いざ、月末となり、王都のオークションへと向かう日が来た。前日移動という形で王都入りし、一泊して朝からオークションハウスに向かって準備する手筈である。
空は快晴で風も無い。飛行するには丁度良いコンディションだった。深呼吸をして、学院の方向へ振り返る。学院の敷地のすぐ外にある広場には大きな馬車二台が置かれているが、馬はいない。しかし、馬の代わりに少し個性的な面々が並んでいた。
「……しかし、思ったよりも大所帯になったな」
「なんか、旅行みたいで面白いですよねぇ!」
当初の協力者であるストラスとエライザがそう言って周りを見ると、その言葉に不服そうなロックスが文句を言う。
「調べれば、ロイル・ウェット・サルートは相当な危険人物という。こういう時こそ、地位や権力が身を守るのだ」
ロックスが鼻を鳴らしてそう言うと、コートが苦笑する。
「……他国での地位だとあんまり効果が無さそうだけれど、確かロイルはコート・ハイランド連邦国の出身だったはずですからね。ほんの少しでもお役に立てたら良いですが」
コートは遠慮がちにそう言い、隣に立っていたシェンリーが冷や汗を流す。
「……わ、私は、いざという時は盾になってでもアオイ先生を守る気持ちです……や、やっぱり、あまりお役に立てないでしょうか……」
「大丈夫ですよ! 私も似たようなものですから!」
不安そうなシェンリーにエライザが笑いながらそんなことを言った。そんな学院の皆を横目に、口を尖らせるウィンターバレーのオークションハウス支配人と副支配人。
「……なぁーんで私らまで……」
「本当よ! 明日はうちだってオークションやるんだからね! せめて、このおじさん一人にしてよね!」
「誰がおじさんよ、誰が!?」
「アンタしかいないじゃない、おじさんって!」
朝から賑やかな二人がギャンギャンと文句を言い合う。ストラスの提案で呼ばれた二人だったが、まさか本当に二人とも付いてきてくれるとは思わなかった。
こんな風変わりな二人だが、どうやら王国内のオークションハウスでは顔が利くらしく、二人を連れていけば王都のオークションハウスの支配人にも会うことが出来るとのことだ。確かに、オークションハウス側にも多少の話は通しておいた方が安心だろう。
「……ちなみに、わしは何でじゃろうなぁ」
最後に、グレンが何とも言えない表情でそう呟いた。遠い目で青い空を見上げる様子は学長らしい知的さを感じさせる。
「グレン学長はこの中で最も高い地位にいらっしゃる方ですし、他国の貴族であっても敬意を払うフィディック学院の長という肩書をお持ちですから」
「おお、思っていたよりヨイショされたぞい。しかし、役に立つかは不明じゃが……」
と、グレンは困ったように笑う。
それにしても、ロックスとストラスの協力があったとはいえ、これほどの人達が自分のオークション参加の為に集まってくれるとは、感無量である。
「……皆さま、本当にありがとうございます。絶対に、魔術具は落札してみせますので」
協力してくれる皆の為にも、貴重な魔術具は必ず落札する。そう決意して、皆に頭を下げた。
「金貨一万枚以上だ。国宝級の物が出品されても落とせるはずだ」
「頑張りましょう!」
「王都に着いたら父上にも声をかけておく」
「いや、陛下まで出てきてもらうのはやり過ぎじゃ……」
「これだけ凄い人達が一緒なんだから、大丈夫ですよね……!」
「私は口利きだけだからねー!?」
「この前出した金貨三千枚でもう貯金も無いのよ!」
「……わしも、金銭面では力になれんが、陰ながら応援するぞい」
皆の言葉を聞き、胸にグッとくるものを感じた。皆の優しさに深く感謝し、魔術具を解明した暁にはそれぞれに自作の魔術具をプレゼントしようと決める。
願わくは、私の発想外の魔術具が出品されますように。
「……それでは、出発しましょう」
◇
「うっそでしょう!?」
「なんなのこの速さ!?」
片方の馬車からそんな声が何度も聞こえてきて、苦笑しながら振り返る。
生徒達だけが乗った馬車は私が飛行させており、ストラスとエライザ、支配人達を乗せた馬車はグレンが飛行させている。最近ではグレンもかなりの腕前になってきており、飛行速度や正確な操縦についても及第点となっていた。
「おお、あの二人の声は集中力を削るのう」
グレンは困ったようにそう言いつつ、順調に馬車を飛行させている。
「……乗る馬車を誤った。うるさ過ぎる」
ストラスが馬車の窓から顔を出してそう呟くと、支配人達は思い切り顔をストラスの方へ寄せて怒鳴った。
「あーんたが私らを呼んだんでしょ!?」
「っていうか、この空飛ぶ魔術って伝説になっているような魔術でしょう!? この魔術が使えるような魔術具があったら金貨十万枚でも売れるわよ!?」
大声で喚く二人に、ストラスは頭痛を堪えるように頭に手を当てて溜め息を吐く。
それなりの速度が出せるようになったとはいえ、グレンの飛行速度に合わせると王都に着くのは夕方となる。申し訳ないが、ストラスには残りの数時間を我慢してもらうしかないだろう。そんなことを考えていると、グレンが苦笑しつつ呟いた。
「アオイ君の魔術具はどれも高く売れそうじゃな……わしも一つ二つ貰えんかのう?」
「……売ろうとしていませんか?」
「ギクッ」
漫画みたいな擬音を出し、グレンの顔が固まる。冗談かと思ったが、グレンは本当にお金がないのかもしれない。
「……学院はあれだけ盛況に見えるのに、運営は厳しいのですか?」
そう尋ねると、グレンは乾いた笑い声を上げた。
「い、いやいや、そんなことはないぞい? ただ、色々と出費が多くてのう」
そう言われて、ふと思い当たる節があった。
「……もしかして、私が色々と設備を壊してしまっているから……」
口にして、あながち間違いではなさそうな気がしてきた。冷や汗を流しながらグレンを見ていると、苦笑が返ってくる。
「まぁ、多少は教員や生徒が壊してしまった設備の修繕もあるが、他にも色々あるのじゃよ。そもそも、貴族以外の者も通えるように魔術学院としてはかなり授業料を安くしておるからのう。アオイ君が思ってるよりも収入は少ないのじゃよ」
グレンはそう言って笑ったが、何か事情があるようにも感じた。しかし、そこに立ち入って良いのかは分からない。
悩んでいると、シェンリーが窓から顔を出して声をあげた。
「あれ、王都じゃないですか?」
言われて顔を上げると、確かに巨大な城塞都市が見える。中央には王城もしっかりと存在した。
「はい、王都ですね。思ったより早く着いて良かったです」
シェンリーの問いかけに頷いて答える。すると、もう片方の馬車から支配人と副支配人が身を乗り出して叫んだ。
「思ったより早く着いたって言った!?」
「とんでもなく早く着いたわよ! どうなってんのよ!? この前私らが王都に来た時は滞在時間も入れて往復一ヶ月よ!?」
「私達の時間を返して!」
「そうよ! なんだったのよ、私たちの一ヶ月は!?」
「知るか!」
ギャアギャアと騒ぎ出した支配人達に、ストラスが怒鳴る。ストラスが珍しく大声で怒っている為、ロックス達も窓から顔を出して見ていた。
そうこうしている内に、もう王都のすぐ真上にまで来てしまったので、グレンに声を掛ける。
「そこの城門前に降りましょう。前回もドラゴンを連れて降りたので、あまり驚かれないと思います」
「Oh……比較対象が当てにならん気がするぞい……」
グレンはなんとも言えない顔でぶつぶつ言いながら、地上へと降下を始めた。遅れて私も馬車を降下させるが、すでに地上から大騒ぎになったような声が聞こえてきている。
「……二回目なのに、何故でしょう」
あまりの騒ぎに驚いて呟く。
「いや、当たり前ですよ」
「空を飛ぶ魔術は、一般的には神話とか伝説の類なので……」
コートとシェンリーにまで突っ込まれてしまった。これには少し心にダメージを受けてしまう。
「もう各国で披露していますし、使えるエルフもいるようですから……」
そう言い訳をしたのだが、再び支配人達に火をつける結果となってしまった。
ギャアギャアと馬車の窓から身を乗り出して騒ぐ支配人達に、ストラスが怒りの声をあげる。結局、王都の中に入れたのは夕方近くとなってしまった。
◇
小さな灯りを無数に使った照明と、赤い絨毯の敷かれた広くて綺麗なロビー。ちょっとした調度品でも相当な値打ち物に見える。
支配人達の口利きで、王都の中でも高級に分類される宿をとることが出来たのだが、流石に大国の王都の高級宿なだけあり、豪華絢爛だ。
もちろん、各国の王城はまた別格なのだが、一般人も泊まれる宿泊施設だと考えると信じられないほどである。
「ここのミートパテは絶品よー!」
「アオイちゃん、何食べたい? 奢ってあげるわよ!」
支配人達はもう気を取り直したのか、美味しい料理を食べられると上機嫌になっていた。少し早かったので、宿の経営するレストランの準備が完了するまでロビーで待っていたのだが、少々騒がしい。
「いえいえ、ここまで同行してもらっているのですから、皆さんの御食事代くらいは私が……」
そう言って支配人達に告げると、ロックスが腕を組んで笑みを浮かべた。
「まぁ、王家支払いで俺が出してやろう。王都なら殆どの店がそれで支払える」
「それはロックス君の支払いではないので、お気持ちだけ頂戴します。大人になって、自分で働いたお金で奢ってくれる時は是非お願いしますね」
そう告げると、ロックスは何故か顔を赤くして険しい顔をした。王族的には普通だったのだろうか。怒らせてしまったなら申し訳ない。
「まぁ、学生ですからね。とはいえ、私はきちんと父の手伝いをして収入を得ているので、自分でお支払いを……」
「いえ、私が出します。私の生徒ですから」
そんなやり取りをしていると、エライザが不安そうに口を開いた。
「アオイさん、大丈夫ですか? どうも一人金貨一枚いくこともあるみたいですよ」
「え? 金貨一枚?」
これまで払ったことの無い金額だ。それが一人一枚とは、なんと高額なのか。というか、ロックスは王家支払いとやらでそんな金額を支払うつもりだったのか。やはり貴族は金銭感覚がおかしい気がする。
あまりにも高額な価格設定に驚いていると、支配人が呆れたような顔で口を開いた。
「いや、アオイちゃんってば金貨一万枚以上持ってんのよ? なーに驚いてんのよ」
「支払いが気になるなら私らが払うわよ!」
「い、いえ、お支払いいたします。そうですよね。ドラゴンのお陰でお金は十分にあるんでした」
あまりに高級なレストランに気後れしたものの、現在は十分な資金があることを思い出し、ホッとする。これなら支払いは大丈夫だろう。そう自分に言い聞かせながら、レストランへと繰り出したのだった。
ちなみに、味は本当に美味しかった。支配人達が詳しく、色々と料理を紹介してくれたのだが、どれも上品で素晴らしい料理ばかりである。ただ、自身の金銭感覚が狂ってしまわないかが心配だった。
◇
王都を代表する高級な宿。それを知って宿泊したつもりだったが、部屋はまた想像以上に豪華だった。内装や設備もそうだが、何よりも寝具が素晴らしい。柔らか過ぎず、硬過ぎないベッドは心地よく、すぐに寝付くことができた。
上等な寝具のお陰か、いつも激しくなりがちな寝癖も控えめである。
寝ぼけつつも洗面台の前で鏡を見て頷いていると、同室に宿泊したシェンリーが起きてきたのが鏡越しに見えた。何故か、私の後頭部を見て目を見開いていたが、音も無く何処かへ行ってしまった。トイレかもしれないので、そっとしておこう。うら若き乙女にわざわざ質問してトイレだと答えさせるのも酷である。
ぼんやりした頭でそんなことを考えつつ、寝癖を整える。水の魔術を使って頭をまるっと水球に潜らせて髪を濡らした後は、風と火の魔術でドライヤーの代わりをする。毎日やっているだけに、すぐに寝癖は消失した。
「あ、アオイ先生。おはようございます」
シェンリーが恐る恐るといった様子で洗面台の方へ入ってきたので、すぐに椅子を譲る。
「おはようございます。どうぞ、シェンリーさん」
挨拶を返して立ち上がると、シェンリーは照れ笑いを浮かべながら鏡の前に座った。しかし、既に髪型も整えた後に見える。
「……何処か直すところがありますか?」
気になって尋ねてみたのだが、シェンリーは左右に広がった髪を人差し指と親指で摘まんで眉を八の字にする。
「起きたばかりだったので、寝癖がすごくて……」
「え? 寝癖がすごい?」
シェンリーの言葉に驚いて髪をまじまじと見る。すると、シェンリーはアッという声を上げて両手を左右に振った。
「あ、いえ、ちょっと言い過ぎました。今日は寝癖はあまりない方です。えっと、すごいベッドで寝たからでしょうか。えへへ……」
「そうですね。私も今日は寝癖があまりついていなかったと……」
「え?」