オークション会場を出ると、オークションハウスの外にロイルが立っていた。
中心にロイルが立ち、周囲には鎧やローブを来た護衛らしき女性達。その異様な雰囲気に、周りはぽっかりと穴が空いたように人がいない。オークションの参加者達だけでなく街の住民も多くいるはずだが、ロイルに近づく者は誰もいない。
剣吞な空気を感じて遠目から眺めているとロイルの方がこちらに気が付き、無言で向かってきた。その雰囲気にストラスやエライザが思わず杖を握り締めて構える。
「なんだ? ちょっと話をしようと思っただけだが」
ロイルが皮肉げな笑みを浮かべてそう呟くと、ワイド達が目を鋭く細めた。
「そんなプリプリ怒りながら向かってきたら誰でも警戒するわよ!」
「そうよ! 顔が真っ赤よ、顔が!」
二人の姿を見て、ロイルは鼻を鳴らして答える。
「名物支配人が、どうして王都まで出てきた? 挙句にオークションにまで参加しやがって……暇なのか?」
「うるさいわね!」
「めっちゃ忙しいわよ!」
意外と仲良さそうに文句を言い合う三人。ロイルは何度も二人のオークションハウスに顔を出しているだろうし、十分顔見知りと言える関係なのだろう。
そう思って頷いていると、ロイルはワイド達との会話を早々に切り上げ、こちらに目を向けた。
「……さっきのオークションの話だ。突然、これまでオークションに参加してこなかった陛下が突如として入札してきたが、あれはアンタの差し金か?」
「え?」
予想外の質問に、思わず生返事をする。何を言っているのかと首を傾げると、ロイルは舌打ちをして一歩近づいてきた。
「あんなことはこれまで無かったんだ。俺がこの国のオークションを良く利用するのは、そういった理由も一つでな。コート・ハイランドやカーヴァンでも希少な魔術具は出品されることはあるが、効果の高い代物は殆ど議員や王族に奪われちまう。中には戦争の種になるからオークションの出品を取り止めにしろなんていう貴族もいやがるんだ。理不尽だと思わないか? 遺跡の発掘からダンジョンの管理、戦争に勝てば敵国の貴重な代物だって手に入れることが出来るんだぞ。それだけ有利な立場にいて、オークションに出品された魔術具すら俺達に買わせない気か? ふざけんなって話だよ」
低い声でロイルが呟く。完全に同意できる内容というわけではないが、ロイルはロイルなりに意見や不満があったのだろう。
「そうなのですか。では、魔術具はオークションで手に入れるくらいしか方法が無いのですね」
そう告げると、ロイルは片方の眉を上げて口を曲げた。
「……そりゃあ貴重な物はそうだろうよ。なにを今更言っている。魔術具を作れるなら、これまで数多くの魔術具をバラして研究したんだろ? あぁ、勿体ない!」
「幾つかは研究に使うこともありましたが、基本的には作るばかりで魔術具を買い求めるようなことはしてきませんでしたよ」
ロイルの印象の一部を訂正すると、目がつり上がった。
「あぁ? 馬鹿を言え。そもそも研究された簡易的な魔術具を作ったり直したりするだけでも技術者としてかなりの実力だって言われてるんだ。新しい魔術具なんかそんなぽんぽん作れるかよ」
ロイルから疑いの目で見られ、そう告げられた。違うものは違うのだが、それを証明することも出来ない。
「私は……」
とりあえず、言葉でだけでも否定をしておこうかと口を開いたその時、オークションハウスの方から声が掛けられた。
「アオイ」
その声に振り向くと、ミドルトンとレア達一行が入り口の方に立っていた。レアは嬉しそうに木の箱を持ったままこちらに走ってくる。
「アオイさん。久しぶりね」
「お久しぶりです」
挨拶を返すと、レアは両手で抱えていた木の箱をこちらに差し出してきた。
「はい、あげるわ。プレゼントよ」
突然そう言われて驚く。
「え? これは?」
反射的に受け取りつつ聞き返すと、レアは目を細めて口を開く。
「最後に競り落とした魔術具よ。アオイさん、欲しそうだったから」
その言葉に、後ろで聞いていたエライザが声を裏返らせて驚愕した。
「え、えぇええっ!? あ、あの、金貨四万枚の……!?」
エライザの絶叫に、周囲の人々もこちらを振り向く。
「エライザ」
ストラスが名を呼ぶと、エライザはハッとなって口を噤んだ。金貨四万枚の品だ。場合によっては泥棒に目を付けられることもあるだろう。
しかし、そんな大金をかけて手にした物を貰うわけにもいかない。
「い、いえ……こんな高価な物を頂くわけにはいきません。ただ、もし使うところを見せてもらえると有難いですが……」
誘惑に負けて少し図々しいお願いを口にする。ところが、レアは私の手に木の箱を押し付けるような恰好で笑った。
「いいのよ! ロックスがお世話になっているから、これでも足りないくらいよ」
レアがそう言って笑うと、ミドルトンの後ろに並ぶ夫人達が歓声を上げる。
「豪快ですね、レア様!」
「凄い贈答品!」
楽しそうな雰囲気でこのプレゼントに盛り上がっているが、金額が金額だ。とんでもないことである。困った私はミドルトンを見て口を開いた。
「……ミドルトンさん。とりあえず、お借りするということで良いでしょうか。すぐにお返ししますので……」
そう告げると、ミドルトンは眉根を寄せて口の端を上げた。
「ふむ。別に貰ってくれても構わないが、そう言うならそうしよう。必要であれば貸出の延長も贈答も可能だ。いつでも言ってくれ」
「ありがとうございます」
とりあえず、借りるという形になったことにホッと胸を撫で下ろした。
そこへ、皆がわっと集まる。
「良かったじゃなーい!」
「壊しちゃダメよ、アオイちゃん!?」
「良かったですね、アオイ先生!」
皆にわいわいともみくちゃにされながら、両手で抱えた魔術具の存在に思わず微笑む。
「はい。皆さん、ありがとうございました」
そう言って皆の顔を見た時、ようやくロイルの存在を思い出す。
これは、先ほどの疑惑を深めるような状況ではないか。そう思って慌てて振り返ると、ロイルが憤怒に満ちた顔でこちらを見ていた。
「……そうか。貴様もそっち側か。汚い奴らだ。俺達商人が必死になって稼いだ金から税金を取り、その金で魔術具を独占しやがって……! 覚えておけよ。俺は、この屈辱を絶対に忘れないからな」
底冷えするような声でロイルはそう言い残し、背を向けて去っていった。
「……完全に誤解されてしまいました」
ロイルの背を見送り、思わずそう呟く。
「ふむ、あの者は何を怒っておったのだ?」
一方、これまでの経緯を知らないミドルトンは不思議そうにそう呟いたのだった。
◇
「お世話になりました」
「いえ、こちらこそ。とても面白いオークションになりました」
色々と面倒をかけたクリークに挨拶をして、王都を出る準備をする。ミドルトン達とは十分近況について話が出来たが、今度改めてロックスのことを聞きに学院に来ると言って帰っていった。
オークションの終了が夕方になる前だった為、急いで帰れば夜中にはフィディック学院に戻れるはずだ。そう思い、バタバタ準備をした。
「今度はうちのオークションハウスに金を落としていきなさいよ!?」
「金貨五万枚準備してきなさい!」
「……何が悲しくてうちよりも小さなオークションハウスに行かなくてはならんのだ」
「何が小さいって!?」
「ぶん殴るわよ!?」
オークションハウスの支配人達が雑談に花を咲かせている傍ら、二台の馬車に荷物を積んでいく。
「おい、土産はもう良いのか?」
「え? 全員分買ったと思いますが……」
「ハッ!? グレノラさんの買ってませんでした! すぐに買ってきます!」
王都には珍しい物が多く、土産を買っていくと喜ぶと言われて色々と購入しておいた。スペイサイドなどの同僚や、フェルターやソラレといった生徒達の分。更にはクラウン達にも面白そうな魔術書を購入している。
それらを積み込むと、馬車は来た時よりもいっぱいになってしまった。
「……わしは飛翔魔術を使うから御者席で良いかのう」
狭い室内を見て、グレンがそう呟く。
「そうですね。お願いします」
微笑みつつそう言うと、グレンはいそいそと御者席へ移動した。皆が馬車に乗ったことを確認してから、飛翔魔術を使って馬車を空へと浮かび上がらせる。
「それでは、また」
「また、是非ともお立ち寄りください」
メーカーズとクリークに別れの挨拶をして、手を振る二人を横目に王都を出発する。
多くの灯りが彩る夜の王都も美しいが、この日の夜は雲一つない星空だった。
「うわぁ! 綺麗ですねー!」
「本当ですね!」
エライザとシェンリーが嬉しそうに窓から顔を出し、満天の星を眺めている。
「中々興味深い旅でした」
「お前は付いてきただけだっただろうが」
「先輩もそうでしょう?」
「いや、俺は色々と……」
珍しくコートとロックスが話し込んでいる声も聞こえる。一方、反対側の馬車は大変そうだった。
「見てぇ! あの星空!」
「凄いわー!」
「……黙って星を見ていろ」
「何よ! 風情がないわねー!」
「綺麗なものを見たら綺麗って叫びなさいよ! 例えば、私とかね?」
「グレン学長。どこかでこいつらを落としてください」
「ひっどいわー! この冷血人間!」
「イケメンだから許されるとでも思ってるの!?」
そんなコントみたいな会話に、御者席に座るグレンは苦笑しつつ頷いた。
「うむうむ……仲が良さそうで何よりじゃ」
あまり関わらないように決めたのか、グレンはそんな感想を呟いて魔術に集中したのだった。
◇
真夜中に学院の真上に着き、グレンと馬車を入れ替えて皆を送り届ける。グレンはエライザとシェンリー、ロックスとコートを連れて学院敷地内にある寮へと降り立つ。対して私はストラスと一緒にワイド達をオークションハウスへと連れて行った。
「もう帰り着いたわー!」
「本当、吃驚することばかりだったわー!」
二人は自分達の経営するオークションハウスを見上げてそう口にする。
「ワイドさん、タキーさん。今日は本当にありがとうございました」
二人の背中にお礼を告げると、ワイドが腕を組んで振り返った。
「全然良いわよ! ただ、ロイルのことが気になるのよね!」
「そうそう。あいつが根に持ったら絶対に何か嫌がらせに来るわよ!」
いつもの調子で喋りながら、二人の表情は真剣である。
「……このウィンターバレーまで来るのでしょうか」
学院に迷惑を掛けてしまうかもしれない。そう思って不安になる。すると、ワイドは短く息を吐いてストラスを見上げた。
「ストラスちゃんが守ってくれるわよ。ねぇ、ストラスちゃん?」
そんな軽口に苦笑していると、隣に立つストラスが顎を引いた。
「……そうだな」
意外にもストラスは真剣な様子でそう答える。深刻な状況と思っているのだろうか。
「ロイルさんが来るとは限りませんよ」
そう告げるが、ストラスは首を軽く左右に振る。
「噂の内容を聞く限り、下手をしたら街中で攻撃の魔術を使う可能性もある。用心するに越したことはないだろう」
「おー! ストラスちゃんが格好良いわー!」
「素敵ねー!」
と、ストラスが真面目に心配しているというのに、ワイド達は茶化して口笛など吹きならし始めた。そこからはいつものように、ストラスと口喧嘩を始めてしまう。
三人のやり取りに笑いながら、ロイルのことを思い出す。争う気はないが、変な誤解を受けてしまったことが気になっていた。もしきちんと話すことが出来たなら、魔術具についても情報交換をしてみたいとも思っている。
「……ロイルさんは本当に来るのでしょうか」
誰にともなく、そう呟いたのだった。
◇
それから一ヶ月。
ミドルトンとレアから借り受けた魔術具の研究はそれなりに進んだ。
ただ、魔術具の力は予想とは少し違うものだった。
「……新たな生命の創造、とは呼べませんね」
球状の魔術具を両手で持った格好でそう呟く。目の前には炎で形作られた大きな蜥蜴の姿があった。魔力を流し込んで魔法陣を起動し、炎の卵から炎の蜥蜴が生まれたのだ。その動きは本物のようで、何も指示をしていないのに首を左右に振ったり、小さな炎を吐いたりしている。
しかし、発動から構成されるまでを注視していれば、これは自分が作った精霊魔術の紛い物に近い存在だと気が付く。
この炎の蜥蜴には自我が無いのだ。恐らく、精霊魔術は魔術的な考え方が根本的に違っている。何もないところに魔力を用いて生命を誕生させるという考え方では辿り着かない筈だ。
そう思い、精霊魔術に精通しているラングスにも見てもらった。
「どうですか?」
そう言って尋ねたところ、ラングスは興味深そうに炎の蜥蜴に顔を近づけている。
「……面白い。そして、可愛い。この魔術を是非教えてもらいたい」
「いえ、魔術具によるものですので……」
欲しかったものとは違う感想をもらい、困惑しつつそう告げる。まぁ、もう少し分析すれば似たような魔術を使えるとは思うが。
そんなことを思っていると、ラングスは炎の蜥蜴観察に満足したのか、立ち上がって口を開いた。
「私からすれば、このような魔術の方が興味深い。なにせ各属性や効果ごとに魔術の構成や考え方が大きく変化しているのだ。それに比べて、我らの精霊魔術はどの属性も考え方は同じだ。それぞれの精霊世界から力のある存在に力を貸してもらい、魔術を行使している。精々言うなら、自身に向いた属性の方がより強大な精霊の力を借りることが出来るくらいか」
ラングスにそう言われて、ふと気にかかることがあった。
「……自身に向いた属性……」