第三章 猫耳少女と森のアトリエ


 最初に出会ったスライムを頭に乗せたまま、私は住まいを求めて森を探すことにした。けれど、あたりを見回した限りだと住まいになりそうなものは何もなかった。

 やっぱり最初は洞窟とかになるのだろうか?

 それだとスローライフというより、サバイバルね。

 異世界転生というものは、そんなに都合よく出来ていないのかもしれない。

 よーく考えてみれば当たり前のようなことを考えていると、頭の上でポヨンとスライムが揺れた。

 私は、彼(彼女?)のことを思い出して、頭上のスライムに声をかける。

「私はチセって言うの。あなたに名前はあるの?」

 私の頭に乗ったままのスライムが「ない」とでも答えるように、ぷるんと横に揺れた。

「うーん、名前がないんじゃあ困っちゃうなあ。スライム、スライム……スラちゃん、ぽよちゃん、プリン……」

 うーんと私が考えていると、スライムが頭の上でぴょこんと跳ねた!

「スラちゃん! チセとスラちゃん!」

 スライムが嬉しそうにぷるぷると頭上で揺れる。

 名前はスラちゃんで決まったみたい。


 ──ところでスライムって喋るんだっけ!?


 尋ねてみると、スラちゃんという名前をつけられた時に喋れるようになったらしい。

 さらに、なぜか私と頭上のスラちゃんがキラキラと光った。

 あれ? 何か今光る要素ってあったっけ?

『テイムしたことにより、チセは【鑑定】スキルを継承しました』

『テイムしたことにより、スラは会話が可能になりました』

 ああ、やっぱり会話が可能になったんだ……って問題はそこじゃない!

 何!? この頭の中に響く謎の声。

 どこかで頭でも打ったのかしら?

 私は首を捻るのだった。

「チセ、もう少し行くと、おうちがあるぽよ」

 スラちゃんは、私にお構いなしに流暢に話し出す。

 彼はいきなり喋り出した上に、なぜかこの先に家があるとか言い出した。なんでそんなことをこの子が知っているのだろう?

 そもそもテイムってあれだよね。ゲームなんかでモンスターとかを仲間に出来ちゃうやつ。あれって、喋れるように進化させるとか継承とか、そんな謎スキルまでついていたっけ?

 それに、鑑定スキルっていえば、ライトノベルなんかでよくある人のステータスとか物の特性が見えちゃったりするチートスキルだよ。そんなものまで神さまにお願いはしていない。

 意味がわからない。

 混乱で頭がクラクラしたものの、他にあてもないので素直にスラちゃんの言うとおりに進んだ。

 とはいっても、おうちがあることイコール私が住めるということでもないんじゃないのかな。

 でも他にあてもない。

 だからスラちゃんの言うとおりにしばらく歩いていった。すると、最初に私がいた場所からそう遠くない場所に比較的新しそうに見える家を見つけた。

 家の扉のドアノブに吊り下げられた木の板には『空き家』の文字が。

 都合いいな。これが異世界転生特典ってものなのかしら?

 とはいえ念のためノックする。

 ……

 ……

 ……

 返事はない。空き家のようだ。

 私は心を決めてドアノブに手をかける。そして、少しだけ開けた扉の隙間から顔を覗かせる。

「どなたか、いらっしゃいますか?」

 そうっと尋ねるけれど、中から返事は返ってこなかった。

「……お邪魔、します」

 そうっと、その小屋に足を踏み入れる。中は新品そのもの。綺麗だった。なぜ新品だと思ったのかというと、その家には真新しい木の香りが充満していたからだ。

「新品なのに、空き家なの?」

 首を捻りながらその空き家の中を調べて歩くと、厨房のそばにある食卓の上に一枚のメモが置かれているのに気がついた。

『チセへ。君の新しい人生の門出、そのための贈り物だよ』

 なんと、私宛のメッセージだった。

 ということは、あの白い空間で会った神さまからの贈り物なのだろうか?

「とはいっても、ここがないと住まいを探して彷徨い歩くことになるしなぁ」

 これは神さまからの贈り物だと信じることにした。

 頭に乗せて連れてきたスラちゃんが、ポヨンと床に飛び降りる。

「ここが君の家になるぽよ。じゃあ、僕もここで寝床を探すぽよ」

 そう言ったスラちゃんがしばらく衝撃でぽよぽよと体が揺れるのが収まるのを待つ。そして、二人で家の探索を始めた。

 やがて、ソファとクッションの居心地が良いことに気づいたようで、そこでスラちゃんはうたた寝を始めてしまった。

 私はここを拠点に自活することに決めて、スラちゃんが寝てしまっても家の中を色々見てみることにした。

 そうしてひととおり見た結果、ここは新しい居住者のために、ありとあらゆるものが揃えられていることがわかった。

 厨房には調理道具や食器が揃っている。よく探すと、食料も大体揃っていた。もちろんずっと食べていけるという量ではない。でも、当面はこれで十分生きていけるだろう。

 家全体の間取りは、大きなリビングダイニング風のフロアに、個室、浴室、鏡台にクローゼット、姿見など。なんか、女の子の気持ちがわかっているようなラインナップね。

 さらにこの家は、薬品調合の工房を兼ねているようで、そのための区画もあった。戸棚の扉を開けると、化学の実験で見たような乳鉢やビーカーなんかの器材が色々揃っている。

 そして、作った薬を入れるのだろうか。大小様々なたくさんの空の薬瓶が収められていた。

 道具たちはみんなピカピカで使われた形跡もなかったから、これも私のために神さまが用意してくれたものなのかもしれない。


 ──森のアトリエでスローライフ! なんて素敵なのかしら!


 本来は工房のことをアトリエって言う。だからこの家は居住空間も兼ねているから、呼称はおうちの方が適切なんだろうけど。

 でも、そう呼ぶより、アトリエの方が素敵よね!

 すっごくファンタジーって感じがするわ!

「ここは私の森のアトリエよ!」

 両手を天に掲げてそう宣言すると、床にいるスラちゃんが不思議そうに私を見上げてきた。

「アトリエ?」

「そう。このおうちは薬品工房も兼ねているわ。だから、ここをアトリエって言うことに決めたの!」

「まあ、君の好きにするといいぽよ」

 スラちゃんは家の呼称にたいした興味もないらしい。けれど、私はこのアトリエでのこれからの生活に思いを馳せた。

 ……って、あっとそうだ。

 アトリエに感動してばかりいないで、この先やっていけるかどうかを確認しておこう。

 私は前世の記憶はしっかり残っている。それに加えて、神さまが言っていた『生きていくのに必要な知識と能力』。それってなんだろうと思って頭の中を探ってみたら、これがまたすごい。まるで頭の中に山ほどの百科事典を収められているような感じだったのよ!

 だから、私はこの世界に存在する国の全ての言葉も意識すれば理解出来るようだ。不思議なことに、幾つか言葉にしてみたけれど、発声の仕方もわかっているようだった。

 どれが食べ物で、どれが毒かもわかる。

 薬草がどれで、どう煎じれば薬になるのかも、頭の中を探れば判別することが出来た。意識して頭の中を探ると、少し時間はかかるものの探し出すことが出来るのだ。

 結局私はこの森のアトリエで自活することに決めた。

 きっと近くの村や街に薬剤やなんかを売れば、生計が立てられるだろう。

 そして、幾らか蓄えを貯めたら旅に出たい。この世界を見て回りたかった。

 そう、ドラゴンに乗って!

 折角生まれ変わった世界だ。

 神さまが約束を守ってくれているなら、私には素敵なもふもふのガードマンだってつくはずだわ!

 自由気ままなスローライフ!

 それが私の今世での夢だった。

 頭の中にある知識に聞いてみる。

 すると、私が転生した世界は、赤竜族が国を治める亜人たちの国らしい。

 亜人たちは昔、人間や魔族といった異種族に迫害されていた。そこで当代の竜族の王様が、一念発起して人間や魔族と戦った。その結果独立を勝ち取り、亜人たちの国を建国したのだそうだ。

 あれ? そうすると、簡単に竜さんとはお友達になれないのかしら?

 だって、王族って、森の中で暮らしている国民と気安く接するような相手じゃないよね?

 流石に背中に乗るなんて不敬よね?

 ちょっと残念。

 いや、気を取り直していこう。先のことはわからないし!

 それに、生きていく上での問題は当面なさそうだもの。

 そうして安心すると、今度は転生後の自分の姿に興味が湧いてきた。

 小屋の中に備え付けられていた姿見の前に移動する。そして私は、ようやく自分の転生後の姿と対面したのだ。

 転生した私の姿は、年は十二~十三歳くらい?

 赤ちゃんとか、すっごい小さい子からじゃなかったのは、よかったのかな?

 でも、いきなり森にポツンといたのには驚いたけど。


 ──猫の姿になれないのかな。


 すると、ぽふんと猫の姿になる。洋服はいつの間に消えていた。

 鏡に映っていたのは一匹の猫だった。それが私。

 猫の姿だと、私は白に銀の交ざる長毛猫だった。ラグドールって感じかな? 自画自賛っぽいけれど、とても可愛いと思う。

 次に、人間に戻りたいと願うと、ぽふんと人の姿になる。