一攫千金

「おはようございます、ルーナちゃん」

「ヴァイオレットさま!」

今朝もルーナちゃんのお部屋に入ると、ベッドの中で起き上がっていたルーナちゃんがぱっと顔を輝かせた。

「お顔色がよくなってきましたね」

「うん! それにね、見て! 手が動くようになったの!」

ルーナちゃんが満面の笑みで、つい先日まで動かなかった右手を握ったり開いたりする。

「ルーナちゃん……!」

感動して私が思わず両手で口元を押さえると、ルーナちゃんが「それにね」と言った。

「もう痛み止めを飲まなくても、前より痛くないの。前より少しだけ、人の肌みたいになってきたし、触られてることも、もうわかるの!」

そう言ってルーナちゃんが、私にぎゅうう、と抱きついた。

「ヴァイオレットさまのおかげよ」

嬉しくなってルーナちゃんを抱きしめ返しながらも、私は「いいえ」と首を振った。

「私一人で治そうと思ったら、こんなに早い結果は出ませんでした。これは元々飲んでいたお薬というヒントがあったからです。ですので、このお薬を作ってくださっていた方と……」

そう言いながら、既にルーナちゃんのお部屋にいたリアムさんに目を向ける。

「お仕事を頑張ってこのお薬を買ってきてくれた、リアムさん。それからちゃんと頑張ってお薬を飲んでいた、ルーナちゃんのおかげですよ!」

「ふふふ!」

ルーナちゃんがにこにこと「お兄ちゃん、ありがとう」と笑った。

リアムさんはなんだか泣きそうな顔をして小さく頷き、ルーナちゃんの頭を撫でた。

先日、薬屋で無事に材料を仕入れた私はお薬の再現に取り組み、それはすぐに成功をした。

そこからルーナちゃんに合うように調合を少し変え、出来上がったお薬が効いてきたようだ。

ルーナちゃんはこの通り少しずつ回復し、こうして「ルーナさんという呼び方は嫌よ」という可愛いことを言ってくれるようにもなった。

「リアムさんの傷の調子も良くなりましたしね」

私がそう尋ねると、リアムさんが「はい」と頷いた。

やはりお若いからか、すぐに私の診察がいらない程度には治っていたので、これで一安心だとほっと息を吐く。

ちなみにリアムさんの怪我は、それこそ仕事中の怪我だということにしている。

それでもとても心配していたルーナちゃんだけれど、傷が治るまでの間リアムさんが一緒にいてくれるということで、とても嬉しそうだった。

とはいえ、ずっと家の中にいてばかりもいられないようで。

ルーナちゃんの頭を撫でながら、リアムさんが口を開く。

「……今日は用事があって出かけてくるけど。すぐ帰ってくるから」

「うん!」

そんな二人の様子を見ながら私がほっこりしていると、リアムさんが私に深々と頭を下げ、「よろしくお願いします」と言って出て行った。

リアムさんの後ろ姿に手を振るルーナちゃんに、「いいお兄ちゃんですね」と声をかける。

「うん!」

そう頷くルーナちゃんが、私の方を見て「だから本当に、ありがとう」と笑顔を見せた。

「あのお薬を買うために、お兄ちゃんはずっと無理をしてたから……これでもう、お兄ちゃんが無理をしなくてすむもの」

「お役に立てて、本当によかったです」

心からそう思って頷くと、ルーナちゃんが「へへ」と笑った。

「本当にヴァイオレットさまとソフィアさまが来てくれてよかった! 私の病気もすごく良くなってきたし、それに……」

そう言ってルーナちゃんが、窓の外に目を向ける。

「みんな、大きな声を出して、お薬作りを頑張ってるもの」

ルーナちゃんの言う通り、窓の外からは威勢の良い声が響いている。


「一攫千金!」

「一攫千金!」

「一夜大尽!」

「一夜大尽!」

「濡れ手に粟!」

「濡れ手にあーわ!」


カーターさんが指揮を執る、清々しいほどに金欲がだだ漏れている掛け声だ。

そんな声をあげながら貧民街の方々が集まって作っているのは、私が考案した髪染め剤だ。

おりしも今は、花祭り。

手軽に綺麗に髪を染められる髪染め剤は、需要が非常に高いらしい。

とはいえ悲しいことに、貧民街の方々は差別の対象になっている。そのため急に売り出しても買ってくれる人は少ないだろうと、ヴァイオレットさまは売り方を工夫した。

まず、口が上手い方。それから綺麗な顔立ちをした方を中心に身なりをぱりっと整えさせ、街の広場で実演販売を行った。

それが効果てきめんで、用意していた商品は瞬く間にすべて売れて多くの注文が入っているという。

そのため今こうしてカーターさん達は貧民街中の人々を集めて、大量生産に励んでいる。

ちなみにヴァイオレットさまが「髪染め剤を作るには、清潔が何より大切」と吹聴してくれたおかげで、皆極力清潔を保つように心がけてくれるようになった。

このまましばらく続ければ、きっと風邪を含めた感染症のたぐいはぐっと減るようになるだろう。

そんなことを思って私がほっとしていると、ルーナちゃんがしみじみと歓声をあげた。

「みんな、ヴァイオレットさまの考えたお薬で幸せになっているのね。すごい!」

「い、いえ……あれはソフィアさまがいなければ、決してお金にはなりませんでした」

私がそう言うと、ルーナちゃんは納得したように「確かにヴァイオレットさまは、お金儲けが苦手そうだものね」と言った。見抜かれていて、面目がない。

そんな私を「でも私はそんなヴァイオレットさまが好きよ」と慰めつつ、ルーナちゃんが小首を傾げた。

「それにしても、ソフィアさまは、花祭りが終わってもお金を稼げるように、貴族向けに売り込むのでしょう? 貧民街の人が作ったものが貴族の人に、本当に使ってもらえるのかしら」

「きっと使ってもらえますよ。間違いなく売れるだろう、と仰っていました」

むしろ髪染め剤を見た瞬間に、貴族向けの商品だと感じたらしい。

おしゃれに敏感な貴族令嬢なら食いつくはずだし、仮面舞踏会などでも重宝しそう、とのことだ。

仮面舞踏会って、都市伝説じゃなかったんだ。そう思っていた私には、とても思いつかない商売戦略だ。

そんなことを考えていた私の袖を、心細そうな顔のルーナちゃんが、くい、と引っ張る。

「花祭りが終わったら、ヴァイオレットさまは帰ってしまうの?」

「そうですねえ……だけど、帰ってもまた遊びにきますよ!」

そう言った瞬間にハッとする。花祭りが終わったら、私は元の体に戻るのだった。

「ええと……あの、見た目は少々変わるかもしれませんが……」

ごにょごにょと言う。

誰が何を聞いているかわからない今、『入れ替わっています』とお伝えすることはできない。

「そうなの? でも私、どんな見た目でもヴァイオレットさまが大好きよ!」

「ルーナちゃん……!」

じーん……と心から感動する。

大公の事件のあと、入れ替わりの魔術のことを公表しても結局誰も信じなかったという悲しい結果を思い出す。

どうか花祭りの後、今貧民街に君臨しているカジノの女帝ソフィアが来ても、ルーナちゃんが私だと信じてくれますように……。

私がそう祈っていると、ルーナちゃんがどこか羨ましそうに「花祭り行きたいなあ」と遠い目をした。

「お父さんとお母さんが生きていた頃は、私も病気じゃなかったからみんなで花祭りに行ったの」

リアムさんとルーナちゃんのご両親は、ルーナちゃんが病気になる直前に事故で亡くなったらしい。

目を伏せて、少し寂し気に微笑んでいたルーナちゃんが、私を見上げてぽつりと呟いた。

「ヴァイオレットさま……私、治るかな?」

そう不安そうに見上げるルーナちゃんに、私は少し考えて慎重に答えた。

「……薬師は、絶対という言葉を使ってはいけないのですが」

そう言いながら、ルーナちゃんの顔を見る。

「ルーナちゃんの病気が治せるよう、絶対に頑張ります」

私がそう言うと、ルーナちゃんは目を見開き「うん!」と、嬉しそうに頷いた。

「じゃあ私、来年こそは花祭りに出かけるの」

「いいですね。屋台も露店も、たくさんありますもんね! 私のおすすめは、綿菓子という名前のふわふわのお菓子で……」

「うーん……それもいいんだけれど……」

なんとなく残念そうな生き物を見る目を私に向けながら、「女の子が憧れるのは花の女王様でしょう?」と目を輝かせた。

「私、いつか花の女王様になりたいの! 花の女王様の冠は紫色のお花でできているから、髪の毛は紫色に染めて、ドレスもお揃いの色にして!」

「それは確かに、ルーナちゃんによく似合いそうです」

「でしょう? 病気が治ったら、カーターお兄ちゃんにかわいいドレスを買ってもらうんだ」

そう言いながらルーナちゃんが楽しそうに「来年も陛下、来てくれるかしら?」と言った。

「大司教様に冠を乗せてもらうのもいいけれど、でも国王陛下に乗せてもらえたら嬉しいな! だってこの国の元王太子様はとってもとってもかっこいいって、聞いたことがあったんだもの」

「ああ……確かに陛下は、綺麗なお顔立ちをしていらっしゃいました」

「わあ、やっぱり!」

とはいえ私にとってヨハネス陛下はかっこいい方というよりは、なんというか優しい方、というイメージが強い。

おそらくこれはヴァイオレットさまと言い合い──と言うよりは言いくるめられている姿を見ているせいだろう。

とても似たお顔立ちの二人なので、なんというかかっこいい、という言葉はヴァイオレットさまの方がしっくりくるかもしれない。

まあ、ヴァイオレットさまの場合はかっこいいよりも先にちょっと怖い、が来るのだけれど……。

生温なまぬるい気持ちでそんなことを考えていると、不意に後ろから涼やかな声が響いた。

「嫌だわ」

驚いて振り向くと、そこにいたのはヴァイオレットさまだった。

「あの節穴にそんな幻想を抱いていたら、実際に会った時幻滅してしまってよ」

「お茶にしましょう! 皆様ハーブティーでよろしいですか!?

大声という力業で話を逸らす。

私の体で不敬発言をするのは切実に止めていただきたいと冷や汗をかきながら、私はヴァイオレットさまの座る椅子を大急ぎで用意し、「どうぞ!」と手のひらを椅子に向けた。

優雅な動きで歩を進めたヴァイオレットさまが椅子に腰かけ、ルーナちゃんに視線を向ける。

「ごきげんよう。こうして話すのは、初めてね」

「こ、こんにちは……」

恥ずかしいのか、ルーナちゃんがもじもじとしている。

私にとっては可愛らしくてたまらない仕草だ。

しかしヴァイオレットさまの『嘆かわしい』が発動されるのではないかとハラハラする。

ヴァイオレットさまが以前、『子どもには少し甘くなってしまうのよね』と言いつつ、私の異母妹であるジュリアに刺繍を三百枚も施させたことは記憶に新しい。

お茶を手早く丁寧に淹れながら、二人に気を配っていたのだけれど。

病人だからか、それとも貴族ではないからか、はたまた自分に無礼を働いてはいないからか。ヴァイオレットさまはルーナちゃんには何も言わなかった。

心の底から意外だなあと思いつつ、私は淹れたばかりのお茶をそっと二人に差し出す。

「どうぞ、お茶です」

「わあ、今日も良い匂い!」

ルーナちゃんが両手を握り締め、うきうきといった様子でお茶を飲んだ。

今お出ししたこのお茶は、お母さま直伝のハーブティーだ。

心を癒す効能や、リラックス効果がたくさん含まれたそのお茶を、私は密かに『心が優しくなる薬』と呼んでいる。

飲むと心がほぐれるので、ヴァイオレットさまには積極的にお出ししていきたいところだ。

「実は私ね、お薬を飲むよりも、このお茶を飲んだ時の方が腕が治る気がするの。……優しい気持ちがするからかしら」

「東の国には、『病は気から』という言葉がありますが、実際にそうなのかもしれませんね。気持ちはとても大事ですので……いつでも飲めるよう、たくさんたくさん用意しておきますね」

「やったあ!」

そう笑うルーナちゃんに、なんだか心がほっこりと温かくなる。

ストレスは万病のもと。少しでも気分が上がるのであれば、何よりだ。

そんな私とルーナちゃんのお喋りを、ヴァイオレットさまが何かを観察するように、じっと見ていた。