オークションハウスのロビーに行き、受付の方を見る。すると、そこにはクリークの姿があった。

「いらっしゃいませ、アオイ様。どうぞ、こちらへ」

 クリークは普段通りの態度でそう言うと、奥へと案内してくれた。奥の通路に入ると、メーカーズの姿を発見する。

「それでは、参りましょう」

 メーカーズはそう言って、幾つか並ぶ扉の一つをノックした。

「失礼いたします。アオイ様をお連れいたしました」

 メーカーズが入室と同時にそう告げた。

「おぉ、アオイ! 久方ぶりだ! グレン侯爵も元気そうだな」

 すぐに名を呼ばれて、頭を下げる。

「お久しぶりです。ミドルトンさん」

 そう答えると隣でメーカーズがギョッとした顔をしたが、ミドルトンが上機嫌にしていた為何も言わなかった。グレンも笑いながらざっくばらんに返事をしていたが、そちらは侯爵という肩書もあり違和感はないようだった。ちなみにミドルトンと会うのはグレンと私、メーカーズの三人のみだ。

 部屋は前回の会議室らしき部屋よりも広く、全体的にシンプルな内装ながら、ソファーやテーブルは豪華なものだった。二人掛けサイズのソファーそれぞれにミドルトンとロックスが優雅に座っている。贅沢な使い方だが、それを指摘する者はいまい。

「レアさんは今日は来ていらっしゃらないのですか?」

 二人しかいないことに気がついてそう尋ねると、ミドルトンはこちらに座るように促しながら答える。

「うむ。今日はレアは所用でおらんのだ。もう少し早く王都に来ることが分かっておればと残念がっておったわ」

 ミドルトンは苦笑混じりにそう告げると、椅子に座ったグレンを見て話を振る。

「事情はロックスから多少聞いておるつもりだが、侯爵が同行しているのはロイルへの抑止ということか?」

 ミドルトンがそう尋ねると、グレンは苦笑しながら頷く。

「うむ。わしも会ったことはないのじゃが、ロイルとやらも一応貴族であるわしがおれば無茶は控えるんじゃないかと思ってのう」

 グレンがそう告げ、ミドルトンは腕を組んで口の端を上げた。

「さて、ロイルという者はそう簡単ではないぞ。なにせ、出身地はコート・ハイランドでありながら、既にこの王国内にも自らの商会の店を十以上持っておる。僅か数年で、だ。その勢いは各国でも同様でな。十年か二十年か、このままの勢いで商売をしておれば世界一の大商会となるだろう。本来なら貴族に逆らえばその地で商売が出来ないなど、自身に不利になる点を考慮して大人しくなるものだ。しかし、ロイルにそれは無い。はっきり言えば、国外追放となったところで大して苦にもしないだろう」

 ミドルトンのそんな言葉に、グレンは絶句する。しかし、それは私が思っていた貴族社会とは完全に一線を画すものだった。

「……貴族に逆らえば下手をしたら投獄などもあり得るのでは?」

 素朴な疑問だったのだが、ミドルトンとグレン、更にはロックスまで啞然とした視線を向けてきた。

「……予想外の人物が常識的なことを口にしたな」

「おお、同意見の者がおったのう」

「流石にアオイがそれを言うのはちょっとな……」

 三人が揃ってそんなことを言い出したので目を細めて冷たい視線を返す。すると、三人は同時に視線を逸らして咳払いを始めた。

 そのやり取りを見て、メーカーズはくつくつと笑いながら小さく頷く。

「失礼……悪い意味ではなく、アオイ様もロイル様と近い環境にあるようですね。しっかりとした基盤があり、たとえその国から追い出される羽目になっても問題なく生きていける……羨ましいですね。本当に強い方にしか出来ない生き方です。そういった方々には、王族や貴族の方の権力もその力を発揮できないのかもしれません」

 メーカーズがそう考察すると、ミドルトンは深く頷いた。

「うむ、その通りだ。困ったことに、アオイはその最上級じゃな。エルフの王にすら認められて、あの頑固な長寿種の国の法律まで変えてしまった。そんな人物を敵に回すなど恐ろしくて出来んわ」

 肩を竦めてそんなことを述べるミドルトンに、グレンとロックスが何度か首肯する。

「いやはや、あの勇壮なる陛下をもってそう言わしめるとは……これは、一般的に出回っているアオイ様の情報を少し修正した方が良さそうですね。下手な貴族がアオイ様にちょっかいをかければ国内外で立場を失う恐れがあると知らしめるべきでしょう。そうでないと余計な不幸が生まれる可能性もあります」

 メーカーズがそう提案すると、ミドルトンは深い溜め息を吐いて片手を振った。

「そんなもの、とっくにしておるわ。ただし、我が国の貴族らにのみだ。他国の商会にまで伝えるものでもなかろう」

 ミドルトンは面倒臭そうにそう告げる。これにメーカーズは恭しく頭を下げる。

「差し出がましいことを申しました。申し訳ありません」

 即座に謝罪をするメーカーズ。その頭を一瞥してから、ミドルトンはこちらに体の正面を向けた。

「……それで、本題だ。今日はアオイがロイルと魔術具を巡って争うのであろう?」

「はい。その予定です」

 答えると、ミドルトンは面白そうに口の端を上げる。

「そのような面白いもの、見逃してなるものか」

 完全に見世物と思っている態度のミドルトンが歯を見せて笑うと、ロックスが溜め息混じりに呟いた。

「……母上も二週前に出した手紙をつい先日読んで、知り合いの夫人を集めているらしい。実は今日も仲の良い伯爵夫人に声をかける為に会う約束していたようだ」

 と、ロックスは迷惑そうに口にした。

 どうやら、レアは面白いものを見物できるぞとママ友を集めに行ったらしい。いや、その子供達がフィディック学院に在籍しているかは分からないのでママ友とは限らないだろうか。

「……これは、今回のオークションは荒れそうですね」

 我々の会話を聞いていたメーカーズは小さくそう口にして額の汗を拭ったのだった。




「おお、フィディック学院の教員と生徒達か。見た顔だな。む、シェンリーもおるか」

「あ、こ、こんにちは!」

 ミドルトン、ロックスと一緒に応接室を出てロビーまで戻ると、ストラス達が待っていてすぐにミドルトンが自分から声を掛けた。特に、ロックスが一時期いじめていた対象であるシェンリーのことは名も覚えていたようだ。

「壮健か? 何かあれば言うが良い。学びたい魔術の貴重な魔術書や魔術具はいるか? もし我が国の宮廷魔術師になりたいと望めば王都に邸宅も用意するぞ」

 色々と後ろ暗いのか、ミドルトンはシェンリーにやり過ぎとも言うべき優遇の話をした。これにはシェンリーの方が慌てて両手を左右に振る。

「い、いえ! そんな、とんでもないです!」

 恐縮した様子で断ると、ミドルトンは真面目な顔で頷く。

「うむ……困ったら必ず頼ってくれ。アオイかグレン侯爵を通してくれれば良いぞ」

「は、はい……ありがとうございます」

 ミドルトンは揶揄うでもなく、真剣にそう言った。これにシェンリーも礼を述べつつ頷く。

 その様子を気まずそうに見つめつつ、ロックスがこちらに声を掛けてきた。

「狙っている魔術具は今回の目玉だから、オークションの最後までは様子見だな。席だけでも押さえておくか」

「む? 三階の中央に王族用の席があるぞ?」

「いえ、やはり王族用の席に座るのは気が引けますし、前回と一緒で大丈夫です」

 ミドルトンの厚意を丁重に断り、オークション会場へと向かう。

「おい。なぜ急に静かになるんだ」

 後ろではストラスがワイドやタキーにそんな質問をしていたが、二人はストラスの背中や肩を叩いていた。どうやら、ミドルトンと一緒に移動することになって緊張しているようだ。

 一方、グレンはミドルトンがいた方が話しやすいのか、二人で雑談に花を咲かせている。なんだかんだで住む世界が違うということだろうか。貴族社会の一端が垣間見えた気がした。

「では、楽しみにしておるぞ」

 会場に入ると、ミドルトンはそう言って三階へと向かっていった。お供の騎士を連れていく姿に、会場の視線がそちらに向かう。

「あれ? ロックス君は三階に行かなくて良いのですか?」

 ふと、すぐ横にロックスが立っていることに気が付いてそう尋ねた。すると、何故かショックを受けたような顔で首を左右に振る。

「いや、俺は今回はフィディック学院の生徒としてアオイの手助けをしようと思って来ているから……」

「あ、そうなんですね。では、一緒に行きましょう。手助けしてもらえると助かります」

「う、うむ。任せてくれ」

 ロックスは機嫌が直ったのか、足取り軽く歩き出した。皆で二階奥の部屋へ向かうと、都合よくテーブルが二つ空いていた。奥から私、シェンリー、ロックス、コートが座る。グレン、ストラス、エライザが座ったところでワイドとタキーが「あ!」と声を上げる。

「椅子が足りないじゃない! メーカーズはどこ!?

「あ、お隣さん! 一つ余ってるわよね!?

「あら、良いの?」

「助かるわぁ!」

 椅子が足りないという問題は二人が大騒ぎしながら勝手に解決した。別の街とはいえ、オークションハウスの支配人と副支配人である。まさに恐るべき図々しさだ。

「久しぶりねぇ、参加者席」

「本当ねぇ」

 二人はウキウキしながらテーブルに両肘を立てて手のひらに顎を載せて呟く。その様子を呆れた顔で眺めるストラスが印象的だった。

 と、その時、会場の一部がざわついた。音がした方向を見ると、前よりも多くの女性を引き連れたロイルの姿があった。七、八人いるだろうか。ロイルは以前と同じ席に行き、先に座っていた四人の人達に何か声を掛けていた。

 そして、先に座っていた四人はどこかの席へ移動し、空いた場所にロイル達が座る。

 不意に、ロイルと目が合った。

「……ロイルさん、ご機嫌ですね」

 こちらを見て片方の口の端を上げる様子を見てそう呟くと、シェンリーが乾いた笑い声を上げる。

「あ、はは……私はちょっと怖い笑顔に見えますが……」

「凄んでいるのだと思いますよ、恐らく」

 シェンリーの言葉を補足するようにコートがそう言った。それに首を傾げていると、コートは苦笑しながら再び言葉を続ける。

「相手も魔術具が目当てですから、競り合いに負けるものかと意気込んでいる、ということでしょうか」

「なるほど」

 コートの説明は至極分かりやすいものだった。今、ロイルは私を入札のライバルだと思っているのだ。ならば、こちらも正々堂々勝負しようと目で伝えなければならない。

 そう思い、出来るだけ笑顔でロイルの目を見返した。

「あ、目を逸らしましたね」

「え?」

 笑顔を向けた筈なのに、ロイルはすっと横を向いてしまった。

「……解せません」

 何となくこちらの意気込みを無視されたような気持ちになって不満を持つ。それにロックスは大きく頷き、「気持ちは分かる」などと呟いていた。

 何となく危険人物扱いされたような気分だが、それに文句を言う前に会場の奥にある壇上に一人の男と六人の女が現れた。オークションの司会を務める男とその補助者だ。男たちは出て来てすぐに会場全体に向けて一礼し、口を開く。

「オークションへようこそ! 本日はなんとミドルトン国王陛下もお見えです! このオークションハウスの収益の一部は王家へ献上されます! 皆さま、どうぞ今回のオークションは全力で参加してください!」

 オークション開催での口上だ。一番にミドルトンの紹介をしたが、それ以外は前回と同じような挨拶の口上をしていく。

 最後に、今回出品された物にも幾つか触れていた。

「……そして、本日の目玉は先週も発表させてもらった希少な魔術具の一つです! さぁ、皆さま。長々と挨拶や説明をしていても退屈でしょう! それでは、さっそくオークションを始めさせていただきます!」

 司会は流暢な語り口で簡単に出品される物を説明してから開始を宣言する。

 さぁ、いよいよ本番だ。



「金貨三百五十枚!」

「……いませんか? はい、金貨三百五十枚で落札です!」

「金貨六百枚!」

「……いませんか? はい、それでは金貨六百枚で落札!」

 オークションは順調に進んでいき、あっという間に多くの商品が落札されていった。

「……皆さん、お金持ちですね」

 前回も思ったことだが、改めてオークションの金額の異常さを感じて呟く。僅か数時間で日本円にして数億、数十億の金が動いたようなものだ。貴族の出ではない私からすると信じられないことである。

 しかし、シェンリーやコートからは苦笑が返ってくる。

「……多分、最後の目玉商品でアオイ先生が入札したら、会場にいる皆がそう思います」

「間違いなく、アオイ先生が凄いお金持ちだと思われますよ」

 二人に言われて、そう言えばと頷く。

「そうですね。ただ実際には有り金全部で挑むような参加の仕方なのですが……」

 同意しつつ内情を話すと、二人は似たような顔で笑った。いや、流石に教員として頂いている給料からは少しずつ貯金もしているが、今回のオークションで使用する予定の金額からしたら微々たるものである。

 少し緊張しながらそんな会話をしていると、ようやく最後の目玉の商品が紹介された。

「それでは、本日最後の商品を紹介いたします!」

 司会の男がそう言うと、奥から二人の女が両側から挟み込むように何かを持って前に出てきた。台の上にそれをそっと置き、二人で商品に掛けられた布を取り去る。

 現れたのは、成人男性の拳ほどの大きさの丸い物体だった。銀色と白い部分とがあり、比較的綺麗であまり歴史を感じさせるものではない。見た目からどんな効果があるものかは推測できそうにないことだけは確かだ。

 興味深く窺っていると、司会の男は手袋をした手でその球体を持ち上げた。

「こちらの球体! 先日のオークションでも今日の受付でも宣伝させていただいたと思いますが、とても希少な魔術具です! その効果は、なんと一時的な生命の創造!」

 司会の男が笑顔で紹介した内容に、会場中がどよめく。私自身、反射的に立ち上がってテーブルの奥にある柵まで出てしまったくらいだ。

 魔術具研究の第一人者であるオーウェンも持っておらず、私も含め作製することが出来ていない魔術具が幾つかある。

 一つ目はメイプルリーフ聖皇国の癒しの魔術の最上級のもの。これは聖人や聖女のみが使えるという範囲内の怪我人の一斉治療のことだ。通常の治療とは違い、壁の裏にいる者など、目に見えない存在すら自動で癒してしまうことが出来る。

 二つ目はエルフの王国の精霊魔術。異なる世界に棲む力を持つ生命体を召喚し、魔術の補助を行わせるというもの。召喚者本人にしか見えないのか、それともエルフで無ければ知覚できないのか。私にはその存在の居場所すら分からないものだ。

 三つ目は死んだ者を生き返らせるという魔術。瀕死の者を救う治療の魔術ではなく、完全に死んでしまった後で生き返らせる魔術のことだ。これに関しては糸口も何もない。

 そして、四つ目は瞬間移動といった、瞬時に長距離を移動する魔術である。こちらも過程がなく移動するという点で想像がつかない状態である。

 今回のオークションで出品された魔術具は、生命の創造という効果だという。

 これは、先に説明した四つの魔術とはまた違うものだと思われる。異世界から別の存在を召喚する精霊魔術に近いのか、それとも失われた生命を復活させる癒しの魔術に近いのか。

 いや、完全に別のものであると考えた方が正しい。生命の創造。創造ということは、新たなものを生み出すということだろう。もし本当にそれならば、それは神の御業に等しい。

 同様のことを思ったのか、ロイルもテーブルにもたれ掛かるように身を乗り出して魔術具を見下ろしている。

「……あの魔術具は何とか手に入れたいですね」

 席についてそう呟くと、皆がこちらを向いた。

「が、頑張りましょう!」

「ロイルがどれくらいの資金を準備しているか、ですね」

「とりあえず、ありったけの金を掛けるしかないだろう」

 同じ席に座る三人が真剣な顔で口々にそう言った。

 そうこうしている内に、ついに司会がオークションを始めようと口を開く。

「さぁ、それでは入札を開始しましょう! この希少性は魔術具に詳しい方ならすぐ分かるものと思います! その為、金額は金貨二千枚から開始いたします!」

 司会のその言葉に、会場中がざわめいた。金貨二千枚からスタートというのは異例なのかもしれない。

 しかし、すぐにロイルが入札する。

「三千枚だ!」

 ロイルが入札すると、一階の参加者の中から手が挙がった。

「三千五百枚!」

 すぐに次の入札が入り、会場で驚きの声が上がる。ロイルと競り合いをするのか、という感じだろうか。

 対して、ロイルは不敵な笑みを浮かべて片手を挙げる。

「四千枚!」

「四千五百枚!」

「五千枚!」

「五千五百枚!」

 金貨五百枚ずつ、着実に値が上がっていく。これに釣られるように会場のボルテージも上がっている気がした。ロイルはその雰囲気に水を差すように低い声で入札を入れた。

「金貨、七千枚だ!」

 ロイルのその言葉に会場は一瞬静まり返り、ロイルと競り合いを繰り広げている相手に視線が集中した。気になって私も一階の方を見てしまう。これまで真正面から競り合いをしていた相手も、どうやら金貨七千枚以上は出せないようだった。悔しそうな顔である。

「……金貨七千枚! 金貨七千枚が最高値です! 他にありませんか!?

 司会も会場の状況を軽く確認してそう告げる。

「あ、アオイ先生?」

「良いんですか?」

「おい、締め切られるぞ!」

 皆にそう言われて、つい二人の競り合いに吞みこまれていたことに気が付く。

 慌てて片手を挙げて、口を開いた。

「き、金貨一万枚!」

……っ!?

 咄嗟に入札をしたのだが、司会が目を見開いて固まってしまった。一瞬の間を空けて、すぐに会場にとんでもない大歓声が沸き起こる。

「ちょ、ちょっと思い切りが良過ぎる気が……」

「アオイちゃん! 面白いわよ!」

「私達は大好きよ、そういうの!」

 エライザが呆れた顔をしたものの、ワイド達は大盛り上がりで歓声を送ってくれた。

 どうやら会場の雰囲気は壊していないようで安心したが、対面にいるロイルの顔は苦み走ったものとなっていた。

「……一万一千!」

 ロイルが怒鳴るように更に金額を上乗せしてくる。この行動に、皆が期待に満ちた目でこちらを見ているような気がした。

「困りましたね。もう残りが少ないです……一万千五百枚」

 余裕が無かった為、五百枚だけ上乗せした。すると、ロイルは明らかに勝ち誇ったような顔になって口を開く。

「一万二千枚だ!」

 きっちり五百枚上乗せされてしまった。こうなったら、残り全て賭けて勝負するしかない。

「……最後の勝負です。一万三千枚でお願いします!」

 祈るような気持ちでそう宣言した。一気に千枚上乗せである。これに会場中がどよめいたが、ロイルの笑みは崩れなかった。

「……アオイちゃん。オークション初心者の悪いところが出ちゃったわねー」

 ふと、後ろからそう言われて振り向く。

 そこには、これまでの態度が噓のように真剣なワイドとタキーの姿があった。

「こっちの予算が完全にロイルに透けちゃってるわ。今みたいな時は、一万千枚に対して笑顔で、すぐに上限額まで乗せちゃった方が良かったわよ?」

「そうよー。そうしたら、相手はアオイちゃんがそれで素寒貧なんて思わないだろうから、もしかしたら諦めてくれたかもしれないわ」

 二人にそう言われて、確かにと思う。しかし、もはや取り返しはつかない。

「……では、今回の競り合いは……」

 そう呟くと同時に、ロイルが片手を挙げて入札した。

「金貨、一万四千枚だ!」




 ロイルの入札額を聞き、思わず肩を落としてしまった。

 それに、ワイドが鼻を鳴らして指摘をしてくる。

「それよ、それ。そんな風に感情を見せるものじゃないわ」

「相手が勝ち誇っちゃうだけでしょう?」

 二人からそう言われて、頷く。

「はい、申し訳ありません……しかし、どちらにしても負けは負けですから」

 本当に残念である。オークションに負けたこともそうだが、あの希少な魔術具は実際に手に取って研究をしてみたかった。せめて、ロイルに使ってもらってどのように効果を発揮するかだけでも見ることは出来ないだろうか。

 そう思って司会の男の横に置かれた魔術具を見やる。

「はい! そちらの方!」

 その時、司会の男がこちらを指し示してそう言った。

「え? いえ、私はもう……」

 返事をしようと思った時、背後から野太い声が響き渡る。

「金貨、一万五千枚よ!」

 驚いて振り返ると、ワイドがロイルを睨みながら入札していた。これにはロイルだけでなく私も驚く。

「ワイドさん?」

 魔術具を競り落とすつもりだろうか。そう思ったのだが、タキーがこちらにウィンクをして微笑んだ。

「今回は貸してあげるわよ。ただし、二人の貯金の金貨三千枚までね。アオイちゃんなら魔獣を捕まえてまた稼いでくれるでしょ?」

 タキーがそう言うと、ワイドは力強い笑みを浮かべた。

「あ、ありがとうございます」

 予想外の助っ人に感謝の言葉を述べる。しかし、無情にもロイルの入札は止まらない。

「一万六千枚!」

「うわ、最悪!」

「何なの、あいつ!」

 ロイルが再度入札をすると、ワイド達は憤慨して文句を言った。遠目からでもそれが分かったのか、ロイルは歯を見せて笑う。

 ワイド達の持つ三千枚を全額借りても足りない。これは、かなり健闘はしたと思うが、ロイルは更にうわ手だったということだろうか。

 仕方がないと溜め息を吐く。その時、シェンリーが心配そうにこちらへ来た。

「あ、あの……私も、金貨一枚なら出せます」

 その言葉を聞き、思わず耳を疑った。まだ学生でありながら、そんな大金を?

 そうか。あまりにも大人しいからすっかり忘れていたが、シェンリーは立派な貴族令嬢だったのだ。

 しかし、私は首を左右に振る。

「いえ、シェンリーさん。お気持ちだけ受け取っておきます。生徒からお金を借りるわけにはいきませんから」

 そう告げると、コートが苦笑して頷いた。

「今、私も同じことを言おうとしていました。金貨五十枚までなら出せましたが……」

「い、いえ、それを受け取るわけにはいきません……というか、何故そんな大金を持ち歩いているのかが気になりますが」

 二人にそう言って遠慮の意思を伝える。すると、エライザとストラスがこちらに顔を向けた。

「わ、私も金貨五枚なら……!」

「同僚が金を貸すだけなら良いだろう。とはいえ、金貨十枚程度しか手持ちはないが……」

「お気持ちだけ受け取っておきます。どちらにせよ、金貨千枚くらいは追加しないと勝負できないでしょう」

 そんな会話をしている内に、オークションの司会は会場を見回して口を開いた。

「……さぁ! 金貨一万六千枚! これ以上はありませんか!?

 この言葉に、会場中が静まり返り、こちらを見ているような気配を感じた。

 大いに盛り上がったオークションだったが、やはり噂のロイルと戦うのは厳しかったようである。実際、ロイルはどれだけ資金の余裕があるのかも不明だ。こうなってみると、先日の上級貴族との入札合戦も貴族側が早めに引いたのかもしれない。

 今後もオークションで魔術具を手に入れるという手段は使えなさそうだ。

 溜め息混じりに行き詰まっている魔術研究について考えていると、誰かの声がした。

「二万だ」

「……は?」

 新たな入札である。これを受けて、司会は間の抜けた声を発した。

「聞こえなかったか? 金貨、二万枚である」

 改めて、男の声でそう言われる。これには司会も背筋を伸ばして声を張り上げた。

「へ、へ、陛下の入札です! 金貨二万枚! 金貨二万枚が出ました!」

 これに、オークション会場は歓声ではなく騒然とした雰囲気になる。三階の中央を見ると、椅子に座ったまま笑みを浮かべるミドルトンの姿があった。いつの間に来たのか、隣にはレアと多くの女性陣も同席しているようだった。

「ミドルトンさんもあの魔術具が欲しいのでしょうか……それにしても、これだけ大騒ぎになるというのは、二万枚の金貨とはそれだけ大金ということでしょうね」

 そう呟くと、ワイドとタキーが立ち上がってこちらを見た。

「違うわよ!」

「基本的に、王や公爵家の当主はオークションには参加しないの!」

「え? 出てはいけないということですか?」

 二人の言葉に聞き返す。しかし、どうやら違うらしい。

「そうじゃなくて、国庫をある程度自由に使える国王や、王族として王国の予算を一部受け取ることが出来る公爵家の当主が参加したら興醒めでしょう?」

「そもそも相手が争う気もなくしちゃうから、オークションとしても成立しないのよ!」

 二人から説明を受けて、成程と納得する。確かに、そんな背景があるならミドルトンの入札は会場の度肝を抜いたはずだ。

 そして、それはロイルにしても同じはずである。

 気になってそちらを見てみると、ロイルは苦虫を嚙み潰したような表情でミドルトンを睨んでいた。一国の王を睨むロイルに、護衛の女達の方が顔色を変えているくらいだ。

「……ほ、他にありませんか?」

 心なしか司会の声も小さくなってしまっている。静まり返った会場に、先ほどまでの熱気は無い。これは流石にオークションも終了か。

 そう思ったその時、再び声が響き渡った。

「二万二千枚だ!」

 まさかのロイルの入札である。

「に、二万二千! 金貨、二万二千枚での入札です!」

 司会も驚きつつオークションを進行する。会場は徐々に熱を取り戻してきた。

「二万五千だ」

 だが、再びミドルトンが入札すると、驚愕に支配される。

 桁違いだ。明らかにミドルトンの方が余裕がある。それはロイルも感じているのか、怒りを滲ませた表情で睨んでいる。

「に、二万五千!! さぁ、金貨二万五千枚だ! 入札はありませんか!?

 可哀想に、司会は引き攣った表情で声を張った。

「三万! 三万枚だ、くそったれ!」

 しかし、すぐに怒鳴り声でロイルの入札が入った。無礼だと処刑されてもおかしくない罵声入りだったが、司会は歓声をもって迎え入れる。

「おお! 金貨三万枚! 三万枚です!」

「四万よ。金貨四万枚」

 司会が他に入札はないか。そう言おうとした矢先、今度は落ち着いた女性の声が響いた。

 声のした方向を見やると、そこには苦笑するミドルトンの隣に座ってロイルを鋭く睨みつけるレアの姿があった。その周りではどこかの貴族の夫人らしき女性達が拍手をして笑っている。