ロイルと言い合いになる前に移動しようと言われて、一先ず会場の中に入って席を探した。

「あの席にするか」

 ストラスは二階の角の席を指差す。どうやら壁側には二階へ上がる階段があるらしい。実際には三階まであるようだったが、ストラスのすすめで二階席へと移動することになった。

 席に座ると、豪華な見た目に合った柔らかい座り心地だ。長時間座っていられるようにしているのだろうか。

 席は低くて長いテーブルが前にあり、一人掛けの椅子が四脚並んでいた。奥にストラスが座り、真ん中に私、最後にエライザの順番である。一番手前の席は誰も座っていない。他の席は半数ほどが埋まっている状態で、少しずつ人が増えているようだ。

 ちなみに、ドラゴンが入った檻には大きな布が掛けられており、今は寝ているようだった。

 まだオークションは始まっていないが、少し疲労感を感じて小さく息を吐いた。考え方次第だが、色々とごたごたがありつつも、先に敵のことを知れたのは良かったかもしれない。

「良かったですね。ロイルさんと話せて」

 何の気無しにそう発言すると、ストラスが口を尖らせて文句を言った。

「……どこがだ」

 ストラスが文句を言うと、今度はエライザもそれに乗っかってくる。

「そうですよ! ロイルさんはアオイさんが魔術具だけで上級教員になったって思ってるんですよ!? 本当の実力も知らないで!」

 プンプンといった様子で腕を組んで怒るエライザに苦笑しつつ、頷く。

「ありがとうございます。ただ、ロイルさんの言っていた魔術具に関しては本当に可能性があると思っています。魔術具を作っていく内に、自身で詠唱して発動する魔術では生み出すことの出来ない、大きな効果を発揮する魔術具の可能性を見出しています」

 そう告げると、二人は顔を見合わせた。

「それは、魔術具があれば魔導の深淵に辿り着けるかも、という話か?」

 ストラスに尋ねられて、はっきりと頷く。

「ご存じの通り、私の魔術の大半は魔術具を使っています。無詠唱での魔術も魔術具がなければ実現できないでしょう」

「大事なのは魔法陣、ということですよね?」

 エライザが改めて聞き直してきた。何度かエライザには魔法陣のことを教えている為、もうそれなりに魔術具については精通している。反対に、ストラスはあまり魔法陣を学んでいない為、私の言っている言葉の意味を正確には把握していなかった。

「魔法陣は研究に研究を重ねたが、言語魔術に劣るという結果だっただろう? それが、何故魔導の深淵に辿り着く可能性があるんだ?」

 これまで聞かれなかった質問が、ストラスの口から告げられる。魔法陣というものにようやく興味を抱くようになったのだろうか。少し嬉しくなった私は、ストラスに体ごと向き直って答える。

「魔法陣は素晴らしい可能性を秘めています。言語魔術で、小節を増やして魔術を特級に出来ないのは何故ですか?」

「それは、組み合わせるごとにバランスが悪くなるからだ。魔力が上手く変換されず、無駄に消費されてしまって発動に至らない」

 不意にした質問に模範的な回答が返って来る。それに頷き、テーブルの上を軽く指先でなぞる。

「魔法陣の場合は、どの部分が、どの組み合わせが悪かったのか、検証が出来ます。研究を進めていく上で、これがどれだけ優れた点か理解できるかと」

 そう口にすると、ストラスは腕を組んで唸った。

「……なるほどな」

 ストラスが納得したように呟くと、エライザが一本だけ立てた人差し指を左右に振って口の端を上げる。

「ふっふっふー! 言っておきますが、魔法陣の解析や分析も、誤っている部分の判別方法も! 全てオーウェンさんとアオイさんが作りあげたんですよ! 凄いですよね!?

「確かに驚くべき偉業だが、お前が威張ることか?」

 調子に乗るエライザにストラスが厳しめの指摘をする。しかし、エライザは全く意に介していない。

「そもそも、魔法陣で表現できる魔術には限りがあると思われていました! 何故なら、魔術具では一般的な属性の魔術のものばかりだったからです。その後、言語魔術の進歩で殆どの魔術具の魔術が再現されるようになり、魔術具は本当に一部の物以外はただの便利な道具となってしまいました。しかし、オーウェンさんとアオイさんの手で研究された魔法陣は別です! この魔法陣を使った魔術具は、言語魔術の限界を超えることが出来ます。それだけでなく、組み合わせさえ間違えなければ、自由にオリジナル魔術を作り出すことも出来るんです! 更に更に、この魔術具はやり方次第では魔力を定期的に補充さえすれば、永続的に動く物も作ることが出来ると思っています!」

 エライザはそう言って大きく胸を張った。いや、胸は無いのだが、上半身を反らしてストラスを見下ろそうとしている。それにストラスは何とも言えない顔で私に目を向けた。

「……こう言っているが?」

「材料の経年劣化などもあるので、永続的に動く魔術具は難しいかもしれません」

「えー!?

 一応、間違っていそうな場所は訂正をしておく。エライザは不満そうだったが、魔法陣の理解を深めたエライザは素晴らしいと思う。メイプルリーフでもそうだが、徐々に魔法陣の研究を始める者達がいるのだ。素晴らしい成果である。

「そういう意味では、ロイルさんの場合は少し違いますね。ロイルさんは魔術具を集めることが好きなようですが、研究はされていないようです」

「それはダメですよ! 魔術の世界を大きく広げるにはやっぱり古代の遺跡から発掘された魔術具の研究もしないと!」

 エライザは憤慨しながらそう言った。しかし、難しいところだ。正規のルートで手に入れたのなら、使用方法はロイルが決めるべきだろう。魔術の発展など、我々魔術師達が勝手に言っているだけに過ぎない。

「……どうやら、そろそろオークションが始まるようだぞ」

 と、ストラスが冷静な態度でそう言った。視線を会場へ戻すと、奥にスタッフ達が並んでいるのが見えた。中心には一人の男が立っており、周囲には男女が六人並んでいる。

 男は周囲を軽く見回すと、笑みを浮かべて口を開いた。

「お集まりの皆様方、我がオークションハウスへようこそ! 今回のオークションではご連絡した通り、生きたドラゴンが出品されます! それも、十分に育った成竜です! 傷もなく、更には購入者の方が指定する場所まで運ぶ手筈もさせていただきます! さぁ、それではオークションを始めましょう! 目玉の出品までどうか金貨は温存しておいてください! まずは、遠い東方の海の絵画からスタートします!」

 オークションの開催と一つ目の出品物の紹介が行われ、俄かに会場内の空気が変わった気がした。



 オークションは順調に進んでいき、会場の熱気も徐々に高まっていく。私は次々高額で競り落とされていく品物の数々に目を白黒させていた。

「……こんなにお金持ちの方がいるのですね」

 そう呟くと、ストラスから呆れた顔で見られた。

「一番高額になる物を出品する人間から言われるとおかしいと思うだろうな」

 鋭い突っ込みをされて思わず押し黙る。なるほど。確かに、お金を稼ぐという意味では一番高価な物を出品しているではないか。

 そんなことを考えていると、気が付けば最後の目玉の紹介となっていたようだ。中心に立つ男が咳払いを一つして、熱気冷めやらぬ会場を見まわし、口を開く。

「さぁ、いよいよ最後の出品です! 途中で唸り声が聞こえた人もいたでしょう! これまで、その姿を直接見ることが出来るのは英雄と呼ばれるようなごく一部の者達しかいませんでした! 普通の人間では捻り潰されてしまうような強大な魔獣達がいる森や山を抜けて捜索しなければいけないのだから、当然のことだと思います! しかし、今日このオークションに参加した皆様は幸運です! こんな街の中で最上級のドラゴンを見ることが出来るのですから!」

 男がそう言って合図を送ると、ドラゴンの入った檻の布が取り払われた。

 檻が露わになり、視界が戻ったドラゴンが顔を上げて周りを見ている。生きたドラゴンの姿を見て、参加者達が大きな声をあげる。歓声や悲鳴、驚愕の声などが入り混じった大声だ。その声に、多少は落ち着いていたドラゴンも興奮し始めた。

 耳を劈くようなドラゴンの雄叫びが会場内に響き渡り、気が弱い者は慌てて逃げ出す。そんな中、ドラゴンの雄々しい姿に目を輝かせる者の姿も確かにあった。

「それでは、始めます! 開始金額は金貨千枚からです!」

「千五百!」

「千七百!」

「二千枚!」

 オークションスタートの宣言と同時に、数人の男が手を挙げて入札する。千枚から二千枚、二千五百枚と瞬く間に金額が釣り上げられていく様子に、声も出せずに見入っていた。

「あ、あわわわっ! すごい勢いですよ!」

「……もう三千枚を超えたか。これなら、四千枚も超えるかもしれんな」

 エライザとストラスも高揚した様子でそう言った。

 その時、三階から大きな男の声が聞こえてきた。

「四千枚だ!」

 ロイルだ。最高入札額が三千三百枚だったところからいきなり四千枚に値が跳ね上がり、皆の目がロイルに向かう。

「ロイルか……!」

「くそ、あの成金め……」

 どこからかそんな声も聞こえてきたが、当のロイルは不敵な笑みを浮かべてドラゴンを見て、次に私の方を見てきた。

 その笑みに何か嫌な予感みたいなものを感じたが、オークションは続く。

「四千二百!」

 誰かがまた声をあげたのだ。これに、ロイルは面倒くさそうに口を開く。

「四千五百枚だ!」

「四千八百!」

 ロイルが入札すると、即座により高値で入札をする男。誰がロイルと争っているのかと、皆の視線が声のする三階、ロイルのいる場所とは反対側にあたる席に向いた。

 そこにいたのは明らかに貴族風の中年の男だった。後ろには鎧を着た騎士達までいるのだから、間違いない。

「ダルモア侯爵……」

「あの大侯爵様が相手か。これはロイルも勝ち目が無いな」

 どうやら有名な貴族が出てきたらしい。周りの声は隠す気がないのか、ロイルの耳にも入りそうな大きなものだった。

 予想通り、ロイルは眉を吊り上げて更に高値で入札する。

「五千枚だ!」

 ロイルが怒鳴るように発すると、ダルモアが片手を上げた。

「六千」

「七千枚!」

「八千だ」

 先程までとは比べ物にならない速度で値が釣り上がっていく。それを見て、エライザが声にならない声を上げて慌てだした。

 ストラスも無言だが、何度もロイルとダルモアの顔を見ている。参加者達は完全に二人の争いを楽しみだし、大盛り上がりで歓声を上げ始めた。

「……一万枚だ!」

 その歓声に後押しされたのか、ロイルがまた一段高く値を積み上げた。とんでもない金額となり、流石に会場の歓声も静まった。反対に、息を吞むような緊張感が場を支配する。

「……他にありませんか?」

 ダルモアが押し黙ったことで、司会が確認を行う。実際、この国の経済状況がどれほどかは分からないし、貨幣価値が如何ほどか正確に理解しているわけではないと思う。しかし、この金貨一万枚がとてつもない金額であることは窺い知れた。

 ダルモアは静かに司会を見返して、首を左右に振る。それに頷き返して、司会は最高の笑みを浮かべた。

「落札! ドラゴンは金貨一万枚で落札されました! これは、このオークションハウスで落札されたドラゴン関連商品の中で最も高額なものとなります! おめでとうございます!」

 その宣言とともに、オークションハウスは興奮の坩堝と化した。司会の声が聞こえないような歓声と拍手の中、オークションは幕を閉じた。

 三人揃って無言で会場から出て、通路へと出る。人々が行き交う中、エライザが我慢できないといった様子で振り返った。

「い、いい、いいいい、一万! 一万枚ですよ!? どうなってるんですか!?

「……驚愕すべき金額になったな」

「驚くなんてもんじゃないですよ! 心臓が口から飛び出るかと思いました!」

 ストラスが冷静にコメントすると、エライザが飛び掛かりそうな勢いでそう叫ぶ。通路で大声を出していることを心配したが、周りも先ほどの入札争いについて興奮した様子で会話している人達ばかりだったのであまり目立っていないようだった。

 興奮しっぱなしのエライザを落ち着かせながら受付まで戻ると、カウンターの奥に立っていたクリークがこちらに気が付いて歩いてくる。

「お疲れ様です、皆様。本日は素晴らしい価格での落札、おめでとうございます。もしよろしければ、これから行うことについて説明をいたしますが……」

「頼む」

 クリークの言葉にストラスが即答する。それに微笑むと、クリークは奥を指し示した。

「それでは、こちらへ」

 案内された先はこぢんまりとした会議室のような場所だった。クリークの他には二人の若い男女が付いてきて、テーブルに何か書類のようなものを並べている。

 テーブルを挟むようにしてクリークの正面に三人で座ると、クリークはその書類を一つずつ説明し始めた。

「今回の落札額はとても高額となりました。通常なら貨幣か王国銀行の手形でお支払いをいたしますが、金貨千枚を超えた場合は選択肢が増えるようになっております」

 言いつつ、クリークは二枚の紙を並べる。

「こちらは貨幣か手形でのお支払い。この場合、貨幣や手形を準備する業務が発生しますので、通常通り手数料は一割となります。しかし、オークションハウスへ預けていただけるなら、手数料などは発生いたしません。そのままの金額を次回以降のオークションでご使用することが出来ます。途中で一部の金額を貨幣か手形に変換することも可能です。その場合は手続きの度に一割ほど手数料をいただきますが」

 と、クリークは説明をしながら紙に書かれている文章を手のひらで指し示していく。

「それなら丁度良い。一万枚そのままオークションハウスへ預けさせてもらおう」

 ストラスがそう告げると、クリークはこちらをちらりと見た。

「よろしいですか?」

 そう問われて、頷く。

「はい、構いません。元から、使うつもりでしたから」

 正直に答えると、クリークはこれまで見たことのない自然な笑顔になったのだった。