第四章 森の異変
「さて、クマさんの治療は終了ね」
まだ少し赤みが残るものの、ひどい腫れもひき、傷口も綺麗に消えていた。
「うん、ちょっとピリピリするけど……。ずいぶん楽になったよ、ありがとう」
クマさんも嬉しそうだ。そして、あっ! と気がついたように声を上げて、クマさんが何事かゴソゴソと懐をまさぐった。
彼女は、ずいっと何かを私に差し出してきた。よく見るとそれは、蜂蜜が入った壺だった。
「ボクを追いかけてきた蜂さん……正確には、キラービーっていう魔物なんだけどね。彼らの蜜は特別に美味しいんだ。いつもよく分けてもらっていたの。でも、『今日はダメ!』って言われたのに、食い気が勝っちゃって手を出しちゃって、怒った彼らに追いかけられちゃったんだ」
クマさんが差し出している壺の中を覗き込むと、確かに中には以前食べた蜂蜜よりも濃い色で、てりてりとした艶のある蜜が収められていた。
「治してくれたお礼に、これをチセに受け取って欲しいんだ」
その言葉に、私は慌てて両手を横に振った。
「ダメよ。クマさんが命がけで採ってきた蜂蜜でしょう?」
けれど、クマさんは、ぐいぐいと私に蜜壺を押し付けてくる。
「ボクは、受けた恩は返したい! そしてこれでも足りないと思ってる!」
すると、頭の中でまた例の声がした。
『フォレストベアが、名前「くま」を受け入れました』
『「くま」は仲間になりたそうにこちらを見ています。どうしますか?』
──えーっと。いつからこれはゲームになったのかな? それから、名前、それでいいの!?
頭の中の声が、かつてやった仲間集めゲームを彷彿とさせるようなことを言うので、ため息が出てしまった。
すると、私のその様子を見て、クマさんがしゅんと下を向いてしまった。
「……やっぱり、ボクみたいなフォレストベアと一緒なんて怖くてやだよね」
そう言って、クマさんは俯いたまま立ち上がって、くるりと出口の扉の方へ向きを変えた。
「ねえ、チセ。フォレストベアは、力持ちで攻撃力もある立派な魔獣ぽよ。仲間になってくれて一緒に住んでくれるなら、とても安心ぽよ?」
私の頭の上に乗るスラちゃんが、珍しく積極的に勧めてきた。
そして、その言葉に期待を持ったのか、クマさんもこちらに向き直る。つぶらなその瞳は期待でキラキラしている。
仲間になりたいみたいだし、仲間に入れてあげないなんて選択肢はないわよね。でも、「くま」なんてそのまんまの名前は、ちょっとどうかと思うの。女の子なんだから可愛い名前を考えてあげたいわ。
「我が家へようこそ。でも、そのまんまの名前じゃなくて何か考えてあげたいの。ハニー、メイプル……」
「メイプル! メイプルがいい!」
相変わらず命名センスのない私が、クマから思い出す可愛らしい感じの名前を提案していくと、すぐに回答が返ってきた。
私は挨拶のために、片手を差し出した。
その手は、メイプルの手にぎゅっと握りしめられた。私とメイプルが、いつものパターンでキラキラと光る。
『フォレストベア「くま」が、新たに「メイプル」という名前を受け入れました』
『おめでとう! テイムを使って仲間が五匹になりましたね! メイプルを眷属にしたことで、【鋭利な爪】を継承します』
──なんでまた、ゲームのアナウンスみたいになるの。
思わず私は頭の中の声に突っ込んでしまう。
確かに、小鳥さん三羽に、スラちゃんと、メイプル。五匹かぁ。精霊さんは召喚されているから、扱いが違うのかもね。
それにしても、私は今、ゲームのチュートリアルか何かの最中なのかなぁ。相変わらず、不思議な頭の声にため息が溢れる。
「そういえば、メイプルってかなり大きいけれど、テイムしたといっても一緒に村に入れるのかしら?」
使った分に加えて、もう少しポーションの数を増やしてから村に売りに行く予定なのだとメイプルに説明した。
「……ボクは村人には怖がられるかも……」
しゅんとなるメイプル。
そこに、頭の中の声の続きが響いた。
『お祝いに、一匹だけ獣人化出来ます! どの子にしますか?』
→スラ
ピー
チュン
ピッピ
メイプル
ゲームかっ! とうとう、選択肢と選択カーソルまで出てきた。
「ねえ、メイプル。だったら獣人化出来るようにしてみる? 私の能力で一人だけ
「獣人化……」
メイプルが私の言葉にキョトンとしていた。
「ああ、それいいね! 獣人化していればチセのように見た目は人に近くなるし、クマっぽさも薄れるんじゃない? きっと怖がられることも減るはずだよ!」
スラちゃんが私の頭の上で「賛成!」とでも言うように、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「……怖がられない……。お友達も増えるかな?」
メイプルの顔は、友達が増えることへの期待感なのか、紅潮して嬉しそうだ。
「決まりだね!」
『お祝いに、一匹だけ獣人化出来ます! どの子にしますか?』
スラ
ピー
チュン
ピッピ
→メイプル
メイプルを選択っと。
すると、何やらメイプルが足元から順番に発光し出して、その光は最後に彼女の全身を覆った。そして、今度は上から順に光が消えていく。
そこには、獣人の姿を得たメイプルが立っていた。