あの時の自分に言ってやりたい

──エレノア達が、迎賓館離れで初めての朝食を頂いていた時から遡る事数刻……。

バッシュ公爵家に仕える使用人達の朝は早い。

それは当然、バッシュ公爵家並びに領土の治安を守る騎士達も同様である。

エレノアがまだ夢の世界で微睡まどろんでいた時間。バッシュ公爵家本邸の中に設置された、使用人専用の広々とした食堂では、多くの使用人や朝稽古を終えた騎士達が朝食を取っていた。

朝食のメニューはビュッフェ形式で、新鮮な野菜や肉、卵や牛乳をふんだんに使用した料理がズラリと並び、それを各々が好きなだけ持っていくスタイルとなっている。

黙々と食事を取る者、気の合う仲間内でワイワイと談笑する者……と、いつもは全体的に賑やかな雰囲気なのだが、今朝の様子はいつもとだいぶ違っていた。

皆口数少なく、黙々と食事をしている。

……いや。正確に言えば、食堂のとある一角だけは、ワイワイと賑やかであったのだが。


「──って訳でぇ! 俺、お嬢様への騎士の誓い第一号になったんっすよ!」

賑やかな集団の中心にいるのは、ティルと副団長のクリストファーで、その周囲を彼等と同じ隊の騎士達が囲んでいる。当然と言うか、彼等はエレノアと直接接したティル達に強請り、昨夜の出来事を詳しく聞き出そうとしていたのである。

そんな彼らに対し、エレノアとの出来事を嬉々として語るティルに、クリストファーは呆れたような眼差しを向けた。

「ティル。お前、なに堂々と嘘ついてんの? エレノアお嬢様に騎士の誓いをしたのは、僕が先だろうが!」

「いやいやいや! 確かに副団長は俺より先だったっすけど、スマートに騎士の誓いが出来たのは俺が最初っす! お嬢様、めっちゃテンパってて……。ウププ……!! 副団長、危うく肩切られるトコだったんすよー!?

「はぁ!? なんだそれ?」

「おい、ティル! そこんとこ、もっと詳しく!!

噴き出すのを耐えるように口を押えたティルに、同じ班の団員達が興味津々とばかりに、事の顛末てんまつを聞いてくる。

その疑問に答えるべく、ティルは時折噴き出しながらも、昨夜のエレノアとクライヴのパントマイム的やり取りを、身振り手振りを交えながら説明していった。

「「「~~~!!!」」」

それを聞いた騎士達は皆、身体を震わせながら机に突っ伏し撃沈した。

その中には当然、クリストファーも含まれている。……というか、静かに聞き耳をたてていた周囲の者達も、もれなく机に突っ伏し撃沈していた。

「お……お嬢様……! なんか手間取っているなと思っていたが……!!

「ねー? まさかでしょ!? いや~! カッコよく傅いている副団長とのギャップが物凄くて。もー! あん時噴出さないように我慢するの、大変だったんっすからね!?

流石に不敬と、笑うのを必死に耐えるクリストファーは、なおもケタケタと思い出し笑いをしているティルを見ながら、『この馬鹿、後でシメよう』と、密かに決意したのだった。


「あ~も~! ほーんと、エレノアお嬢様、超可愛い!! 見た目だけじゃなくて、性格サイコー! 今日からお傍でお守りしつつ、絶対仲良くなって、常にお傍近くに侍れるようにするっす! 打倒、王都邸組っすよ!」

なおも、そんな風に心の底から楽しそうに話を続けるティルを見て、僕と他の騎士団員達は揃って目を丸くした。

一見、お気楽で人当たりが良さそうに見えるこの男だが、実は気に入らない相手や道理を弁えない者に対しては非常に辛辣で、ヘラヘラしながら容赦なく毒を吐く。しかも第三勢力同性愛者であるがゆえ、女性全般に辛辣で容赦がない。

それゆえ女の特権を上手く利用し、己の分を弁えぬ行動を取るフローレンスに対しては特に辛辣で、彼女に傾倒している騎士達に平然と、「あんたら本当に騎士? 見習いから出直した方がいいんじゃないっすか?」と毒を吐きつつ喧嘩をふっかけていたのだ。

そんな男が頬を染め、エレノアの事を手放しで褒めちぎっているのだ。これには自分達だけではなく、今迄聞き耳を立てていた周囲の騎士達や召使達も驚愕していた。

『マ……マジか……!?

『それじゃあやっぱり、エレノアお嬢様のあの愛らしさは……ガチ!?

彼等は一斉に、昨日のエレノアの天使のような愛らしい姿を思い返し、頬を染めた。誰だ!? エレノアお嬢様が野生の子猿のような方だと言っていた奴は!?

「あーあ! それにしても、お嬢様の護衛任務を「外れクジ」なんて言って笑ってた奴らや、別邸叩き出された連中、ご愁傷さまーって感じっすかねー? 今んとこ、お嬢様のお傍に近寄れるのって、クリス副団長率いる俺らの隊だけだし~?」

ティルはそう言うと、とある一角を見ながら馬鹿にしたように口角を上げた。

そこには、謹慎処分を受けている騎士団長達ほどではないにせよ、フローレンスにご執心な騎士団員達が固まっており、そんなティルの挑発めいた態度に、今にも歯軋りをしそうなほど苦々し気な表情を浮かべていた。

僕は、そんな彼らを冷めた眼差しで見つめる。

騎士団長達の暴挙に戸惑い、出だしが遅れたものの、我々に追従しようとしていた騎士達は許容範囲内だ。

だが彼等は違う。

騎士団長らのように、エレノアお嬢様に無礼を働いた訳ではないが、守ろうともしなかったのだ。それゆえ現時点において、彼らは騎士団長らと同罪である。

その事に気が付き、バッシュ公爵家の騎士として罪と真摯に向き合う姿勢を持たなければ、彼等の未来は決して明るくはないだろう。

「そーいえば副団長! エレノアお嬢様のご婚約者でいらっしゃるクライヴ様! 真面目にヤバくないっすか!? 眼福通り越して目が潰れそうな美形って、俺初めてっすよ! いや~、あれなら、筆頭婚約者でいらっしゃるオリヴァー様も、期待特大っすね!」

「……心の底から同意する。が、そこで頬染めんな。気色悪い」

「えっ!? あれ~っ!? 副団長、嫉妬っすか? 大丈夫っすよ! 俺の「押し倒したい男」ナンバーワンは、永久不滅でクリス副団長っすから!」

親指を立て、超朗らかに言い切った大馬鹿者の腹に、ブチ切れた俺の渾身の一撃が炸裂した。

◇◇◇◇◇

本日のお嬢様の予定は、領地の視察との事である。

装備を整え、ティルや他の騎士達と共に離れへと向かうと、エレノアお嬢様のご婚約者様であり、『ドラゴン殺し』の英雄と名高い、オルセン将軍の御子息であるクライヴ様が既に外に出ていた。

どうやら護衛騎士達と、今日の外出についての打ち合わせをしているようだ。

朝日を受け、キラキラと輝く銀糸が眩しい……。

「……おい。スゲェな、あれ」

「ああ。ご婚約者様、あの美形騎士軍団の中に在っても、全く見劣りしていないぞ」

後方で、部下達がクライヴ様の事を興奮気味に話し合っている。

家令のイーサンから聞いたところによれば、クライヴ様の周囲にいる者達の正体は、王家直轄の近衛騎士達だそうだ。

つまりは精鋭中の精鋭。物腰も居住まいも……そして容姿も流石というか、ずば抜けて美しい。

そんな彼らの中に在って、確かにクライヴ様はその美しさもさる事ながら、存在感も頭一つ抜きん出ている。第三勢力同性愛者である我々としては、色々な意味で一戦願いたい相手だ。

そんな事を思っていたら、こちらに気が付いたクライヴ様と近衛騎士達が目礼してくる。それに対し、こちらは全員で胸に手を当て頭を垂れた。

「あっ! クリス副団長にティル!」

そんな中。明るい声と共に、エレノアお嬢様がクライヴ様の向こう側からひょっこりと顔を出す。……いたんですか、お嬢様。小さくて見えなかった。

今日のお嬢様の装いはというと、多分ご婚約者様の色をまとっていらっしゃるのであろう。昨日の、いかにも貴族のご令嬢らしいドレス姿と違って、動き易そうな白いワンピースドレスだ。

波打つヘーゼルブロンドを彩る髪飾りは純白のレースとリボンを。ピアスなどのアクセサリー類は、やはりご婚約者様の色である、鮮やかなブルーサファイアを使用している。

決して華美ではないが、素材は全て一級品。そのうえ、エレノアお嬢様の愛らしさを十二分に引き立てるような装いだ。……なんというか……ある種の執念を感じる。

「お嬢様ー! おはよーございまーす!!

「おはよー! ティル!」

元気に手を振るティルに合わせ、エレノアお嬢様が満面の笑みで返事をしてくださる。

何の屈託もない明るい笑顔に、周囲の空気がとても明るくなったように感じる。

先程までクライヴ様に釘付けだった部下達も、そんなエレノアお嬢様に吸い寄せられるように視線を集中させ、頬を染めている。

僕も含め、この場の全員が女に興味がないはずなのに……。クライヴ様や近衛騎士達よりも何故か、この方の方に意識が向いてしまう。

──あのキラキラ輝く、宝石のような瞳に自分を映してもらえる。

それだけで、とてつもない喜びが湧いてくるようだ。

思えばこの方は、今迄見てきたどの女達とも違った。

この領内において、頂点とも言える身分であるにもかかわらず、戸惑う事なく使用人であるはずの我々に対し頭を垂れ、自分やティルが、女性全般に忌み嫌われる第三勢力同性愛者であると分かった後も、その態度を変える事はなかった。

『まさか、騎士の忠誠を女に捧げる日が来ようとはね……』

しかもそれが、以前は手の付けられないほど暴れん坊の子猿だった、エレノアお嬢様だなんて……。

子猿捕獲に奔走していたあの頃の自分に、「あれが将来、自分が忠誠を捧げる相手だぞ」って言ってやったら、絶対信じないどころか鼻で笑うんだろう。本当、人生なにが起こるか分からないものだ。

『これよりは私の騎士として、このバッシュ公爵家ならびにバッシュ公爵領を守護していってください』

『自分を守れ』ではなく、『バッシュ公爵領を守ってほしい』と願った、小さな主家の姫。

その言葉を聞いた瞬間、僕は心の底から湧き上がってくる喜びと誇りを胸に、エレノアお嬢様を唯一無二の主とする事を誓った。

「おはよう御座います。エレノアお嬢様」

ティルと話をしていたお嬢様がこちらを振り向く。

「おはよう、クリス副団長!」

満面の笑顔を眩しく見つめながら、僕もエレノアお嬢様に心からの笑顔を向けた。