すると、初級ポーションがキラキラと輝いたのだ!

 あれ? 何かやっちゃった?

 せっかく作ったお薬が変質していても困るから、もう一回鑑定してみる。


【初級ポーション】

 詳細:優しい少女の癒しの願いの籠った逸品。そんじょそこらのものとは質が違う。チセって魔女か何かなの?


 あれ? 逸品ってことは悪くはなってないのよね? じゃあ売っても平気よね? むしろ効きは良くなってるはずだし……。でも私は魔女じゃないわよ?

 そのあと、スポイトを使って薬瓶十本にきっちり分けた。それが終わると、手袋と防護用のメガネを外す。

 出来上がった瓶入りの薬を眺めて、「これを村に持って行って買ってもらおう。そして、そのお金で買い物をしよう!」そう思って、石鹼欲しいなぁとかワクワクしていた矢先のことだった。私のアトリエのドアが、かなりの大きな力でドンドンと叩かれた。

「蜂蜜欲しくて蜂の巣狙ったせいで、怒った蜂さんに追いかけられてるの~! 中に入れてよう! 匿って~!」

 必死で救いを求める声も聞こえる。私とスラちゃんは視線を交わし頷き合う。スラちゃんが急いで私の頭に乗り、そして私が扉の元へ走っていく。

 ばん!

 扉を開けると、そこにいたのはあちこちに赤いコブの出来た、私よりも大きなクマさんだった。

 そしてその背後には、モヤのように見えるほどの蜂の群れが、羽音を立てて追っかけてくるのが見えた。

「早く入って!」

「ありがとう!」

 涙目のクマさんだけをアトリエに招き入れて、急いで扉を閉めた。

 そう思ったんだけれど、一匹の蜂がクマさんの周りをブンブン飛び回っている。クマさんは、立派な爪を出した手を振り回して、毛の薄い顔は守ろうと必死に対抗している。

 その蜂を見ていたら私の耳に入ってくるその独特の音や動きが気になった。そして、私の尻尾の付け根あたりがなんだかムズムズしてきた。

 あーん! ペシッとか、パクッてしたい!

 ぽふん! 私は本能の赴くまま衝動的に、猫の姿になった。そして、お尻をふりふりして狙いを定める。床を蹴り、壁を蹴る。そして宙を飛んで腕を伸ばして爪を出す。

 その先には、クマさんにまとわりつく蜂が一匹。

 私は何も考えず、心の奥底から来る衝動のままに、蜂をペシッと叩き落として、床にトンと着地した。床に落ちた蜂は、そのあと姿を消した。多分どこかに飛んで逃げたのだろう。

 ぽふん、と私は元の獣人の姿に戻る。スラちゃんが頭の上に戻ってきた。

 自分の体をポフポフと触って確認する。衣類はそのままだし髪の毛のセットもそのままで、ほっと一安心する。前回同様に心配は無用だったようだ。

 だって、戻ったら丸裸ってありそうじゃない? 私はこの世界の親切設計に感謝をするのだった。

 ほっとしている私の元に、アトリエに匿われたクマさんがやってくる。

「助けてくれて、ありがとう!」

「わわっ。いきなりは僕が落ちるぽよ!」

 ぎゅううっと抱きしめられた。そのはずみで、スラちゃんがぽよぽよ揺れて踏ん張っている。

「わあ、ごめんね」

 クマさんが顔を上げてスラちゃんに謝っている。その顔は蜂に刺されて真っ赤っか。

「それより、まずはそのお顔の治療じゃないかしら?」

 そう。クマさんの体は体毛が長くて無事っぽいけれど、その代わりに顔を中心に蜂にいっぱい刺されてしまって真っ赤なのだ。

 とっても痛そうだわ。私はクマさんの体をゆっくりと引き剝がして両手を握る。

「ちょうど、初級のポーションを作ったところなの。虫刺されにも効くといいんだけど……」

 そうして、繫ぐ手を片手だけに変えて、促すように、治療のためにソファの方へ移動するのだった。私はクマさんの手を引いて、頭にはスラちゃんを乗せて、ソファへと向かう。

「ここに座っててね」

 奥側のソファをクマさんに勧めてから、向かい側にスラちゃんを載せる。

「スラちゃんも、ここで待っててね」

 そうして私は二人をあとにして、まず、厨房へ行く。

 蜂に刺された時は、流水で洗うことと針がないかチェックする。もし残ってたらその針は慎重に取るのよね。それと、刺されて皮膚の中に入った毒液を搾り取る。

 よく蛇や蜂毒を吸い取ろうとする人がいるようだけれど、それは口内に傷があったりすることがあるからダメだって聞いたことがある。

 そうすると、水の受け皿の大きめのタライと針が残っていた時のためのピンセット……。ああそうだ。クマさんが濡れるだろうからタオルが必要ね。あとは抜いた毒を吸い取る小さな布切れと……。

 戸棚から色々取り出したあと、さっきの初級ポーションが置いてある作業台に向かう。あそこには出来立てのポーションがある。そこから一本手に取ってクマさんたちが待つソファに戻った。

 そして、クマさんの傍に、膝立ちになる。

「アクア、いる?」

 部屋の中を眺めながら尋ねると、ふわりとアクアが姿を現した。

「チセ、何か御用かしら?」

 そうして、ふわふわと私の元に飛んできて、顔を寄せてにっこり笑う。

「あのね、このクマさんが蜂さんに刺されちゃって、とっても痛そうなの。だから、まずは傷を水で洗い流して、そのあと毒を絞り出したいの」

 そう説明すると、アクアはくるりと視線の向きを変えてクマさんの顔を見る。

「きゃあ! 何これ!」

「何これって、なによ! ひどい!」

 アクアがクマさんの顔の惨状に叫び声を上げると、クマさんから抗議の声が上がった。クマさんの「なによ!」って発言からすると、女の子なのかしら?

 って、それよりも、早く毒を抜かなきゃ!

「二人とも言い合いはあと! まずは治療を優先するわよ」

 そう言って二人を窘めると、揃っておとなしくなった。床まで水がこぼれないようにクマさんにタライを持ってもらう。

「アクア、優しくクマさんの顔に綺麗なお水をかけてあげて」

「こうかしら?」

 アクアが、指先から水を放出し、蜂に刺された傷跡を順番に清めていく。

「うんうん、上手よ」

 私はアクアを褒めながら、針が残ってしまっているところがないかをチェックしたけれど、幸いそれは見つからなかった。

「全部傷は洗えたかしらね」

 アクアに尋ねると「うん」と頷く。私は清潔なタオルで優しく顔を軽く押す程度に水気を取る。

 さて、次が問題。

 私はクマさんを正面からしっかり見つめる。すると、クマさんも私を真っ直ぐに見つめ返してきた。

「クマさん。今度のは痛いかもしれないけれど、必要なことだから我慢してね?」

 クマさんが、ゴクリと唾を飲み込む音がした。

「……君を信じる」

 しっかりと頷いてくれた。

 毒消しポーションがあればよかったんだけど。でもそうやって今嘆いても、ないものはないのだから仕方がない。

「今出来ることを、精一杯やると誓うわ」

 クマさんにそう伝えると、お互いに頷き合う。

「痛いかもしれないけれど我慢してね。これから腫れた患部から毒を絞り出すわ」

 そう説明して私は作業を開始する。刺されて腫れた箇所を順番に指で絞っては、ぷっくりと排出される毒液を布切れで拭き取っていく。

「んーーッ」

 患部を絞る指の力が強かったのか、クマさんが顔を顰めた。

「ごめんね。早めに毒を搾り取らないと治りが悪くなるのよ」

 私は、痛い思いをさせていることがとても申し訳なくて、クマさんに謝罪する。すると、クマさんはプルプルと首を横に振る。そしてちょっぴり涙目で私を見つめる。

「大丈夫、ありがとう」

「もうちょっとの辛抱よ」

 そうして、残りの数箇所の毒を搾り切った。

「よし! 毒の搾り出しは完了よ! あとはポーションで傷口を治すわ!」

 私がポーションを開けようとすると、治療の様子を見ていたアクアが口を挟んだ。

「ねえ。念のためにもう一回水で清めましょう? 拭き取ったとはいえ、少し肌に毒が残っていると思うのよ」

 そう言いながら、アクアがクマさんの顔を覗き込む。

「そうね。念には念を入れましょう。アドバイスをありがとう、アクア」

 私がお礼を言うと、アクアの透明感のある肌が明るい朱色に染まる。

「ほっ、ほら。治療を急ぐわよ。早くしないとこの子、いつまでも痛いままでしょう!」

 照れたのか、私の視線から逃れるようにプイッとそっぽを向いて、クマさんの傷跡を水で洗い始めた。私は濡れた顔をタオルで拭ってあげる。

「ポーションをかけるから、目を瞑っていてね」

 クマさんに忠告すると「うん」と彼女が目を瞑って首を縦に振る。

 私はポーションの瓶の蓋を開けて、パシャパシャと満遍なく顔にポーションをかけた。

「痛いの、痛いの、飛んでいけ~」

 ポーションをかけながら、前世で母親にしてもらったように、お約束の文言を唱える。

「チセ、それはまじないか何かぽよ?」

 私の頭の上に乗っているスラちゃんが聞いてくる。

「うーん、そうねえ。そこまでの効果はないのかも。でもね、私が怪我をして泣いていると、よくこうして『よくなあれ~』って私のお母さんがやってくれたのよ。強いて言うなら、願いを込めた言葉みたいなものかしら?」

「ふうん」とでも言うかのように、ぷるんとスラちゃんが頭上で揺れる。そして、クマさんもアクアもみんなが唇に優しい笑顔を作っていた。

 こうして無事に、森のアトリエの突然の来客を治療することが出来たのだった。