エライザが聞き返すが、それに待ったをかける。
「学長、大丈夫です。元々、お金を借りるつもりはありませんでしたから」
そう告げると、グレンは遠い目をしながら微笑んだ。
「……この学院がわしの資産なんじゃ。うむ。わしの大事な財産じゃよ。うむ」
と、学院の長として良いことを口にする。いったい何に使ったのかは分からないが、どうやら侯爵として持ち得る財産は学院だけらしい。
とりあえず、これ以上傷を抉らないようにエライザに別の話を振る。
「私は誰かにお金を借りるつもりはありません。一先ず、ドラゴンとグリフォンを仕留めたので、それらをオークションに出します。エライザさん、申し訳ありませんが参加方法を教えてもらっても良いですか?」
「あ、良いですよー」
「助かります」
「……グリフォンも仕留めたのか。いや、この大きさのドラゴンを討伐が出来るのだから驚かないが……」
エライザ、ストラスとそんな会話をしていると、今度は校舎からバタバタと足音を立てて走って来る人物がいた。背の高い、明るい緑色のぼさぼさ髪の青年。クラウンだ。
「ちょっとそのドラゴン待ってー!!」
「クラウンさん?」
名を呼ぶとクラウンは肩で息をしながらドラゴンの前に立った。そして、鼻息荒くドラゴンの状態を確認していく。
「お、おお……こんなに綺麗な状態で……! むむ!? 傷が無い、傷が……あ、首! 首の傷か! え? ほかには……」
ぶつぶつと呟きながらドラゴンの周りをうろうろと歩き始めた。それを横目に、ストラスが私の肩を叩いた。
「早めに移動するぞ。あの状態になったクラウンは面倒だ」
「え? 一緒に行くのですか?」
聞き返すと、ストラスが何かを疑うような目で見て来る。
「二人でオークションに参加なんてしたら、何か事件が起きるに違いない」
「え? 私もですか? それは少々傷つくのですが……」
「ほら、早く移動するぞ」
文句を言いたいところだったが、早くするように言われたので一先ずエライザとストラスもともに空へと飛翔する。
「グレン学長。申し訳ありませんが、ドラゴンの方はオークションの出品まで預かっておいてください。ちょっと出かけて参ります」
「お、おお……それじゃあ、ここに氷のオブジェとして置いておこうかのう。置く場所もないし」
「よろしくお願いします」
それだけ言って、私たちは学院の外へと行く。
「とりあえず、オークション会場の下見をしましょう」
「北側です! 町の端にあるので、すぐに分かりますよ!」
「分かりました」
言われた方角に向かって飛び始めると、ストラスが口を開いた。
「僅か二、三日でドラゴンとグリフォンを仕留めてくることにも驚いたが、あんなに綺麗な状態とはな。グリフォンはどこに置いてるんだ?」
「町のすぐ外に氷漬けにして保管してます。誰にも取られないように、周囲は石の壁で覆っておきました」
「……それも多少の騒ぎになりそうだが……」
そんな会話をしていると、すぐに会場らしき建物が見えてくる。上空から見ると六角形になったビル型の大きな建物だった。
「あれです!」
「大きいですね」
エライザの言葉に頷き、そのすぐ入り口のところへ降り立つ。空から人が降りてきたことで少しざわざわと声が聞こえてくるが、まぁ大丈夫だろう。
文化祭以降、町の中で飛んだり魔術を使ってもあまり驚かれなくなってきた。文化祭で学院の魔術師の魔術を公開したことが幸いしたのだろう。
「ああ、あれが学院の……」
「アオイ先生? 思ったより小柄なのね」
「へぇー……」
そんな声が聞こえてきて、なんとなく居心地が悪くなる。
「アオイさん、有名になりましたね」
「学院かこの町で何か起きたら殆どの場合、アオイが原因だ」
「……今日はストラスさんの当たりが強い気がします」
ストラスからの理不尽な扱いに不平を述べたが、あまり相手にしてもらえなかった。
「こっちが入り口だ」
さっさと会場の中に入るストラスに、私とエライザも後に付いていく。
「ストラスさん、何か不機嫌じゃありませんか?」
エライザに尋ねると、何故か目を輝かせてこちらを振り返った。顔を耳に近づけて、声を小さくして答える。
「最近アオイさんを訪ねて来る人が多いから、少しイライラしてるんだと思います。キャー!」
「うるさいぞ、エライザ」
「ギャー!」
いつにないテンションでエライザがひそひそ話をしていたのだが、音もなく真後ろに来たストラスがエライザの頭を摑んで止めた。エライザは本当に吃驚したらしく、辺りに響き渡るような大声を出す。
さぁ、建物の中に入るぞといったタイミングだった為、皆の目が一斉にこちらに向いた。
「……お客様?」
ただの店員か、それとも警備員か。がたいの良い大きな男が低い声でこちらの様子を窺ってくる。
「申し訳ありません」
「……お騒がせしました」
「悪かった」
三人で謝罪すると、男は難しい顔で顎を引いた。
「……会場内ではお静かにお願いします」
「はい」
返事をしてから中に入る。
中は暗めの木材が使われていた。石造りの建物に見えたが、中は板張りにしてあるらしい。
あまり広くない廊下を進んでいくと、T字路に辿り着いた。突き当たりには大きな扉がある。
「この中が会場だ。出品したい場合は右側に行くと受付できる。左側は倉庫だな」
「……警備が緩い気がしますが」
「倉庫の方と会場の中は凄いですよ! 教員並みの魔術師の方もいるみたいです!」
と、エライザからも補足説明を受ける。
「なるほど」
頷きながら、ストラスが開けた会場への扉を潜った。
入ってすぐ、目の前に広がる光景に驚く。まるで地下室に来たかのように窓などの採光が無い空間だった。壁には魔術具によるランプが幾つも取り付けられており、不思議な空間を作り上げている。
床には赤い絨毯が敷かれ、壁には黒の生地に金の刺繡が入った布が掛けられていた。豪華な雰囲気だが、少し悪趣味にも感じる。
幅の広い四角のテーブルがいくつもあり、奥には目線の高さに床が来るほどの壇があった。
すでに、壇上では黒い衣装を着た男数名と白い衣装の男一人が立って何か話しており、各テーブルにもかなりの男女がついていた。
最大で二百人くらいは入りそうな広間に、今は半数に届かないほどの人数だろうか。
「端が空いているぞ」
「あ、良い場所ですね!」
慣れた様子の二人は壁際のテーブルへと歩いて行った。大きなテーブルなのに、一人か二人で使っている人も多い。
「思っていたより広いですね」
テーブルについて肘置き付きの椅子に座り、そう呟く。
「ああ」
「一昨日だったらもっと賑やかだったんですよ!」
二人も返事をしながら椅子に腰掛けた。ストラスは生返事をしつつ、出品された物を目を細めて眺める。
「あれは、宝剣の一種か? 随分と派手だが……」
「魔術具ですか?」
期待をしてそう尋ねたのだが、ストラスは首を左右に振った。
「いや、違うだろう。単純に財産になるような金と宝石を使った代物だ。魔術具としての効果もある物なら、もっと高値になる」
「あの剣はいくらでしょう?」
「金貨三百枚だと言ってましたね!」
それを聞き、思わず眉間に皺が寄るのを感じる。
「……魔術具はもっと高いって……」
呟きつつ、会場の声に耳を傾けた。
金貨三百枚で落札ではない。どうやら、まだまだ値は競り上がっているようだ。
その声を聞き、熱気を肌で感じて、本当に自分が魔術具を購入することが出来るのか、不安になったのだった。
◇
結局、宝剣の価格は金貨四百枚まで値上がりした。その後の出品された物もかなりの高額となり、オークションは私の不安を煽る形で終了となった。
金貨数百枚の品は幾つもあり、金銭感覚が麻痺している気がする。
「とりあえず、オークションハウスの支配人に出品の相談に行こう」
「支配人に会えるのですか?」
ちょっと友人に会いに行こうみたいな言い方をされて驚く。
「金額が高額なものになる出品なら、支配人が直接確認するのが普通だ。もっと大きなオークションなら、それぞれに責任者がいて支配人に会うことは殆ど無いが、この規模のオークションは違う。支配人、副支配人、司会、倉庫管理者程度で、後は通常業務を行う従業員だ。だから、直接支配人に話が出来る」
「良い人ですよ!」
と、二人が説明してくれた。
「そうなのですか」
相槌を打ち、早速支配人の元へ向かうことにする。
会場から出て左に曲がり、奥へと向かった。突き当たりには扉があり、そこをストラスがノックする。
「はい、どうぞ」
簡潔な返事で許可がおりて、扉を開ける。すると、中には真正面にバーのカウンターのようなテーブルがあり、その奥には二人の人影があった。
一人は中年のユニークな鼻髭をした男性で、もう一人は恰幅の良い四十代ほどの女性だ。二人のすぐ後ろには棚があり、びっしりと大量の羊皮紙が積み重ねられていた。
「おや、いらっしゃい」
「あらあら、ストラスちゃんじゃないの!」
男と女がそんな反応を示す。
「ストラスちゃん……?」
聞き間違いだろうか。そう思ってストラスの横顔を盗み見たが、特に感情は読み取れなかった。
「支配人、副支配人。今日は新しい客を連れてきた」
ストラスはそう言って横に一歩退き、二人に私を紹介する。どうやら鼻髭の男が支配人で女が副支配人のようである。夫婦だろうか?
「アオイだ。俺と同じくフィディック学院で教員をしている」
ストラスがそう紹介すると、二人は目を輝かせてこちらを見た。