薬師見習いの悪女です

コンコン、と扉をノックする。

すると一瞬の間を置いて中から出てきたのは、あまり顔色が良くないリアムさんだった。

私の姿を見たリアムさんは、微かに表情を変える。

予想通りだけれどそうであってほしくはなかった、というような微妙な表情だ。

「お休み中にすみません。あの、カーターさんからお部屋の場所を聞きまして」

先ほど南向きの一番広いお部屋──カーターさんのお部屋らしい──を、ヴァイオレットさまに明け渡すべく一生懸命お掃除しているカーターさんを見つけ、リアムさんのお部屋の場所を聞いたのだった。

「ええと、ソ、ソフィアさまから、お怪我をなさっていると聞きました。お薬をお持ちしましたので、手当てをさせていただけませんか?」

私がそう言うと、リアムさんはたっぷり五秒ほど時間を置き「結構です」と張り付けた笑みを浮かべた。

「公爵令嬢のお手を煩わせるほどの怪我ではございません。どうぞお捨て置きください」

丁寧にそう言われ、なんだか申し訳ない気持ちになる。

とにかく帰ってほしい、そんな気持ちが伝わってくるのだ。

しかし、薬師としてここで引き下がるわけにはいかない。良心がちくちく痛むのを感じながらも、私は最終手段を使うことにした。

「……ええと、ソフィア、さまがものすごくリアムさんのお怪我を気にされていまして。あの、一応薬師の手ほどきなどを受けている私でよければ、簡単な治療はできるかなあ、と。もしも私の治療がお嫌でしたら……ええと、……ソフィアさまが、来てしまうかもしれないそうなのですが」

病人を脅迫なんて、私も人でなしになったものだ。

「………………どうぞ」

しかし効果は抜群のようで、リアムさんが観念したように扉を大きく開いてくれた。

無理やり中に入ってごめんなさい、騙してしまってごめんなさい……と心の中で懺悔しつつ、私はリアムさんのお部屋に入る。

小さいけれど、物の少ない整頓されたお部屋だった。小さな机と椅子があり、それからベッドがある。そのベッドの近くには他のお部屋に繋がっているのか物置だったりするのか、入口とは違う扉があった。

「それでは、ええと……椅子に座っていただけますか?」

リアムさんには椅子に座ってもらい、診察を始める。

予想通り熱が出ている。傷口の状態も、決して良いとは言えなかった。

「……熱が高いですね。怪我をした後の熱は、必ずしも悪いもの、というわけではないのですが、しかしこれは感染症が心配です。ええと、わた……ソフィアさまが昨日お渡ししたお薬は、もしかしてお使いではないですか?」

「……はい、無くしました」

「なるほど、わかりました」

なるべく気にさせないよう微笑みつつ、リアムさんの気まずそうなその表情に、私はもしかして……とある疑問がむくむくと浮かんできた。

もしや毒物に精通した悪女から貰うお薬が、怖かったのではないだろうかと。

そもそもだけれど、知らない人から貰った知らないお薬は、怖くて使えないのかもしれない。

遠い昔にお母さまから『知らない人から食べ物を貰ってはいけませんよ』と言われた時のことを思い出し、私は少し反省をした。

──それならば今も、怖いだろうなあ……。

ちらりとリアムさんを盗み見る。彼はとても警戒心に満ちた表情をしていて、精神的に信頼関係を築く百歩前の距離にいることが、私にもよくわかった。

治療をするならば、信頼関係が必要だ。少なくとも『この人怖い』と思われては、うまくいくものもいかないだろう。

良い薬師の条件は、まず病状とお薬についてしっかりと説明することだと薬師長から教わっている。

私は手早く処置を進めながら、「このお薬は」と、お薬について詳しく説明をしようと口を開いた。

「春一番に採れた薬草を、たっぷり使って作り上げたお薬です。なんだかこう、良い匂いがしますでしょう?」

私がそう言うと、リアムさんは少しだけ鼻を動かし、「そうですね」と言った。

良い匂いと思ってくれたことに嬉しくなり、手を動かしつつ、私は「良かったです!」と口を開いた。

「春一番の薬草というものは厳しい冬の寒さを乗り越えてきたという矜持があるのか、お顔つきも凛としているのですが、香りにもこう……誇り高さが感じられますよね」

「えっ……と。そうですね……?」

戸惑いながら頷くリアムさんの傷口に、薬を丁寧に手早く塗る。

持ってきていた包帯をぐるぐるに脇腹に巻きつけて、ふう、と一息吐いた。

会話をしながら治療ができたので、怖くないアピールは成功だった気がする。

面白さレベルでいえば底辺だったかもしれないけれど、ひとまず及第点ということにしよう。

私がやり遂げた気持ちで心をいっぱいにし、無害アピールのために他にも何か会話をしてみようかしら、と話題を探していると。

キイ。扉が開く、小さな音がした。


「……お兄ちゃん? 誰とおしゃべりしているの?」

急に声が聞こえ、驚いて振り向く。

ベッドの近くにある扉から出てきたのは、リアムさんと同じ銀髪に、紫がかった青い瞳をした女の子だった。

年齢は十歳前後だろうか。リアムさんをお兄ちゃんと呼んでいるあたり兄妹なのだろう。なるほど端正な顔立ちは、確かにリアムさんとよく似ている。

だけれどその顔立ちよりも、目がいってしまうのは、寝間着だろうワンピースから覗いている右手だった。

顔や他の部分は、年齢相応の輝くような肌だ。

しかし右腕だけが、急速に年老いてしまったとしか思えないような、枯れ木のような状態になっている。

初めて見るその症例に私が小さく息を呑むと、女の子がさっと後ろに腕を隠して、リアムさんが硬い声で「お帰り願えますか」と言った。

「僕の治療は終わりましたよね? わざわざ治していただきありがとうございました」

硬い声だ。

その拒絶の声に、誤解されてはならないと「興味本位で見ていたわけではありません」と首を振って、私は女の子の許に近づいた。

「ちょっ」

「はじめまして。私は薬師の、ソ……ヴァイオレット・エルフォードと申します。一度診察をさせていただけませんか」

「エルフォード公爵令嬢! あなたは薬師ではありませんよね」

「……!」

そうだった。

リアムさんの鋭い指摘に焦りつつ、「失礼しました。目指しています」と冷静な顔で言うことで事なきを得て、私は再び女の子に目を向けた。

不安そうな顔をする女の子になるべく優しく微笑みかけ、「痛みはありますか?」と尋ねる。

「う、うん……痛い、です」

「そうでしたか……痛みの強さは、どれくらいでしょう」

「すごく痛いの、眠れなくなるくらい……」

今も痛むのか、女の子が泣きそうな顔をして、左手で胸のあたりをぎゅう、と握る。

「そうでしたか。……痛いのは、辛いですよね」

「うん……」

「ではひとまず、痛み止めを。少し苦いのですが甘い蜜もありますので、一緒に飲むと美味しくって一石二鳥です!」

私の言葉に、リアムさんが「ちょっと」と困惑している。

「あっ……すみません、飲み薬は心配ですよね」

私はかばんから鎮痛薬を取り出して、「これが痛み止めなのですが」と言った。

「お年は十歳前後でしょうか? ……拝見する限り少し痩せていらっしゃいますので、量としてはこの三分の一で良いと思います。ご心配かと思いますので、私は一袋をいただきます」

そう言って口を開け、お薬をさらさらと飲み込んだ。

「ご覧の通り、毒などは入っておりません。妹さんに、飲ませてもよいでしょうか?」

私がそう言うと、リアムさんは躊躇いながら頷いた。

その頷きにホッとして、私は女の子の体格に合わせてお薬の量を調節し、蜜と混ぜあわせたものをスプーンに乗せる。

そうして女の子に手渡したあと、またもやハッと気づいて「すみません」と謝った。

「蜜の毒見がまだでしたね」

そう言いながら、別に用意していたスプーンを使って蜜を食べる。

甘くて美味しい……。

そんな場合ではないのにうっかり幸せな気持ちになりつつ、「ご覧の通り安心ですので、どうぞお召し上がりください」と女の子に勧めた。

彼女はおそるおそるといった様子で、手にしたスプーンをぱくりと口に入れた。

途端に顔がパッと輝く。

「あまい……!」

「あまいですね……!」

蜜を食べた者同士の幸福感を共有したあと。

私はリアムさんに向き直って、「もしよければ」と言った。

「私がここにいる一週間、妹さんの診察を任せていただけないでしょうか。初めて診る病ですので、治せるとはいえませんが……せめて感じている苦痛を、取り除くお手伝いはできると思います」

私の言葉に、リアムさんが困惑した顔をした。