フェルターと呼ばれた獣人は自らの首と肩を軽く回しながら歩いて来る。どう見ても魔術師には見えない体格と雰囲気だ。むしろ、武芸者と言った方がしっくりくる。
剣を携えた鎧の女と、格闘家のような雰囲気の男が歩いていく様子は、とてもではないが魔術具の対決には見えないだろう。ロープで囲まれた空間の中に入り、ヘザーがロープの端と端を結んで結界を形成する。
結界内では二人が左右に分かれて壁を背に立ち、構えた。まるで日々試合を重ねてきた者達が向き合うように自然に相対している。
そして、どちらからともなく、二人は同時に動き出した。
剣を構えて走り出すヘザーと、両手の拳を肩の高さに挙げて地を蹴るフェルター。今のところ、フェルターがなんの魔術具を使うのかも分からない。本来なら相手の手の内を見てから接近すべきだが、ヘザーの場合は逆だ。
相手に剣を使うということしか知られていないのならば、まず一対一で負けることはないだろう。何故なら、ヘザーの魔術具は魔術を切り裂くことが出来るという代物だ。火や土、水、風といった様々な魔術で実験をしたが、どの魔術も易々と切り裂いてみせた。そして、ヘザーは元々が剣術の達人である。
つまり、この魔術具対決という勝負において、ヘザーを一対一で倒すことは至難の業ということだ。対処法があるとしたら、ヘザーが剣で対応できないほどの数の魔術を連続して放つことくらいだろうか。そうとも知らず、フェルターは接近して魔術具を使用しようとしている。
「馬鹿め。魔術具の奥深さを知るが良い」
そう思って笑みを浮かべた直後、フェルターはヘザーに向けて恐ろしい速度で拳を突き出した。
「っ!?」
予想外の行動に、ヘザーの方が驚いて剣を左右に振りながら横っ飛びに移動して攻撃を回避する。一方、フェルターは回避されることを予想していたのか、すぐに軸足に力を入れて体の向きを変えた。
「ふっ!」
鋭く息を吐き、フェルターが姿勢を低くしていたヘザーの頭に向かって拳を振り下ろす。反撃をとれる体勢ではない。地面を転がるようにしてヘザーはフェルターの拳を回避した。
直後、空振りとなったフェルターの拳は地面を殴りつける。
地面が縦に跳ねるような振動を伝え、何かが爆発したかのような激しい音が鳴り響いた。見ると、フェルターが殴った地点を中心に放射状に地割れが起きていた。とんでもない力だ。どう考えても人間に出せるものではない。
「な、なんだ、あの魔術具は!?」
思わず、そう叫んでいた。すると、律儀にアオイがこちらを見ずに答える。
「フェルター君が得意としている身体強化の魔術を魔術具にしたものです。元々、とても強い魔術師ですが、私の魔術具があれば更に強さは倍以上になるでしょう」
「ちょ、ちょっと待て! なら、魔術具を使うのに攻撃手段は素手でぶん殴るってことか!?」
アオイの説明に驚いて聞き返すと、無表情に首肯された。
「そうですね。まぁ、殴る、蹴る、投げるなどもあるかと思いますが……あ、私がこの魔術具を使う時は剣を使いますよ」
何でもないことのようにそう言われたが、こっちはそれどころではない。あの魔術具がただの身体強化だとするならば、ヘザーにとって最悪の相手だと言える。唯一の救いは、相手は素手であるということ。ヘザーは剣術の達人だ。フェルターが身体能力を強化しているとしても互角に戦える筈……。
そう思った矢先、ヘザーが目にも留まらぬ連続の斬撃を放ち、フェルターは素早く後ろに回り込むように移動を始めた。遠目から見ても素早く、無駄のない動きでフェルターに向けて剣を振るうヘザーだったが、フェルターは器用に移動しながら上半身を動かし、全ての剣を避けてしまった。
間違いない。フェルターはヘザーと同じく武術の達人だ。どう考えても魔術師の動きではない。ヘザーは負けじと剣を鋭く振り下ろすが、フェルターは一気に斜めに前進するようにして剣を回避し、拳を腹に叩きこんだ。
結界の壁まで数メートル近く吹き飛ばされて、ヘザーは地面に倒れ込む。鎧を着ているというのに、一撃で終わってしまった。
「……な、何が起きた? まさか、拳で鎧を着たヘザーを?」
信じられずにそう呟き、赤い髪の少年が鼻を鳴らして笑う。
「見たままだ。そんなことも分からないのか?」
ロープを解き、結界を解除したフェルターが面白くなさそうに歩いてくる。
「……もう少しやれるかと思ったが、普通の剣士だった。アオイがやれば十秒で終わるだろう」
「いえ、剣の技量は高かったと思います。あの方も身体強化をしていれば、相当な実力だったかと」
「ふむ。なら、魔術具対決の結果としては十分だな?」
フェルターはそう言って、愕然とした様子のロイルを一瞥した。ロイルは悔しそうな表情でこちらを睨み、次に護衛の女達を見る。ヘザーを連れて帰った女達に対して口を開いた。
「……もう負けられんぞ。次は団体戦にする。良いな?」
「は、はい!」
ロイルはそう告げてから、こちらに歩いてきた。
「悪いが、次は四人対四人での団体戦とする。こちらはメンバーが決まっているから四人選べ」
「え? いえ、こちらは一対一でないと困ります。魔術具の説明は一人ずつにしか出来ていませんので、連携などが難しいのです」
ロイルの急なルール変更に異議を申し立てる。しかし、ロイルは険しい顔で怒鳴り始めた。
「ふざけるな! 卑怯な真似ばかりしおって! 王家の協力も得られる貴様の方が希少な魔術具を手に入れることは出来るんだ! ルールくらいはこちらで決めさせてもらうぞ!」
と、ロイルは子供が癇癪を起したように文句を言い始めた。どうも私が各国の王家から優遇されているという勘違いをされたままのようだ。
「……分かりました。それでは、少し作戦会議の時間をください。四人選ぶにしても、魔術具の効果を考えて選びたいので」
仕方なくそう答えると、ロイルは腕を組んで鼻を鳴らした。
「ふん……長くは待てんぞ」
「五分で構いません」
そう言うと、ロイルは肩を怒らせた様子で戻っていった。それを見送ってから、皆の方へ振り返る。
「……突然ですが、四人対四人で戦うこととなってしまいました」
次の対決の方式が変わったことを伝えると、話を聞いていたロックスがすぐに怒り出す。
「あんな我が儘な申し出を聞く必要があるのか」
「そうですね。流石に傍若無人過ぎると思います」
珍しく、ロックスの言葉に乗るようにコートが同意した。対して、グレンは苦笑しながら首を左右に振る。
「アオイ君は勝ち過ぎてしまうことを心配しておるんじゃよ。多少は相手にも華を持たせてやらねば、最後に勝負を反故にされてしまうこともありえるからのう」
グレンは大人らしくそんな見解を皆に話してくれたが、残念ながら違った。
「いえ、違います。こうなったら相手が望むルールで対決をして、全て完勝しようと思っています。完膚なきまでに叩き潰してやりましょう」
正直に自分の考えていることをグレンに伝えると、ロックス達から歓声や拍手が起きた。そして、グレンは額に手を当てて項垂れる。
「Oh……アオイ君らしいというか何というか……」
グレンはそんなことを呟いて首を左右に振っている。シェンリーやエライザも苦笑していた。
そこへ、ラングスが目を細めて口を開く。
「とりあえず、やるのならば徹底的にやるという考えには賛成だ。その四人での戦いには私も参加しよう」
前向きなラングスの言葉に頷くと、シェンリーとエライザも手を挙げた。
「あ、私も参加できたら……」
「一対一より勝機がありそうです!」
あまり戦闘に慣れていない二人も多人数での戦いが良いらしい。この三人が一緒に出るなら、残りはコートが良いだろうか。
「コート君。一緒に行けますか?」
そう告げると、コートは笑顔で頷く。
「はい、もちろんです」
あっさりと四人決まったことにホッとしながら、皆を集めて作戦会議を行う。
「それでは、皆さんの戦い方を説明いたします」
◇
「……五分だ。もう良いな?」
ロイルから声を掛けられて、ラングス達が前に出る。
「うむ、構わない」
ラングスが返事をすると、ロイルは嫌そうな顔をした。
「……エルフか。使って良いのは魔術具だけだからな? 魔術、武器は使用できない」
「分かっている」
エルフの魔術を警戒しているのか、ロイルはしつこくルール説明をする。それにラングスはぶっきらぼうに返事をした。あまり怒らないラングスが少しムッとしている。
ロイルの護衛達と一緒に合計八人でロープで囲まれた中に入り、結界を張る。流石に八人で入ると狭いような気がするが、相手も何か作戦を考えてきているに違いない。
そんなことを考えながら見守っていると、左右に分かれて二、三会話をした後、戦闘が始まった。
まず動いたのはロイルの護衛達である。即座に二人が魔術具を発動した。現れたのは大きな石の壁だ。自分達を守るように壁を作り出している。そして、もう一人の魔術具は細かな粒子を生み出すような物のようだった。白い粒子が霧のように結界内に広がっていく。
「……あれは、もしかして……」
嫌な予感に、思わず結界内の皆に声を掛けた。
「先に水の魔術具を発動してください!」
大きな声でそう告げると、何とか聞こえたのかすぐにシェンリーが指示に従う。
皆の前に水の壁のような物が出現し、徐々に前に向かって前進していく。水の壁は結界内に広がりつつあった白い粒子を吞みこみ、拡散を防いでいく。
異常を察知したのか、石の壁の奥に隠れていたロイルの護衛の一人が魔術を発動させた。人一人吞みこむほどの大きな火球が飛来し、結界内で激しい爆発が起きる。地響きとともに結界内に爆炎が巻き起こった。粉塵爆発か毒かと予想していたが、前者だったらしい。
「……なんだ、今の魔術は?」
「火の魔術か?」
フェルターとロックスがそんな会話をしているのを横目に、次の行動に気を払う。相手は四人だ。もう一つ、何かしらの効果を持つ魔術具があるはずである。
その時、先にコートとエライザが魔術具を使用した。
コートが風の魔術を発動して局所的な竜巻を発生させ、そこにエライザの土の魔術で竜巻は砂嵐となった。風の勢いと通常では舞わないはずの大粒の砂や小石が激しく舞い、殺傷力の高い砂嵐となっている。
すぐさま砂嵐の危険性を理解したロイルの護衛達は防御に力を割こうと動くが、あの謎の粒子を作る魔術も火の魔術も、激しい砂嵐を相手にすると効果が薄い。
そこで、もう一人が魔術を発動した。現れたのは氷の魔術である。大木のように太い巨大な氷の柱が地面から二本突き立ち、砂嵐の一部を防いでくれている。これは土の魔術と同じく防御に向いている。四人の組み合わせを見て、恐らく本来なら自分達を守りながら粉塵爆発を起こし、防御を固めて生き残る者がいたら相手の足元から氷の柱を出現させるつもりだったのだろうと予想した。
だが、こちらも負けてはいない。
相手の最後の魔術具が氷であったことを確認してから、砂嵐の裏ですでにラングスは動き出していた。
ラングスは厳重に設置した石の壁で自分の姿が見えないように移動して、ロイルの護衛達のすぐ近くまで迫っている。
それに一人が気が付き、炎の魔術を発動させようとしたが、もう遅い。
激しい破裂音を響かせて、外界と遮断された空間の筈なのに稲光が起きた。ラングスに持たせた魔術具は雷の魔術具である。発動までに少々時間がかかる為、本当は結界内の一部を浸水させて雷の魔術による感電を狙ったのだが、砂嵐で上手く雷の魔術を発動する時間を稼げたようだ。
さきほどの粒子も残っていた為だろうか、瞬く間にロイルの護衛達は感電してしまった。
ばたばたと地面に倒れたロイルの護衛達を見て、ラングスが眉を顰める。
「……流石に、これは危険過ぎる魔術具だな」
ロイルがそう言ってから味方を振り向くと、エライザとシェンリーが跳び上がって喜んだ。
「勝ちました!?」
「凄い! 圧勝です!」