第五章 猫耳獣人と小さな村


 私たちは、森の環境や、それによる生態の変化なんかの話題を交えつつ、これから向かう村についての説明を聞きながら歩く。道はほぼ獣道に近く、その細い道を一列になって歩いていく。

 ソックスが道案内してくれるので、行ったことがあるのかと尋ねると、むしろ顔馴染みだと言う。

 そんなソックス曰く目指すのはルルド村。このあたりでは唯一の村らしい。土地自体は緑豊かな平野に恵まれているのだそうだ。けれど、王都からの遠さがネックで好んで住むものはそう多くないらしい。

「住人が増えれば、開拓も進んで大きな町に発展する可能性のある村なんだけどにゃー」

 勿体無いのにゃ、とぼやいていた。

 そんなことを話しながら進むと、お日様が天頂に昇りきる前には村に着くことが出来た。

 村と言っても、粗末なものではなく、きちんと高さのある木の壁で村の周囲を囲っている。

 入り口にも、きちんと開閉可能に見える扉が付いている。

 その扉が今は開いている。けれど、そこを塞ぐように体格の良い狼獣人が二人立っていた。なぜ犬ではなく狼と断言しているのかと言えば、私と違って彼らは顔が狼のものだったからだ。

「そういえば、私たちって身分証とかって持ってないよね。入れるのかしら?」

 そのいかつい門番たちを見ると、ちょっと気後れしてしまった。

「僕は、いつもシュルッと入ってるけどにゃ」

 君一人ならそれで良くても、今日は大人数なのよ。

「ひとまず目的を話して、入れてもらえるか交渉してみましょうか」

 怖がって何も言わずに回れ右しても、何も得られない。だったら、ちゃんとやれることはやってみましょう!

「初めまして! 最近森に住み始めた、チセと申します。周りの子たちは、私の仲間たちです」

 私が、入り口の門番たちの真ん中、彼らに向かい合うように立って、ぺこりとお辞儀をする。

 もちろん、頭の上に乗っているスラちゃんが落っこちないように、頭は両手でスラちゃんを押さえてだ。

 そして、私に倣うようにして他のみんなもお行儀良くお辞儀をしてくれた。

「おやおや。初めまして。森に一人でなんて心配……とは言っても、それだけ仲間がいれば安心かな?」

 門番の人は意外と気さくで優しいようで、むしろ多分私が年若い少女で、森に一人暮らしという点を真っ先に心配してくれたようだ。

「ところで、私たちに話しかけているということは、この村に用事かな?」

 もう一人の門番さんも、やたらと警戒する素振りはなく用向きを尋ねてきてくれた。

「はい。初級ポーションですが、私はお薬を作れるのです。出来たらそれをこの村で売って、そのお金でお買い物をしたいと思ってやってきたのです」

 そう説明してから、メイプルにショルダーバッグの中身を見せるように促した。

 すると、メイプルが一歩前に出て私の隣に並び、ショルダーバッグの口をかぱっと開けた。その中には十九本の薬瓶がぎっしり詰まっている。

「おお! 薬!」

「これはありがたい! 村長に報告してくる!」

 門番の一人が、あっという間に村の中に駆け込んで行ってしまった。

 その様子に呆気に取られている私たちに、残った門番が事情を説明してくれた。

「いやね、この村は王都からとても離れた、辺境と言ってもいい場所でね。なかなか行商人も来ないんだ。しかも、こんな小さな村に住みたいって言ってくれる薬師もいなくてね」

 そういうわけで、薬を売ってもらえるかもしれないのは、大変なことだというわけなのだそうだ。なんでも、村には薬師がいないから、薬はたまにやってくる行商人頼り。足元を見られているのか輸送費が高いのか、行商人経由では一般価格より高いのだという。

「待たせてすまないね、でも、もうちょっと待っててね!」

 用向きが、薬の買い取り希望だということがわかってからの待遇は非常に良く、残った門番さんも、待ち時間を飽きさせないようにと村のことを色々教えてくれた。

 村という割には立派な壁も、最近森の恵みが少なくなってきた関係で、獣や魔物たちが飢えて襲撃してくる事態が増えている。だから建て直ししたのだとか。

 その昔、竜王陛下の奥方の聖女様が存命の頃には、夜に王都から範囲基本回復エリアヒールが施されていたので、簡単な病であればたちどころに治ってしまったとか。

 でも今は、ヒールもないし薬も不足がちで、病に悩むものも多いのだという。

 そういうわけで、私たちは、村長さんがやってくるまで、色々村の情報を聞かせてもらいながら待つのだった。

「ゴホン! ゴホン!」

「村長、大丈夫ですか!?

 そうして、ようやく待ち人が来たようなのだけれど、どうも村長さん自身が体の具合が悪そうに見えた。

 本当は勝手に中に入ってはいけないのだろう。けれど、心配になったので私は思わず村長さんに駆け寄って、村長さんの体を支える門番さんの反対側からその体を支える。

「ああ、すまないね。君が森の薬師殿かい?」

 そんな大層な身分ではないのだけれど……。

「はい。お薬を調合したので買っていただけたらと思って、お訪ねしました」

 私は、そう答えたのだった。

 門番の一人と私が一緒に支えて歩く村長さんは、時折咳き込むようにして立ち止まってしまう。

 あまりにも辛そうなので、近くにあった腰掛けるのに手頃な大きさの切り株に、彼を座らせた。

 村長さんは、私と同じように獣化の少なめな狼獣人らしく、人の体に狼の耳と尻尾がついているだけだった。

「ああ、すまないね。どうにも、この咳の病が治らなくてねえ……」

 歳を重ねて顔に皺が増えてきたその顔を、クシャッとさせて苦笑いをする。

「村長さん。私は森に住むチセと言います」

「うん、さっきこの門番に聞いたよ。初級ポーションを作ってくれたんだってね。とてもありがたいよ。ぜひ村で買い取らせていただきたい。歓迎するよ」

 そして、もう一度顔をクシャリとさせて笑ってくれた。

 そんな村長さんが、「ゴホン」とまた咳き込んだ。

 私は、買い取ってもらって現金を得るという目的のために村へ来たのだけれど、苦しそうな村長さんを見ていること自体が辛くなった。

 かといって、すぐに「買って飲んでください」と言うのも、なんだか苦しんでいる彼につけ込むようだ。なんだかその行為に少しの卑しさを感じてためらいを感じた。

 私は、切り株に腰を下ろす村長さんと目の高さを合わせるために、しゃがみ込んだ。

「村長さん。まずは村長さんに一瓶飲んでいただきたいです。その分は無料です。買い取りをするだけの価値があるかを、村長さん自身に確認して欲しいんです」

 そう申し出ると、村長さん、ついてきてくれたアトリエの仲間たち、門番二人が目を見開く。

「チセ、君はお金が必要にゃんだろう?」

「うん、そうね。でも、この村からしたら新しい取引相手なんだから、まずは試用品を使うことも必要じゃないかしら?」

 私に尋ねてきたソックスに私は返答して、彼の気遣いに感謝してにこりと笑いかけた。

「村長! 僕が保証するにゃん。この子は人を騙すような子じゃないにゃ。だけど、これは取引するかを決める場だから、まず咳の病を抱えている村長さんが試飲して確かめるにゃん!」

 ソックスはそう言うと、メイプルに声をかけてショルダーバッグの中を探り、私が作ってきた初級ポーションを一瓶取り出した。

「チセ、いいんだにゃ?」

「ええ、いいわ」

 すると、ソックスは瓶の蓋を開けた。そして、トコトコと村長さんの間近に近寄る。

「さあ、飲むにゃ!」

「だけど、私の病は、行商人が運んできた初級ポーションを飲んでも治らな……」

 遠慮なのだろう、断ろうとする村長さん。その口に、ソックスは半ば強引とも思えるような素早さで瓶の口を触れさせてしまう。

 ふふ。ソックスったら強引ね。でも、遠慮深い相手には良い方法かもね。

 私は微笑んで二人のやりとりを見守る。

 村長さんは、そんな私に視線を向けて、「すまないね。口が触れては、もう商品にならないだろうし……」と言って謝罪する。

「大丈夫よ。さあ、飲んでみて」

「大丈夫、チセのポーションはそんじょそこらのものとは出来が違うぽよ!」

 私の頭上のスラちゃんも、村長さんをあと押しする。なんだかその言葉は聞いた覚えがあるよ?

 何度も促されて、村長さんは半信半疑という様子でポーションを飲んだ。

「……おや?」

 ポーションを飲み終えた村長さんが、胸を自分の手でさすりながら首を捻った。

「……胸から迫り出すような、そんな圧迫感がない……?」

「本当ですか! 咳は、咳はどうですか!?

 村長さんに付き添っている門番たちは、まず目を丸くし、そして嬉しそうに笑顔になる。

 そんな、結果が待ち遠しそうな門番たちのために、私は村長さんに尋ねてみた。

「私、簡易版の鑑定スキルを持っているんですが、観てもいいですか? 治ったかどうかわかるかも……」

「ぜひ、ぜひ! ね、村長、観てもらいましょう!」

 結果を早く知りたがる門番たちは、村長さんを積極的に提案に乗るように促してくれた。

「……まあ、観られて困る身でもないしね。じゃあ、チセさん。お願い出来るかな」

「はい!」

 村長さんの許可もあって、安心して、彼の鑑定をする。


【ガルム】

 種族:狼獣人  状態:健康そのものぽよ!  レベル:年の功だけあるね

 魔力:すっくな!  知力:さすが村長だね! 知識が豊富!  力:さすが狼だけあるね!

 体力:強そう!  性別:男  年齢:五十歳くらい?

 固有スキル:切り裂く爪、突き破る歯牙


 ん。都合よく『状態』って項目が出てきたわね。しかも、ぽよって……。

 スラちゃん鑑定って命名しようかしら、このスキル。

「村長さん、確認出来ましたよ」

 私はしゃがんだままの姿勢で、にっこりと村長さんに笑いかける。

「健康そのもの、だそうです」

「「「おお……!」」」

 村長さんと門番さんたちが、喜色を浮かべ驚きの声を上げる。

「私の長患いは、一般的な初級ポーションでは治らなかったのだが。……これは素晴らしい薬師様が来てくださった! 歓迎しますよ、チセ殿!」

 村長さんは私に謝辞を述べて、両手で私の両手を包み込み、固く友好の意を示したのだった。

 村長さんの病気が治ったことは、若く元気な門番たちが村中を走り回って知らせ、村中が喜びの声に沸いた。

「じゃあ、この村では薬は私が管理しているので、まずは私の家に行きましょう」

 村長さん曰く、この村は薬屋で商いが出来るほど薬は手に入らない。しかも医者に管理してもらおうと思っても無医村。

 そういう事情もあって、薬の管理は村長さんがやっているのだそうだ。そこで、まずは村長さんの家で話さないかと提案された。

 ならばと村長さんと共に私たちは彼の家に向かおうとするのだけれど……。

「チセ、なんか、あちこちの家から住民が出てくるにゃ?」

 ソックスが、村をキョロキョロ見回してから、私に不思議そうに声をかけてきた。

 確かにソックスの言うとおり、あちこちの家の玄関扉が開いて、住人が私たちの向かう方向へ我先にと走っていくのだ。


 ──どう見ても、私たちが向かう方向へ走ってるよね?


 私のその想像は当たっていたらしく、村長さんの家に着くと、既に薬を求める村民十数名ほどが行列を作っていた。

「うちの母ちゃんが病気で!」

「いやいや、うちの子の方が先だ!」

 並んでいるのは、病人を抱えた家の家人たちのようだ。

 ぱっと見でも結構な人数がいるし、薬の購入順を争っているようなので、私は心配になって並んでいる人たちの人数を数える。

 ひーふーみーよー……、村長さんに使って残り十八瓶しかないけれど、並んでいる村民はその本数で収まる人数だったので、ひとまず、私はほっと胸を撫で下ろした。

「皆さん、落ち着いてください! 今いらっしゃる皆さんに、一人一瓶でしたらお分け出来ますから、言い争いはせずに、落ち着いて待っていてください」

 そう私が並ぶ村民に声をかけると、並ぶ人たちの表情と場の雰囲気も和らいだ。

「全く。急く気持ちはわかるが、そんなにがっつくものじゃない。ちゃんと私が買い取って、皆の手に渡るようにするから、そのまま並んで待っていなさい」

 村長さんが私の言葉に続いて、村人たちを窘める。

 そして私たちは、村長さんに促されて、彼の家に招かれたのだった。私たちは、村長さんの家の簡易ながらテーブルとソファの応接セットのある応接間に通された。

「品は、私が試させていただいたものと同じかな?」

 村長さんは、ソファに腰掛けるように私たちに促しながら自らも腰を下ろす。そして、私が買い取りを願っている薬の品質について話題を振った。

「はい、同じ品質の初級ポーションです。一瓶お試しいただいたので、残り十八瓶あります」

 そこで、メイプルの腕をツンツン突いて、持ってきた薬瓶を出してくれるようにお願いした。そこでやっと、はっと気がついたように瓶をテーブルの上に並べるメイプル。

「それは、村人たちも喜ぶだろう」

 村長さんが、たくさんの瓶を見て嬉しそうに目を細める。

 そんな中、部屋の扉がノックされ、「お茶を持ちしました」と女性の声がした。

 村長さんが許可をすると、優しそうな壮年の狼獣人の女性が、車輪のついた小さなテーブルを押しながら入ってきた。そのテーブルには、複数のカップとポットが載っている。

「あら、あなた。お客様と聞いてはいましたが、いつもの咳は……?」

 その女性は、カップを村長さんと私たち(スラちゃんにも!)全員に配り、ポットからお茶を入れて回りながら村長さんに尋ねた。「あなた」と呼んでいるということは、奥さんかしら?

「ああ。お前には今日の素晴らしい出来事と、今日招いたお客人のことを紹介していなかったね」

 奥さんらしい女性は、村長さんと向かい合って座っている私たちに、にっこり微笑みかける。そして、お茶を入れ終わったポットをテーブルの上に戻した。

「チセ様、彼女は私の妻でテレサと申します」

 夫である村長さんに紹介されると、テレサさんが、にこやかな笑みをたたえたまま、頭を下げた。


 ──ん? 前の呼び方って、『様』ついてたっけ?


 はて、と私は首を捻る。

「そしてテレサ。チセ様は、最近村の近くの森に住み始めた薬師様なんだよ。君が心配していた私の長患いは、チセ様がお作りになった初級ポーションであっという間に治ってしまったんだ!」

「まあ!」

 病が治ったと聞いて、テレサさんはただ一言、感激した様子で声を上げる。

 そして、喜びとともに、疑問が湧いたのか、首を傾げた。

「……それにしても、本当に初級ポーションなのですか? 今まで行商人が持ってきたものを飲んでも治らなかったはずですが……」

「それが、チセ様の薬は品質が違うんだよ! きっと、困っていたこの村を神々が憐れんで、遣わしてくださったに違いないよ!」

「まあまあ! 我らの村をお救いくださる森の薬師様! 素晴らしいわ!」

 なぜか私当人を置き去りにして、村長夫婦は大興奮するのだった。

 まあ、神さまがこの地に遣わしたというのは確かに事実なんだけどね……。人口調整のために異世界に移動させたという意味だけど。

「ところで、この初級ポーションはお幾らくらいで買い取っていただけるでしょうか?」

 薬師の出現に奥さんと一緒に感激している村長さんに対して、本来の話題に戻すために、私は声をかける。

「ああ、そうでしたね。すみません」

 村長さんが苦笑いして謝る。そして奥さんも会釈してから、テーブルを押しながら部屋を出ていった。

 ところが、本来の話題に戻せて上々なのに、ソックスがなぜか私にお説教を始めた。

「……チセ。普通売り込みというものは、相場を把握してからするものにゃ」

 あ。それはそうか!

 そうとは思いたくないけれど、仮に村長さんが悪い人だったら、安く買い叩かれることだってある。そして他所に転売して儲けることだって可能だろう。

「私が無計画すぎだったわ。教えてくれてありがとう、ソックス」

 隣に座るソックスに反省の意味も込めた感謝を告げ、彼の頭を撫でる。すると、えへんとばかりにお髭が前を向き、心なしか尻尾の先がゆったりと揺れている。

 多分、満足してご機嫌なのね。可愛いわ。

「僕が以前この村を覗いた時は、行商人が三千マニーで村人に売っていた気がするにゃ!」

 あら。市場調査はバッチリね!

「頼もしいわ、ソックス。ありがとう!」

 今度は、ソックスが大好きな喉元から口の端あたりをカリカリと指先で搔くと、嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らした。

「確かに、行商人価格ですと三千マニーですね。ただ、本来初級ポーションそのものは、一般価格で千マニーくらいなのです。この村があまりに僻地だからと足元を見られて、二千マニーも輸送費を上乗せされていまして……」

 神さまがくれた頭の中の知識によると、ものにもよるけれど、大体日本の一円=一マニーらしい。

 とすると本来一瓶千マニーなのに、三千マニーになってしまうなんて、かなりの負担なんだろうな。

 それと、販売価格と買い取り価格は違うから、もう少し安い金額にしてあげた方がいいかしら……? そう思って、そのことをソックスと村長さんに相談してみた。

「ボクは、チセがそれでいいなら賛成にゃん。値段設定の理屈としても良心的で妥当だにゃ。それに、そんな優しいことが言えるチセがますます好きになったにゃん!」

 そう言うと、ソックスが、甘えるように私の体に自分の体をすりっとさせる。

「……私としては、大変ありがたい申し出なのですが、流石に破格すぎて申し訳ない気がします……」

 村長さんは、嬉しさと申し訳なさからなのか、困ったような表情を顔に浮かべる。

「ああそうだ。私は、村長という立場から貴重な薬を管理しているだけで、販売目的というわけではないのです。だから、販売価格と卸価格に差をつけていただく必要はありません」

 村長さんが思いついたように口にする。

「じゃあ、法外な輸送費を除いた千マニーにしましょうか? 前が高かったといっても、薬は人々にとって必需品。それがあまりにも法外な値段じゃあ、みんなが薬を買えなくなってしまうもの」

 村長と商談している私を見守るソックスは、私のその申し出に満足なようで、口が笑みの形をとっている。目は糸のように細く弧を描く。

「千マニー……。薬が、本来の値段で手に入る……!」

 村長さんの声は、喜びからか僅かに震えている。

「ええ、そうしましょう!」

 私は、村長さんに利き手を差し出す。

 その手を取って固く握ると、私に村長さんは頭を下げた。

「チセ様。村民が救われます。……本当にあなたは、神が我々を憐れんで遣わしてくださったのかもしれない。ぜひ、その価格で取引をさせてください……!」

 結局、初級ポーションは一本千マニーで取引することに決まった! 早速、十八瓶のポーションと、一万八千マニーを私たちは交換した。

「じゃあ、早速村民に渡してやりたいので……、失礼しても良いでしょうか?」

「うん! おうちに病気の人がいる人たちが、外で待っているものね!」

 十八瓶も村長さん一人で持てるわけもなく、メイプルを筆頭に私たちもお手伝いして、家の外で待っている人たちの元へ、それを運ぶ。

「みんな、よく聞け! 薬師のチセ様は、我々に薬を一瓶千マニーでお譲りくださった!」

 村長さんがよく通る声で告げると、「おおー!」と感激の声があちこちから上がる。

「森の薬師様が、我が村に遣わされたぞ!」

「もう、病に悩むこともないんだ!」

 歓喜の声で沸く行列を作る人々に、村長さんが一人一瓶ずつ、千マニーと引き換えに手渡していく。

 薬を受け取った人々は家に走って持ち帰り、しばらくすると、家々から喜びの声が聞こえてきた。

 それで無事解決かと思ったら、今度はその家の玄関扉が開いて、それぞれ何かを持った村民が駆け寄ってくる。

「チセ様! うちで採れたじゃがいも、持っていってください!」

「薬師様! うちの鶏たちの産んだ新鮮な卵です! ささやかですが受け取ってください!」

 あれ? 私、これらを買うために売りに来たんだけど?

 もちろん、欲しいもの全てを満たすわけではないが、病気からの回復のお礼として、なんだか色々な品を買うことなく手に入れることが出来てしまったのだった。

 結局、今回持ち寄った薬のほとんどを、すでに体を患っていた人たちの治療で使ってしまった。だから、また森のアトリエに戻ったら、今度は病人が出た時用のストック分の薬をまた持ってきて欲しいと村長さんから依頼を受けた。

 うん、とてもありがたいわ!

 私はまず、病を抱えていた人たちを治すことが出来たことがとても嬉しかった。次に、当初の目的の、生計を立てるための伝手も出来た。結果は大成功ね!

「チセ。お薬が予定どおり全部売れたから、何か買い物をするのかい?」

 メイプルが私に尋ねてきた。

 といっても、この村はたった一軒の雑貨屋さんしかない。だから、何を購入するにしてもその店に行く必要があるので、その店にみんなで向かった。

「食料関係は、村の人たちにいただいちゃったのよね……」

 そう。

 家人の病が治ったことに感激した人たちが、自分の家で生産している生活必需品や食料なんかを、お礼だと言って渡してくるので、買う必要がなくなってしまった。なんと、当初欲しいと思っていた石鹼までも手に入ってしまったのだ。

「となると、私は服が二揃いと靴が一足しかないから、それらがダメになったら困るし、買い足ししたいかしら? そうだ。メイプルも普段そうやって獣人化して過ごすなら、替えの服が欲しいわよね?」

 私がメイプルに尋ねる。

 元がフォレストベアといっても、彼女は獣人化すれば可愛らしいくま耳の少女である。気分転換に着替えだってしたいだろう。

 私のその質問に、思ったとおりメイプルが嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「チセ、いいの!?

「そりゃぁ、メイプルは私のアトリエのお友達なんだから、当然よ!」

「やった! チセ、ありがとう!」

 メイプルは瞳をキラキラさせて、何にしようか思案げだ。

「それにしても、なんで獣に転じたり、その逆で獣人姿に戻ったりしても、元どおり洋服を着ているのか不思議なのよね」

 私は、この世界に当初から不思議に感じていたことを呟いた。するとスラちゃんが、「はぁ?」と言って、少し呆れた感じで教えてくれる。

「チセ。君は今さら何を言うんだぽよ。獣人用の服は、アラクネ糸が原料なんだから、当たり前だぽよ」

「アラクネ糸?」

「アラクネという蜘蛛型の魔獣だぽよ。その糸を紡いで、機織りして、獣人用の特殊な服になるんだ。なんだか、チセは時々当たり前のことをわからないと言い出して、わけがわからないぽよ」

 頭の上のスラちゃんに、ぶつぶつ言われながら、店に向かって歩くのだった。

 少し歩いて店に着いたので、みんなで雑貨店に入店した。こんな小さな村に洋品店なんてものもないので、何か買おうと思ったらまず雑貨店だ。

「いらっしゃい」

 ここの店主はハーフリングのおばさんのようだ。入店してきた私たちを見て、にこやかに迎えてくれた。ハーフリングというのはあれよ。人より小さな人のような容姿をした亜人のことを言う。

 そして古着っぽいけれど、状態の良い服が複数売り場に吊り下げられていた。

「あったね! どれにしようか……」

 あれでもない、これでもないと物色していると、店の外から警戒を促す怒鳴り声が聞こえてきた。

「え? 何事?」

 私たちは、びっくりして物色する手を止める。

 すると、雑貨店のおばさんが、私たちには店内にいるようにと厳しい口調で忠告する。そして、彼女自身は、店の入り口から外を覗いて見て状況を把握してくれているようだ。

「ゴブリンが襲撃しに来たらしいよ。あなたたち、危ないから、店の奥で隠れていた方がいいよ。ささ、こっち!」

 親切にも、私たちを匿ってくれようとするのだけれど……。

「僕も、メイプルも、チセもみんな強いぽよ。外で村を守るのに協力するぽよ」

 急にスラちゃんが言い出した。

 あれ? メイプルとスラちゃんは強いとして、私そんなに強かったっけ?

 そう思って、スラちゃんに尋ねたら、また彼に呆れられてしまった。

「チセは、精霊を召喚出来るぽよ?」

 ため息をついてから、スラちゃんが説明してくれた。

 そういえばそうか。

 今まで戦う必要なんてなかったから、すっかり失念してたわ。

「あなたたち、薬師様かと思っていたら、さらに戦えるって言うのかい?」

 私たちの話が聞こえたようで、おばさんが驚いたように目を丸くする。

「……スラちゃん。行けるよね?」

「もちろんぽよ!」

「じゃあ、行ける子は行くよ! ソックスはここでお留守番していてね」

「……不本意だけど、そうするにゃ」

 しゅんとするソックスの頭を撫でて慰める。


 ──少しでも、村の人たちを助けたい!


 交流が決まったこの村は、もう私の親しい人たちだ。何もせずに彼らが傷つくのを見ていたくない。

「……じゃあ、行こう!」

 私たちは、一度閉じられたお店の扉を開けて、外へと走り出すのだった。