瓶を見て、アルが尋ねてきた。

「初級ポーションよ」

 もう、アルがいるのだから、この村の人たちは怪我や病気の心配はしなくて済むはず……。

 いやでも待って。アルがこの村に残るとは限らないんじゃない?

 すごい聖竜になったんだから、おうちの人……王様(?)とかだって、帰ってきなさいって言うのかな?

 でも、なんだかそれに思い至ると、急に胸の中に寂しさが押し寄せた。

「ねえ、アル」

「どうした、チセ」

「アルは……王都に戻るの? 戻って、ずっとあっちで暮らすの……かな?」

 私は、私よりずっと背が高くなったアルを見上げて尋ねた。

「真剣な顔をして、何を言い出すかと思えば」

 ぷっとアルが吹き出すように笑った。

「もう! 真面目に聞いているんだから!」

 私はぷうっと頰を膨らませた。

「俺は王都には住まないよ。俺の守るべき場所は、ここだから。ここから、国全部を祝福するよ。父上にもそう伝えるつもりだ」

 アルはそう言うと、私の頭の上に優しく手を置いた。

「チセのいるこの村と、森のアトリエが俺の場所だよ」

 前よりも一段低くなった甘い男の人の声で、囁くように言われて、私は頰に熱が集まるのを感じた。

「あああ、あの! だったら、この村にはアルの初級回復ヒールがあるから、初級ポーションはそんなに必要なくなるわね?」

「まあ、急な容体悪化に対応出来るように、幾つかあった方がいいと思うけれど、たくさんは要らなくなるかもな」

 じゃあ……。

「試してみるわ!」

 私は、初級ポーションをぱしゃっと焦げた鱗に満遍なく振りかけた。

「え! チセ、何す……」

「ダメ元よ! 綺麗になあれ!」

 すると、焦げた鱗を濡らすポーションがキラキラと輝きだした。

 やがてそれらは徐々に焦げ色から赤に変わっていく。そうして、全部、元の赤い色の鱗に戻ったのだった。

「やった! 大成功!」

 戦闘で全く非力だった私にも、出来ることがあったじゃない! と反動のように嬉しくなった。

「……」

 真横で見ていたアルは絶句していた。

「なあ、チセ」

「なあに?」

「これは流石に、ズルくチートじやないか?」

 そう言うと、喜ぶ私を他所に、アルがため息をつくのだった。

「ところで、この鱗を運びながら、チセを連れて王都へ行きたいんだが、いいかな?」

 ん? どうして私だけが一緒に行くんだろう?

 アルの言葉に首を捻る。

「ああ、それがいいぽよ!」

「お薬は村長さんと相談して売っておくにゃん」

「ボクはスラちゃんとソックスをちゃんと守るよ! 二人で行ってくるといいよ!」

 意味がわからない。

 よくわからないのだけれど、村人たちもやたらと背中を押してくる。

「じゃあ……、もしアトリエに戻りたくなってもいいように、鍵を預けておくわ」

 スラちゃんが、ゼリー状の手を伸ばしてきたけれど、それは丁重に遠慮した。

 スラちゃん、あなたが鍵番って、ちょっと違うと思うのよね。いざという時に、この鍵を守りきれるのかとか……。

 しっかりしていて、一番安心なのはメイプルかなぁ?

 そう思って、メイプルにお願いして、鍵を預かってもらうことにした。

「ごはんはどうするの?」と尋ねたら、「お腹が空いたら森の木の実でも採ってくるよ!」なんだそうだ。

 鱗はたくさんあって、私が抱えていくのは無理そうだということになった。だから、箱に詰めてロープで括り、アルが足で摑めるように持ち手を作ってもらった。

「じゃあ、行くぞ」

「うん」

 竜の姿で私を待っているアルを前に、さてどうやって乗ろうと私は首を捻った。

 しゃがんでくれても、アルの背中はだいぶ遠いように思えたのだ。

「手伝うよ」

 メイプルが「女の子同士だから!」と言って、肩車をして乗せてくれると言い出したのだ。

「じゃあ、お願いね」

 多分、足台になりそうな物を持ってきてもらえばいいんだろうけれど、せっかくの申し出なので、メイプルの言葉に甘えることにした。

「よいしょ……っと」

 メイプルが私を肩車して、私はそこから、アルの背中に移動した。

「じゃあ、しばらくみんなで仲良くしていてね!」

 メイプルとソックス、そして、ソックスの頭の上にいるスラちゃんに手を振った。

「動くぞ」

 アルの言葉とタイミングを同じくして、アルの体が持ち上がって背が揺れた。アルが立ち上がったからだ。

「わっ!」

「ちゃんと摑まってろよ」

 私は、竜の姿をとるアルの、たてがみのような部分をぎゅっと摑む。

 バサリ、バサリと翼がはためいて、徐々に視界が上がっていく。

「「「行ってらっしゃーい!」」」

 私は、手を振る三人に手を振り返す。そうして私たちは、王都へと旅だったのだった。

 私を乗せたアルが空を飛ぶ。

 どこまでも澄んだ青い空、時々浮かんでいる白い雲。

 下を振り返って見てみたら、広大な森が広がるそばに、ぽつんとルルド村があった。

「あんなに小さい!」

 私は思わず声に出した。

 ルルド村が、前世人として生きていた街とは、比べ物にならないくらいに小規模なのはわかっていた。けれど、理屈ではそうであっても、今の私にとってはあの村とアトリエを往復することが世界の全て。

 だから、牧歌的なあの村がおもちゃの模型のように見えることに、驚いたのだ。

「まあ、ルルド村はこの国でも小さな村だな」

 アルが教えてくれた。

「あの村は、この国の一番外れにあるんだ。あまりに他の村や町とも遠すぎて、領地にしようとする貴族もいなくてな。だから、国王の直轄地扱いになっている」

 アルの説明に、「ふうん」と納得してもう一度下を見下ろすと、村が遠のいたというのに、いつまで経っても次の村も町も現れなかった。

「本当に、周りには全く集落がないのね」私は納得して頷いた。