地獄の三つ巴
一目で入れ替わりを見抜くなど、さすがはクロードさま。
私が感動していると、そんなクロードさまは私にちょっとだけ労わりの目を向けて、「暴漢はこれで全員か」と厳しい視線を男性陣に向けた。
基本的に美しい人が怒ると、とても怖い。
なんといっても騎士さま──それも騎士団長を務めるクロードさまの迫力は、私まで震え上がってしまうほど恐ろしいものだった。
暴漢と呼ばれた男性陣に至っては、言わずもがなだ。まるで一切の容赦のない地獄の門番のような視線に
特にクロードさまの視線は服を着ていない金髪の男性の前で更に鋭くなった。
不埒な生き物を見るような目に、最終的にあまり被害を受けていない私としては、金髪の男性がもはやお気の毒で仕方ない。
そんな地獄めいた空気を切り裂くように、凛とした声が響く。
「──ようこそ、ヴァイオレット・エルフォード公爵令嬢。それから……随分と早かったのですね? クロード・ブラッドリー騎士団長?」
くすくすと笑いながら、ヴァイオレットさまの視線がクロードさまに向けられる。その笑い声の合間に、小声で「ひい」「騎士団長」「終わりだ」という声が口々に聞こえてきた。
その悲鳴をたっぷり楽しんだ──と私には見えた──後、ヴァイオレットさまが優雅に笑う。
「助けに来ていただけて光栄ですわ。しかしお手を煩わせるまでもなく、友好的に解決させていただきました。──ねえ?」
「ハイ!」
ヴァイオレットさまの妙に低い「ねえ?」の一言に、その場の全員が大きな声で返事をした。
その様子を見てクロードさまは眉を顰め「一人で来いと、手紙に書いていたな」とヴァイオレットさまに目を向けた。
「捕縛はするな、と言いたいのか」
「ええ」
にっこりと微笑むヴァイオレットさまに、ひれ伏している男性陣がハッと安堵の笑みを浮かべて。
「少なくとも、今は」
その言葉にぎょっと目を剥いた。
その様子を見たヴァイオレットさまが「あら」と目を細め、「役に立つなら、と言ったでしょう?」とにっこり笑う。
「何もせずに救ってもらえるほど、命というものは安くはなくてよ」
そこまで言ってヴァイオレットさまが、「カーター。説明を」と男性の名前を呼ぶ。
すると金髪の裸の男性が「はい」と返事をし、この事件の流れを説明し始めた。
一通りの話を聞き終え、私を誘拐した『証拠』と共に送るよう命じられた手紙を手にしたクロードさまは、一瞬だけ目を見開いて強張った表情を見せた。
「焦げ茶色の髪に、とび色の瞳をした男でした」
そう言う金髪の裸の男性──カーターさんが、そう言った。
その男性は怪我をしていたあの少年──リアムさんが、連れてきた方なのだという。
「リアムは働き者で……色んな仕事をしていますが、朝は靴磨きの仕事をしてるんですよ。その靴磨きの仕事をしている時に、良い仕事があると声をかけられたのが始まりだそうで」
「その子の傷は、誘拐計画のためにつけたものか?」
クロードさまの低い声に、軽蔑の響きを感じ取ったのだろう。
「語弊があります!」と悲鳴を上げてカーターさんが説明をした。
「俺は一回だけその男に会いましたが……その時は概要だけ聞きました。作戦も決行日も知らされず、一日目は様子見、二回目で決行、とだけ。そしてその作戦は当日リアムに伝えられたんです。俺たちはリアムが怪我をするまで、その話は知らなかった」
そう言いながら困ったようにリアムさんを見ると、彼は小さく頷いて「そうです」と答えた。
「その方は作戦が何らかの事情で外部に漏れて中止になるのが一番困ると言っていました。決行日を伝えられたのも当日です。そしてその時、無理は言わないがわざと怪我をして、ソフィア様の気を引いてほしいと言われましたので、自分で傷をつけました。その分の対価は当日いただきましたので、文句はありません」
淡々とそう言うリアムさんに、クロードさまが眉根を寄せた。
「リアムにわざと怪我をさせて様子を見て、一体何の意味があったんだか……」
そう言いながらカーターさんがヴァイオレットさまをちらっと見て、すぐに逸らした。
「……腑に落ちないところもあるが、おおむねわかった」
そう言ってクロードさまが、カーターさんから渡された手紙に再び目を落とし、沈黙する。
先ほど私も見せていただいたけれど、それはとても短い手紙だった。
『お前の手駒を返してほしければ、花祭りに出席しろ』と、そう短い文面が書かれた手紙には、二匹の蛇が絡み合う印章が押されていた。
この国では、確か蛇は商売繁盛のシンボルになっている。
そのため商会の紋章として使われることが多いモチーフだったと思うけれど、これが一体何を表しているのだろう。
まさか、この犯人のお家の紋章だったりしないだろうし。もしや罪をなすりつけたい相手の紋章だったりするのかしら……と、人としてだいぶ悪い発想をしていると、クロードさまがカーターさんに向かって「焦げ茶色の髪にとび色の瞳の男と言っていたが、他に何か特徴はあったか」と静かに尋ねた。
「その他に、ですか……」
カーターさんが少し考え、「立ち居振る舞いが……あれは貴族でした」と言った。
「だから俺たちもこの話に乗ったというか……貴族が相手でも守ってくれるのが貴族なら大丈夫かなあ、なんて思って……」
ごにょごにょと言うカーターさんがヴァイオレットさまの様子をちら、と窺ってサッと目を逸らし、「それから、体が大きかったです」と言った。
「そうか……わかった、ありがとう」
クロードさまがそう頷くと、ヴァイオレットさまが「ひとまず、もういいわ」と言った。
「とりあえず、用は終わったわ。お前たちは自室に戻りなさい」
もう解放してあげるということだろうか。
ヴァイオレットさまがあっさり男性陣を許したことに意外だなとびっくりしていると、私のその疑問を悟ったのか、ヴァイオレットさまがにっこりと「いいのよ」と微笑んだ。
「この者たちは、みんなこの家に住んでいるんですって」
「そうなのですか」
なるほど。家がここであれば、逃げようがないということだろうか。
それでも命と引き換えなら、私なら多分逃げてしまうけれど。しかしヴァイオレットさまなら、それは想定内のはず。きっと服を剥いで傅かせたことで、溜飲が下がったのだろう。
そう思い私が少しほっとした瞬間、「お前たち」とヴァイオレットさまの声が聞こえた。
「どこへ逃げようとも私から逃げようがないことくらい、わかっているものね?」
「ハイ……」
全然許していなかった。
男性陣が「それではさようなら……」「失礼します……」と、力なく笑いながら出て行く。
どうか今日はゆっくり休んでいただきたいものだと思いながら見送っていると、リアムさんがぎこちなく歩きながら進んでいく。
「……失礼します」
なんだか私に怪しいものを見るような目を向ける彼に一瞬躊躇いつつ、「はい、また」と返す。
その背中を見送っていると、小脇に自分の服を抱えたカーターさんが、「それでは俺も、失礼致します……」と頭を下げる。
そうして部屋を出ようとした、その瞬間。
「……カーター?」
ヴァイオレットさまの冷ややかな声が響いて、カーターさんが「えっ」と跳び上がる。
「お前に帰っても良いなどと、許可を出した覚えはないのだけれど」
絶対に許されない罪人を見るような目で、ヴァイオレットさまがカーターさんを睨めつけた。
「まさか私の髪に気安く触れておいて、許されると思っているの? お前は私の手足としていつでも動けるよう、扉の前で立っていなさい」
「はい……」
カーターさん、大変だなあ……。
じわじわと追い詰められていったお父さまのことを思い出す。
私は心の中で十字を切りながら、(早めに許していただけますように……)と少し願った。