「森の果物が減ったゴブ。土を掘れば出てきた美味しい根っこも、キノコもみんなゴブ」

「……そっか」

 それは、ソックスやメイプルが嘆いていた森の異変というものなのだろう。

「俺の母ちゃんは、お腹に子供がいるゴブ」

「食べ物がないと、大変ね」

 そこでゴブリンの口は言葉を発するのをやめて、「ゴブーー!」と大泣きし始めた。

 周囲にいた他のゴブリンも、一斉に食べ物がないのだと訴えて大泣きする。

「……それは、辛かったね」

 お腹が空くのは辛い。それに、妊娠している身内に十分な食料を与えてやれないのは、とても悲しかっただろう。そう思うと、私も思わず涙ぐんできてしまった。

「……お前は、俺たちを憐れんでくれるのかゴブ?」

 私と向かい合っていたゴブリンが、私の涙を見て泣き止んで首を傾げる。

「うん」

 そう言って、私は彼の頭頂にちょこっと生えている髪の毛を撫でてみた。

 彼はそれに抵抗しなかった。されるがままに撫でられている。

「でも俺たちは、悪いことをしようとしてたゴブ?」

「もうすぐ赤ちゃんが産まれるのに、食べ物がないんでしょう? 仕方なかったんじゃないの?」

「……でも、俺たちは悪いゴブリンだゴブ」

「わかっているなら、もう他の人から奪おうとするのは、やめよう?」

「でも、食べ物が……」

 ゴブリンたちの攻撃意欲は落ちている。

 けれど私の言葉には「じゃあ、どうするのか」といった様子で、ゴブリン同士で顔を見合わせていた。

 そして、仲間や村人たち、赤竜の少年がそれを見守っていた。

「ねえ。この子たち、なんとかしてあげられないかしら?」

 私は、ゴブリンを撫でる手を止めて、周囲に意見を求める。

 すると、騒ぎが収まって安全になったからだろうか。それとも、ゴブリンたちの処遇についての判断をする者が必要だからなのだろうか?

 村長さんが村の若者に連れられて、私たちの元にやってきた。

「この様子だと、誰も怪我なく騒ぎは収まったのかな?」

 そう言って、私やゴブリンたちまで含めて全員を見回す。

 そしてその目が、竜族の少年の元で止まった。

「これは……赤竜族のお血筋の方? こんな辺鄙な村によくぞお越しくださいました」

 村長が、恐縮した様子で少年に頭を下げた。


 ──あれ? 赤竜というだけで、そんなにすごいの?


「いや、俺は血を引いているといっても、半分だけ。大した力も持っていない。そう礼を執ってもらう必要もない」

 やや苦い顔をしながら、少年は首を横に振ってみせた。

「いやいや、それでも、我が村にとっては竜族の方にいらしていただけるなど滅多にないこと。もし支障がなければ、お名前を伺っても?」

「俺はアルフ……、いや、アルだ」

 そんな村長と少年のやりとりを見ながら、私は、自分の頭に乗っているスラちゃんに尋ねる。

「ねえ、スラちゃん。竜の中でも、赤ってエライの?」

 すると、頭上から盛大なため息が返ってきた。

「ねえ、チセ。君は、膨大な知識をギフトとして持っているぽよ? なんで、それを使わないかぽよ……調べるぽよ、自分で」

 あらら。私、スラちゃんにまた呆れられてしまったみたい。

 うーん。知識、知識……。

 私は、頭の中のいっぱいあるような引き出し、その目次のようなものから、赤竜に関する事柄を探す。

『頭の中に知識がいっぱい』って便利そうでしょ? それが意外とそうじゃないのよ。

 要は、分厚い用語辞書やら図鑑やらがいっぱいあるようなもの。

 意識しないと探すのにも一苦労なのだ。

 そんな中、ようやく私は関係ありそうな知識にたどり着いた。

『獣人国(この国)は、赤竜王が迫害を受ける獣人たちのために建国した独立国家である。また赤竜は竜の中でも王族に近いものが多い』

 まさかの王子様疑惑!?

 私は驚いてアルの方を振り返る。

 けれど、そのアルは苦い顔をしたまま。

 不躾に聞いていいことじゃなさそう。

 そう思って、ちょっとぼんやりしていると、その少年から私に声がかかった。

「おい、薬師のチセだっけ? お前はこいつらをなんとかしてやりたいんだろう? だったら村長と相談が必要なんじゃないのか?」

 そう言って、アルが私に向かって手招きをした。

 そうだった!

 私は、慌てて村長と少年のいる場所に近寄った。

「はて? 襲撃をしてきたゴブリンをなんとかする?」

 首を捻る村長さん。

 まあ、今までのやりとりを知らないのだから、当然といえば当然よね。

「あのゴブリンたちは、食べるものに困って森から出てきたそうなんです」

「だからといって、この村を襲われても困るがねえ。うちだって、森に頼れないから自分たちで畑を耕しているんだからね」

 村長さんが、ため息をつきながら項垂れているゴブリンたちをチラリと見る。

「聖女様がいた頃は、国の民は何もせずとも森や草原の恵みで生きていけた。けれどその恵みは失われた。恵みによって増えた人口を賄うために、私たちは畑仕事をしているというのに、横から奪おうなどと……」

 あれ。

 そういうこと?

 なんか、前世で人類の歴史について勉強した時に聞いたような話だわ。

 確か、狩猟や採取だけでは人口を支えきれなくなって、人は農耕を始めたのよね?

「じゃあ、あの子たちも森だけに頼るのはやめて、開墾すればいいんじゃない? 畑を広げるの!」

「え? ゴブリンに開墾させるだって?」

「いやまぁ、この周辺には開墾しやすい手付かずの土地はありますが……」

 アルが驚きの声を上げ、村長は頷きつつも私の発案に呆れ顔だ。

「「「開墾、ゴブ?」」」

 捕縛されているゴブリンたちも、きょろきょろと顔を見合わせている。そして、首を捻ったり首を横に振ったりしていた。

 開墾っていうのがわからないかぁ。

 でも、彼らにはちゃんと会話する能力もある。だったらあとは、彼らに真面目に働く意欲があれば、お腹を空かせる生活とはお別れ出来ると思わない?

「ねえ? 君たち」

 私は、たたっと走ってゴブリンたちの元に駆け寄る。

 そして、奥さんが妊娠中だと言っていた子のそばにしゃがみ込んで、目線の高さを合わせた。

「ちゃんと努力すれば、お腹を空かせないで生きていけるとしたら、頑張れるかな?」

「ゴブ?」

 回答に困ったのか、彼は首を捻り、周囲の仲間たちに答えを求めるように見回した。

「自分で大地を耕して、食べ物を育てるの。そうすれば、自分たちが欲しい時に食べ物を収穫したり、保存出来たりするわ。……森を、出る決意を出来る?」

 そう。多分それは、自分たちを今まで育み、親しんだ森に依存した生活との別れになる。

「聞いていいかゴブ?」

 うん、と私はその問いかけに頷く。

「俺の母ちゃん、お腹いっぱいになって、生まれてくる子供に乳やれるかゴブ?」

 彼にとっては、奥さんと子供のことで頭がいっぱいらしい。

「あなたや、他の働ける子たちが頑張れるなら。……きっとみんなが食べられるようになるわ」

「ーーっ!」

 結局、妊娠中の奥さんを抱えた子を中心に「やるゴブ!」との声が高まっていくのだった。

「「「やるゴブ!」」」

 ゴブリンたちの決意は決まったらしい。

「よろしくお願いするゴブ!」

 しかも、襲撃の時にリーダーらしい言動をしていた子が、私や村長さん、アルを含めた皆に頭を下げた。

「こりゃあたまげた。ゴブリンを改心させるとは。さすがは聖女様といったところなのか?」

 虎獣人の青年が、目を丸くしている。


 ──薬師様も困るのに、聖女様に昇格とか、やめてください!


 全くもう。私は可愛い子たちとスローライフすることが目的なのに。

 仕方ないなあと思っていると、今度は村長が悩ましげにしている。

「ゴブリンたちが心を入れ替えて真面目に働きたいと言うなら、村民に迎え入れるのもやぶさかではない。食糧をめぐって争い、傷つけあうなど私は望まない。……だが」

 そこで、村長が「うーん」と唸ってしまう。

「どうしたんですか?」

 私が村長さんに問うと、彼はおもむろに口を開く。

「当面の間彼らを養うほどの食糧の蓄えがないんですよ。今食糧庫に収まっているものは、今の村民の分と、残りは国に納税する分。それでいっぱいでしてね……」

 そして、再び、「うーん」と唸ってしまう。

 私は小袋を開いて、さっき薬と交換したばかりの一万八千マニーを手のひらに載せる。

 そして、そのお金をじっと見つめた。

「これじゃ足りないよね、ソックス」

「……チセ……」

 しゅんとして小さな声で呟く。だって、私のこのお金じゃ、あの子たちを養うには到底足りないということは、幾らこの世界の初心者といっても想像がつくからだ。

 そんな私を見て、ソックスが私を労るかのように、ぽふん、と私のスカートの上からピンクの肉球がついた前足で優しく撫でてくれる。

 どうしたらいいんだろう。

 そのお金の上に、ポトリと一雫涙がこぼれ落ちた。

 なんでだろう?

 非力な自分が悔しいのかな?

 私の尻尾も、しゅんと下がってしまい、私の両足の間に小さく収まってしまっている。

 そんな私を見ていたアルが、私の頭の上に、ぽふっと手を載せた。

 頭の上にいたスラちゃんは、気配りなのだろうか。ぴょんと良いタイミングでソックスの頭の上に移動していた。

「おい、何を一人で悩んでるんだ」

 そう言われて、アルが顔を覗き込んでくるから、私はそれに促されておずおずと顔を上げる。

 目と目が合った。

 私とそう高さの変わらない位置から、蒼い瞳が真っ直ぐ私を見つめていた。

「だって、私の手持ちはこれしかないの。薬を売ったお金よ。……でも、これじゃ、この子たちが作物を得るまでの間の食糧代には足らないでしょう?」

 私を見つめる蒼い瞳が真っ直ぐすぎて、私は少し上目遣いでおずおずと見ながら答えた。

「なあ村長。ここの村の納税は、採れた作物の三分の一か?」

 アルが村長さんに確認する。そして私を宥めようとしてくれているのだろうか。私の頭の上に載せられた温かな手はそのままだ。

「あ、はい。農作物の三分の一を納めるだけです。こんな辺境の土地ですから、その他の人足役などはありません」

「ん……、なるほど。だったら、その三分の一の農作物を納めなくても済むなら、それでゴブリンたちを当面養えるか?」

「はい! それはもちろん……! 彼らにも置いてきた家族がいるでしょう。その数にもよりますが、なんとか工面しましょう。ただ、税金を納めないなんて可能なのでしょうか?」

 アルが口にした『納税しない』という提案。

 そんなこと、誰もが予想し得なかったようで、村長や私たちは困惑顔をする。そしてゴブリンたちを含めて、みんなの視線がアルに集中した。

「……そんなこと、可能なの?」

 私も、村長の問いを繰り返すようにアルにぶつける。

「ゴブリンたちがこの村に定住し、この国の国民になりたいという希望が認められれば……『移民保護』に関する特例措置を利用して、納税免除を受けられるはずだ」

 アルが、ゴブリンたちを見下ろす。

「この国は『亜人たちのための国』だ。そしてここに、他の亜人と共存出来るような、知性と誠実さを見せるゴブリンがいる。知性があり他種族と共存出来るならゴブリンだって『亜人』。そして村での生活を希望している。彼らを移民と扱って何かおかしい理由があるか?」

「……じゃぁ……!」

 まだアルの手を頭に乗せたままの私が、パッと彼を見上げる。

 私は、期待で胸がいっぱい。

 私の頭を飾る耳がピン! として、尻尾が上がってきて、ゆらゆら揺れるのが感覚でわかる。

 アルってすごい! 頭いい!

 そんな抜け道を思いついちゃうなんて!

「アル様。それは、我々にはとても思いつけないような妙案です。ただ、この辺境から誰が王都へ陳情しに行けるというのでしょうか?」

 村長がアルに尋ねる。

 その村長の言葉を耳にすると、私のピンと立った耳が落胆で下がっていくのを感じる。

 だって、村長さんの言うとおり、ここは本当に王都からは離れているんだもの。

「それはだな……」

 私や村長さんを見て、アルがまるで楽しいことを見つけた子供のように、口角を上げて悪戯っぽく笑う。

「俺が飛んでいって、交渉してくるんだよ!」

 そう叫ぶと、彼の背についている赤い翼がばさりと広げられる。

 ばさり、とそれがはためくと、彼の体が宙に浮いた。

 彼は、村にいるみんなを見下ろしながら笑いかける。

「話が出来そうな知り合いがいる。そいつに俺の案、絶対に認めさせてくるから!」

 そう言って、ぱちっと片目を瞑ってみせると、翼をはためかせて飛び去ろうとした。

 バサバサと飛んでいくのかと思ったら、アルが停止して振り返った。

「おい、泣きべそ薬師。泣いてないで、ゴブリンたちの面倒をちゃんと見るんだぞ!」

「ちょっと! 泣きべそってなによ!」

 ぷうっと頰を膨らませ、両拳をブンブンと振って抗議するものの、空からは彼の笑い声が聞こえるのみだった。



 ルルド村を飛び去って、アルフリートは大空を王都に向かって飛んでいた。


 ──交渉してきてやるなんてカッコつけてきたけど、実はその部下宰相と交渉するつもりだけなんてダサいな。


 空を駆けていきながら、アルフリートの唇に苦笑いが浮かぶ。

 泣いていたあの少女は嬉しそうにしていたけれど、俺はこの恵まれた生まれを利用するだけだ。

 けれど、泣いているあの少女を見て、その立場があるのに使わないでいることも出来なかった。

 ルルド村の村長も、自分たちが豊かとも言えない状況で、ゴブリンたちを受け入れようとしていた。彼は、他者への憐れみと民を思う心を持った良い長と言えるだろう。

 空は晴れているが白い雲が多く、彼は何度もその雲の中を突っ切りながら飛んでいく。

 雲の中は濃い霧の中にいるようで、服を含めた彼の体表を湿気らせる。

 そしてそれを突っ切ると、青い空とからっとした風がそれを乾かしていく。

 その繰り返しだ。

 まるで、その繰り返しが自分の心の中の葛藤、矛盾への問答を表しているみたいだと思う。

 アレの根本原因は俺にある。

 聖女だった母さんの力を俺が引き継げなかったせいだ。

 母さんの血を継ぐ俺に、聖女……いや、男だから聖者か? その力があれば、母さんが亡くなったあとも国への祝福は続くはずだったのだ。

 アルフリートは、ずっとそう思っていた。

 俺があの村のために動こうと思った理由。

 それはまず、元々彼の中にあった自責の念だ。

 そして何より、なけなしの手持ちの金を見て「ゴブリンたちを救えない」と泣く、非力な猫の耳を持つ少女の憐れみ深く優しい心に胸を打たれたのだ。

 この国は、人間の国と魔族の国しかなかった中で、迫害されがちな亜人のために当代の赤竜王が興した国。けれど、まだその定義はとても曖昧だ。

 興国の時代に赤竜王に従った者たちは当然国民と認識されているものの、そうではなく、ただ森の中に住まう、国を意識しないで生きている者たちは、国民と認識されていない。

 国に縛られない「自由の民」、というところだろうか。

 多分、ゴブリンが国民となる事例は今までにはないのではないだろうか?

 国王や兄、義母たち、宰相などと語る中で見聞きした記憶から、彼はそう判断した。

「だが、彼らを国民に組み込むことを認めてもらう」

 アルフリートただ一人きりだったが、あえてそれを言語化する。それが俺の役目だ、と決意を固めるかのように。

 国民が増えることは、国にとってメリットだ。

 なぜなら、納税が増えるからだ。

 どれだけ大事なことなのかというと、住みやすさの違いから移住者が増えた(領民、国民を奪われた)といって、戦争が起こるほどなのだから。

 国を支える国民というのは、国にとって宝のはず。

 たとえゴブリンという、今まで民として認められてきた歴史のない種族であったとしても、今後、民としてルールに従い、真面目に働くと言うのなら、受け入れられる余地はあるはず。

「……行くぞ!」

 たくさんの雲をくぐり抜けると目の前に王都が見えてきた。

 アルフリートは真っ直ぐに王城を目指すのだった。



「何? ゴブリンを村民にする?」

 アルフリートは、王城に着くとさっそく父を捕まえ、そのまま交渉に持ち込んでいた。

 ちょうど、執務室で国政に関する決裁をしていたところだったので、国王の隣には宰相も控えていた。

「アルフリート様。……ルルド村とおっしゃいましたか」

 宰相が確認のために、執務室内の自国の地図を貼った場所へ、アルフリートと連れ立って歩いていく。

「ああ、そうだ。……うん、このあたり。この国の中では限りなく辺境と言ってもいいくらいの場所にある」

 そして、たどり着いた地図を覗き込み、アルフリートはルルド村のある場所を指さした。

 そこは、その地図の中の極々端っこだった。

 そこにぽつりと村名が書かれていた。

「少しお待ちください」と、そう言って、宰相が執務室にぎっしりと書類の並んだ棚を調べる。

「……ああ、これですね」

 そう言って手に取って戻ってきた資料は、納税記録。

「ルルド村は、あまりに他の町や村からも遠く、治める領主もおりません。納税も直接国にしておりますし、直轄地と言ってよいでしょう。……とすると、その村の沙汰は国が決めても問題なさそうです、陛下」

 宰相が書類を確認して結論づけると、国王に進言する。

「なるほどな。……で、アル。その村民になりたいと言うゴブリンは、本当に善良な民になれそうなのか?」

 執務机とセットの椅子に腰掛けながら、国王はアルフリートに尋ねる。

「はい。最初村に来た動機は、食糧難が原因で村から強奪しようという、安易な考えでした。……ですが」

「ですが?」

「あの村で『薬師』として親しまれている様子の少女がいて、彼女が彼らを諭したのです。……そして、彼女の説得によって、ゴブリン達は自分たちとその家族のために、自らの手で開墾することを決意しました」

 アルフリートが、あの村での経緯を説明する。

「なんと!」

 宰相が驚いたように声を上げる。

「ゴブリンがそのような生き方をすることを決意し、他種族と共存するなど例を見ないが……。村民は受け入れを認めているのか? 争いの火種になることはなさそうなのか?」

 国王は再びアルフリートに問いかける。

「はい。どうも、その提案と説得をした『薬師』の少女は、村人の一部が思わず『聖女』と呼ぶほど慕われているようで……。彼女の提案ならと受け入れる様子です。ですが、あの村には一つ問題があるのです」

「……問題?」

「はい、父上。ルルド村の蓄えに余裕がありません。村民のための食糧と納税のための作物しか蓄えがないそうです」

「うーむ」と唸って、国王が机の上で手を組む。

「父上」

「うむ」

「我が国には、『移民保護』の特例措置があります。それを根拠にして、新しい村民たちの生活が安定するまで、ルルド村へ納税免除をお認めいただきたいのです」

「なるほど。その納税分で、ゴブリン……いや、移民たちを養おうと言うのですな」

 ようやくアルフリートの来訪の意図が読めたように、国王と宰相が顔を見合わせて頷く。

「アル。善良な民は国の宝。それが増えるというなら私には異論はない。……だろう?」

 国王が宰相に確認をすると、彼は同意するように首を縦に振った。

「ところでアル。許可を取らず出奔したことを咎め立てする気はないが、これからどうするつもりだ?」

 国王がそうアルフリートに尋ねた、そのタイミング。

 そこで、彼の兄である王太子ジークフリードの来訪と入室許可を求める声と、扉をノックする音がした。

「構わん。入れ」

 国王の言葉で、兄ジークフリードが扉を開けて入ってくる。

 父上譲りの真紅の髪と瞳。側頭部を飾る艶やかな漆黒のツノ。鍛え上げた肉体と、他者を魅了するよくとおる声。それは高くもなく低すぎもない絶妙な響きを持つ。

 健康そうな白い歯が覗く爽やかな笑顔と、滲み出る精悍さ。

「まるで、生まれながらにその将来を約束されたような人だな」と、アルフリートは王太子であり兄であるその人を見て改めて思う。

「アル! 帰ってきたか! 心配したぞ」

 白い歯を覗かせて爽快な笑顔を見せてから、ジークフリードは逞しい彼の片腕をアルフリートの肩に回す。

「ジーク兄さん。少し思うところがあって。……ご心配おかけしました」

 まるで清流のような眩しい笑顔を向ける兄に、アルフリートは彼の腕の中で曖昧な微笑を浮かべる。

「ジーク。アルがな、国政に興味を持ったようだぞ」

「えっ! 本当ですか!」

 幼い頃の兄弟のじゃれあいのように、兄が弟の額に額をぶつける。

「国政……ってほどじゃないです」

 アルフリートは、照れ臭そうに呟くと、兄から目を逸らす。

「えー? だって、父上がああ言っているじゃないか」

「ねえ、父上」と言って、ジークフリードは国王を見上げ、声をかける。

「ああ。忘れ去られているほど遥か遠い辺境の村にな、ゴブリンが入植したいと。だから、『移民保護』の特例措置を適用して欲しいと交渉に来たんだよ」

 兄弟のじゃれあいを見守りながら、国王がクックと愉快そうに肩を揺らして笑う。

「え! 今まで、そんな素振りはなかったじゃないか。本当か、アル?」

 その問いかけは疑問の体をなしているけれども、喜色に溢れんばかりの声色だ。

「……俺は、兄さんのように竜族としての力には恵まれなかった。だから、『力と心』両方を備えていることが条件である王位継承権も、俺は持っていない。それに、身近に家族以外の親しい人もいなかったから……」

「それで?」

 兄が問いかけると、弟はややを赤く染めながら目を逸らす。

「ゴブリンたちが、食うに困って村に強奪に来たところに出くわしたんだけど……、彼らを改心させて、開拓民になることを決心させた子がいて……」

「うん」

「驚いたし、感動したんだ。……普通なら忌み嫌われるゴブリンの頭を優しく撫でながら説得する、その姿に見惚れた。自分の手持ちの金じゃ彼らを養えないと泣く彼女が──まるで、聖女だった母さんのような、そんな優しい顔で……」

 アルフリートは、うまく合いの手をかける兄に誘導されるがままに、なぜ城に戻ってきたかを答えてしまう。

「ふうん……。『彼女』ってことは、女の子なんだ?」

 ジークフリードが、片眉を上げて悪戯っぽく笑う。

「はあぁ!? どうして話がそっちに行くんだ!」

 兄の手から逃れて、アルフリートが嫌悪をあらわにする。

「こら、二人とも。いい年をして、やめんか」

 じゃれあいのあとは、喧嘩勃発となる手前で、国王が子供たちを止めに入る。

 子竜でもないのにと言外に窘めるその言葉に、二人は互いの距離を程々にとって、国王に向かって立つ。

「それで父上、アルの望みは聞き届けることになったんですか?」

「ああ。アルが見聞きしてきたと言うのだ。ゴブリンが村民……この国の民として生きてゆこうと決意するというのは驚きだが、国民が増えるのは喜びだ。そうだろう? ジーク」

 国王の言葉に、ジークフリードがにこやかに笑みを浮かべて頷く。

「アル。お前はそのルルド村の開拓が順調に進むよう、しばらくあちらに滞在して見守れ。いいな?」

「はい。それはもちろん。俺が願い出たことですから最後まで責任を持って見守ってきます」

「では」と言って、国王と宰相、そして兄に会釈をしてから、アルフリートは淡々とした表情で執務室をあとにした。


 弟が部屋を去って時が十分に経ったあと。

「父上。……アルをたった一人辺境に行けなどと……! ただでさえ、第二王子でありながら王位継承権を与えられないことに、私は反対してきましたが……。まるで辺境への追放のような指示を与えるなど、あんまりじゃないですか?」

 ジークフリードが国王に静かに抗議する。

「アルに王位継承権を与えたらどうなる? 私だってあれは可愛い息子だ。だが、あれは人と竜の間に生まれた。その出自を厭うものは竜種の上位貴族にも多い。……我が王家が立国してまだ日は浅く、全ての口さがない奴らを完全に黙らせることが出来るほどの力はないのだ」

「……だからといって……あんまりです」

 かといって、国王の言うことは正論で、反論の余地はない。

 ジークフリードは我が身の力の無さに対しての怒りに、ギリ、と唇を嚙むのだった。


 アルフリートが国王の執務室を辞して、しばらく歩を進めていた時のことだった。

「よう、ドレイク殿下」

 その言葉を、廊下の反対側から歩いてきてかけてきたものがいた。

 それは、アルフリートが城を出奔する前に彼を罵った騎士。

 しかも、今回は彼を抑える同僚もおらず、二人きり。

 だから、あからさまに王子であるアルフリートへの蔑称を口にした。

 またか。

 アルフリートは、もう彼が自分に絡んでくるのは恒例行事くらいにしか思っていなかった。

 だから、相手にバレないように、小さくため息をついた。

 相手の騎士の名前は、ガルドリード。

 愛称や、略す場合にはガルドと呼ばれる、黒竜種の侯爵家の次男だ。

 彼はアルフリートが幼少の頃に、ちょうど年頃も家柄も釣り合うという理由で、アルフリートの遊び相手を兼ねた小姓ペイジだった時期もある。

 王族の小姓ペイジ、しかも、幼少期からともに育つ学友のような立場だった彼は、素直にアルフリートを立て、仕えて、信頼を得ていけば、将来は騎士の中でも王族に対して発言権を持つほどの有力者になれた。


 ──はずだった。


 彼の父ヴァルドもそれを望んで、彼に小姓ペイジになって欲しいと言う、王家からの提案を受けたのだ。そもそもヴァルド自身が現国王の小姓ペイジだったという過去もあった。

 それは、将来を約束されたような要請である。

 侯爵家の跡継ぎではなかったガルドリードにとって、素晴らしい未来への切符だ。

 子の将来や家の利を考えた時、ヴァルドにその申し出を断る理由はなかった。実際、彼は宰相に次ぐ、国王の右腕として仕えている。

 だが、黒竜族は竜族の中でも、竜種第一主義の者が多く、弱き種族や人間を嫌うものが多い。

 そんな一族にガルドリードは生まれ育った。周囲の環境に感化されてか、彼は幼いながらも「力こそ全て」と思い込むようになっていた。

 ただし、黒竜族とはいっても、その長である彼の父親ヴァルドはそんな思想を持ち合わせていない。当然、アルフリートに対して色眼鏡で見ていたりはしない。

 そんな父親から伝え聞いた要請に、まだ幼かったガルドリードは最初、父親に「嫌だ」と訴えた。

 そんなわがままを言うガルドリードを、ヴァルドは父として窘めた。

「一族の中の、力だけが正義だと言うものの戯言に耳を傾けるな。アルフリート殿下は、いつか国になくてはならないかけがえのない存在になる。お前は殿下のそばで、物事の在り様を正しく見て、自分の将来を考えるのだ」

 そう諭され、彼はアルフリートの元に召し出された。

 その結果最初は彼も、彼の思想を押し殺し、素直にアルフリートの学友を務めていた。

 けれど、未来の彼の主人になるらしいその少年アルフリートは、年数を重ねるにつれて、ガルドリードを含めた同年代の竜族の少年たちに比べて発育の遅さが目立つようになった。

 その結果だろうか。剣技や体術の習得も遅い。

 そして、ドラゴンブレスや、彼らが種に応じてもつ魔法。

 竜としての基本能力ですら、王族でありながら習得出来ないものがあったのだ。

「力こそ全て」を信条とするガルドリードにとって、そんなアルフリートを主人に掲げるなど、我慢が出来なかった。

 だから、彼が十四の歳になるかならないかの頃に、口にしてしまったのだ。

「お前なんか、ドレイクより劣る! 俺はそんな奴を主人として認めることは出来ない!」

 その時、幸いにもアルフリート以外の王族はいなかったから、その場での手打ち死罪は免れた。

 だが、当然その場に居合わせた者から、国王やガルドリードの実家へ報告が上がる。

 侯爵家の主人、ガルドリードの父は、国王とその家族に対して、絨毯に体を投げ出す勢いで頭をこれでもかというほど叩きつけて謝罪した。

 そして「最悪の沙汰──死罪だけは、許して欲しい」と。

 愚かな振る舞いしか出来なかったとはいえ、実の我が子を思う心から、侯爵家当主としてのプライドも何もかもかなぐり捨てて、国王とアルフリートに懇願した。

 彼は小姓ペイジ、そしてその後、王族の侍従となる道を奪われた。

 当然の結果である。

 そして、十五の歳で成人しても、形のみは騎士であっても、永遠に一兵卒から引き上げることはないようにする、との決定が王から下されたのだ。

 一般的にこの国では、騎士には騎士爵が叙爵される。

 しかし、ガルドリードには騎士爵は与えられなかった。

 まさに『形だけの騎士』。

 それが今のガルドリードだ。

 だが、彼に反省はなかった。

 父が、自らのプライドや、侯爵という高位貴族、黒竜族という、その心を支えるもの全てをかなぐり捨てて、息子の命乞いをしてくれたにもかかわらず、それに感謝もしていなかった。


 ──余計なことを。


 それが、ガルドリードの、当時の父の対応へ抱く思いだ。そしてそれは今も変わらない。

『親の心子知らず』。

 まさに、それを体現しているかのような息子である。

 やがて、じわじわとガルドリードの身に溜まり続ける待遇への不満を、彼は全て一人にぶつけるようになる。

 アルフリートだ。

 そんなガルドリードとは、アルフリートは長話したく……いや、絡まれていたくなかった。

 さっさとあしらうに限る。

 アルフリートは、そう判断する。

「俺は、父上に辺境の村の立て直しを見守ってこいと命じられた。……お前のいる中央からは去る。お前の目に触れることもなくなる」

 そう言い切って、一息深く息を吐き出してから、吸う。

「……それで、満足だろう?」

 アルフリートは、獣の目で相手を威圧するかのように、ガルドリードを睨みつけた。

「俺も、いっそ清々しい気分だよ。……ガルドリード」

 そう言い捨てて、ガルドリードの脇を通って彼とすれ違い、彼を残してただ足早に去っていく。

 ガルドリードは揶揄するタイミングも与えられずに、その場に残された。

 廊下に響くのは、ただ淡々と規則的に響くアルフリートの靴音だけ。

 だが、それを聞きながらガルドリードは口の端を上げる。

「へえ。辺境、ねえ?」

 アルフリートが、王家である家族から愛されていないわけでないこと。

 むしろ深く愛されており、周囲がその将来を案じていることぐらいは、この国の貴族であれば、周知の事実だった。

 そして、ガルドリードもそれぐらいは知っていた。

 その王が命じるのなら、その辺境には何かあるのだろう。

 ガルドリードは、まるで獣が何かを嗅ぎ取るかのように、直感でそれを感じた。

「……これは、何かありそうだ」

 ガルドリードは、立ち去っていくアルフリートに体を向ける。

 口元だけで笑いながら、彼の背中を睨みつけた。


 アルフリートは、嫌な相手から逃れたあとも足早に王城の廊下を歩く。

 そして、渡り廊下となっていて、一歩足を踏み出せば庭に出られる場所にたどり着いた。

「さて、行くか」

 廊下を歩いていた時とは、打って変わって彼の表情は明るい。

 バサリ。

 彼の背中から赤い翼が生え、今までの窮屈さを払拭するかのように、伸びやかに広がる。


 ──あの子に会いたい。


 彼の脳裏から離れない、薬師と呼ばれていた少女。

 彼女の一挙一動。

 そして、そんな彼女の言動によって、善き方へと変わっていく者たち。

 あそこは温かい。

 思い出すだけで、自然と唇が柔らかに弧を描くのをアルフリートは感じた。

 それに比べて王城は窮屈だった。

 彼には能力がないのか。

 まだ、を破れていないだけなのか。

 理由はわからないが、彼の能力は中途半端にしか発現されていない。

 そんな彼の身を案じる優しさゆえ、父と兄の間でも時折意見の対立が起きている。

 彼は、薄々それに勘づいていた。

 その気持ちはありがたい。

 けれどそれと同時に、申し訳ない気持ちで、ぎゅうっと心が締め付けられるのだ。

 加えて、彼が竜である王族の一員として生まれたのにもかかわらず、その力がないことに不満を持つ者も多い。

 そんな窮屈な場所よりも、彼女と彼女によって変わっていく者たちが住む小さな村。そこに在りたいと、寄り添っていたいと、そんな温かな感情が湧き上がってくるのだ。

 それは、今までアルフリートが感じたことはない感情だった。

帰ろう

 そんな言葉が、アルフリートの口をついて出た。

 故郷でもなんでもない片田舎の村に過ぎないけれど、そこに在りたいと思う。

 そうして彼は帰途につくのだった。


 どれほど長い時間飛んだだろうか。

 ようやく、目指していた村が、ぽつりとそこにあるのが見えてきた。

「……よし、あともう少し!」

 空は雲一つない青空。

 彼を束縛するものは何もない。

 アルフリートは空中で軽やかに一回転すると、村目指して降下するのだった。



 アルが飛び去ったあと、私は村長さんたち村人や、ゴブリンたちと一緒にいた。

 新たに開墾する区画を決めたり、決めた場所に杭を打ったりと、開墾準備に参加していたのだ。

 そんな時、ふっと自分の目の前に影が一瞬よぎった気がして、私は手のひらで日差しを避けながら空を見上げた。

「ん? チセ。どうしたぽよ?」

 私の頭の上に乗っていたスラちゃんが、ずり落ちないように私の頭の上を絶妙な加減で移動する。

「おーい!」

 頭上からかかる声は、軽やかで明るい。

「アル!」

 私がその人の名を呼んで、両手を振る。

 その声で彼の帰還に気がついて、次々と皆が空を見上げる。

「結果は~!?

 私を含めた、みんなが一番聞きたいこと。

 それは彼の交渉結果だ。

 それでこの村……、ゴブリンたちの運命が決まるのだから。

 みんなが、その答えはまだかと固唾を吞んで彼を見つめる。

 アルが、両手で大きくマルの形を作る。

「成功だ! ここは国王しか統治者はいない。その統治者が納税免除すると言ったぞ!」

 アルが高らかに結果を伝えた。

 晴れやかな空、その空を背にしたアルの晴れやかな笑顔。

 そのどちらも眩しかった。

 わあぁっ! っと村中から歓声が上がる。

 そんな時、私の洋服の端が、くいくいと引っ張られる感触がした。

 なんだろう? と思ったら、もうすぐパパになる予定のゴブリンがいた。

「ねえ。成功ってことは、母ちゃん連れてきてもいいゴブ?」

 ああ、そうよね。

 きっと彼の頭の中には、それでいっぱいよね。

「村長さん! 彼らの家族を連れてきても大丈夫そうですか?」

 私から村長さんに尋ねると、彼はゴブリンのリーダーの子に、彼らの群れの規模を確認した。

「うむ。その規模ならなんとかなるでしょう!」

 ざっと頭の中で計算したらしい村長が大きく頷いた。

 なんか、とっても逞しく見えるわ!

「ゴブリンたちを、その家族も含めて村民に迎え入れましょう! さあ、開墾組と出迎え組とに分かれて、行動しなさい!」

 村長の指示に一斉に歓声が上がる。そして次に、誰をどの役に当てるかなどを熱心に話し合うゴブリンたち。

 そんな彼らを眺めていると、私の隣にとん、とアルが降りてきた。

おかえりなさい!」

 私は、大きく笑って彼にそう言った。

 その言葉に、一瞬彼は目を大きく見開いて言葉を失った。

 けれど、その表情はあっという間に緩んで笑顔に変わる。

「ただいま!」

 彼はそう言うと、笑顔のまま、なぜか私の髪の毛をくしゃくしゃしながら、撫でる。

「もう! そんなにしたら、あとが大変じゃない!」

 ぷうっと頰を膨らませて抗議すると、彼はポンポンと叩いて撫でるのをやめる。

「なんか、嬉しかったんだよ」

 くすっと笑って、その行動の理由を口にすると、彼も私も、忙しそうに動きだす村民とゴブリンたちに視線を移すのだった。

「ところで、チセ様。お願いがあるのです」

 急に村長さんに声をかけられて、私はちょっと驚きに目をぱちぱちさせる。

 そして、声の主の方へ体を向けた。

「ゴブリンたちを村民として受け入れることになりました。これから、皆で協力して彼らの住まいを作ったり、畑を耕していったりしなければなりません」

 それは確かにそうだろう。

 私は、合いの手を打つように一つ頷いた。

「そうすると、きっと不注意で怪我をしたりする者も出てきましょう。前にチセ様に売っていただいたポーションは、体を患っていた村人たちで全部使い切ってしまいました。元々お願いしていたストック分の追加注文を、なるべく早く作ってきていただきたいのです」

「あ。確かにそうね!」

 村長さんの言葉に納得をしながら、私には、手伝うだけじゃなくて、みんなの力になれることが他にあることに気づかされる。

 そのことにとても嬉しくなって、私の体の猫のパーツが興奮してくるのを感じた。

 もし、ソックスのようにお髭があったら、きっとそれも前のめりになっているはずだわ!

 そこで、ソックスがトコトコと二本足でやってきて、くいくいと私の服の端を引っ張る。

「薬草採取と、お薬作りをしないとにゃ!」

 彼と一緒にやってきたメイプルも、その横で胸をドンと叩いて張る。

「じゃあ、ボクが森の中の護衛をするよ!」

 頭上のスラちゃんが、上から覗き込むようにして話しかけてくる。

「じゃあ、森のアトリエに帰るぽよ!」

「……帰る」

 そこに、ぽつりとアルの声がした。

 そういえば、私の隣にはアルがいた。

 というか、アルってこれからどうするんだろう?

「ねえ、アル」

「ん?」

「アルはこれからどうするの? おうちに戻るの? ここに残るの?」

 私が尋ねると、アルがぽつりと呟く。

「俺は、……ここにいたいな」

 私たちのやりとりに気づいたらしい村長さんが、慌ててこちらにやってくる。

「アル様。こちらにお住まいを移されるのですか? ええと、ご準備などは?」

 こんな外れも外れの辺境の小さな村。

 王族に近しいと思われるアルが住むのにふさわしい家などない。

「そういえば、チセは確か『帰る』って言ってたよな?」

 アルの話題なのに、なぜか彼は私に話題を戻した。

 うーん? 今、私の情報は必要ないと思うんだけど。

「うん。私は森の中にアトリエがあるの。だから、ポーションの調合なんかをするために一度森へ帰るわ」

「そこは広いのか?」

「ある程度はね。この、スラちゃん、ソックス、メイプルも一緒に住んでいるわ」

 不思議に思いながらも、私は素直に彼に私の住まい事情を説明した。

 すると、アルが、唇に手を添えて「うん」などと一人で呟いていた。

「なんだか、楽しそうな生活だなぁ。俺もその中に加えてくれない?」

 サラッとアルがその言葉を口にした。


 ──は??


 私は混乱で返すべき言葉が思い浮かばない。

 その代わりなのだろうか? 周囲が勝手に論争を始めた。

「ダメだよ! ボクたち年頃の女の子と、男の子が一緒に住むなんて!」

「え? ちょっと待つにゃん! 僕は男なのにゃ!」

「は? ソックスは別にチセと結婚出来るとか、そういう種族ものじゃないだろう!」

「ちょっと待つにゃ! いつ、僕がチセに興味が全くないとか決めつけてるにゃ! 広義で言えば、猫系種族という縁があるにゃ!」

「は? 逆にお前はチセに気があるのか!? なら、アトリエを出ていきなよ!!

「決めるのは、チセにゃん!」

「落ち着くのだぽよ~。僕は性別不明ぽよ~。そこはどうなのぽよ~?」

 えーっと。

 ソックスは私が好きなのかな? あれ? 前に一回猫の姿で寝たのはそういうこと?

 いや、違うわね。

 多分『売り言葉に買い言葉』。って、問題はそこじゃないか。

 みんながじっと私を見ていた。アルも含めて。

 森のアトリエの居住権に関する判断は、私に一任されたらしい。

 問題は、女の子と男の子が同居してもいいのか。そして、アルを受け入れるのか、だよね?

 森のアトリエは結構広い。

 居間にも個室にも、まだ十分余裕がある。

 個室には、中からかけられる鍵がある。

 すでに男の子ソツクスを受け入れ済みである。


 ──いいんじゃない?


 なんか色々整理すると、別にいいんじゃないって思った。

「いいんじゃないかな? 内鍵付きの個室にもまだ余裕があるし。それに、アルをダメって言ったら、ソックスをどうしようってことになっちゃう。私は、それは嫌だな」

 私のその結論に、アルは嬉しそうに笑う。

 メイプルは、ちょっと不服そうに、ぷうっと頰を膨らませる。

 ソックスは、へへんといった様子で前足を使って鼻を擦る。

 スラちゃんは「やれやれ」といった様子だ。

 こうして私たちは新たな住人、アルを伴って森に帰ることになった。