俺の名前はジャック・ライト。

現在、『姫騎士』と名高きエレノアお嬢様のお父君が拝領されている、バッシュ公爵領出身だ。

ちなみに父親は、バッシュ公爵領直轄集積市場にて副統括を拝命している、大商会の年頭ガブリエル・ライトである。とてもやり手だが、子煩悩で母親に一途な愛を注いでいる素晴らしい人で、俺の将来の目標である。


「ジャック。お前の王立学院への入学が正式に認められた」

俺が初等学院を卒業した日。父親は事も無げにそう告げてきた。

ち、ちょっと待ってほしい!

あれだろ!? 王立学院って、アルバ王国の貴族子弟の殆どが通うとされている超エリート校で、魔力も学力も化け物レベルの連中がうようよいるとされる魔窟まくつ。そんな所に大商人の息子だとはいえ、なんで俺が!? まさに青天の霹靂へきれきである。

「父さん! なんで王族も通う由緒正しき貴族学院に、俺が通わなくちゃならないんだよ!? そりゃあ、ライト家は大商会だけど、父さんも俺も平民じゃん!」

「王立学院は、貴族の為だけの学院ではない。いわば、国が将来有望な人材を育成する為に設立した人材育成機関。ゆえに、平民にも広く門戸を開いている。お前は確かに身分は平民だが、私譲りの頭の良さで、初等学院をぶっちぎりの成績で卒業している。しかも誰に似たのか、魔力量も下位貴族並みに多い。きっと王立学院でもやっていけるだろう」

いやいやいや! なんか中盤、微妙に息子自慢を挟んできてるけど、そんなもんで騙されねーからな!?

だいたい、俺程度の学力と魔力量を持つ奴なんて、貴族社会では掃いて捨てるぐらいいるだろうし、あそこの自主退学率知ってんのか!? 俺なんて絶対、一年ももたねぇっての!!

「それにだ。お前を王立学院にと推薦してくださったのは、バッシュ侯爵様ご自身なんだぞ?」

再度、抗議の言葉を発しようとした俺の口がピタリと閉じた。

「バ、バッシュ侯爵様が……俺を!?

「ああ。あのお方はとてもお前の能力を買ってくださっていてな。王立学院への推薦人にもなってくださったんだぞ。入学が認められた時も、まるでご自身の事のように喜ばれて、『大変だろうけど、王立学院で学ぶ事はきっと、彼を飛躍的に成長させてくれるだろう』と仰ってくださったんだ」

俺は以前、今よりもっと小さかった時にお会いした、バッシュ侯爵様のお顔を思い出していた。

『ガブリエルのようになろうとするのではなく、君は君らしく、のびのびと自分の才能を伸ばしていきなさい。そして僕の娘が大きくなった時、このバッシュ侯爵領を守る手助けをしておくれ?』

その時の侯爵様の優しい笑顔。そして頭を撫でてくれた温かい手の感触は、今も心に焼き付いている。あの時侯爵様にお会いしたからこそ、初等学院を好成績で卒業出来たと言っても過言ではない。

その侯爵様が、俺の能力を認めてくださり、そのうえ推薦人に……?

「お前がこれから得るであろう知識と人脈は、必ずやこのライト商会と……バッシュ侯爵領を発展させる一助となるに違いない。いいか、これからバッシュ侯爵領を背負って立つのは、お前達若い世代だ。お前を認めてくださった侯爵様に恥じぬよう、精一杯頑張れ!」

「は、はいっ!!

……思わず、物凄く良い返事をしてしまった。

まあ、敬愛するバッシュ侯爵様と、ついでに父さんの為だ。いずれ継ぐべきライト商会の発展の為、そしてこのバッシュ侯爵領の為、死ぬ気で頑張るとしよう。

◇◇◇◇◇

──……なんて、勢い込んで王立学院に入学した俺だったが、王立学院は思っていた以上の魔窟だった。

あ、といっても、俺が平民だからという理由で迫害されたり、嫌がらせをされたり……なんて事は、意外な事に殆ど無かったけどな。……いや、入学当初はそういった選民意識を持って、嫌がらせをしてきたり嫌味を言う奴らがいた事にはいたんだけど、そういう連中はいつの間にやら姿を消していたのである。

しかも、そういう嫌がらせをするような連中は決まって下位貴族の子息達で、上位貴族になればなるほど、そういった選民意識も妙なプライドもない人格者達だった。……う~ん……。普通は逆だよな?

一回、仲良くなった伯爵家の子息に、そこんところについて聞いてみた事があったのだが、「は? そんなくだらない嫌がらせをする暇があったら、少しでも己を磨く事に時間を費やすわ!」……だそうだ。成程。

俺もこの王立学院に入学して、骨身に染みて分かった事がある。それはここが、まごう事なき弱肉強食の世界であるという事実だ。

それを故郷の友人達に言えば、「え? 貴族社会の知略謀略による足の引っ張り合いなんて当たり前だろう?」と、十人中十人口を揃えるだろう。

だがそれは間違っている!

このアルバ王国における貴族社会の戦いとは、己のスペックを使い、正々堂々真正面からぶつかり合うガチンコ勝負なのだ!

戦う相手より顔面偏差値が劣れば、知性と話術で対抗し、身体能力が劣っていれば、魔術で対抗する。家格が劣っていれば陞爵しょうしゃくを目指し、ひたすら功績をあげる為に努力する。

しかもその戦いの原動力が、愛する女性に選ばれる為……。いやまあ、それは平民の男の方も原動力は一緒だけど、ハッキリ言って戦いのレベルが違う。そりゃあ、嫌がらせなんぞしていたら、自分自身で「私、品格と性格に問題があるんです」と公言しているようなもんだ。

つまり、俺のような平民を苛めた時点で、奴らは他の連中から『潰して問題ない落第者』とみなされ、自滅していったのだろう。……こわっ!

他にも、隙を見せたら容赦なく殺しにかかってくる攻撃魔法の教授だの、「こんな事も分からないの?」とばかりに、教科書に載っていない裏知識をテストにねじ込んでくる研究バカマッドサイエンティストだの、教師陣も平然と生徒を潰しにかかってくるのだ。そりゃあ、この学院を無事に卒業出来ただけで、実力と箔が付くわけだよ。

そういえば今の生徒会長は王太子殿下だけど、副会長はというと、ほぼ平民とされる一代男爵家の嫡子であるオルセン先輩だしな。

そういえばオルセン先輩のお父上である『ドラゴン殺し』の英雄、グラント・オルセン将軍って、今度子爵になるんだったっけ。それに、次期生徒会長と呼び声高きクロス先輩の家も、子爵家から伯爵家になるんだよな(ついでに言えば、バッシュ侯爵家も陞爵され、晴れて公爵家になられるそうだ。アイザック様、おめでとう御座います!)。

なんでも、例の人身売買に関わった貴族家のお取り潰しに伴っての措置らしいんだけど、父さん曰く、実はお二方ってずっと、自分から陞爵を断っていたんだそうだ。その理由が「貴族社会、めんどい」……だそうだ。理解不能。やはり真の実力者というのは、常人とは一味も二味も違うんだな。

あれ? そういえばお二方って確か、バッシュ侯爵……いや、バッシュ公爵様の親友という話だったよな? ……という事は、あの人畜無害のかがみのような公爵様って、実は変じ……いやいや。

……そういえばオルセン先輩もクロス先輩も確か、バッシュ公爵様のご息女であるエレノアお嬢様のご婚約者様だったっけ。成程。だから家格を上げようと、陞爵を受ける事にしたのかな? そういえばお嬢様も来年、この王立学院に御入学されるんだったっけ。

「……う~ん……。だ、大丈夫かな?」

実際にお会いした事はないが、なにやらお嬢様はご容姿が平凡なうえに、服のセンスも悪く、そのうえ癇癪かんしゃく持ちだと言われている。とどめに、十歳の誕生日に盛大にやらかして、王太子殿下に教育的指導を受けたとかなんとか……。それってどう考えても、ご令嬢として終わっているのではないだろうか?

オルセン先輩もクロス先輩も、美形好きなお嬢様の我儘わがままで、無理矢理婚約者にさせられた……と、もっぱらの噂だ。そういえばお二人とも、お嬢様の異父兄でいらっしゃるから、ご自分のお母上に強制されたら嫌とは言えないだろう。しかも相手は、あのマリア様だし……。

更に心配なのは、お嬢様だけではない。……なんと! 第四王子のリアム殿下も今年ご入学されるという驚愕の事実だ!!

もし美形好き(という噂)のお嬢様が暴走して、リアム殿下に無理矢理「自分を婚約者にして!」なんて迫ったとしたら……!

噂によればリアム殿下、兄殿下方に物凄く溺愛されているのだという。そ、そんなお方に王太子殿下に目をつけられている(という噂の)お嬢様が迫ったとしたら……!

「ヤバイ……! 確実にバッシュ公爵家が終わる……!!

それだけは絶対に避けなくては!

思えば俺がこの王立学院に入学したのは、お嬢様が暴走されそうになった時、我が身をていしてお止めする為だったのかもしれない。

一商人の息子でしかない自分になにが出来るか分からないけど、こんな俺を引き立ててくださった公爵様の為。そしてバッシュ公爵領の為。アルバの男の名に恥じぬよう、華々しく散るとしよう。


──……なんて思っていた時期が、自分にもありました。

蓋を開けてみれば、お嬢様は確かにかなり残ね……いや、平凡なご容姿(と言っていいのかな?)をしておられた。

だが問題なのはそれぐらいで、その他は我儘でもなんでもなく、寧ろ他人をいたわる事の出来る素晴らしい人格の持ち主であった。勿論、リアム殿下に迫るような真似もしていない。というか、実はリアム殿下の恩人だったのだそうで、寧ろリアム殿下の方がエレノアお嬢様に懐いておられている。

しかも……。お嬢様は他の貴族令嬢達と違い、なんと、自ら望んで授業を受けておられるのだ! ご性格の良さといい、その向上心といい、お嬢様ってばマジ天使! ご婚約者様方が溺愛されるお気持ちが分かる! 凄いぞお嬢様!!

そんなお嬢様の、真摯しんしに学業に取り組まれるお姿を見て、「リアム殿下や他の男子生徒の関心を引く為の演技ではないか?」と、お嬢様に懐疑的だった者達も己の邪推を恥じ、お嬢様に対して暖かい眼差しを向けるようになっていった(ご令嬢方は全く変わらなかったけど)。

そうしてお嬢様の評価は、瞬く間に好意的なものへと変わっていったのである。

自分を含め、バッシュ公爵領にゆかりのある子息達は、将来自分達がお仕えすべきお方がエレノアお嬢様である事を誇りに思い、密かに女神様に感謝の祈りを捧げていた。

そんな中、突如として巻き起こったのが獣人王国絡みの騒動である。

傍若無人ぼうじゃくぶじんに振舞う肉食系獣人達。そんな彼らに蹂躙じゅうりんされている草食系獣人達の境遇を憂いたお嬢様は、彼等の尊厳とご自身の筆頭婚約者であるクロス会長を守る為、獣人王女達との決闘に挑まれたのだった。

その裏には、我が国を得る為に暗躍する獣人王国の陰謀を阻止せんが為、敢えてその身を戦いに投じるという崇高なお志があったのだという(『現代に蘇った姫騎士~守るべきものの為に~』より抜粋)。

傷だらけになってもなお立ち向かう、気高きエレノアお嬢様のその雄姿。

それはまるで、アルバ王国の者であれば誰もが知る救国の聖女、『姫騎士』の姿そのものであった。

しかも眼鏡を外し、真実の姿を晒したお嬢様のお姿は、まさに女神様より遣われし御遣いの名に相応しいお美しさであった。

波打つ豊かなヘーゼルブロンド、インペリアルトパーズのような黄褐色の瞳は、強い意志の光を宿してキラキラと輝きを放っていた。

玉のような肌や、騎士服を模した戦闘服が血と埃にまみれていようとも、お嬢様の気高さを損なう事は全くなく、逆に我々の目には、神々しいまでに光り輝いて見えた。しかも獣人王女らを全て討ち取った後、獣人王太子に対して切った啖呵たんかの、痺れる程の恰好良さといったら……!!

ああ、女神様。お嬢様をこの世に送り出してくださり、本当に有難う御座います!

……にしても、あんなにもお美しいお嬢様を、わざと不器量に見せかけていたご婚約者様方……。いくら虫除けにしたって、あれはやり過ぎではないだろうか? 王族を警戒していたのだろうという事は想像がつくが、あれはアルバの男としてどうかと思う。

というか、その暴挙を受け入れていたお嬢様が真面目に凄い。色々な意味で、やはりエレノアお嬢様は慈悲深き天の御遣いだと改めて思った。

余談だが、俺を含めたバッシュ公爵家関連の者達には、今回の獣人王国関連……特にお嬢様が関わられている事について緘口令かんこうれいが敷かれた。

皆不思議がっていたが、あのバッシュ公爵様の事だ。きっとなにか、深いお考えがあるに違いない。

◇◇◇◇◇

──エレノアお嬢様が、バッシュ公爵領に戻られる……!?

しかも父さんが副統括をしている、集積市場をご視察される……だと!?

長期連休前のある日。魔導通信でその事を父さんから知らされた俺はいてもたってもいられず、速攻仮病を使い、バッシュ公爵領へと帰省した。

その際、「父が危篤で!」と大嘘をついた結果、学院の転移門を使わせてもらえたのは僥倖ぎょうこうだった。

バレたら速攻、担任教授やクラスメート達に半殺しの目に遭わされそうだが、学院以外での素のエレノアお嬢様のお姿をこの目で見られるのだ。たとえ死んでも悔いはない。

集積市場をご視察されたエレノアお嬢様は、控えめに言って天使だった。

真っ白いドレスを身に纏った愛らしいお姿。下々の者に対しても気さくに接せられる慈悲深き態度。そしてなにより、斬新かつ理に適った事業提案の数々。……ああ、エレノアお嬢様! 貴方様は真に女神様の御遣いであらせられたのですね!?

新事業という夢の構想に浮かれ、ぎらつく父親や父の同僚達に、長期連休中ずっと馬車馬のごとくこき使われるのも苦にならない。寧ろ、お嬢様の事業計画にたずさわれるという喜びに満ち溢れていて、俺は連日、嬉々として働きまくった。

あ、それともう一つ。学院をサボってこちらに戻って以降、父さんは俺を名前ではなく『愚息』と言うようになってしまった。しかも父さんの同業者もそれにならって『愚息君』と呼び続け、最終的にはそれが定着してしまったのは如何なものかと思う。

尤も、一番ヤバいのは、その呼び方に慣れつつある自分自身だ。

将来お嬢様にお会いした時、自分の事を「愚息です」って名乗ってしまったらどうしよう。……でも、お嬢様に「この愚息!」と罵られるって……いいかも。

そんな中、お嬢様がご提案された、新たなる加工技術フリーズドライについて、少々問題が発生した。

この『フリーズドライ』で作られた苺を食べてみたのだが、サクッとした歯触りの後、咀嚼そしゃくしていくにつれ、口腔こうくう内の水分で苺が本来の果肉へと戻っていくという、なんとも摩訶不思議かつ美味極まるものであった。

これは、痛みやすい品種の苺をどうにかしようと、お嬢様が知恵を出されたとの事。

凄いぞお嬢様! 流石はお嬢様! ……だがこの製法は、高度な風魔法と、水属性の派生属性である氷魔法を使用する為、中々大量生産が出来ないという欠点が浮上したのだ。

今は苺限定で加工をしているので、術者が少人数でもなんとかなる。

だが将来的には、あらゆる食品に応用していく計画なので、安定供給化を進めるにあたり、風属性と氷魔法を使える水属性の高位魔力保持者。そして、処理法を効率化する為の研究者がそれなりに必要となってくるのだ。

だが、高位魔力保持者の殆どは貴族である。

バッシュ公爵領の貴族家から生贄……いや、協力者を募るにしても限度があるし、他領の貴族を機密事項に関わらせる訳にもいかない。というか、貴族がわざわざ田舎で農業に携わるなんて思えない。

「そういう時こそ、王立学院に在籍しているお前の出番だろう?」

なんて父さんに言われたけど、無茶言わんでほしい。だいたい、平民が貴族を製造業に勧誘って、下手すれば不敬罪だぞ!?

……いや、貴族家の嫡男以外の、家督を継げぬ次男や三男だったらあり……かな?

けれども、王立学院で高位魔力保持者を持つ者達は、全員王宮や自領の重要な部署に就職が決定している。成功するか分からない新規事業(成功する事は確実だけど)、ましてや畑や牧草地だらけの他領になんて就職しないだろう。実際、俺と親しい連中も、あらかた就職先が決まっているしなぁ……。はぁ、どうしよう。

「──そうだ! そういう時こそ『ヘローワーク』だ!」

最近、王家の肝いりで立ち上げられた人材派遣機構。それが『ヘローワーク』だ。

そこには、アルバ王国中の求人者と求職者の情報が揃っていると聞いた事がある。ならば、そこに申し込んでおけば、優秀な人材が募集してくるかもしれない。

俺は早速『ヘローワーク』へと赴くと、申込用紙に『バッシュ公爵領直轄集積市場にて、風魔法と氷魔法が得意な方募集。好待遇保証します。愛らしい獣人さん多数働いてます。希望者には永住権検討』と記入し、窓口に提出した。……だが。

「……残念ですが、こちらはお受け出来ません」

そう言われ、窓口で申込用紙を返却されてしまったのだ。

「えっ!? な、何故です!?

「申し訳ありません。それを私の口から言う訳には……」

窓口の男性はそう言った後、口をつぐんで目を逸らす。その後もなんとか頼み込んだのだが、「駄目です」の一点張り。最終的には諦め、すごすごと『ヘローワーク』を後にした。

「あ! そういえば、バッシュ公爵領うちに草食系獣人さんが沢山移住した事で、バッシュ公爵様が他の貴族から恨まれているって、父さんから聞いた事があったな」

そうか。ひょっとしてその貴族達が、「ケモミミの恨み! 優秀な人材をバッシュ公爵領に行かせるものか!」と、結託して圧力をかけているのかもしれない。う~ん……。貴族も所詮は人の子というわけか。モフモフの恨みは恐ろしいな。

「仕方がない。望みは薄いけど、学院の掲示板に求人票を張り出すか」

学院のカフェテリア横にある巨大な掲示板は、クラブ勧誘やお茶会の集いのお知らせなど、公的私的な内容を張り出せる、学生たちの共有スペースである。そこに求人票を張れば、誰かしらは興味を持つかもしれない。なんてったって、学院生達に絶大の人気を誇るエレノアお嬢様の領地だし。

「あ、そういえば以前……」

テスト前、最後の追い込みをしようと、早朝にカフェテリアに来たら、『姫騎士同好会設立のお知らせ』ってポスターが張られていてビックリした事があったな。しかもそれ、カフェテリアから出た時には無くなっていたんだけど……。ひょっとしてアレ、徹夜明けの寝不足が見せた幻覚だったのだろうか?

そういやあの時の実技試験、マロウ先生が急な体調不良で休んだんだよな。代わりの試験官が優しい先生だったから、皆で手を取り合って喜んだっけ。

そんな回想をしながら、俺は早起きして掲示板へと向かった。

だが、所狭しと色々なものが張り出されていて、空いているスペースがあまりない。仕方なく隅っこの方に求人票を張る。

「これで何人かでも募集してくれたらいいんだけど……」

そう呟きながらその場を後にした俺は、昼休みにカフェテリアに向かった。そして何気なく掲示板を見て驚愕した。

「ええっ!? ちょっ……!!

見れば、求人票が無くなっていた。しかもそこには破り取られたとおぼしき跡が……!

「ど、どういう事だ!? はっ! ま、まさか、バッシュ公爵家に恨みを持った貴族家の子弟が嫌がらせを……!? それとも、エレノアお嬢様を良く思っていないご令嬢方の仕業か!?

だが、こんな事で諦めるなどと、商人の名折れ!!

俺は今まで培った魔法技術をフル活用し、求人票に防御結界を張った。ついでに剥がされないよう、自分の属性である『土』の魔力で物凄く粘着力のある物質を作り、ノリ代わりにそれを使って掲示板に貼り付けた。ふっ……。これで破り捨てられる事はあるまい。

「えええーーっ!!? ち、ちょっ!!

だが、そんな俺の努力を嘲笑うかのように、またしても求人票は持ち去られてしまっていた。

……というか、求人票が中々剥がせられなかったのか、掲示板が粉々に破壊されていたのだ。どうやら破壊して掲示板ごと持っていったらしい。そ、そこまでするか!?

当然というか、掲示板破壊について学院が調査と犯人捜しを行なったが、幸いというか俺の関与を暴くには至らず、未解決事件として迷宮入りした。……なんかやたらと早い段階での捜査打ち切りだったので、どこぞの貴族家の圧力があったのかもしれない。

その後も、張っては剥がされ、また張っては剥がされ……を繰り返した結果、遂に俺の心は折れてしまった。

俺は意気消沈しながら、父さんに今迄の事を魔導通信で説明した。

『お、おう……そうか。お前も大変だったな』

「ごめん、俺……役に立てなくて」

『気にするなジャック。お前は精一杯頑張ってくれた。……あ~……それにだな、どうやら人員確保も目途がたちそうなんだ。だからお前ももう、求人に関わる事は止めて、学業に専念するといい』

「うん、有難う父さん!」

──父さん、久し振りに『愚息』じゃなく名前を呼んでくれたな。結果は出なかったけど、頑張ったご褒美、ちゃんとあった。

そんな感じにホッコリしながら魔導通信を切り、眠りについた翌日の事だった。

「えっ!? 研究バカ……じゃなくて、ミラレス教授が退職!?

「ああ。なんでも、田舎で第二の人生を謳歌するって言って、足取り軽く去っていったとか」

「マジか……」

常日頃、「私はこの学院に骨を埋める!」と豪語していた、あの研究バカな人が田舎に引っ込む!? い、いったいなにがあったというんだ!?

そんな事を思いながら首を傾げていた俺の下に、「大変だ! ラッセル教授とディアス教授が、『私が先に辞めさせて頂く!』『抜け駆けする気か、貴様!!』と言い合いながら、取っ組み合いの喧嘩をされているぞ!!」「マロウ先生も、『辞めまーす!』って言ったとかで、学院長に首を絞められているって!」と、クラスメート達が次々と報告にきたのだ。い、いったい何事!?

後日、揉めていた先生方に聞き取り調査をした結果、「姫騎士様が我々を求めている!」と言って、なんと俺の書いた求人票が提出されたとの事だった。

なんでも、俺の求人票を真っ先に見つけたミラレス教授は、他の皆がそれを見られないよう破り取ると、光の速さでバッシュ公爵領に面接に行き、見事内定を手にしたとの事だった。

そして、それを知った同僚の教授達が俺の行動をつぶさに見張り、掲示板に求人票が張られるや破り取って面接に行っていたのだとか。ちなみに掲示板の破壊だが、マロウ先生が行ったという事が芋づる式に判明したらしい。……先生方……。なにやってんですか、あんたらは!?

そして俺は、その事実を知ったクラスメート達に、「なんで俺達に言わなかった!?」「姫騎士様と一緒にお仕事する、絶好の機会だったのに!!」と、吊し上げを食らう事となった。

しかも事の顛末てんまつを知った、今期卒業する上位十名の先輩方が一斉に内定先に辞退届を提出し、バッシュ公爵領に就職しようとする騒ぎにまで発展してしまったのである。

「ジャック君、御免。君達には先に説明しておけばよかったね」

バッシュ公爵家王都邸に呼び出された俺は、公爵様直々に謝罪された後、色々と説明を受けた。

なんでも今、高位貴族から低位貴族に至るまで、自薦他薦でバッシュ公爵領への就職希望が凄まじく、各方面に影響が出そうになっているのだそうだ。なので、『ヘローワーク』にもバッシュ公爵領関連の求人を受け付けないようにさせていたとの事。マジですか。

──……そうか……。圧力かけていたのって、公爵様本人だったのか……。

「取り敢えず、採用者はじっくり厳選して決めるから。あ、ベイシア・マロウだけは論外で!」

た、確かに……。強力な『風』属性を持っているけど、マロウ先生が同僚になったらと思うと、悪夢以外のなにものでもない! 公爵様、これからも絶対拒否の方向でお願い致します!

その後、就職希望者を精査した結果、教授陣数名と、卒業生在校生合わせて十数名のバッシュ公爵領への就職が決まった。その中には俺のクラスメート達もいたのだが、やっかみを受ける恐れがある為、その事実は卒業まで秘匿されるらしい。


後にクロス先輩……いや、オリヴァー様から聞いた話によれば、就職希望者の面談の場に学院長が紛れていて、怒りに満ちたデーヴィス王弟殿下に首根っこ引っ掴まれてお持ち帰りされたらしい。そういえば学院長って王族だったっけ。

……うん。なにはともあれ、バッシュ公爵領の未来は明るい。これからも頑張って、あわよくばお嬢様にお褒め頂けるよう精進するとしよう。