第一章 神さまは甘やかし?
ことの始まりはこんな感じだった。
気がつくと私は何もない白い空間にいた。
「あれ、ここどこ……」
あたりをキョロキョロすると、前方に白いローブを着た人がいた。
私は彼の元に歩いていく。
「おはよう。ようやく目覚めたようだね」
その白いローブの若い男性は、私に向かってにっこり微笑んだ。
この人は誰だろう? そしてここはどこ?
「あっ!」
思い出した!
私は
会社員で、多分その多忙さからすると社畜と言っていい部類だろう。
その日、任されていた書類をチェックしてもらったら、上司に「構成レベルで書き直し」とダメ出しをくらい、夜遅くまで残業をしなくてはならなくなってしまったのだ。
そしていつものように大急ぎで走って終電に乗り、地元についてあともう少しで自宅マンションの前……、というところで、トラックに轢かれそうになった猫を見かけて、思わず駆け寄って庇った。
猫って、ああいう場面でなぜか体が固まってしまうものらしい。だから、猫の痛ましい事故は絶えない。私はそれを知っていたから、とっさにあの子を守らなきゃと思ったのだ。
そこまでは覚えている。
でも、私とあの猫ってどうなったんだっけ?
「思い出したかな?」
男性が再びにこりと笑う。
私はそれに、こくりと一つ頷いた。
「私は、猫を庇って……死んだんでしょうか?」
「うん、残念ながら。でも、お陰であの猫は元気に生きているよ。ありがとう、優しい子」
彼は一歩私に近づいてきて、私の頰をそっと撫でた。その手は温かい。
「ここはね、転生の間。そして私は転生を司る神。善行をして短い一生を終えたものには、ある程度次の生について、選択をさせてあげられる」
「元の世界と同じ世界ですか?」
私のその問いには、神さまは首を横に振った。
え。じゃあなんかよくある異世界転生とかですか?
あの、ゲームとかライトノベルとか。ファンタジーな物語とか!
まさかの、そのまさかのですか!?
「じゃあ、違う世界……異世界?」
「うん。違う次元に存在する世界だから、その表現は適切かもね。君の元いた世界は人が多すぎるんだ。あの星はもう悲鳴を上げている。だから、君には他の世界に転生してもらう予定だよ」
なるほど。確かに地球には人が溢れかえっているとニュースなんかで聞いている。
自然の汚染や資源の枯渇。そして異常気象。
一方で大地が干上がったかと思えば、別の場所では凍てつく雪の嵐が襲う。
神さまだという人がそう言うなら、やはりあそこは人の数が増えすぎたということなのだろう。
「君がいた世界は悲鳴を上げている。だからね、私はこの世界の代表者として、相応しい魂を異世界に送り出しているんだよ。他の世界に送っても恥ずかしくない善なる魂をね」
「確かに、選別もせずに、たとえばですけど、悪いことをするような人を送ったら、送られた世界も困ってしまいますよね」
「うん、そうなんだ」
この世界の代表者で神だという男性は頷いた。
「話は戻るけれどね。違う世界に送るにあたって、君が為した善行の分、贈り物をしてあげられる。生まれる条件や能力とかね」
その言葉に、とっさに願いが口を
「だったら! だったら、動物と触れ合っても大丈夫な健康な体! そして、動物たちと一緒に幸せに暮らすための力が欲しいです!」
私は、物心ついた頃から動物アレルギーがあって、猫や犬を飼いたいのに飼えなかった。もし次の人生があるのだとしたら、その体質は無ければいいと切に願っていた。
それに、あの苦しい会社員生活から解放される!
自由になれる!
だったらのんびりスローライフがしたい!
そう想像すると、解放感とこれからの期待で胸が躍った。
幸か不幸か、私の父も母も事故ですでに他界している。兄弟もいない。だから、後に残す身近な人はいない。寂しいと思うけれど、私がいなくなったとしても、そう悲しむ人もいないだろう。
「もふもふな生活を保証してください! 犬も、猫も! そうだ! 異世界なら、竜もいますか!? そしたら空を飛べますよね!」
私の目が、あからさまに期待に輝いていたのだろう。
神さまは私の喜びようを見て、くすりと笑う。
私が握り拳でそう願うと、神さまがぷっと小さく吹き出すように笑った。
「そんな事でいいのかい? うーん、でもなあ」
なんだろう?
神さまが、なぜか考え込んでしまった。
──まさか、勇者や聖女になって、魔王を倒して世界を救ってとかじゃないよね?
悩む神さまを見ながらそっちの可能性に思い至り、「ちょっとそれは嫌だなあ」と私は思う。
そこは胸躍らせるところだろうとか、覇気のない人間だと思われるかな?
でも、私は自分で学費を稼ぐためにバイト漬けの苦学生だった。就職したらしたで息つく間もないほど働きどおし。正直しばらくゆっくり休みたかった。
──神さま! 私は次の人生こそ、のんびりスローに生きたいです!
「あの……まさか、魔王とかを倒して世界を救えとか……そういうのじゃありませんよね?」
私が恐る恐る尋ねると、神様は笑って首を横に振った。
「大丈夫。君は行った先の世界で生きたいように生きればいいだけだよ。君はあちらの世界に在るだけでいい」
神さまのその言葉に私はほっとして胸を撫で下ろす。
すると、神さまが思いついたとでもいうように、ポンと手を打った。
「……じゃあ、ああそうだ。君の望みに少し色をつけて送り出してあげよう。君のいた世界とは違って、あっちには魔物もいる。そして生きて糧を得るには色々な力が必要だからね」
神さまの温かく大きな手のひらが私の頰に添えられる。
「全ての生き物に愛されるように。そして、生きていくのに必要な知識を全て内包した状態で送ってあげよう」
ありがたいんだけど、そこまではいらないんだけどなあ。
そんな私の思いとは関係なく、さくさくと神さまは話を進めていく。
そんなことを考えたその瞬間私の意識が途絶えた。
「さようなら、知世。君が私の期待に応えてくれることを願っているよ」
私を見送った神さまが、そんなことを言っていたなどとは、つゆほども知らずに。