「最初は私から」

 そう言って、コートが挙手をした。これに、ストラスが首を左右に振る。

「ダメだ。一回目は様子を見る為にも俺が出る。もし危険そうなら、生徒の参加は禁止だ」

 コートにそう告げて、ストラスが前に出た。

「……教員か。流石に魔術は相当な腕前だろう。ならば、こちらはマーカイからいくか」

「はい、分かりました」

 ストラスが出てきたと認識して、ロイルは赤い髪の女に声を掛けた。マーカイという女はローブを着た魔術師らしい見た目の女だ。魔術具も、どうやら大き目の杖らしい。前に出たストラスとマーカイは無言でロープで囲んだ一角へと向かった。

「ここに入れば良いのか?」

 ロープの前に立ち、ストラスが尋ねる。ロイルはそれに頷いてその先を指差した。

「中に入ったらこちら側で結界を張る。開始の合図は任せるぞ」

 ロイルの言葉に首肯して返事の代わりとし、ストラスがロープに囲まれたエリアへと踏み込んだ。個人的にはあの結界を張るという魔術具が気になるが、どんな物だろうか。

「……ストラスさんに渡した魔術具はどんな物ですか?」

 不意にエライザにそう尋ねられて視線を向ける。

「ストラスさんには風の魔術の指輪を貸しています。使える魔術は一つですが、とても応用が利く良い魔術具ですよ」

 答えると、エライザは面白そうに頷く。

「指輪……そんなに小さく出来るんですね!」

 魔法陣の研究もしているエライザは魔術具の効果について興味津々といった様子だった。そう言えば、エライザの勉強用に見せた物は魔法陣が分かりやすいように平面で大きな物ばかりだった。

「多層式の魔法陣ですね。重要なのは魔力で結ばれた回路がそれぞれ効果を発揮してくれることですから、一つの図形にこだわる必要はありません」

「ふむふむ……じゃあ、これも……」

 そう口にして、エライザは自身の手の中にある五角形の金属を見た。そんな会話をしていると、二人がロープの内側に入ったことを確認して口を開く。

「マーカイ。ロープを結べ。分かっているとは思うが、やり過ぎるなよ?」

「はい!」

 ロイルが指示を出すと、マーカイはしゃがみ込んでロープの端と端を結び始める。程なくして、僅かな風の音と共に、ロープの外側に白い光が走った。半透明の光の壁が生き物のように空へと伸びていき、僅かな時間で薄い膜で出来た半球状の空間が出来上がる。広さは直径で二十メートルほどだろうか。あまり広い空間とは言えないが、端と端に立って始めれば魔術での戦闘も可能だろう。

「……面白い魔術具ですね。どれくらいの強度か試してみたいです」

 そう呟くと、ずっとウキウキした様子を見せていたクラウンが結界を指差した。

「試そうか?」

「いえ、今すると怒られます」

「ちっ」

 子供のように分かりやすい態度でクラウンが残念がる。その様子に苦笑していると、結界の中でストラスとマーカイの話し合いが終わったらしく、両サイドに離れるように移動した。

 そして、お互い壁を背に向き直る。

「……怪我をしなければ良いのですが」

 私は一人、祈るようにそう呟いたのだった。


【SIDE:ストラス】


 合図は壁について向き直り、目が合った瞬間から。

 中々面白い開始方法である。結界と呼ばれた白い半透明の壁に向かって歩くと、壁の向こう側にアオイ達の姿が見えた。結界が張られた瞬間から周囲の音があまり聞こえなくなり、空気も変わったような気がする。

 もしこれそのものが罠だったら……そう思いもしたが、そうなった時はそうなった時である。外にはアオイが控えているのだ。何かあったら対処してくれるだろう。

 軽く深呼吸をしてから、背後へと振り返る。

 すぐに、反対側の壁の方にこちらを向いて立っている女の姿を視界に捉えた。確か、マーカイだったか。小柄な魔術師らしい服装の女だ。

 目が合った瞬間、マーカイは片方の口の端を上げた気がした。

炎竜息ヒートブレス

 魔術具の発動を告げる魔術名を口にした瞬間、マーカイの持つ大きな杖から炎が噴き出した。魔術を使うには決して広いとはいえない空間で、高温の炎が吹き荒れる。普通なら最悪の状況だろう。

 しかし、アオイに魔術具の効果を聞いていた為、焦ることは無かった。

暴風壁ヴイエント

 指輪をした左手を前に突き出し、魔術名を口にする。魔力が吸い取られるように勝手に腕の方へ流れていき、指輪の中で力に変換されていく。独特な感覚だ。吸い取られる魔力量が多いのか、僅かに立ち眩みのような状態になる。

 しかし、それよりも何よりも、目の前で起きた光景に目を剝いた。

 全方位から襲い掛かってきていた荒れ狂う炎が、指輪から発生した上昇気流に吞まれたのだ。まるで炎の壁のようになっているが、自身の魔力が使われているお陰で風の壁の状況は手に取るように分かる。まさに、暴風と呼ぶにふさわしい爆発的な勢いの風の上昇だ。炎は上昇する高密度の風に阻まれて巻き返すように術者の下へ戻ってしまっていた。

「な、何よ、コレ……っ!?

 驚愕するマーカイの声が風と炎による壁の向こう側から聞こえた気がした。恐らく、魔術具を発動した術者の為、炎に焼かれることはないだろう。しかし、こちらが発生させた暴風は違う。炎は数秒で完全に消失してしまい、恐ろしいまでの風の壁は無情にも結界の壁にまで到達した。

 壁に叩きつけられるようにしてマーカイが風の直撃を受ける。

 魔力の出力を下げていくと、風の勢いは弱まり、やがて荒れ狂うような暴風は姿を消した。直後、結界の壁にはりつけのような恰好で押し付けられていたマーカイが地面に倒れ込む。

 地面にうつ伏せに倒れたマーカイはピクリとも動かない。

「終わりだな」

 想像以上にあっさりと勝利してしまい、本当に勝ったのかと戸惑いながらも結界を構成するロープの結び目を解いた。ロープの結び目を解いた瞬間、結界はすぐさま解除されて壁は消え去った。

「……勝ったぞ」

 そう告げると、エライザが一番に跳び上がって喜ぶ。

「凄いです、ストラスさん! 圧勝じゃないですか!」

「……いや、この魔術具の力だからな」

 大袈裟に喜ぶエライザの様子に若干恥ずかしくなりながらそう答える。シェンリーやコート、クラウンなども満面の笑みで喜んでくれているが、自分自身の力では無い為素直に受け取れなかった。

 しかし、アオイが苦笑しながら口を開く。

「流石ですね、ストラスさん。あれだけ風の力を引き出せるのは魔術への理解が深いからですよ」

 アオイにそう褒められて、そういうものかと思う。

「……なるほど。確かに、魔力の操作は少し難度が高かったか」

 多少は自分の力も関係があるらしい。そう知れて、ようやく勝利の実感が湧く。

「まずは一勝だ」

 そう告げると、アオイは笑顔で頷いた。

「ありがとうございました。引き続き勝っていきましょう」


【SIDE:ロイル】


「ば、馬鹿な……!」

 これまで、マーカイがあの魔術具を使って負けたことは無い。馬鹿な貴族が雇った傭兵団を一人で撃退したこともあるのだ。それが全くと言って良いほど相手にならなかった。相手の魔術具との相性もあるとは思うが、それでも圧倒的な差だったのは間違いない。

「そ、そんなわけがあるか……! マーカイが持っていたのは国宝級の魔術具の一つだ! 超一流の魔術師が長時間の詠唱を必要とする魔術を一瞬で発動するような代物だぞ!? どんな手を使った!?

 護衛の一人が怒鳴るようにそう言った。それに対して、マーカイと戦った教員が振り返る。

「見ていなかったのか? 魔術具によるものだから、無詠唱で特級相当の風の魔術が発動した。結果、風の壁が炎を防ぎつつ術者を直撃した。それだけだ」

「そ、それがおかしいと言っているんだ! 最上級の魔術具同士であったとしても、こんなに差が出るはずがないだろう!?

「そんなことは知らん。そっちの魔術具が格下だっただけだ」

「な、なんだと……!?

 はっきりと格下扱いされて一気にこちらの陣営が色めき立つ。

「ロイル様、次は私が行きます」

 怒りに肩を震わせるヘザーが前に出てそう言った。軽装の鎧を好む、元騎士の女だ。持たせた魔術具は大人数を相手にする物ではないが、少数を相手にするのに適している物である。

「……ヘザーか。本気でやれ。負けることは許さんぞ」

「はい!」

 返事をして、剣を抜く。ヘザーが剣を抜いたことに対して、赤い髪の少年が敵意を剝き出しにして睨んできた。

「剣を使うのは反則じゃないのか?」

 低い声でそう言われて、吹き出すように笑う。

「これは魔術具だ。魔術具の使用は許可したはずだぞ? もう忘れたのか」

「くっ、なんだその口の利き方は……!」

 少年は見た目通りの短気らしく、すぐにカッとなって怒り始めた。あれを相手にすれば勝利は固いだろう。そう思って挑発をしようかとしたが、先に金髪の獣人が前に出て口を開いた。

「……剣を使うなら面白そうだ。俺がやる」

 獣人が出てくると赤い髪の少年は不服そうな顔をしつつ、溜め息を吐いて一歩退いた。

「フェルター、絶対に勝て。負けることは許さん」

「……ふん、そっくりそのまま返すぞ」