エピローグ

「それでは、ドミニク・ランネットの処遇は……国外追放。それも、秘密裏にということで」

高位貴族の間でのみ開かれる会議の場で。

人々が大勢集まる花祭りで、ひっそりと起きようとしていた事件の首謀者の処遇が決まった。

「陛下が即位なされたばかりで、陛下も民衆も巻き込んだ爆破事件が起ころうとしていたなんて。我が国の威信も、陛下の治世も揺らぎかねない」

そう言うのは、ゴーンウッド侯爵だ。彼は先王を強く支持していて、王位を継いだばかりのヨハネスを侮っている節があり、そしてそれを隠さない。

「しかしドミニク・ランネットは、共犯者がいたと供述しているではないですか」

そう言うのは、アシュクラウト伯爵だ。彼はどこの派閥にも所属していない人物で、無所属派の中では比較的発言が多い。

「そうは言っても……その共犯者が誰だか、わからないと言っているのでしょう? 言い逃れではないですか」

ゴーンウッド侯爵がこれに答え、アシュクラウト伯爵も「まあ確かに」と納得をする。

ドミニク・ランネット。

時計台を爆発させ、国王や市民を巻き込んだ爆破事件を起こそうとした人物は、ソフィア・オルコットの誘拐などについて、『誰かに助言をもらった』と言い張っているらしい。

しかしその人物の名前はおろか、顔や声、果ては性別までも思い出せないと言っていて、その証言には信憑性が欠けていると判断された。

死罪でなかったのは、国王への暗殺計画だけならともかく、市民も巻き込む爆破事件が計画されていたことが発表されれば、国民の間に動揺が広がるから、という配慮ゆえだ。

(確かに、あまり公表したくないことではあるが……)

しかしこうして秘密裏に処理をするということは、どうにも気が重い。

(──それに)

ヨハネスの胸に、不安と疑惑が芽生える。

ドミニク・ランネット。彼がもしも言い逃れのために嘘を吐いたというのならば、間違いなく性別や年齢など、おおよその設定くらいは決めただろう。

あえてそれを言わない動機が、見当たらない。

(これではまるで、その共犯者に関する情報だけが消されたようではないか)

そんな考えが胸をよぎり、顔には出さないまま内心で息を吐いていると、誰かが一言「それにしても」と口にした。

「今回エルフォード公爵令嬢の活躍は、素晴らしいものでしたな。まさか爆発物を、花びらに変えてしまうとは。青空に紫の花びらが舞い、花祭りに相応しい優美さで──あれほど美しい花の女神の選定を、私は今まで見たことがない」

その声に同調するように、何人かが深く頷く。

「花祭りが無事に終わったのも、危険分子を事前に察知した彼女のおかげです。彼女はもう、新時代の英雄と呼んで差し支えがないのではないでしょうか。彼女のおかげで貧民街の貧困問題にも光明を見出したと言いますし」

今まではただの悪女と呼ばれていたヴァイオレットだったが、花祭りの後にはこうしてヴァイオレットを讃える声が、よく聞こえてくるようになってきた。

同時に稀代の悪女を英雄と呼ぶ風潮に皮肉を言う層もいて、評価は真っ二つに割れていた。

「……英雄というには、些か」

「些か?」

以前ヴァイオレットに公共の場で貶められた男が皮肉を言いかけると、ヴァイオレットの父であるエルフォード公爵が微笑みながら口を開いた。

「あ、いや……」

皮肉を言いかけた男が口ごもる。

「貴族令嬢としての矜持を、持たれていらっしゃるかと……」

そう言い直したが、エルフォード公爵は感情の窺えない笑みを浮かべたまま、何も言わない。

一気に重くなったその場の空気を吹き消そうと、「それにしても素晴らしいものですな!」と陽気な声が響いた。

第一騎士団長であるクロード・ブラッドリーの父である、ブラッドリー侯爵だ。

「エルフォード公爵令嬢の聡明さと胆力もさることながら、新星のように薬師界に現れた、オルコット伯爵令嬢も素晴らしい。表舞台に出てから四か月も経っていないというのに陛下の命を救い、新薬で栄養問題に貢献し、今回病のもととなっていた貧民街の衛生問題を解決。そして原因不明の病に苦しむ一人の少女を密かに救ったというではないですか。なんでも原因不明の珍しい病だとか」

手放しで褒めたたえるブラッドリー侯爵に、その場の多くの者が頷いた。

「彼女の才能は歴代のアーバスノットと比べても遜色が──いや、もしかしたら際立っているかもしれない。これから先もどんな功績を為すのか、楽しみではないですか。まあ今回活躍したのは、我がブラッドリー侯爵家自慢の次男、クロードもなのですが!」

笑いが広がり、場の空気が一瞬にして明るくなる。

ブラッドリー侯爵が家族バカであることは周知の事実だが、今回のこれは息子自慢が六割、場を和ませるための冗談が四割だと、皆が知っている。

皆が口々に「いやはやその通り」「無事に終わって良かった」と言い出した、その時。

「その功績を引き継ぐ世継ぎを産むため、すぐにでも婚姻をさせなければならない」

そう言ったのは、エルフォード公爵家と並んでこの国の二大貴族である、ディンズケール公爵だった。

「アーバスノットの才は、未来永劫失ってはならぬ。何があろうとも」

「仰る通りですが……」

「現アーバスノット侯爵は、自分の代でアーバスノットの爵位を返上すると言っています。──それを条件に、本来跡継ぎになるはずだった一人娘をオルコット伯爵に嫁がせたと」

「侯爵には困ったものだが。意見を翻す気はないのなら、それは仕方なかろう」

ディンズケール公爵が、淡々と言う。

「本質的に大事なのは受け継がれるその才だ。名が無くなろうと、それだけは失ってはならない」

「それはそうですが……オルコット伯爵令嬢は、寄せられた求婚はすべて断っていると」

「本人の意思。そのような些末なことは問題ではない」

ディンズケール公爵が、キッパリとした口調で言った。

「才のある人間に我儘は許されぬ。──早急に夫に相応しき人間を選び、婚姻を命じるべきだ」

「──確かに、優秀な薬師は保護されるべきだ」