「お二人にお聞きしたいのですが。服を選ぶとき、人はどのような基準で決めるのでしょうか?」

王宮薬師寮の、自室で。

ナンシーさんに誘われ、ノエルさんも含めた三人でまったりと女子トークをしている最中。私は二人にそう尋ねてみた。

「服を選ぶ基準?」

私の急な質問に、ナンシーさんとノエルさんが目をぱちぱちと瞬かせた。

「はい」と答えながら、神妙な顔で頷く。

「人がどのように服を選ぶのか、後学のためにお聞きしたくて……」

「まあ……。まるで、人間を始めたばかりの魔物みたいなことを言うのねえ」

「えっ、い、いえ、ずっと人間ではあるのですが……」

そもそも人間を始める魔物がいるのだろうか。

ナンシーさんの言葉に首を振りながら、私は着ていた一張羅のワンピースがよく見えるよう、両の腕を軽く広げた。

「ご存じの通り、お恥ずかしながら私が持っている他所行きの服はこの一枚のみでして。この間お二人に色々とおしゃれについてアドバイスをいただいたことをきっかけに、もう少し服を買おうかと思ったのですが……」

そう言いながら私は、つい先日ヴァイオレットさまのお家で見せてもらったお洋服のカタログを思い出した。

『少しはマシな服を着たらどうなの?』と差し出されたそのカタログは、載っているのは殆どがドレスで。私が身につけられるようなワンピースは、割合としてはごくごく僅か、だったのだけれど。

「服って……本当に色々、それはもうたくさん、種類があるようでして……」

私の予想を遥かに上回る量のデザインが、そこには載っていたのだ。

ざっと百はあるだろうそのデザインの中から何をどう選べば良いのかわからず、途方に暮れてカタログを閉じた。

あの膨大な量の中から、人はどのように自分が着る服を選んでいるのだろう。

今まで私にとって服とは、着られれば良い、というものだった。ほつれたり穴が開いていなければ幸運で、寒さを凌げれば最高だなあという程度の感性しかない。

今のこの服だって、ジュリアが「地味」と言って着なかった服のお下がりだ。三つ下のジュリアと同じ体形なのは悲しいけれど、ぴったりなのでありがたく身につけている。

そんなおしゃれ力たったのゼロな私に、ノエルさんが少し考えて「私も服にあまり興味はないのですが」と慎重に口を開いた。

「私の場合は、動きやすさを重視します」

「なるほど……!」

確かに動きやすさは大事な要素だ。ノエルさんの言葉に盲点だったと感銘を受け、メモをとる。

「確かにノエルさんからお借りしたお洋服は動きやすかったです。それだけではなくて、私にも素敵だなあとわかるものでした。他にも秘訣が……?」

「はい。実際にお店に行き、私と年齢や体形が似ている店員の方が着ているものを、上から下まで全部くださいと言って買っています。もちろん、動きやすさや洗濯のしやすさなどを考慮した上で購入しますが」

「そんな裏技が……!」

確かにお洋服のプロの方が着ているものに、間違いはないだろう。

合理的な発想がさすがだなあと心から感心しつつ、私はナンシーさんに目を向ける。

「ナンシーさんは色々なお洋服を着られているようですが、それはどう選ばれて……?」

彼女はとてもおしゃれさんで、いつも可愛らしい服装や色気たっぷりの服装、カジュアルな服装など、幅広いジャンルの服を身につけているのだ。

「私の基準は簡単よ」

私の質問にナンシーさんがおっとりと、しかしどこか色気のある笑みを浮かべる。

「その日デートする男性が好きなタイプの、体のラインが綺麗に出る服装を選ぶの」

「なるほど……」

デートという概念から程遠い私には、前半はちょっと参考にできなさそうだ。

しかし体のラインが綺麗に出るお洋服というのも、盲点だった。

もしも私の幼児体形を綺麗にカバーし、スタイルの良い大人の女性に見えるような服があったらとても欲しい。

そんな強欲なことを思いながら、力強くメモにしたためる。ちょうどその時、扉をコンコンとノックする音がした。

ナンシーさんが返事をすると同時に、入ってきたのはスヴェンだ。

「ソフィア。こないだ貸りた本を返しに……って、みんなここに集まってるのか」

先日貸していた本を手に持っているスヴェンが「何してんの?」と言いながら、私に本を差し出した。

それを受け取りながら、「今、二人に服を選ぶ基準を聞いていて」と答える私に、スヴェンが怪訝そうな顔をした。

「服の選び方? 十六歳にもなってなんでそんな人間始めたてみたいな質問を……」

つい今し方同じようなことを言われたなあ、と思いながら、私は服に興味がなかったことと、世の中には服の種類がありすぎてどう選んだら良いのかわからない、と思ったことを説明する。

「それで二人に、服はどう選ぶのかを聞いて」

そう言いながらメモに取った方法をスヴェンに伝えると、スヴェンは呆れと憐れみを交えた目を私に向けて、「聞く相手が間違ってるだろ」と言った。

「いや、別に間違ってはいない。間違ってはいないけど、おしゃれをしようという幼児でも芽生える情緒がようやく育ち始めた草おたくに向けるアドバイスとしては、大前提が足りてないだろ」

「大前提?」

なんだかさらりと罵倒されているような気がするな、とは思いつつ、首を傾げる。

するとスヴェンは呆れたように「この間おしゃれをしたのが楽しかったから、新しい服が欲しくなったんだろ?」と言った。

「だったら選ぶのは、着ることを考えるとわくわくしたり、楽しくなるような──自分が好きな服を着ればいいんだよ」

「……!」

まったく予想していなかった言葉に、目を見開く。

「まあ。スヴェンったら、良いことを言うのね」

意外だわ、と感心したように言うナンシーさんに、スヴェンが「お前らがぽんこつなんだよ」と呆れたような顔をした。

「ただ、最初は自分が好きな服を選ぶのも勇気がいるだろうから。とりあえず慣れるまでは、『なりたい自分が着てそうな服』を基準に選んでみたら良いんじゃないか」

「なりたい自分が着てそうな服……」

「憧れから広がるおしゃれもあるだろ」

確かに……! と、私が目から鱗を落としていると、横のナンシーさんがおっとりとした仕草で頬に手を当てた。

「驚いたから二回言うけれど、本当にスヴェンったら良いことを言うのねえ」

「大事なことだから二回言うけど、お前らがぽんこつなんだよ……」

じゃあ本、返したから。そう言いながらスヴェンが部屋を出て行く。その後ろ姿に感謝の祈りを捧げていると、横のナンシーさんが「なんだか今回は」と肩をすくめた。

「スヴェンに良いところを持っていかれちゃったわね」

「同感です」

そう肩をすくめる二人に、「お二人の意見もとても参考になりました!」と慌てて言った。

「服を選ぶ参考にします。それになんだか……こういう話、楽しいです」

私の言葉に二人が目を丸くする。

そして次の瞬間にふふっと笑い、「そうね」「そうですね」と頷いた。

「じゃあ次のお休みは、みんなでお店に行ってみましょうよ。私も新しい服が欲しいわ」

「そうですね」

「わあ、ぜひ!」

お話も楽しかったけれど、みんなで服を選ぶのはとても楽しそうだ。それだけでわくわくする。

そうだ。次にヴァイオレットさまのところに行くときは、そのとき買った服を着ていこう。

「近くに美味しいケーキ屋さんもあって……」と話し出したナンシーさんの言葉につい大きく興味を引かれつつ、私はわくわくとそんなことを思ったのだった。



そうして選んだ新しい服に身を包み、エルフォード公爵邸へと訪れると。

私の姿を見たヴァイオレットさまが片眉をあげ、「まあ」と口を開いた。

「今日は珍しく服を着ているではないの」

「い、いつも服を着ていたのですが……」

「そうなの? 今までは少しマシな雑巾を着ているのかと思っていたわ」

さらりと酷いことを言うヴァイオレットさまに「服です……」ともう一度答えて、促された席に座る。

すると目の前のテーブルには紅茶と、たくさんのお菓子やスコーン、サンドイッチがのった三段重ねのお皿──ティースタンドというらしい──が用意された。

今日は練習ではなくお菓子を食べるのだろうか。そう思ってついつい目を輝かせると「今日はお茶会の練習よ」と冷ややかな声が降る。

「お前もいずれ、社交界に出るかもしれないでしょう? きっちりとマナーを覚えておきなさい」

「社交界……」

淑女教育を頑張っていてもなお遠い言葉に、思わず復唱をする。

正直に言うと、社交界はとても怖い。生家が没落寸前で迷惑をかける人もいない以上、できれば今世はしがない薬師として、このまま参加せずに生きていきたいものだけれど……。

ちらりとヴァイオレットさまに目を向ける。

圧のある菫色の双眸に射竦められ、私は「頑張ります」と頷いた。

食べる順番などマナーを教えてもらい、悪戦苦闘しつつもお茶会を楽しむ。

相変わらずエルフォード公爵邸で出される食べ物は、全てが尋常じゃないくらい美味しい。

どんなに恐ろしい眼差しを向けられても色褪せない美味しさを出すシェフは、銅像を建てられても良いと思う。

そんなことを考えながら舌鼓を打っていると、目の前のヴァイオレットさまがやや気だるげに口を開いた。

「……それにしても。その洋服は、お前の見立てではないのではなくて?」

「さすがヴァイオレットさま」

驚いて目を見開く。確かにこのお洋服は、前回までのおしゃれ力ゼロな私が選んだ服ではないのだった。

「一応、自分で選んだものではあるのですが。仲の良い同僚にアドバイスをいただいて、服を選んでみました」

そう言って、小さく両腕を広げる。

動きやすく、体形が綺麗に見えて、かつ私の『憧れ』をちょっとだけプラスしたもの。

正直に言うと普段のワンピースの方が着慣れている分楽なのだけれど、たまのお出かけに着ると気分が高揚するような、そんな服だ。

「私、初めて服を買いに行ったのですが、とっても楽しくて……! 帰りにみんなでケーキ屋さんに行ってケーキを食べたのですが、なんと季節限定で桃がたくさん乗ったタルトがあって、それが瑞々しくて美味しくて、あれは全世界の人に食べていただきた……ヴァイオレットさま?」

「何?」

いつも通りの冷ややかな声だ。けれどなんとなくいつもよりも不機嫌なような気がする。

「いえ、あの……あっ、もしかして、スコーンが食べたかったとか?」

今しがた最後の一つを食べてしまった。しまったと口を押さえると、ヴァイオレットさまは「お前は何を言っているの」と心底不愉快そうな声を出した。違うらしい。

それでは一体何が原因で……と私が首を傾げると、ヴァイオレットさまが優雅に紅茶を飲みながら「別にどうでもいいことだけれど」と私に目を向けた。

「お前を躾けているのはこの私なのに、お前は他の人間に教えを乞うのね?」

「え?」

教えとは一体何だろう、と一瞬戸惑い、すぐに洋服のことを言われていることに気付く。

確かにヴァイオレットさまに色々と教えていただいている以上、一言相談するべきだったろうか。

──しかし。

あのオルコット伯爵邸の惨状を思い出し、私は慎重に口を開いた。

「す、すみません。ですが私に買えそうなものが、ヴァイオレットさまのお眼鏡にかなうとはとても思えず……」

「金額の問題?」

片眉を上げて馬鹿らしいとでも言うように、ヴァイオレットさまが呆れたようにため息を吐く。

「そんなもの、ヨハネスに一言言えばいいだけではないの」

「え?」

「お前の今までの功績なら、それなりの報奨を強奪できるえるでしょう? ──そうね、ダイヤモンド鉱山くらいは、容易いでしょうね」

「ダッ……!? と、とんでもない! そんなに大層な活躍はしていません……!」

いくらなんでもその発想は、突拍子がなさすぎてとても怖い。必死で首を振る。

それでもまだ不満そうなヴァイオレットさまに、「以前庭園に畑を作らせていただいただけで充分です」と懇願した。ダイヤモンド鉱山なんて手に入れた日には、あまりの重圧に寝込むと思う。

衝撃に乱れた息を整えつつ、私は「それに」と口を開いた。

「私は今回、『綺麗に背筋を伸ばす人』に憧れて、それでお洋服を選んでみたのですが……」

今私が着ている服は、姿勢が悪くなると締め付けがきつくなり、う、と息が止まる。

しかし背筋を伸ばしている間は締め付けもなく、動き辛さもない。

それでいてまっすぐに伸びた背筋を美しく見せてくれるこの服は、体形のカバーもばっちりだ。

「なぜそうイメージしたのかと言うと。……いつ、どんな時でも姿勢が綺麗なヴァイオレットさまが、素敵だなと思ったからなんです」

これは紛れもない本心だ。

思えばヴァイオレットさまと初めて会ったオルコット伯爵邸での舞踏会でも、このエルフォード公爵邸でも、貧民街においても。

ヴァイオレットさまの背筋はいつでも凛と伸びていて、とても綺麗だったのだ。

「ですので、直接ヴァイオレットさまにアドバイスをいただいた訳ではないですが……。しかしヴァイオレットさまに教えていただいたも同然かな、と……」

「──……」

ヴァイオレットさまが、微かに目を見張る。

かと思うと次の瞬間、目をゆっくりと細めて、静かに口を開いた。

「──お前にしては、目の付け所が悪くはないわ。姿勢は全ての基本だもの。──その服も、以前の地味な雑巾服よりははるかにマシだものね」

あのお洋服は、まだまだ着るつもりだとは言い辛い。

絶対にヴァイオレットさまの前では着ないように気をつけよう……と思ったところで、ふとよぎった違和感に、私はあら? と、首を傾げた。

まじまじと、ヴァイオレットさまに目を向ける。

──なんだか、ヴァイオレットさまの、機嫌が直っているかもしれない。

絶え間なく噴き出ている威圧感のせいか、はたまた貴族の嗜みなのか。ヴァイオレットさまの感情はわかり辛い。

しかし眉のあたりの険しさがなくなり、ほんの少し、目元が柔らかくなった気がする。

もしや私の練習の成果がようやく実り、それを喜んでくれたのではないだろうか。

「ヴァ、ヴァイオレットさま。私、もしかして今淑女合格でしたか……?」

つい期待してドキドキとしていると、処刑されるべき罪人を見るような目を向けられた。

即座に「すみません」と謝罪する。どうやら錯覚だったらしい。

「う……なんだかヴァイオレットさまが、少し嬉しそうな顔をした気がして……」

「お前は一体何を言っているの」

ヴァイオレットさまが、呆れたように眉をひそめる。

「この私がマナーのマの字も知らないお前のような芋娘と共にいて、嬉しいわけがないでしょう?」

「マ、マナーのマの字も知らない芋娘……」

容赦のない言葉に侘しい気持ちでいっぱいになっていると、「お前のようなものを芋娘と呼ぶのは、芋にも失礼ね」と追い討ちがかかる。

先ほどは褒めてくれたというのに、なんというキレの良い飴と鞭だろうか。心の中で涙を呑んでいると、ヴァイオレットさまが一瞬沈黙をし、いつもよりほんの少しだけ柔らかい口調で、話し始めた。

「お前がドレスを買う時は、私が見立ててあげるわ」

「え?」

驚いて顔を上げると、ヴァイオレットさまは「愚図ね」と眉を顰める。

「一度で聞き取りなさい。芋娘の貧相な体形に合うドレスを、この私が探してあげると言っているのよ」

「そ、それはありがたいお申し出ですが……」

ドレス。それもヴァイオレットさまが選ぶようなドレスともなると、値段が三百倍に跳ね上がりそうだ。

しかし陛下から報奨を強奪するなんてことはあり得ない。躊躇する私に、ヴァイオレットさまが「安心なさい」と鼻で笑った。

「ヨハネスに頼まずとも、金額なんて気にする必要はないのよ」

「え?」

「好きなだけ買うといいわ。お前に、とびきり似合うドレスを」

ぽかんとヴァイオレットさまを見つめる。

するとヴァイオレットさまはとても綺麗な、とても悪い笑みを浮かべた。

「支払いはすべて、クロードに回すから」

「絶対だめです!」

安心できる要素がまるでなかった。

安定のヴァイオレットさま節に、いつかドレスを買う時に備えて貯金に励もうと、私は固く決意をしたのだった。