私は、正確に言うなら、この世界に生まれたわけではない。

 もしかしたら、精霊世界における相性というものが関係しているのだろうか。そうなると、私には精霊魔術を一生使えない可能性すらあるのではないか。

 そんなことを思ってゆっくりと歩き回っている炎の蜥蜴を見ろしていると、研究室の扉を叩く音が聞こえた。

「……はい、どなたですか?」

 返事をしながら外に出てみると、そこにはシェンリーの姿があった。

「あ、アオイ先生! ちょっと良いですか?」

 少し慌てた様子でシェンリーがそう言ってから研究室にいるラングスにも気が付く。

「あ、ラングス先生も……」

「む? 私に何か用か?」

「あ、どうなんでしょう……もしかしたら、一緒に来てくれた方が良いかも……」

 シェンリーのその言葉に、ラングスが口の端を上げる。

「良く分からないが、アオイが行くのならば同行しよう」

 判断理由は分からないが、ラングスも同行するつもりのようだ。しかし、シェンリーがあまり会話をすることが無いラングスを呼ぶ事態とは何なのか。

「何かあったのですか?」

 改めてシェンリーにそう尋ねると、眉根を寄せて口を開く。

「その、ロイルさんがアオイ先生を訪ねてきたらしくて……」

「ロイルさんが?」

 シェンリーの言葉に思わず眉間に皺を作ってしまう。

「まさか、魔術具を買い取りに来たのでしょうか……」

 ミドルトンは贈呈したと思っているかもしれないが、個人的にはこの魔術具はミドルトンとレアに借り受けている状態だ。売れと言われても売ることは出来ない。

 もし売れと言われたらどう断れば良いだろうか。

 そんなことを考えながらシェンリーに付いて行くと、学院の敷地外へと向かっていった。

「お疲れ様です。通りますね」

「おお、アオイ先生。いってらっしゃい」

 受付のおじさんにいつものように挨拶をしつつ、敷地の外へと出る。すると、フィディック学院の前の広間に護衛を連れたロイルの姿を発見した。ロイルはこちらに気が付くと、護衛の女達を引き連れて近づいて来る。

「……アオイ・コーノミナト。俺を覚えているだろうな」

「ロイルさん。お久しぶりです」

 そう答えると、ロイルは鼻を鳴らして腕を組む。

「ふん。魔術具で上級教員の座を手に入れ、各国の王族にも便宜を図ってもらえるようになるとはな。どれだけ希少な魔術具を所持しているのか」

 そう言ってから、ロイルは組んでいた腕を解いて左右に何かを手にした。三十センチほどの棒状の物と、両刃の短剣だ。どちらも金属製に見える。

「興味が湧いてな。お互いの持っている魔術具で勝負しようじゃないか」

「それは面白いですね。私も、ロイルさんがお持ちの魔術具には興味があります」

 ロイルの意見に素直に頷いて答えた。すると、ロイルは口の端を片方だけ上げて凄みのある笑みを浮かべる。

「それは良かった。それで、提案があるんだが……」

「提案?」

 首を傾げると、ロイルは両手に持つ魔術具らしき物を掲げながら口を開いた。

「お互い、魔術具を集めている同士だ。どうせなら勝負をして勝った方が相手の持つ魔術具を手に入れる、というのはどうだ? お互いが使うことが出来る魔術具は十個。降参するか、戦闘不能になったら負けだ」

「ちょ、ちょっと待ってください。私は魔術具を使うところを見ることが出来れば問題ありません。わざわざ相手を負かして手に入れようとは……」

 勝負をすることが決まったような調子でルールを説明するロイルに、慌てて勝負はしないと伝えてみる。ところが、ロイルは表情を変えずに首を左右に振った。

「勝負から逃げることは許さんぞ。国王とも親しくしている貴様には分からないだろうがな。魔術具を一般市民が手にいれる機会など皆無に等しい。こういった機会を除いて、な」

 そう言ったロイルの表情は全く笑っていなかった。雰囲気からしても冗談とは思えない。

「本気ですか? 断ったら、力尽くで魔術具を強奪する、とでも?」

 そう聞き返すと、ロイルは剣をこちらに向けて頷いた。

「貴様らは自分達を特権階級だと我が物顔で魔術具を独占しているが、それに皆が従うとは思わないことだ」

 ロイルはそう言って笑みを深め、話を続ける。

「……貴様らがどうして魔術具を独占しようとしているのか、俺は気が付いているぞ」

「独占する理由、ですか?」

 何が言いたいのか意味が分からずに聞き返す。すると、ロイルは息を漏らすように笑った。

「自分達、王族や上級貴族の地位を確固たるものにする為だ。強力な魔術具は全てをひっくり返す力を秘めている。だから独占しているのだろう?」

「……それは一部の王族には当てはまるかもしれませんが、私はただの教員ですよ?」

 誇大妄想めいたロイルの推測に、どうしてそうなるのかと事実を告げる。だが、ロイルには響かなかった。

「馬鹿を言え。改めて噂を収集したが、学院の魔女と呼ばれる最強の魔術師であり、異例の上級教員として迎え入れられた特別な存在。また、各国の王族や貴族にも伝手があり、エルフの王国でエルフの王にも認められた……これが普通の教員のわけがあるか。ああ、本当にどれだけの魔術具を持っているのか、楽しみで仕方が無い」

 と、激しく思い込んでしまっているロイルはこちらの言うことに耳を貸す気配も無い。

「……仕方ありませんね。とりあえず、暴れて街を破壊しないように拘束だけさせてもらいます」

 私はそう呟き、顔を上げたのだった。

「……ちょっと待て。聞いていれば、随分な物言いだな」

 と、それまで黙って聞いていたラングスが不快そうにそう口にした。それに、ロイルは苛立ちを隠さずに睨み返す。

「エルフに用はない。俺が興味を持っているのは魔術具だけだ」

 ロイルがきっぱりとラングスを拒絶する。文句など聞いてもいない。これほどはっきりと言われたことはないのか、ラングスも目を瞬かせて固まっていた。

「こ、ここは街中なので、フィディック学院にある魔術試験場で行ってはいかがでしょうか……!? そ、その、すぐに準備をすれば明日にでも使えます!」

 その時、シェンリーが全身に力を込めたような格好で叫ぶ。ロイルはこの言葉に僅かに反応したが、すぐに首を左右に振った。

「……駄目だ。魔術具の中には罠として使える物もある。この場で行うことで初めて正々堂々とした戦いだと言えるだろう」

 ロイルはまるでこちらが不正を働くかのような言い振りでそう告げる。これにシェンリーが悔しそうな顔で何か言いそうになったが、その前に腹に響くような激しい破壊音と振動が起こり、びくりと飛び上がって驚いた。

 その方向を見ると、そこには静かに憤怒のオーラを発するフェルターの姿があった。

「……たまたま話を聞いていれば、随分と勝手な言い分だな」

 低い声でそう告げるフェルターを一瞥し、ロイルは鼻を鳴らす。

「今度は獣人か。魔術師としても半端な輩なぞ眼中に無い。失せろ」

 恐れを知らないロイルは傲慢な態度でそう告げる。フェルターの気性を知っているシェンリーは顔面蒼白で肩を震わせた。

「……フェルター君はいつから聞いていたのですか?」

 さらっと学院の周囲を囲む塀を破壊して現れたが、あまりにもタイミングが良い。そう思って尋ねたのだが、フェルターは腕を組んで押し黙っていた。

「……やはり現れたか。警戒していて正解だった」

 と、今度は正門の方から声がする。振り向くと、そこにはストラスとエライザ、ロックス、コートの姿があった。更に奥からはグレンとクラウンが走ってくる。

 あっという間に九人も人が集まり大所帯となってしまう。ロイルの方も同じくらいの人数なので、まるで何かのイベントのような状況だ。偶然通りかかった広場内の人々も何が起きるのかと注目している。

「フェルター君……また学院の施設を……」

 グレンが悲しそうに施設の損壊について苦言を呈しているが、フェルターは反応を返さなかった。今はロイルから目を離せないが、後で注意するとしよう。

「……わらわらと随分集まったな。しかし、ちょうど良い人数になったとも言える。よし、ルールを変更するぞ」

「え?」

「まず、使えるものは魔術具のみだ。魔術は使用禁止とする。また、武器の類も使用禁止だ。弓矢などであれば、魔術具を使う前に相手を攻撃することも可能だからな」

 もう魔術具で勝負をすることが決まったかのようにロイルがルール説明をし始める。人の話を聞かないにも程がある。

「まだ、魔術具を賭けて戦うことに了承していないのですが……」

 不満を露わにしてそう告げたのだが、ロイルは右手に持った剣の魔術具を掲げて話を続けた。

「一人一つの魔術具を持って戦うんだ。ただし、俺とアオイだけは魔術具の理解が深いものと判断して二つ使うこととする。分かったか? 攻撃は魔術具を使ったものだけだ。武器や魔術の使用は禁止。勝敗は負けを認めた側が降参するか、片方が戦闘不能になったら決着とする。魔術具は全部で十だ。俺とアオイが二つ使うから、一人ずつが戦って最終的に戦闘に勝利した人数が多い側が勝ちとなる」

 ロイルはそう言ってこちらを見た。

「いえ、私事に生徒達を巻き込むわけにはいきませんから、お断りさせてもらおうかと……」

 ロイルとの魔術具勝負を断ろうとしたのだが、私の言葉尻に嚙みつくようにロイルが声を上げた。

「なんだ? まさか、俺との勝負を避けるつもりか? そうか、負けるのが怖いのか。安心しろ。負けてもそこの生徒やエルフ、獣人のせいに出来るぞ。自分一人だったら負けなかったとでも言い訳すれば良い」

「……あぁ?」

 ロイルの皮肉にロックスが低い声を出した。フェルターは最初から怒ってしまっているし、今の言葉を聞いてストラスとラングスもムッとした表情になっている。

「あ、あの……アオイ先生の魔術具を使って戦うと、あ、危ないと思うのですが……」

 シェンリーが不安そうにそう呟く。それにロイルは面倒臭そうに答えた。

「なんの手筈も無いと思っていたか? 準備しているに決まっているだろうが」

 ぶっきらぼうにそう言うと、ロイルは仲間の一人に目を向けた。ローブを着た白い髪の女だ。

「はい、ロイル様」

 そう言って、女は黒いロープをローブの下から取り出した。そして、他の女達に手伝ってもらって広場の中心をロープで囲んでいく。

「……あれは?」

 気になって尋ねると、ロイルは腕を組んで笑みを浮かべた。

「知らないのか。あのロープで囲んだ範囲は周囲との接触が出来なくなる。ロープを結べば結界が張られ、解けば解除される。ロープは結界の内側からしか解くことは出来ない。そういう代物だ」

「……その魔術具はとても興味がありますね」

 どういう仕組みなのか理解できない。これも良い研究対象となるだろう。そう思って口にしたのだが、ロイルは思惑通りとほくそ笑んだ。

「どうやら、やる気になったようだな」

 その言葉を聞き、どうしたものかと皆を振り返る。しかし、ロックスやフェルターは今にも飛び掛かりそうな表情で立っていた。グレンはそんな二人を見て、困ったように眉を八の字にする。

「……困ったのう。生徒達を危険にさらすわけにはいかんのじゃが」

 学長としての発言だろう。グレンがそう告げると、ロイルが肩を竦めて馬鹿にしたように笑う。

「癒しの魔術も使えると聞いたぞ? 負けそうになれば降参すれば良いだけだ」

「いや、そうは言うてものう……不安がいっぱいじゃよ」

 グレンがそう答えると、ロックスやフェルターが視線を向けた。

「グレン学長。やらせてくれ」

「……負けないから問題ない」

 二人がそう言うと、これまで静かに話を聞いていたコートが苦笑交じりに頷く。

「二人に乗るわけではありませんが、私も同じ気持ちです。ただ、シェンリーさんは止めておいた方が良いかもしれません」

 魔術具勝負への参加に同意しつつ、コートが気遣うような素振りを見せる。しかし、シェンリーは首を左右に振って胸の前で拳を握った。

「わ、私も参加します! アオイ先生の魔術具が一番すごいですから!」

 生徒達がそう言ってやる気を前面に出すと、グレンは苦笑して参加者を見回した。

「うぅむ……では、わしが応援する側に回ろうかのう。アオイ先生、ストラス先生、エライザ先生、ラングス先生と、ロックス君、フェルター君、コート君、シェンリー君……後は、クラウン殿?」

「はい! 私も参加します! 絶対に参加します!」

「……ま、まぁ、クラウン殿なら大丈夫じゃろうな。それにしても、生徒として入学したわけでもなく、教員として採用されたわけでもないのに、よく毎日学院におるのう……」

 グレンは若干不思議そうにしつつ、メンバーを確認して頷いた。

「勝負は公平になるように頼むぞい」

「馬鹿にするな。正々堂々とした勝負だ」

 グレンの言葉にロイルはそう答えて魔術具の準備を始めたのだった。