初めての花祭り、予習編

街の広場は、その名の通りにとても広い。

北には大きな時計台があり、広場のどこにいても時刻がわかるようになっている。

南側、その対面上に位置するのはこの国の国教であるルターリア教の女神像だ。

柔らかな表情で祈りを捧げているその像は、かつてこの世界を滅ぼそうとした悪魔の動きを封じ、世界平和に大いに貢献したのだという。

今日私は、その女神像の前で待ち合わせをしていた。

そしてその待ち合わせ場所の女神像の前に、もう既にクロードさまがいる。

花祭りに合わせて目を引く淡い色合いの髪や洋服の方々が多い中、黒髪で背の高いクロードさまは、とても目立って見えた。

「おっ、お待たせしてすみません!」

慌てて駆け寄り、がばりと深く頭を下げる。

支度に手間取り、時間がかかってしまったのだ。

「いや、時間ぴったりだ。俺も今来たところだ」

下げた後頭部の上からクロードさまの声が降ってきて、顔をあげると、ばっちりとクロードさまと目が合った。

今日のクロードさまは、いつもの騎士さまの服ではなく、街並みに溶け込むラフなシャツ姿だ。

騎士服以外のお洋服を着ているクロードさまを見たのは初めてだけれど、やはり美しい方は何を着ても似合ってしまうものだなあと、思わず惚れ惚れとしてしまう。

「……今日は、随分いつもと違うな」

「あっ……ええと、これは」

自分の体に目を落とす。

そう。今日ナンシーさんは、かなり本気で身支度を整えてくれたのだ。

お薬を作る時以外、いつもそのまま下ろしている髪は、複雑な編み込みでまとめている。

ノエルさんが「これがいいと思います」と選んでくれた真っ白なワンピースは、さらりと着心地が良いのに少しだけ大人っぽい。

やってもらった薄化粧と合わせて、いつも年齢より幼く見えてしまう私が年相応にはなれているのではないかと、少し思う。

正直に言って、別人級だ。

「ナンシーさんとノエルさん……その、王宮薬師の先輩方が、クロードさまとお出かけをするのなら恥ずかしくないようにと、身なりを整えてくれまして……」

目を逸らしてごにょごにょと言う。

デート云々うんぬん、という言葉は伏せてしまった。

世間一般の常識はともかく、私の認識ではデートというものは好き合っている者同士がすることで、私たちのような友情関係においては、お出かけはお出かけだと思う。

むしろデートだと意識をしたら、右手と右足が一緒に出てしまいそうだ。私の人生の生き恥を全てご存じのクロードさまに、これ以上の醜態を見せるわけにはいかない。

私がそう決意を新たにしていると、クロードさまが「いつもの格好でも、恥ずかしいことはないと思うが」と言った。

「……………………ええと……今日の君も綺麗だと、そう思う」

「あ……ありがとうございます」

思いもよらない褒め言葉に、頬がどんどん熱くなる。

パタパタと両手で頬をあおぐ私に、クロードさまが若干顔を逸らしつつ、「行こうか」と言った。

「まずは串焼きだったな」

そう言って進むクロードさまの横顔を盗み見て、違和感を覚える。

いつもと服装が違うことも、そうだけれど。

何となく今日のクロードさまは、少し元気がないような気がしたのだった。



「はあ……とても、とても美味しかったです……!」

あらゆる屋台の食べ物を食べて心から満たされた私は、幸せな気持ちで嘆息をした。

「最初の串焼きは、お肉がとっても柔らかくてジューシーで……お塩と胡椒で味付けをしているだけなのに、どうしてあんなに美味しいのでしょう! 次に食べた綿菓子は、口に入れた瞬間にさっと溶けて、まるで雲を食べているようで驚きました! りんご飴はパリッとシャリッとしていて食感と甘酸っぱさが絶妙でしたし、ニールさまの一番のおすすめというチョコレートのかかったドーナツといったら語る言葉もないほどで、口直しに食べたヤキソバの味といったらもう……パンに挟んで食べたいです」

思い出して、うっとりと幸せに浸る。

あちこちにいろんな種類の食べ物があり、それを出来立てで食べられるなんて。オルコット伯爵家にいた時の自分に教えたら、仰天してしまうことだろう。

「喜んでもらえてよかった」

クロードさまが優しく微笑む。

「結構、食べたな。食べ物は一度終わりにして、どこかで休もうか? それとも、他に見たいところはあるか?」

「あ、えっと……」

少し躊躇う。

クロードさまはいつも通りに振る舞っているけれど、やっぱりふとした瞬間。少しだけ、元気がないように見えるのだ。もしかしたら疲れているのかもしれない。

その私の躊躇いを、何も思いつかず悩んでいるものだと思ったのか、クロードさまが「ではあれはどうだ?」と、少し離れた場所にある露店に目を向けた。

見るとそれは、アクセサリーや小物が売っているお店のようだった。

広げられた商品に日差しがあたり、ここからでもキラキラとしているのがよく見えた。

──そういえば、今日可愛くしてくれたナンシーさんとノエルさんのお二人に、何かお礼をしたいなあ……。

「あ、あの……ちょっとだけ見ても、いいですか?」

私がそう言うと、クロードさまは少しだけホッとしたように「もちろん」と頷いた。



「とても素敵なものが買えました!」

紙袋に入れた商品を抱きかかえ、「ありがとうございます」とクロードさまにお礼を言う。

「おかげさまで、お礼の品を買えました。露店には、宝石がついたものも売ってるんですね」

「ああ。あそこは露店としては、上質なものも取り扱っていたな」

そう頷くクロードさまの手にも、紙袋がある。私が真剣にお礼のいくつかを吟味している間、クロードさまも何かを買っていたらしい。

女性ものしか置いていなかったから、きっとどなたかへの贈り物なのだろう。

そう思った瞬間、なんとなく胸がもやもやと重くなるような、落ち着かない気持ちになった。

──食べすぎたかしら。

心当たりは充分にある。

こんなこともあろうかと持ってきた胃薬を取り出そうと、鞄に手を伸ばした、その時。

「!」

すれ違いざま、私のすぐ横で人が倒れた。

咄嗟にしゃがんで容体を診る。倒れたのは十三、四歳くらいの少年で、苦痛に顔を歪めて脇腹を押さえていた。

押さえた手からは血が滴っている。ほぼ間違いなく外傷だろう。

「薬師です。診察をさせてください」