飛行の魔術で近くの山脈へと向かう。意外と距離があり、到着に半日を費やした。夕方、陽も落ちる頃にようやく山脈の深いところに辿り着いた為、今日の寝床を探す。

 夕陽で赤く染まった空に、切り立った山のシルエットが浮かんでいる。周囲数十キロは深い森に囲まれた山々だ。ここなら、ドラゴンもそれなりにいるだろう。

 山の中腹辺りをクルリと回り、良い雰囲気の洞穴を見つける。

 ドラゴンが入れそうもない大きさの横穴が、切り立った山の途中にポッカリと空いている。大人が二人並んで立って入れる程度の穴だ。洞穴の前には少し開けた場所もあり、周囲を確認するのにちょうど良さそうである。

「これは良い住居を見つけました」

 そう呟きつつ、洞穴の前に降り立つ。火の魔術を使って灯りを作り出し、穴の中を確認した。

 意外と奥は深そうである。数メートル中に入ったところで銀色に光る網が張り巡らされている以外には違和感はない。

「これは……蜘蛛の糸ですね」

 直近で確認して、そう呟いた。

 次の瞬間、頭上から何かが落ちてくる気配を感じた。

炎球壁フレイムドーム

 反射的に防御用の魔術を展開すると、地面が沈み込むような衝撃を受け、次に耳をつんざくような絶叫が響き渡る。

 高音と低音の混じり合った耳障りな悲鳴だ。何かが焦げたような匂いと生臭い悪臭が鼻をつく。

「不法侵入してしまったようですね」

 少し申し訳ない気持ちで振り返ると、銀色の糸で編まれた蜘蛛の糸の向こう側に、人間よりも二回りほど大きな巨大蜘蛛の姿があった。足の一部が焦げてしまっているが、本体は健在である。

「先住民を追い出すつもりはありません。申し訳ありませんが、寝る間だけ大人しくしていてくださいね」

 そう前置きしてから、魔術を行使した。

石檻ロツクジエイル

 魔術名を口にした瞬間、巨大蜘蛛の周囲を石の柵が囲い、あっという間に足跡の牢獄と化す。蜘蛛は慌てた様子を見せたが、出られるようには作っていないので大丈夫だろう。蜘蛛の魔獣は稀に毒液を吐くタイプもいるので、こちら側の檻だけ分厚い石の壁を追加で設置しておく。

 壁の向こうで蜘蛛が音を立てているが、厚みのある壁のお陰でそこまで気にならない。

「後は、子蜘蛛などがいたら大変なので周囲に雷のシールドでも張っておきましょう」

 念には念を入れる。魔術具研究で素材集めをしていた時の経験のお陰である。

「さぁ、早めに寝て明日は出品できるようなドラゴンを狩れるように頑張りましょう」

 自らに言い聞かせるようにそう呟き、寝袋を出してその日は就寝した。何か異変があった時は感じ取れるように浅い眠りを継続しなくてはならない。慣れると、意識せずにそれを行うことが出来た。

 夜は意外と静かになり、ほぼ起きることなく朝を迎える。

 朝日が洞穴の入り口にまで差し込むと、私が寝ている場所までうっすらと明るくなってきた。寝袋から出て寝ぼけまなこで周囲を確認する。雷のシールドの周りは子犬ほどの蜘蛛が数十匹ほどひっくり返っていたが、それ以外は特に見当たらなかった。

 どうやら、この蜘蛛は思ったよりこの山でも上位の魔獣らしい。もしくは、大型の魔獣が多過ぎて洞穴は弱い魔獣の逃げ場なのかもしれない。

 近辺の生態系について頭の中で考察しつつ、水と火の魔術を使ってササッと寝ぐせを解消する。誰が見ているわけでもないが、なんとなく髪が爆発したままだと恥ずかしい。

 ついでに風の魔術で気絶した小蜘蛛達を壁際に追いやり、洞穴の出入り口の方へ移動する。忘れ物がないか確認してから、石の壁と檻を解除した。

 意外にも蜘蛛は大人しくなっており、檻が無くなっても動こうとしなかった。

 まさか、死んでしまったわけではないと思うが。

 ジッと見ていると、巨大蜘蛛は一度身を小さくしてすぐに飛び上がった。そして、上部にある穴の中へと身を隠してしまう。

「……もし死んでいたら、オークションに出品できたのでしょうか?」

 何となくそんな独り言を呟いてから、気を取り直して外へ出る。

 どこまでも広がる青い空。標高が少し高い為、冷たい空気が気持ち良い。怪鳥の類が少々うるさいが、それも山中ならではだろう。

「さて、まずは朝食を食べてからですね」

 やることを決めて、森を見下ろす。洞穴の位置が高過ぎたが、何とか食糧になりそうな魔獣を発見することが出来た。

「大きな鳥……他にはいませんね」

 一匹だけで移動している鳥を発見して、これはなんと良いタイミングだと喜ぶ。軽く飛んで空中に身を躍らせると、一気に眼下の森目掛けて落下した。背の高い木から伸びた枝を何本か蹴り、速度を落としながら地上へ向かう。軽く音を立ててしまったせいか、狙っていた鳥型の魔獣が首を回してこちらに振り返った。

 威嚇の声か、耳に突き刺さるような高音の雄叫びを発して、体ごとこちらに向き直る。

 巨大な羽を持つ、鷲に似た顔の鳥だ。しかし、体は前脚と後ろ脚がある。

「……ああ、思い出した。グリフォンですね」

 魔獣の名前を思い出して、スッキリした。しかし、中々大型のグリフォンである。全高はおよそ五メートルはあるだろうか。くちばしの先から尾までいれたら十五メートルを軽く超えると思われる。

 グリフォンは翼を大きく広げてこちらを見下ろし、前足で地面を二度三度と蹴った。

「流石に大き過ぎますが、決して無駄にはしません。きちんと糧にいたしますので」

 そう前置きして、魔術を行使する。

氷の宝剣クリスタルエツジ

 呟いた直後、空中に出現したグリフォンの半分ほどの大きさの剣は、瞬きする間も与えずにグリフォンの首を両断する。断面は凍り付き、血の雫が周囲に飛ぶこともない。

 グリフォンは何が起きたかも、自分が死んでしまったことも分からないだろう。

「……凍らせておけば、素材としても売れますよね。きっと……」

 そう言って、私はグリフォンを氷漬けにする。肉はあまり高く売れないだろうと思い、後ろ脚の太ももから肉を食べていくことにした。

 一時間後、ようやく捌いた肉が焼けてきた。美味しそうな匂いが辺りに立ち込めている。塩と胡椒を振り、肉を最高の状態に仕上げていった。

「もう十分ですね」

 少し厚く切り分け過ぎたが、表面に焦げ目も付き、しっかりと熱が通ったと思われた。魔術で作った串に刺して炙っていた為、そのまま串を使って口に運ぶ。良く焼けた部分に歯を突き立てるようにしてかぶり付き、一口分千切って咀嚼した。

 濃厚な肉汁と旨味の強い肉の味が口の中いっぱいに広がる。胡椒を掛け過ぎたかと心配したが、濃厚な肉の味のお陰でちょうど良いバランスとなった。

 口元が汚れてしまったが、そんなこと気にならないほど美味しい。

「パンやスープも持ってくるべきでした……」

 若干の後悔をしつつ、自分の顔のサイズくらいある肉の塊をあっという間に平らげる。グリフォンがこんなに美味しかったとは……もっと早くに食べておくべきだった。

 満足しながら後悔するという複雑な感情でホッと一息ついていると、不意に激しい羽ばたきの音を立てて背後に何かが降り立った。

 木々が激しく揺れるほどの風圧に、グリフォンの肉を炙っていた火も消えてしまう。

「お出ましですね」

 想像していたよりもずっと早く、お目当ての存在に遭遇したようだ。

 私は微笑みつつ、背後に立つ大きなドラゴンに振り返ったのだった。

 真っ黒な体。大きな一対の翼。そして、二本ずつの腕と脚。目の数は人間と同じく二つだが、指は四本だ。大きさも体長二十メートルを超えるだろう。亜種ではなく、純粋な飛竜の一種に違いない。

 これまで討伐してきたドラゴンを研究したところ、小山のような巨大なドラゴンが最大の種で、比率的に翼はそこまで大きくない。ただ、目は四つあり、指は六本だった。一つ小さな種になると、翼が大きくて目は二つか四つ。指は五本である。それより小さなドラゴンは大体が目は二つ、指は四本となっていた。

 オーウェン曰く、ワイバーンや大きなトカゲのようなドラゴンは亜竜種といって正式にはドラゴンではないとされているそうだ。ただ、それでも剣や弓矢のような通常の攻撃は簡単に弾いてしまう強さ、硬さを持つ。

 ドラゴンの種類は多岐に渡り、大きな山の下に眠る地竜種で最も大きなドラゴンは全長数百メートルにもなるという。

 それくらいのドラゴンを捕まえることが出来たら高く売れそうだが、まずお目にかかったことはない。いや、捕まえても運ぶのが大変そうなので、どちらにしても出品対象ではないか。

 そんなことを考えていると、ドラゴンは翼を大きく広げて雄叫びを上げた。この辺りはグリフォンも一緒だったが、やはり自分を大きく見せながら威嚇するという本能だろうか。

 オーウェンが言うには、大きさは関係無く、最上位のドラゴンは人間以上の知識を持ち、人間の言語を操る者もいるという。

 ドラゴンは千年以上生きるらしいので、長寿のドラゴンはそんな風に進化していくのかもしれない。

 残念ながら、目の前のドラゴンは通常のドラゴンのようだが。

 ドラゴンは雄叫びを上げた後、姿勢を低くして突進でもしそうな体勢となる。物理的な戦いを挑もうとしているようだ。

「それなら……氷の要塞アイスバロツク

 呟くと、きらきらと陽の光を乱反射させてダイヤモンドダストがドラゴンの周りを舞った。

 次の瞬間、ドラゴンは不規則に絡まり合った氷の柱や壁などによって捕らえられる。瞬時に大きなドラゴンの体を覆うほどの氷の牢獄が出来上がった。

 ドラゴンは氷の牢獄を力尽くで破ろうと腕と尾を振るが、簡単には壊れない。激しい音と振動が空気を伝わってくるだけだ。

「これで捕まえられるなら、思ったより……」

 そう口にした瞬間、ドラゴンは動きを止めて首を挙げて背中を仰け反らせ始めた。そして、口を微かに開き、首を震わせる。

「あ、まずいですね」

 ドラゴンの口の中から青い火の粉が見え始めた為、身を守る為の魔術を行使する。

岩山籠ブルツクロツク

 ちょっとやそっとでは砕けないような巨大な岩の壁だ。これなら大丈夫だと思ったが、壁の奥で激しい炎が吹き上がるのを見て、考えを改める。

 あまり大きくないドラゴンだから甘く見ていたのかもしれない。ブレスの強さは想定以上だ。岩の壁の端の部分が溶け始めている。あの熱量ならば、氷の牢獄などあっという間に溶かされてしまっただろう。

 周囲の森が燃えてしまわないように、一応上空から魔術を使うとしよう。

 自然に配慮して、私は飛翔魔術を使って空に移動した。ちょうど良いタイミングで、ドラゴンは激しく損傷した岩の壁を体当たりで破壊していた。私が立っていた場所に人の身長よりも大きな岩の破片が幾つも突き立っている。

 ドラゴンは私の姿が見えないことに気が付き、右、左と顔を動かして、すぐに上空へと顔を向けた。まさかそんなに匂うわけではないだろうが、何かの気配を感じたのだろう。

 こちらの居場所に気が付いてすぐにドラゴンは口を僅かに開け、再び青い火の粉を口から洩れ出させ始めた。

「させません」

 ブレスを放つ前に先手を打つ。

凍土の銀槍カシウス

 全力で魔力を込めて氷の魔術を発動した。片手をドラゴンに向けて突き出すと、腕の周りを真っ白な雪が舞い、すぐに手のひらの先に三角錐状の塊が出現する。氷の塊は周囲の水分を全て凍らせて白い帯を残しながら、ドラゴン目掛けて飛来した。

 槍は一撃でドラゴンの首を斜めに切り裂き、両断する。通常であれば槍が触れた箇所は凍り付くが、ブレスの炎が首の断面の氷を溶かしてしまい、周囲に溢れ出た。

 青い炎が地面を焼き尽くさんと広がり始めたので、慌てて消火活動に入る。

 結果、消火されるまでの数分間、半径二十メートル四方の木々や草花が炭と化してしまったのだった。



「獲ってきました」

……っ!!?

 少々大きかったが、オークションで高値で売れるかもしれないと思ってそのまま持ち帰ってきた。学院の中庭に降り立ち、校舎の方から走ってきた教員や生徒達の中からエライザとストラスを発見して報告する。

「ど、ドドド……!?

「え!? 死んでる!? もしかして、生きてる!?

 啞然とする教員達に対して、生徒達は声が裏返るほどの大声で騒ぎ始める。

「お静かにお願いします。中庭とはいえ、学院の中ですので」

 教員として注意くらいはしておこうとやんわり告げたのだが、ストラスから凄い目で睨まれた。

「騒ぎの原因がなんだと思っている?」

「……このドラゴンが原因ですか。お騒がせしてすみません」

 慌てて頭を下げて謝罪する。

 そこへ、凄い勢いでグレンが空を飛んできた。

「うぉほほほう! これまた綺麗な状態のドラゴンじゃあ!」

 既にテンションは上がり切っている。中々綺麗なターンをしながら着地したグレンは、ドラゴンの顔の近くに行って状態を見た。

「首を一撃かのう。凄いのう。わしもドラゴンは何頭か仕留めてきたが、これほど見事に仕留めたことはないぞい」

 と、グレンが評する。首は凍らせて元通りの形に見せていたのだが、流石だ。

「これでしたらオークションで高値がつくでしょうか」

 グレンにそう尋ねると、笑い声が返ってきた。

「ほっほっほ! そりゃあ目玉が飛び出るくらい高いぞい! この規模なら金貨千枚以上にはなるじゃろうなぁ」

 グレンがそう言うと、生徒達がお祭り状態となった。

「おお!」

「金貨千枚!?

 凄い凄いと騒いでいるが、それでは足りないかもしれないのだ。

「珍しい魔術具を購入したいと思っているので、もう少し大きなドラゴンを狩ってきましょう」

 そう告げると、グレンが目を丸くする。

「ちょ、ちょっと待つのじゃ。一つの山脈にドラゴンは十数頭が精々じゃ。余程深い森と山々があるならば、百頭以上棲息する山もあるじゃろうが、普通はそんなにおらん。その地域のドラゴンを一気に狩ってしまうと、近隣の生態系が崩れて森の外、下手をしたら街道まで魔獣が現れるなんてことも起きてしまうぞい」

「え? ドラゴン数頭でですか? グランドバジリスクとかなら分かりますけど……」

「そんな神話に出てくる魔獣などと比較してはいかんぞい……え? 実際に遭遇したわけじゃないんじゃよな? 神話のやつじゃもん」

 グレンが何か言っているが、ドラゴンを複数狩るのは他所よそに迷惑をかけてしまうと聞き、頭を悩ませる。

 すると、エライザが片手を挙げて口を開いた。

「やっぱり、グレン学長に借りましょう! 二日でドラゴンを狩って帰って来るんですから、アオイさんなら必ず返済できますし!」

 エライザがそんなことを言うと、後ろの方で「おい、二日って……」「なんか、常識が崩れてきたぞ……」なんて声が聞こえてきた。

 一方、グレンは言い難そうに眉根を寄せて肩を落とす。

「それは、残念ながら無理なんじゃよ。お金、あんまり持っておらんのじゃ」

 聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声でグレンが呟くと、エライザが笑顔で首を傾げた。

「え? なんですか?」