前世過ごした世界では、あまり見ることがなかったほど空は澄み切っていた。

「だろう?」

 二人で空を見上げていると、アルから声をかけられた。

「うん!」

 私は一言返事をする。

 気持ちいいなぁと思って、私は目を細めさらに力を緩めた。

 すると私の腕が伸びて、互いの指先が軽く当たった。

 反射的に腕を引っ込めようとしたけれど、私は「まぁいいか」と思い直した。

 それは彼も同じだったようで、二人の指先は軽く触れ合って、そして自然に離れる。

「気持ちいい青空ね」

「ああ」

 なんだか、私は心地よく力が抜けていくのを感じた。

「ねえアル。ありがとう。あなたのおかげであの村は、ゴブリンたちはこれから幸せになっていけるわ。これも全て、あなたが王都で交渉してきてくれたからよ。あなたは本当にすごいわ」

 私は、まだ伝えていなかった感謝の言葉を口にする。すると横で嬉しそうに小さく笑う声がした。

「そんな大層なことはしてないよ、俺は。それにすごくもない」

 そうしてしばらく何を話すでもなく過ごしたあと。

 ぽつりと彼が若干迷いの混じった声音で私に語りかけた。

「……なあ、チセ。少し話してもいいか?」

 何を改まって言い出すのだろう?

 そう思いながらも、私はアルの遠慮がちな言葉をわざと笑い飛ばすくらいの明るさで返事をした。

「なぁに、改まって! 話したいことなら私で良ければなんでも聞くわ。私たちの交わす会話に聞き耳も立てられる環境じゃないし!」

「そうだな。みんな採取に精を出しているようだし。あといるのは小鳥や蝶たちくらいか」

「うん、そうよ」

 私たちは寝転がったまま、首をお互いの方に向けて微笑む。そして頷き合った。そうしてまたどちらが言い出すともなく空を見上げる。

「俺さ。昔から……子供時代からソリの合わない奴がいるんだ。ガルドリードって言うんだけどさ。そいつは竜で『力こそ全て』と思っている。だから俺を出来損ないとみなして嫌っている」

「……そんな!」

 私が「そんなことない!」と否定しようと言いかけたけれど、彼は静かに首を横に振った。

 そして、アルが静かにぽつりぽつりと語り出す。

「俺さ、村に来た時『半分だけ』って言っただろう?」

 私はアルに問われて、その時のことを思い出した。

「そういえば、言っていたわね」

 アルが村に現れた時、村長さんにその姿から「赤竜族か」と問われ「半分だけ」って確かに言っていた。

「あれは本当だ。父は純血の竜だけれど母は人間なんだ。まあ、母も人間と言いながら聖なる特別な力を持った人でね。だけど、その二人の間に生まれた俺は、両親の持っていた優れた能力のどちらも十分に引き継げていない。……俺は、竜の力も聖なる力も満足に持ち合わせていないんだ」

 アルが語る口調は、まるでたんたんと昔語りをするようだ。ただ静かに一緒にいて、聞いていて欲しいというような気持ちを感じた。

 私は「そんなことはない」と言ってアルの言葉を否定したかったけれど、否定をする根拠は持ち合わせてはいない。そして今のアルに、中途半端な慰めの言葉をかけるのはふさわしくもないように感じた。

 だから私は黙って頷きながら聞いていた。

 私たちを照らしていたお日様に、分厚い白い雲が覆って影が差す。

「そんな俺を、子供の頃から嫌っている奴らがいて。だから……俺は逃げてきたんだ」

 アルはしばしためらった後、その言葉を口にした。

「……逃げた?」

 私は、その言葉を復唱した。多分、彼が言いたかったのはこれだろうと、なんとなく感じたから。

「そう。逃げたんだ。俺が元々いた場所には、奴のように俺を半端者とみなす奴らがいて。そんな環境が窮屈で息苦しくて。だから、俺は逃げてきたんだ」

「……アル」

「だから、俺はすごくなんかないし、……チセの優しさに甘えて逃げ込ませてもらっただけなんだ。そんな、弱くてダメな奴なんだ」

 そのアルの言葉のあと、二人の間に沈黙が流れる。


 ──逃げてきた、か。


 私は彼の告白に思いを馳せる。


 ──辛かったんだろうな。


 私は竜族じゃない。しかもこの世界の新参者だ。だから私に、彼の何がわかるとも言えないけれど。

 他人の期待に応えられない自分。そしてそれを詰る人たち。そんな環境に身を置く苦しさは共感出来る気がした。

 自分が知世の時に、身を以って経験してきたからだ。

 当時の私は、同僚たちと比較して能力が酷く劣るとか、要領が悪かったわけではなかったと思う。だけど、期待に添う結果を出せなくてよく上司には怒られていた。人前で執拗に詰られたこともある。提出した書類を目の前で破り捨てられたり、何度上司の机の上に提出してもその度に腕で床に払い落とされたりもした。

 私にも、そういった理不尽とも言える仕打ちを受けた経験はあった。悔しさに、こっそり涙をこぼしたこともある。

 そんな私を遠目に見るだけの人もいたし、「あなたは努力しているし、頑張っているじゃない」と陰で慰めてくれた人もいた。

 アルに心を寄せて、自分が過去に受けた事柄を思い出したら、胸が少しぎゅっとした。

 私は一度瞼を伏せて深呼吸をして心を落ち着かせる。「もう、そんな人はいないから」と自分で自分を宥め、思い出した嫌な記憶をかき消すように、そして言い聞かせるように首を横に振った。

 それから、瞳を開くと同時にゆっくりと口を開いた。

「ねえ、アル」

「うん」

「アルの言うとおりなら、あなたはあなたのご両親ほどには力が及ばないのかもしれない。すごくもないのかもしれない」

「……ああ」

「でもね」

 私は、すう、と息を吸い込む。

「あなたは努力しているじゃない。さっき手を握った時にわかったわ。アルは手にタコが残るくらい、何か一生懸命頑張っているんでしょう?」

「ああ、そういえば……」

 私に指摘されてアルが自分の両手を目の前に広げて見る。

「足りないものをせめて努力で補おうと。少しでも家の役に立てるようになろうと、剣の訓練はよくしていたな」

「だったら。……だったら、アルはダメなんかじゃないよ」

「え?」

「だって、役に立てるようになろうと努力していたんでしょう? あなたが望む力にはまだ及んでいないのかもしれない。それでも前向きに努力してきた。それだけであなたは十分に頑張っていたと思うわ。そしてそれはすごいことだと私は思うの」

 私は顔を横に向けてアルに片腕を伸ばす。そして、彼の赤い髪をくしゃくしゃと撫でた。

「ちょ、チセ。何する……」

 抗議の言葉を口にしながら私の手から逃れようと抵抗する彼に、私は大きく笑いかけた。

「すごいじゃない、アル」

「……チセ……」

 アルが抵抗する手を止めて、呆然とした様子で私を見つめた。彼の瞳は大きく見開かれている。

「……それに、仲の悪い人から逃げるのってそんなに悪いことかな?」

「え?」

 私はアルと顔を見合わせたまま、話題をもう一つの方へ変える。

「合わない人がいるなら、一度距離を置いてもいいんじゃないかな。こう、ほとぼりを冷ますというか……。お互いに離れてみて、自分自身や相手との関係を見つめ直す時間を取ってもいいと、私は思うのよ」

「距離を、置く……。見つめ直す……」

 アルが顔の向きを空に移して、ぼんやりと呟いた。そこに私は声をかける。

「ねえ、アル」

「ああ」

「残念ながら、誰か他人の言動を変えるのって基本出来ない。出来たとしてもとっても難しいの。もしその人が変わるとしたら、それはその人自身が変わろうと思った時よ。それくらい、なかなか人は変われない」

「……」

「でもね、自分が変わりたいと思えば変われる。そしてアルは努力出来る人。ならきっと、時間を置いたり色々な人と触れ合うことで、その気づきをもとに変わろうと努力することで、いつかあなたの中の何かが変わるかもしれないわ」

「……何かが変わる、か……」

 曇りがちだったアルの表情に、明るさが戻ってきた。

 そして、お日様を覆っていた雲は風で流されて、再び光が大地を照らす。

「作業に戻りましょうか、アル」

「ああ!」

 そうして私たちは休憩を挟んでから、採取作業に戻ったのだった。

 やがて、今日という日が終盤に差し掛かっているのだとでも言うように、天頂近くにいたはずのお日様はだいぶ移動していた。

「みんなー! うまく集められたかしら?」

 私は、泉の周囲にそれぞれ散らばって採取してくれているみんなに声をかけた。

「見てぽよ~!」

「こんなに採れたよ!」

「大収穫だにゃ!」

「これで大丈夫かな?」

 スラちゃん、メイプル、ソックス、アルが、それぞれザルを手に持って私の元に集まってくる。あ、スラちゃんはザルを頭の上に載せてきたわ。

「みんなありがとう! さあ、アトリエに帰りましょう」

「「「「うん(ああ)!」」」」

 そうしてみんなで帰途につくのだった。

 素材は、明日の調合で粉末にしやすいように、ザルに広げて乾いた夜風に晒して乾燥させたわ。


 次の日。

 私はお昼ごはんが済んでから、さっそく村に持っていくための薬品を調合し始めた。

 スラちゃんは、スライム酸を出して欲しいとお願いしたから、もう作業台の上にスタンバイしている。やる気満々のようで、ピンク色の体がプルプルしているのが可愛い。

 メイプルとソックスは、ずっと付き合わせっぱなしなので、自由にしていて欲しいとお願いしてあるから、思い思いに過ごしているようだ。

 そして、アルが「見学させてくれ」と申し出てきたので、私の背後にいる。

 ちょっぴり意識しちゃうんだけど、今はそういう場合じゃない。

 村の人たちと、新たに村人になろうと頑張っているゴブリンたちのために、しっかりやらないと!

「うん」と頷いて、私は心を引き締めるのだった。

 今日の最初は、初調合になる疲労回復ポーションを作ろう。

「ねえ、アル。手伝ってくれないかしら?」

 背後で立って見つめていられるだけだと落ち着かない。ならいっそ協力してもらおうと思ったのだ。

「うん、何をすればいい?」

 アルの目が少し大きく開かれて唇が弧を描く。私から手助けを求められたことが嬉しいのか、好奇心なのだろうか?

「これの材料は、リッカの葉と、中和の葉、あとはカルカルの実なの。それを、スラちゃんが出してくれるスライム酸に順番に溶かしていくのよ」

 私は、アルにもわかるように、手順を含めて説明する。

「だから、スライム酸に溶けやすいように、この三つの材料を薬研か乳鉢で粉にしたいの」

 前回初級ポーションを作った時は乳鉢だったけれど、薬研もあることに気がついて、どちらが使いやすいか比べようと思って出しておいた。それらをアルに指し示す。

「やげん、にゅうばち」

 アルは薬研も乳鉢も初めて見るようで、興味深そうにそれらを眺める。

「どっちも、こういう固形の物を粉末にしたり、潰して液状にしたりするのに使うのよ」

 薬研の中央に窪みのある舟形の器に、乾燥したリッカの葉を入れる。そして、円盤状の車輪の中央を軸として、握り手とするために車輪の中央に穴が開いていて、そこに木の棒が通してある。その木の棒を握って車輪を前後させる。

 確か、これで使い方は合っているはずだ。

 それは正解だったようで、車輪が回ってごりごりとリッカの葉が潰れていく。

 アルとスラちゃんと私の目線が、薬研の中の葉っぱに注がれる。

 やがてそれは、柔らかい部分から粉状になり、やがて硬い繊維質の軸まで砕かれていった。

「……すごいな」

 砕かれていく葉を見て、アルが目を瞬かせる。

「残りのリッカの葉を、今の要領で全部粉にして欲しいのよ」

 育ちの良い彼にこんな作業をお願いするのも、どうなんだろうと思って、ちらっと彼の顔を見たけれど、その顔はまるで新しいおもちゃをもらった男の子のように輝いている。

「ああ、任せろ!」

 むしろ「やってみたい」とでも言いたげに快く引き受けてくれたので、私は彼に場所を譲った。

 私は乳鉢で粉にしよう。乳鉢と薬研を使い分ければ、今まで以上に素材を潰しやすくなるだろう。

 ああ、そうだ。

「スラちゃん。私たちがこれを粉にしている間に、この中にスライム酸をたっぷり出しておいてくれないかしら?」

 そう言って、スラちゃんの前にビーカーを差し出した。

「うん! 頑張るぽよ!」

 やっと自分にお願い事が回ってきて嬉しいみたい。スラちゃんも、せっせとスライム酸をぴゅっと溜め始めた。

 うん、じゃあ私も乳鉢で素材を粉にしますか!

 そうして三人(二人と一匹)で、せっせと準備をするのだった。

「じゃあ、調合を始めましょう!」

 皿に盛られた粉にし終えた素材たちと、スライム酸を前にして、私は気合いを入れる。

「見ていてもいいか?」

 アルが尋ねてきた。

「うん、いいわよ」

 一緒に長時間作業をしたからなのだろうか。微妙に彼を意識してしまう私の心は落ち着いたようで、多分、これなら見られながらの作業でも大丈夫だろうと思ったのだ。

 うん、変に意識しすぎたのよね。私は、それは一時的なものとして置いておくことにしたのだ。

「まずは、スライム酸を入れてっと……」

 ビーカーからビーカーへ、必要な量を移す。

 そうしたら、粉になったリッカの葉とカルカルの実が同じ量になるように、吊り下げ天秤で量る。

「次に、リッカの葉の粉を溶かして」

 天秤から、量り終えた素材を皿に移して、疲労回復の効果を出す主成分であるリッカの葉をスライム酸に溶かし込む。

 無色透明だったスライム酸が、鮮やかな緑色に変わる。

「そこに、カルカルの実の粉を溶かして、と……」

 さっき溶かし込んだのと同量のカルカルの実を加える。これは、リッカの葉による胃腸への刺激を和らげる役割を持つ。

 鮮やかな透き通った緑色の液体が、濃いオレンジ色へと変色する。

 私の横で、その変色する様子を初めて見て驚いたらしいアルが、「おお」と小さく歓声を上げた。

「さらに中和の葉の粉を混ぜる」

 すると、今度は液体が濃いピンク色へと変わっていく。

 このあとは鑑定で確認しながらの手探りなので、一度瞳を鑑定モードに切り替える。

「そして、お水で調整しますっと……」

 その時の出来によって、お水で調整する(薄める)んだけど……。


【疲労回復ポーション】

 詳細:ねえねえ濃いんじゃない? 気持ち悪くなりそうだぽよ。


 ──「ぽよ」って言ったね?


 やっぱりこれはスラちゃん鑑定っぽい。

 ちら、とスラちゃんに視線をやったけれど、スラちゃんはさっとそれから逃れるように、あさっての方を向いた。

 まあいいか。

 まずは、これを村に差し入れすることを考えないとね。

「アクア、お願い!」

 純水を出してもらいたくて、アクアを呼んだ。

 そこにスラちゃんが口を挟む。

「前から気になってたんだけど、チセ、君も水魔法を継承しているはずだぽよ? どうして自分でしないぽよ?」

「だって、お友達と一緒に色々作った方が楽しいじゃない?」

 そう。私は、この世界に来る時に、もふもふや可愛いものに囲まれたスローライフを望んだのだ。だったら、そうやって私のそばに来てくれた子たちと一緒に色々な体験をしたかったのだ。

 それがもふもふスローライフってものじゃない?

「んー。一人で作るのは、確かに味気ないかもしれないけど……。何かあった時のために、練習しておいてもいいと思うんだぽよ……」

 いつも、ご機嫌な様子のスラちゃんが、眉間と思われる場所に皺を寄せた。

「チセは、召喚魔法だけじゃなくて、属性魔法も使えるのか?」

 そこにアルが割って入ってくる。

「そうぽよ~。ただ、練習していないから、いきなりは使えないはずなんだぽよ。アルからもチセを説得して欲しいぽよ」

「ふー」と盛大なため息をつくスラちゃん。

「確かに、使えるかもしれない状態ってだけじゃ、仲間がいない時に何かあったら危ない……」

「そんなの、私たちを呼べばいいわよ!!

 アルが言い切る前に、呼び出されたのに放置されていたアクアが、怒りの形相で怒鳴ってくる。

 色白な頰が赤く変わり、湯気でも出そうな勢いで、花のかんばせも台無しだ。

「わ。ごめんなさい! 前のように、ビーカーに純水を出して欲しいのよ」

 私は、慌てて彼女を宥めようと、ビーカーを差し出すのと一緒に用向きを伝えた。

「早く言ってよね!」

 ぷんぷんと怒気をあらわにするアクアを前に、少し前に問題にされていた話題は置き去りにされるのだった。

 そうして、アクアの出してくれたお水で、適切な濃度にまで疲労回復ポーションを薄めていく。

「出来たわ!」

 出来上がったそれは、透明な淡いピンク色。

 初級ポーションと同じく、なんというか、やっぱり風邪シロップっぽい色に仕上がったのだった。

 その次は、以前と同じ材料を粉にして、初級ポーションを作った。

 全部を作り終えると、すっかり日が傾きかけていた。

「アル、スラちゃん。アクアも。お手伝いありがとう!」

「また今度、ジャムか美味しいものをご馳走してね」

 アクアが私に告げて、ふわりと空気に溶け込むかのように姿を消す。

「また、チセのために頑張るぽよ!」

「今日の作業はとても興味深かったよ。また手伝わせて欲しいな」

 スラちゃんもアルも、揃って次のお手伝いを申し出てくれた。

 うん。やっぱり、こういうのが素敵よね!

 私は、その時はのんきにそう思ったのだった。


 そして次の日。

 朝食をみんなで食べながら、早いうちにルルド村に薬品を届けてあげようということで意見が一致して、再び村へ行く準備をすることになった。

「メイプル。荷物重くないか? 俺も半分持とうか?」

 前回のように、全部の薬品をショルダーバッグに入れて持とうとしたメイプル。そんな彼女にアルが見かねたように声をかけた。なにせ、元々がフォレストベアで力持ちとはいっても、彼女は女の子なのだ。

「大丈夫だよ?」

 よくわからない、といった様子でメイプルが首を傾げた。

「そういう問題じゃないし、俺っていう人手が増えたんだから甘えればいい。チセ、もう一つバッグはあるか?」

「うん、あるよ。二人とも少し待ってて」

 私はなんの中を探しに行く。そして目当てのものを見つけてそれをアルに手渡した。ちょうどメイプルが肩から下げようとしていたものと同じバッグがあったのだ。

「じゃあ、半分もらうぞ」

「アル、ありがとう!」

 アルはテキパキと宣言どおりに薬瓶を半分移しかえて、バッグを肩から下げた。

 そうして私たちはアトリエをあとにして、ルルド村へと再び赴くのだった。



 ちょうどチセたちがルルド村を目指している、その時。

「……ふうん。これが奴の気にかける村ねえ」

 ガルドリード、アルフリートを忌み嫌う黒竜がルルド村を見下ろしながら呟いた。

 人の背に翼を生やした姿で密かに空を駆けてきたのである。

「辺境へ行く」と言うアルフリートの言葉を聞いたガルドリードは、アルフリートの行き先を人づてに調べて、あとを追ってきたのだ。

「ここまで離れていれば……」

 その村は、地図どおり王都から遠く離れていた。

 ニヤリと嫌な笑みを浮かべて、ガルドリードがクックと笑う。

「こんな辺鄙で小さな村の出来事など、王都まで届かなくても、不思議じゃないよなあ?」

 彼が木陰に身を潜めながら眺めるその村の光景は、彼の嘲笑を誘うものだった。

 汗水垂らしてゴブリンたちがまだ手付かずの大地を耕し、それを獣人たちが手伝っている。

 ゴブリンという矮小な生き物を相手に何をしているのかと、その感情のとおりにガルドリードは密かに笑うのだった。

「聖女様と赤竜様が戻って来られるまで、がんばれ!」

 呆れ果てるほど、彼にとって滑稽な光景。

 だが確かに、ここはとは違った。

 そして下から時折聞こえてくる、「赤竜」と言う声が彼に確信を与えた。

「やはりここで間違いない」と判断したガルドリードは、目当ての者が来るのを密かに待つことにしたのだった。



「わぁ!」

 私は思わず歓声を上げる。

 私たちがルルド村に到着すると、ほんの数日だというのに、村を覆う囲いの外に、新たに掘り起こされた畑が出来ようとしていたのだ!

 そんな私たちの姿をみとめて、獣人とゴブリンたちが手を止めた。

「皆さん! おかえりなさい!」

 一人の獣人が私たちに挨拶をする。

「本当は囲いごと広げたいところなんですが、まずは土地を準備しようと思いまして」

「頑張ってるゴブー!」

「おい、こら!」

 獣人が私に説明しているそばから、ゴブリンの一人が「褒めて!」とでも言うように、クワを放り出して私の元へ駆け寄ってくる。

「頑張ったわね、偉いわ」

 彼らの背たけは私の胸に届くか届かないかといったところ。水浴びでもしたのだろうか、初対面の時より身綺麗になった彼らがはしゃいで騒いでいる様子は、とても微笑ましいものだった。

 私は思わず寄ってきた子の頭を撫でた。

 すると、残りの子たちが「ずるい!」と騒ぎ出して、私の周りをわっと囲む。

「全く。これじゃあ仕事も手につかなさそうだ」

 監督役の獣人が「やれやれ」といった様子で肩をすくめる。その表情はやはり微笑ましいものを見るように優しい。

 そうして、村長さんに挨拶をしようとする私たちのあとを、畑にいたみんなが追う形で、ぞろぞろと移動するのだった。

 村長さんの家を訪ねると、早速前回と同じ部屋に通された。そして、前回使用したソファまで案内される。

 村長さんと対面するように、一緒に仲間が彼の向かいに腰を下ろした。

「チセ様。今回の用向きは、お願いしていた薬剤の件でしょうか?」

「はい! ご依頼の初級ポーションを作ってきました。それと、これから開墾するにあたって、皆さんのお役に立てていただけたらと思って、疲労回復ポーションを差し入れに持ってきました!」

「チセ様。差し入れ……とおっしゃられるということは、それはチセ様の善意でくださるということですか?」


 ──は要らないんだけどな(汗)。


 まあ、そこはちょっと置いておくとして。

「はい。以前初級ポーションをお持ちした時に、代金以外にもたくさんのお礼をいただきました。それに対する気持ちとでも思っていただければ結構です」

 私は、にこりと笑みを浮かべて回答した。

「ありがとうございます、チセ様。そんなお心配りまで……」

 村長さんが、頭を下げる。

「頭を上げてください。私は、みんながあの子ゴブリンたちを受け入れてくださって嬉しいんです」

 そう伝えて、頭を上げてもらおうとしていたその時。

 家の外から物が壊れるような大きな音と、叫び声が聞こえた。

「え……?」

「なんだ!? 何があった!」

 村長が、ソファから立ち上がって、部屋のドアを開けた。

「村長! 村長!」

 すると、バタバタと騒がしく廊下を歩く音とともに、男の人の大きな声がした。

 私たちも、その騒動に腰を上げる。


 ──一体何があったんだろう?


「村長! 襲撃です! 竜です、黒い竜が!」

 みんなで部屋を出て様子を見に行こうとしていたところで、傷だらけで血を流している虎獣人の青年が報告に駆けつけた。

「竜? 襲撃!?

 村長は、頭を抱えた。

 私たちは、と聞いて、アルに視線を向ける。

「ねえ、アル。黒い竜って……」

「黒竜ってまさか……!」

 アルが血相を変えて部屋の入り口から飛び出していく。私たちもそんな彼のあとを追うのだった。