第六章 ボーイミーツガール


 話は変わって、王城を去ったアルフリート。

 彼は、人型で赤い翼をはためかせながら、王都から出来るだけ遠くを目指していた。

 空は曇天。

 雨が降る気配がないのは、濡れずに済んで助かるのだが……。

「まるで、俺の気持ちを表しているようだ」と思って、アルフリートはどんよりとした空を眺めて苦笑する。

 俺の出自や事情を誰も知らない、そんな辺境で、しばらくただの竜族として過ごしたい。そして、そこで自分を見つめ直したい。アルフリートの出奔の理由は、それだ。

 幾つもの領地を通り過ぎ、やがて一つの小さな村が、ポツンと存在していることに気がついた。

 その村にたどり着くまでに、彼はかなりの距離を飛んでいた。そして、その村を上空から眺めてみても、周囲には村や町らしきものは見当たらない。ただ、広大な森がそばに広がる牧歌的な村。

「この村を拠点にしようか……って、なんだ?」

 滞在するには理想的な村だと思い、高度を下げようかと思ったその時だ。

 ふと、森から出てきて、砂煙を上げながら村を目指す集団に気がついた。

 それが何かを確かめようと、アルフリートはじっと目を凝らす。

 よく見ると、一体ではそんなに大きくはない。自分たち竜族や人間と比較して小さな体。そして一番特徴的なのは、体を覆う皮膚が緑色であることだった。

「……ゴブリンか?」

 その状況から判断する感じでは、森に住んでいたゴブリンが村を襲おうとしているところ。

「手助けに行くか」

 アルフリートが呟く。

 こんな辺境の村だ。武力を備えているとも思えず、ゴブリンとはいえ、集団で襲われたら被害は免れないだろうと思ったからだ。

 バサリ。

 アルフリートの背に生えている翼が、大きくなり、彼の体が頭から赤竜のそれに変化していく。

 まずは頰を中心とした顔を赤い鱗が覆いだし、体の形が変わり、全身を赤く美しく強靱な竜の鱗が飾る。

 辺境の村にはまず現れることのない赤竜が、援護のために高度を下げて村に降り立とうとしていた。



「ゴブリンが来たぞー! みんな、構えろ!」

 病み上がりの村長の代理なのか、若手のリーダーらしい虎獣人が、門に集まった村人たちに指示をする。

 当然、協力しようと雑貨店から駆けつけた私たちも、彼の指示に従って、集中する。

 そして、とうとう先陣のゴブリンたちが村の門のすぐそばにやってきた。

 後方のまだ追い付いていないものを待っているようで、まだ村へは攻め込む気はないようだ。

「食糧をまず探すゴブ!」

「「「ゴブー!」」」

 ゴブリンのリーダーと、従うものたちの言葉のやりとりが、はっきり聞こえる。

 それを聞いて、虎獣人の若者が、後方にいたものたちに指示をする。

「相手の目的は食糧だ! 何人か食糧庫の守りに回れ!」

「「「わかりました!」」」

 そんな時、私たちがいる場所に影が落ちる。

 なんだろうと思って、空を見上げる。

 すると、私がこの世界に来て初めて見る赤竜が、私たちのすぐ上で翼を羽ばたかせていた。

「……赤竜!」

 流石の虎獣人たちも、驚愕に目を見張る。

 竜はこの国を建国した王族や貴族に近しいものが多い、強大な力を持つ種属だ。それが、私たちの上で翼を広げていたのだ。

 驚きで、体が硬直しているものもいる。

「メイプル、竜って本当にいるのね……」

 立ち止まっている先陣のゴブリンたちは、あともう少しでこの村に押し寄せそうな距離だ。

 それにもかかわらず、私は、その偉大な姿に目を奪われる。

「ボクも初めて見たよ……!」

 この地を奪いに、襲いに来たのだろうか?

 もしそうだったとしたら、ゴブリンたち以上の脅威なのは間違いないだろう。

 すると、上空から声をかけられた。

「俺がゴブリンたちを威圧する。おそらく、硬直して動けなくなるだろうから、そこを攻めろ」

 なんと、赤竜は私たちの味方をするために来てくれたらしい。

 そして、威圧でゴブリンを動けなくしてくれる……?

 だったら、ゴブリンたちをひとまず縄か何かで捕縛して、事情を聞くなり、説教をした方がいいんじゃないかしら? 何も、問答無用で攻撃しなくてもいいわよね?

 私はそう思った。

「だったら、動けなくなったところを捕まえて、こんなことしちゃダメって、お説教してみましょうよ! それでダメだったら、……やっつければいいわけで……」

 私は、最後の一言を口にするのに一瞬ためらった。

『やっつける』。

 それはすなわち、傷つけ、殺すことだからだ。

「食べ物に困ったら奪えばいい、それじゃあダメだって知らないのかもしれない。チセの言うとおり、教えてみてからでいいんじゃないかな? ボクはゴブリンに肩入れしたいんじゃない。チセが傷つくのが嫌なだけ。だから、チセの意見を優先したい!」

 私の意見に、メイプルが加勢してくれた。

「襲撃しに来たゴブリンを倒さない?」

「驚いた。なんとお優しい」

「……さすがは、薬師様。やはり神の遣わした癒し手ということなのか?」

 虎獣人さんを中心とした村人たちが、ざわざわとしだし、対応を検討している。

 そして、突然現れた赤竜は、それを上空から見守っていた。


 後続のゴブリンたちも、先頭で待っている同族たちに追いつき、総勢十五体で村に向かってきた。

 すると、赤竜は私たちと彼らの間に着地する。

 ちょうど、入り口の一歩前でゴブリンたちの進行を塞ぐような位置だ。

 赤竜は私たちに背を向け、やってくるゴブリンたちに向かって、「ギャオオオオーーーー!」と叫んだ!

 それは大気を震わせ、地から響くように足元を揺らす。

 そして、私たちからは見えにくいのだけれど、竜のめ付ける瞳をゴブリンたちは無防備に見てしまったらしい。

「ヒッ!」

「ギャ!」

「ーーッ!」

 ゴブリンたちは、全員その場に倒れ込むか尻餅をついた。

 びっくりしすぎたのか、泡を吹いて気絶していたり、下腹部を隠している腰布を濡らしてしまったりしているものもいる。

 そしてそのまま、プルプルと動けなくなってしまったのだ。

「今のうちに、縄で動けないように縛るよ!」

 すると、赤竜が指示した時に取りに行ったのだろうか、ちょうどタイミングよく、荒縄を手にした者たちが駆けつけてきた。

「薬師様! 村中の縄を集めてきました!」

「ありがとう! じゃあ、ひとまずこの子たちを逃げられないように縛ってちょうだい!」

 私が村人にそうお願いしていると、大きな獣型だった赤竜の影が小さくなっていくのが地面に映っていた。


 ──あれ?


 私が、その地面に映る影から上に視線を上げると、そこにはすでに赤竜はいなくなっていた。

 その代わりに赤い髪に蒼い瞳、そして側頭部に灰色のツノを持った少年が佇んでいた。

 この村で見る人々の誰よりも、上質そうな生地で出来た服を着ている。

 じっと彼を見ている私と、彼の目線が重なる。

 すると、彼はおもむろに口を開いた。

「殺さないのか? こいつらは食糧を強奪しようと襲ってきたんだろう? それなのに処分を保留するのか?」

 指示を出していたのが私に見えたのだろうか?

 彼は驚きと奇異なものでも見るような目で私を見て、そう問いかけてくる。

「うーん。だって、食糧強奪が目的なら、食糧が十分にあれば、彼らはこんなことをしでかさなかったのかもしれないわ。それは、聞いて確かめないとわからないし、解決方法があるかもしれないじゃない」

 彼は私に異論を唱え、あまりにも不躾な目線を向けてくる。私はそれに不満を感じて、軽く唇を尖らせながら答えた。

 そんな私の気持ちに気づいてなのだろうか?

 不意に、ぷっと口元を拳で押さえながら彼が笑った。

「ごめんごめん。責めているわけじゃない。随分優しい考え方をするもんだと、……感心したんだ」

(まるで、俺の母さんのようで)

 そう、最後に言葉にされなかった彼の気持ちには、私は当然気づかない。

 でも、その笑顔に絆されたのか、ちょっと反抗したい気分だった私の気持ちはほぐれた。

「俺も手伝う」

「あ、私も!」

 そして、二人でゴブリンたちの捕縛に協力しに向かうのだった。

 一刻ほど経つと、一体、また一体と意識を取り戻し始める。

 上半身だけ起き上がる者も、そのまま横になっている者もいる。

 彼らの恐怖の対象であった赤竜はいない。

 けれど、彼らは体を縄で拘束されて一箇所に集められている。そして、その周りを村人たちにぐるりと囲まれていた。

 その自分たちの置かれた状況から、事態を把握したのだろうか?

 ゴブリンたちは、皆一様に項垂れた。

「失敗ゴブ……」

「食糧、持って帰れないゴブ……」

 そして、口々に目当てだった食糧を得ることが出来なかったことを嘆くのだ。

「お腹空いたゴブ……」

 そう呟いたあとに、盛大にお腹を鳴らした個体のそばに、私は近寄ろうとした。

「おい! 拘束しているとはいえ……」

 私の身を案じてくれるのか、赤竜だった少年に、行く手を阻まれそうになった。

「話を聞きたいのよ。それに彼らを見て。もう、悪さをする気力はなさそうだわ」

 私は彼にそう説明して、行く手を阻む腕をするりと躱す。

 そして、一体のゴブリンの前にしゃがみ込んで、私は首を傾げてみせた。

「ねえ? どうしてこんなことしようとしたの?」

「……」

 私の問いには答えたくないようだ。

「ねえ。答えてくれないかな? あなたたちは、食べるものに困っていただけなんじゃないの?」

「……森が」

「うん?」

 やっと口を開く気になったゴブリンの話を、私はまずは話したいままに話させながら、耳を傾ける。