「ふ、不正だ! こんな圧倒的な差がついてたまるか!」

 ラングス達が勝ってすぐにロイルがこちら側の不正を訴えた。だが、正真正銘魔術具一つずつのみ使用して勝っている。不正を疑われる点など無いはずだ。

「いえ、それぞれが魔術具一つずつを持って対決をさせていただきました。不正を疑われるような場面は無かったかと思います」

 そう答えると、ロイルはその場で地面を蹴り飛ばしながら怒鳴る。

「黙れ! どう考えてもおかしいだろうが!?

 激昂するロイルは、こちらに向かって来ながら更に文句を重ねてきた。

「そもそも、対決の最中で外から助言するのは卑怯だろう!?

「……そんなルールがありましたか?」

 ロイルの指摘に思わず首を傾げて聞き返すが、冷静さを欠いたロイルには通じない。

「うるさい! そんなことを許可した覚えはない!」

 怒りに我を忘れるロイルを静かに眺めながら、ワイド達オークションハウスの支配人がロイルを嫌がる理由が何となく理解できた気がした。オークションでもしこのように激昂されてしまっては、支配人達は相当な苦労を強いられるだろう。

 とはいえ、今回の勝負は不正などしていないし、そもそも相手の要望には全て応えて挑んでいるのだ。今更文句を言われても曲げるつもりはない。

「とりあえず、最初に言われていたルール通り、こちらがすでに六勝となりましたので、我々の勝ちということでよろしいですね?」

 そう尋ねると、ロイルは顔を真っ赤にしながら怒鳴った。

「馬鹿か、貴様! 勝利した数と言ったはずだ! 今、貴様らは三勝! 後三回こちらが勝てば、勝負は引き分けだ!」

 ロイルがまたも屁理屈を述べ出し、ついにロックスがキレた。

「……この野郎。そんな言い分が通ると思っているのか? 何なら、王族への無礼で騎士団に捕えさせるぞ!?

 今にも殴り掛かりそうな態度でロックスが迫ると、ロイルがL字型の魔術具をロックスの頭に突き付けて睨みつける。

「黙れ、小僧。この魔術具を使った勝負は俺が考え、俺がルールを決めたんだ。途中でルール変更をすることもルールの一つだ」

「後から後から、この野郎……!」

 ロイルの台詞に感情的になるロックス。それを手で制して、間に入るように前に出た。

「……分かりました。とりあえず、魔術具を人に向けないでください。次にそれを人に向けたら、即座に戦闘不能にさせていただきます」

 そう告げると、ロイルは口を斜めに曲げて一歩引いた。

「分かれば良い。それじゃあ、これから残った奴らで三戦するぞ。分かったな?」

「分かりました」

 ロイルの要望を聞く。それにロックスの不満が爆発しそうになっていたが、今は黙らせた。相手はこちらの常識が通じない相手だ。文句を言って中断すれば勝負をなかったことにして帰るだろう。

 それでは、こちらの気が収まらない。

「次はロックス君にお願いできますか? その後はクラウンさんです」

 そう言って振り返ると、ロックスは口を尖らせてそっぽを向いていた。拗ねてしまったような態度が珍しく、笑ってしまう。

「……笑うな」

 ロックスに怒られてしまった。それに謝りつつ、ロックスを説得する。

「すみません。でも、ここまできたら徹底的に勝ちましょう。二人は怪我をしないように頑張ってください。最後の一戦は、私が直接ロイルさんにお灸を据えますから」

 そう告げると、ロックスは深い溜め息を吐き、僅かに口の端を上げた。

「……分かった。思い切りあの野郎を叩きのめしてくれ」

「私は珍しい魔術具が見れて楽しいけど」

 ロックスとクラウンがそれぞれ返事をする。二人のそれらしい返事に笑いつつ、頷いた。




 ロックスとロイルの護衛の一人が結界内に向き直り、睨み合う。

 魔術具一つとはいえ、ロックスには応用の利く魔術具を与えている。そう簡単には負けないだろうが、どうだろうか。

 少し心配しながら眺めていると、先にロックスから動き出した。速攻で決めるつもりだろうか、ロックスは与えられた火の魔術具を用いて、一直線に火炎放射のような炎を浴びせかける。

 対して、相手の女は焦らずにその場から動かず魔術具を胸に抱く。

 現れたのは、謎の暗闇だ。

 女の前に現れた影のような暗闇はロックスの放った炎を全て吞みこんでしまった。

「珍しいな。闇の魔術か」

 ラングスがそう呟き、振り向く。

「闇の魔術とは、炎を搔き消すのですか?」

 質問すると、ラングスは静かに首を左右に振った。

「種類は多いが、基本的には何かを吞みこむといった方が良い。影であればその中に落とし込み、あのように壁であれば飛び込んできたものを抵抗なく影の世界へと連れ込んでしまう。あまり使い手がいない為、私も詳しくはないがな」

 その説明を受けて、どういうことかと首を傾げつつロックスの様子を確認した。

「……影に吞みこまれたら、どうなるのでしょうか?」

「影の世界に封印されると聞く」

 影の世界に封印。ラングスのその言葉に一気に不安になった。

「ロックス君! 降参してください!」

 慌ててそう指示を出したが、ロックスは聞こえていないような態度で更に魔術具を使用する。ロックスの周りに炎の球が無数に出現した。

「む、あれならば大丈夫だと思うが……」

 炎の球が幾つも現れたのを見て、ラングスはそう呟く。

「え?」

 聞き返すと、ラングスは相手の作りだした影を指差した。

「闇の魔術は無尽蔵に吞みこむのが特徴だと思うが、一面のみを相手にしているのならあれだけ複数の炎を吸収することは出来ないはずだ」

 ラングスがそう口にした直後、ロックスは炎の球を同時に飛ばした。ラングスの言葉通り、多角的に攻めようとしているのだろう。正面からだけでなく、上下左右と数十の炎の球が相手に飛来した。

 しかし、相手が目を閉じて魔術具を胸に抱くと、女の前に出現していた影が一気に大きくなった。さながら黒いスクリーンだ。結界の中を間仕切りで仕切るように黒い壁が出現し、全ての炎がその中へと吞みこまれていく。

「……あれでは、どうしようもないのでは?」

 ラングスにそう尋ねると、腕を組んで唸り声を上げた。

「……確かに、この結界内という狭い範囲ではどうしようもないな」

 ラングスは冷静にそう呟いたのだった。

 闇の魔術で作った黒い壁が徐々にロックスに迫る。

 その状況は絶望的なものに見え、シェンリー達が悲痛な声を上げた。

「ロックス先輩! 降参してください!」

 口々に降参するように言われて、流石にロックスの耳にも届いているはずだった。しかし、ロックスは意地でも降参はしないようである。こうなったら、ロックスは絶対に降参しないだろう。

 どうしようもないと判断したら、最悪あの結界を破壊する。そう思って勝負の行方を見守った。

 ロックスは再び炎の球を幾つも作り出し、黒い壁に向かって次々に発射する。だが、全て吞みこまれていく。これが広い空間であれば全方位から攻撃をすることも出来ただろうが、この結界内ではそれも出来ない。

 どうしたものか。

 うまくまとまらない思考でグルグルと考え込んでいると、ロックスの動きに変化が起きた。

 魔術具を地面に押し当てて、何かしようとしているのだ。

「……何でしょう?」

 何をする気なのかと注視する。すると、ロックスのいる地面が赤く色を変えていくのが目に入った。

「あ、あの小僧に魔術具を何個渡している!? また違う魔術だぞ!?

 不意に、ロイルが異議を申し立ててきた。それを放置して、ロックスの行動を見守る。地面はみるみる間に赤く染まっていき、それはやがて黒い壁の向こう側にまで広がっていった。そして、決定的な変化が訪れる。

 ロイルの護衛の女が、魔術を解除して結界の端の方まで逃げるように移動していく。

 一方、ロックスの方にも大きな変化が起きていた。額から大汗を流し、苦痛に呻いていたのだ。

「あ、足から煙が出てますよ!?

「……まさか、地面を溶かしたのですか?」

 ロックスの行動に驚愕し、状態を分析する。それにラングスは眉根を寄せた。

「なるほど。確かに、熱せられた地面は魔術によるものでもなく、さらに闇の魔術に向かっていくものでもない。ただ、自分を守る他の魔術を使えない状況だと、相手と自らを傷つけ合う危険な戦い方になる」

 ラングスがそう評した通り、ロックスは自傷行為さながらの魔術の使い方で攻撃をしたのだ。それに、熱は明らかにロックスの足元の方が強い。

 歯を食い縛りながら、ロックスは更に魔術具を使って攻撃を重ねる。先ほどよりも大きな炎の球を幾つも作り、敵に向けて放った。女は慌てて闇の魔術を使用して壁を作るが、炎の球はどれも壁に吞みこまれることはなかった。

 全て、黒い壁の手前に落ちたのだ。炎の球は熱せられた石畳を更に真っ赤に染めるほど熱し、女の周囲を灼熱世界へと変貌させる。

 たまらず、女が闇の魔術を解除して降参を訴え、自ら結界のロープを解いて外へと転がり出した。

「癒しの風!」

 結界が解除されたのを確認するやいなや、即座に魔術を行使して二人の傷を癒す。同時に、地面の温度を冷やす為に土の魔術で表面を新たな石で覆っておいた。

「ロックス君!」

 エライザが泣きそうな顔で走っていき、何とか立っているロックスの身体を支える。

 ここにきて、予想外の魔術が出てきてしまった。あまりの状況に思わずロイルを睨むと、ロイルは冷めた表情で口を開く。

「本来ならこの魔術で怪我も無く無力化できるはずだったのだがな。勝手に無茶な反撃をしたのはそっちだろう? こちらが恨まれるのは筋違いだ。それより……」

 言いながら歩いていき、ロイルは地面に手を突いて荒い呼吸を繰り返す護衛の女のすぐ隣に立った。手を貸すのかと思ったが、そのまま無造作に顔面を蹴りつけてしまった。まさかの行動に反応が遅れてしまう。

「この、馬鹿が……! 簡単に降参しやがって……その魔術具がいくらかかったか分かっているのか!? 死んでも死守するという気概はないのか、貴様……!」

 怒鳴りつけるロイルだったが、女は蹴られた部分を両手で押さえて呻くばかりだ。答えられる状況ではない。街の中の広場で行われているのだ。周囲の人々からも騒然とした空気が伝わってくる。

「見ていて面白い状況ではないな」

 ストラスがそう言って止めに行くが、他の護衛達が壁のように立ちふさがった。

「……何故止める? あれが正しいとでも思っているのか?」

 ストラスが怒りを抑えきれずにそう尋ねる。しかし、女達は無言で立つばかりである。その後ろではロイルが再び足を振り上げる姿があった。

「石の檻」

 呟き、魔術を発動した。すぐさまロイルは石の檻に閉じ込められて行動が制限される。これに、ロイルの護衛達はそれぞれが持つ魔術具を私に向けてきた。

 一触即発の空気となり、場は静まり返る。

 その時、檻の中にいるロイルが口を開いた。

「……手を出したな? 対決の場以外で手を出すのは反則だろう? ならば、今の勝負は無効としてもらおう」

 と、ロイルは笑みを浮かべてそんなことを言ってきた。

「……ふむ。檻に入れただけで手を出したというほどではないのではないかのう?」

 流石に傍若無人が過ぎると判断したのか。状況を見守って来たグレンであっても反論をする。それにロイルは肩を竦めて馬鹿にしたように笑う。

「いいや、一般人に上級教員が魔術を使ったんだ。それだけでも十分過ぎるくらいだが、今は正々堂々とルールを決めて行っていた試合の最中だ。それを考えれば反則も良いところだろう? 無効にするのがこの対決分だけにしてやる俺の優しさに感謝するんだな」

 ロイルがそう言って笑いだすと、ウィンターバレーの住民達の方が口々に文句を言いだした。

「汚いぞ!」

「無茶苦茶だ!」

 そんな声が聞こえてくるが、ロイルは一切気にせず笑い続けた。そして、笑顔のまま観衆を振り返る。

「今、俺を批判した奴らの顔は覚えておくぞ! 忘れるなよ? 国も無視できない大商会に睨まれるってことを!」

 怒鳴りつけるようにそう叫ぶ。これに、明らかに観衆達はトーンダウンした。自信に満ちた様子のロイルに、力を持たない一般市民は恐怖心を持ったのだろう。

「……分かりました。それでは、こちらからも一つ、ルール変更を申し出ます」

 そう告げると、ロイルは嫌そうな顔でこちらを振り返った。

「これまでの勝負は全てなかったことにして構いません。その代わり、私とロイルさんとの勝負一回で決着をつけましょう。魔術具の数はそちらにお任せします」

「……随分と自信があるようだな。ならば、魔術具は予定通り二つだ。勝負は結界内に入ってから外で合図を出してもらい、開始とする。勝負に勝った方が全ての魔術具を手にする。分かったな」

「ええ、構いません」

 あっさりとロイルは一発勝負を認めてルールを設定した。内容には特に文句も無い。

 石の檻を解除すると、ロイルは何かの準備に護衛の女達を集めて話し始めた。それを横目に、こちらも誰ともなく輪を描くようにして皆で集まる。

「……魔術具対決、楽しみにしていたのに……」

「あ、クラウンさん。やりたかったのですか?」

 いの一番にクラウンががっかりした様子でそう呟く。

「皆、色んな魔術具を使えて良いなぁ……」

「後で魔術具を色々紹介しますよ」

「使っても良いのかな?」

「はい、もちろんです」

 そんなやり取りを終えて、クラウンはすぐに上機嫌になって送り出してくれた。

 ある意味オーウェンと同じくらい分かりやすい男だと思って笑っていると、ロックスやストラスが真剣な顔で口を開いた。

「……あの野郎が何をするか」

「警戒した方が良い」

 二人のその言葉に、シェンリーも不安そうに目を潤ませる。

「アオイ先生……」

「大丈夫ですよ」

 皆を安心させようと笑顔で答える。

「本気でやりますから」


【SIDE:ロイル】


 馬鹿な女だ。結界を作りあげて左右の壁に分かれて立ち、向かい合った状態でそう思いほくそ笑んだ。

 この魔術具対決には必ず勝てる仕組みがされている。本来ならそれまでの戦いで勝ち負けを繰り返し、相手を油断させるはずだったのだが、まさか全敗するとは思わなかった。

 誤算はあったが、馬鹿な女が最後の勝負を承諾した段階でもう負けは無い。

 これまでも多くの上級貴族や王族と魔術具を奪い合ってきたが、いつも相手は勝利を確信して挑んできたものだ。そして、常に勝ってきた。アオイの持つ魔術具はどれも相当な代物だ。これまで通り奴隷を買って魔術具を持たせて軍を作っていけば、やがて大国も無視できない勢力となるだろう。

 その為にも必ずこの魔術具対決には勝たなければならない。

「合図は外でヘザーが行う。剣を振り下ろしたら、開始だ」

「分かっています」

 あえて、合図について再確認をした。これも仕掛けの一つである。開始の合図を聞き、アオイは予定通りヘザーの方を見ている。だが、実際は剣を振り下ろすのは俺が口を閉じて三秒後と決めている。

 この小さな仕掛けにより、こちらは確実に相手よりも早く魔術を使うことが出来るのだ。

 そして、俺が持つ魔術具は世界で最も攻撃速度が速い光の魔術を発現する。範囲は極端に狭いが、一瞬で相手を貫く光の剣を放つ。これで、先制攻撃は必ず俺が制することとなる。

 更に、もう一つの魔術具で追撃をする。こちらは発動に僅かに間があるが、発動さえすれば誰にも防ぐことは出来ない恐ろしい魔術となるのだ。

 頭の中で手筈を確認しながら三秒を数え、実行に移す。

「光の矢!」

 ヘザーの剣が振り下ろされると同時に、魔術具を発動した。ヘザーの剣が振り下ろされたと同時くらいの感覚の筈だ。アオイがこちらに顔を向けようとしている姿が視界に入る。

 絶対に間に合うものか。そう思って笑みを深める。

「精霊召喚」

 しかし、アオイが何か口にした瞬間、光の矢は何かに阻まれた。現れたのは不思議な人型の何かだ。魔術によるものとは思えない、不思議な物体だ。僅かに透ける赤い身体で、腕や足が長い不思議な服装の女に見える。女の腹部や肩には光の矢が貫いた痕があるが、どうやら効いていないようだ。

「な、なんだ、その魔術は……!?

 驚愕してそう言うが、アオイは無表情に出現させた存在をこちらに向けて進ませた。見上げるような赤い人型の魔術に危機感を抱きつつ、こちらは二つ目の魔術具を発動させる。

「結界操作!」

 魔術具を発動すると、周囲を覆っていた結界がこちらの念じるままに動き出す。左右の壁がぐにゃりと湾曲し、アオイを閉じ込めるようにして重なり始めた。

「……なるほど。この結界自体を操る魔術具……そんな物もあるのですね」

 冷静に迫ってくる結界を見て感想を述べるアオイに、思わず吹き出すようにして笑ってしまった。

「ふ、はっははは! 結界は壊せない上にどんどん狭くなるぞ! 押し潰される前に降参するんだな!」

 勝った。確実な勝利だ。例の赤い人型が結界の壁を押し戻そうとしたが、全く効果を発揮していなかった。当たり前だ。鉄の塊ですらひしゃげさせるほどの力があるのだ。

 さぁ、降参しろ。結界の壁に包まれていくアオイを見てそう思った。その時、アオイが動く。

「業火熱閃」

 片手を前に伸ばして、一言、魔術名を口にした。それだけで、アオイの手から放たれた赤い光が結界の壁を切り裂いていく。まるで枯れた葉が砕けるように切り裂かれた結界は力を失って崩れていった。

「な、なにが……」

 これまで、結界に傷をつけた者はいなかった。切り裂くなど以ての外だ。そんなことが可能だと、思いもしなかった。

「これで終わりですか?」

 アオイがそう言って、こちらに歩いてくる。その恐ろしいまでの圧力に、初めて恐怖心を抱いた。

「や、闇の壁……!」

 自分でも気が付かぬ内に、三つ目の魔術具を使用していた。全てを吞みこむ闇の魔術。本来ならもっと接近して対処できないくらいの距離で使う予定だったが、今見た二つの魔術具であれば問題無いはずだ。このまま、魔術具で出現した謎の物体ごとアオイを吞みこんでしまえば良い。

 そう思って巨大な闇の壁を前進させていたが、根本的な間違いに気が付いた。そうだ。あの女に、結界による制限は効果が無いのだ。

 そう思った矢先、目の前に無数の赤い線が現れた。不規則に明滅を繰り返す赤い光の線だ。首を回して左右を見ると、赤い光の線が数十本、俺の前後を挟むようにして現れていた。

「……結界を貫く、赤い光」

 これは何なんだ。そう思って呟いていると、闇の魔術も持続することが出来ずに解除してしまった。黒い壁が消えた先には、先ほどと同じ位置で最初と同じように立ったままのアオイの姿があった。

「終わりです。動けば赤い光に切り刻まれますよ」

「……こ、こんな魔術具、反則だ! なんなんだ、この力は!? こんな物が存在して良いわけがない!」

 負けを認めることが出来ずにそう叫んだ。だが、俺の言葉にアオイではない、別の誰かが否定の言葉を口にする。

「いいや、貴様の負けだ。ロイル・ウェット・サルート」

 その声に振り向くと、百を超える騎士を従えた男の姿があった。

「ミドルトンさん」

 アオイも驚いて名を呼ぶ。この国の国王、ミドルトン・イニシュ・キルベガンがそこにいたのだ。

「私もいるわよ」

「レアさんも」

 ミドルトンの斜め後ろには王妃であるレアの姿もあった。二人は並んで立つと、咎めるような目でこちらを見て口を開く。

「この戦いが始まった時から観戦させてもらった。完膚なきまでに叩きのめされた上に、本来なら使用することが出来ない三つ目の魔術具を使用している。そうだな、ロイル?」

「……ぐっ」

 王に見られていた。それだけで、覆すことは出来ない。どう答えるべきか必死に考えを巡らせる。だが、答える前にミドルトンが次の言葉を口にしていた。

「グレン侯爵。立会人をしていたようだが、勝負は正々堂々と行われたか? また、結果は?」

「ふむ……本来なら九回の対決を行い、勝利数が多い方が勝ちとなる、というルールじゃったが、何度もルール変更があってのう。とてもではないが、正々堂々という勝負ではなかったぞい。じゃが、皆はそれでも全ての勝負に勝って、文句なしの大勝利となったのう」

 グレンが上機嫌にそう告げると、ミドルトンは笑みを浮かべる。

「そうか……ならば、色々と準備せずとも良かったか。まぁ良い」

 そう言ってから、ミドルトンは再び俺を睨むように見据えた。

「ロイルよ。オークションでの態度が気になって貴様を調べさせてもらった。本人の普段の素行についてもオークションハウスの支配人や、オークションを利用する貴族達から話は聞いておる。また、かなり強引な手法で魔術具を集めているという点も調査済みだ。そして最後に、貴様が我が国にも店舗を置いている商会についてだが、数多くの不正が発覚した。証拠は十分過ぎるほどである。全ての店舗は閉鎖し、違法な手段で集めた商品についても押収する。また、これらの情報は各国に周知する。それぞれの国で裁きを受けるが良い」

 ミドルトンが裁判官のように判決を言い渡すと、ロイルは目を見開いて振り向いた。

「ば、馬鹿な……! 俺はコート・ハイランドの商人で、コート・ハイランドに商会を構えている! いくら陛下でも、そこまでする権限が……!」

 我を忘れて異議を申し立てようとするが、不意に自らの腕に激しい熱さを感じた。

 視線を落とすと、肘から先が地面に落ちていた。

「ぐ、ああ……っ!? お、俺の腕が……!」

 気が付かぬ内に、アオイの魔術に触れてしまっていたらしい。

「ああ、動くから……」

 アオイが他人事のように小さく呟いてから魔術を解除する。途端に地面に崩れ落ちた。痛みに気を失いそうになっていると、ミドルトンがアオイに向かって手を伸ばした。

「良い。死にはしないだろう。癒すのは後にしてくれ」

「いえ、そうはいきません」

 ミドルトンとそんなやり取りをしてから、アオイは俺の隣に来て腕に触れた。

「ぐ……さ、触るな……!」

「ちょっと動かないでください」

 厳しくそう言いながら、アオイは切断された腕を無理やりくっつける。頭がおかしいのか、この女。

 ぶん殴ってやろうと拳を握った時、違和感に気が付いた。痛みが噓のように引いたのだ。

「……な、なんだ?」

 驚いて自分の腕を見ると、そこには何事もなかったかのように動く自分の手があった。

「ふむ、甘いな」

「アオイ先生らしいわよ」

 ミドルトンとレアは苦笑混じりにそんな会話をしていた。