◇◇◇◇◇

その後、一時間ほどして。

クライヴ兄様が身体を起こしたと同時に、オリヴァー兄様も目覚め、私の膝から離れる。

「……お前だけ膝枕かよ……」

「エレノアを抱き枕にしていたクライヴに言われたくない」

一瞬バチッと兄様方の間に火花が散ったが、次の瞬間にはいつも通りの雰囲気に戻った。どうやら互いに、阿吽の呼吸で不毛な会話を避けたようだ。

「さて……と。そろそろ正午過ぎかな? まだ牧場の方の修繕も終わっていないみたいだし、今日の修行はここまでにして休憩を取るとしようか」

オリヴァー兄様の言葉を受け、素早くクリス団長とポール達が動き出し、牧場の手伝いをしていた騎士達や牧場主さん達にその事を伝える。

「それでは僭越ながら、ここで採れた最高の食材を使い、お嬢様や皆様方にお食事を振舞いたいと思うのですが如何でしょうか?」

そう言って、牧場主さんや従業員の皆さんが、丸太で作った長テーブルに、シチューやチーズ入りのパン、バターたっぷりパンケーキなど、新鮮なミルクや乳製品を使った料理を次々と作って持ってきてくれる。

私もお返しにと、料理長が沢山作ってくれたお弁当を牧場の皆さんに振る舞う事にする。あ、勿論騎士達の分もありますよ。

というか本来であれば、騎士達は交代で休憩を取るのだが、例のオリヴァー兄様が張ったえげつない結界があるので、皆で一斉に食事を取る事となったのである。

牧場で働いている従業員の皆さんも一緒に食べるから、私を含め警護対象が一堂に介しているってのも、大きいようだ。

その結果、料理が溢れんばかりに所狭しとテーブルに並べられる事となった。

でも当然と言うか、全てが置ききれないと追加のテーブルが幾つも設置され、各々が好きな料理を好きなだけ取って食べるスタイルになってしまった。いわゆる前世のビュッフェスタイルってやつです。

「うん、美味しいね」

「だな。バッシュ公爵領の食べ物は元々美味いが、青空の下で食べる解放感がまた、美味さを引き立てるんだよな!」

そう言いながら、兄様方が完璧な所作で、料理を次々と口元に運んでいく。

騎士達も皆、お腹が空いていたのだろう。大喜びで瞬く間に料理を胃袋に収めていく。なんか見ていて清々しい気持ちになるほど、物凄くいい食べっぷりだ。

私もバターと蜂蜜たっぷりのパンケーキを口に運ぶ。……うん、凄く美味しい!!

ウマウマとパンケーキを半分ぐらい食べたところで、ふと私は気が付いた。

「あれ? ティルがいない?」

「お嬢様。奴はお嬢様から頂いたパンを食べておりますから、このまま引き続き警護をさせても問題ないと判断いたしました。というかあのようなバカ、そこらの牧草でも食ってりゃいいんですよ!」

キョロキョロとティルの姿を探していると、私の傍に控えていたクリス団長が、シチュー皿を手に冷ややかに言い放った。

おおう……。つ、つまりランチ抜き……ですか。

見ればクリス団長の言葉に呼応するように、ネッドとポールも力一杯頷いている。

そういえば二人とも職務怠慢を咎められ、クリス団長にお小言と鉄拳制裁食らっていたからな……。

チラリと遠くの方を見てみると、小さい人影(多分ティル)が何故か丸くなっていた。どうやら一人だけランチにありつけずに拗ねているようだ。

「……え~と。アリステア?」

私はクリス団長直轄の部下の中で、唯一ティル(と私)の愚行の巻き添えにならなかったアリステアの名を呼んだ。

「はっ! お嬢様、どうされましたか?」

「あの……ね。これ、ティルに持っていってくれないかな?」

そう言って、私はシチュー皿と、パンやおかずを盛り付けた皿の乗ったお盆を、おずおずと差し出した。

クリス団長も、流石に私自らの施しには何も口を出さなかったし、オリヴァー兄様とクライヴ兄様も、敢えて見て見ぬふりをしてくれているようだ。

アリステアは私からお盆を受け取ると、一礼してからティルの元へと向かった。

暫くして、小さな人影の方から、「おじょうさまー! あざ~っす!!」と微かな声が聞こえてきた。あっ! なんか元気に手を振ってる。

「なんと言うか……あのしぶとさ。一周回って、いっそ清々しいと言わざるを得ないね」

ティルのいる方向を見ながら、流石のオリヴァー兄様も半笑いしている。クライヴ兄様も呆れ顔で「あいつの魔力量、どうなってんだ?」と首を傾げていた。

そうだよね。クリス団長曰く、ティルって身体強化かけまくっているみたいなんだけど、あれって凄く魔力食うんだもん。

私も重たい剣を使う時は身体強化かけるけど、ハッキリ言って長くはもたない。ほぼ一日中クリス団長にどつかれているティルって、つまりは一日中身体強化をかけているって事なんだもんね。どんだけ魔力量あるんだって言いたくなるのも当然だ。

「んん?」

なんとなく、目の端に何か揺れているものが見えて、そちらの方に顔を向ける。すると、小さなウサミミとかネコミミとか……。つまりはケモミミがテーブルからちょこんと出ていた。しかもめっちゃピルピルしている。

ソロリと机の下を覗き込んで見れば、推定年齢二歳から八歳ぐらいのチビケモミミ……というか、獣人の子供達がいて、私と目が合った瞬間、「きゃっ!」と可愛らしい悲鳴を上げた。

『おぅふ! と、尊い!!』と叫ばなかった私を誰か褒めてほしい!

私は心の中の動揺をひた隠し、硬直してしまった子供達に向かってニッコリ笑顔を浮かべ、手招きをした。

するとチビケモっ子達は途端、パアッと顔を輝かせ、ワラワラワラと私の元へと駆け寄ってきたではないか!! はぁぁぁぁっ!! て、天使たくさんキター!!

「おじょうさまー!」「ミア姉ちゃんのいもうとのノアです!」「従弟のジュールです!」「おじょうさま、かわいいねー!」「いい匂いー!」「だっこー!」

等と口々に言いながら、私に飛び付いてくるチビケモっ子達。

親であろう獣人の皆さん、顔面蒼白になって大慌てで子供達を回収しようとするが、子供達は私にしがみ付いて離れない。そして私も離さない。

お母さん方、落ち着いて! 私は大丈夫です! というか、私からモフモフパラダイスを奪わないでください!

あっ! 推定年齢二歳の、ネコ獣人の子の喉がゴロゴロ鳴っている!! あああ……! ら、楽園はここにあった……!!

「……すみませんが、貴方がたのお子さんを暫くお貸しくださいませんか?」

オリヴァー兄様に声をかけられ、獣人の皆さん……というより奥様方が、一斉に顔を真っ赤にしながら戸惑いの表情を浮かべる。

「で、でも……」

「お嬢様のご迷惑では……?」

「大丈夫です。ほら、あの顔を見れば分かります」

そう言われ、獣人のお母様方、色々なモフモフに囲まれ、デレ切った私の顔を見るなり「ああ……」と納得してくれた。

すみません、どう見ても不審人物ですね。騎士達も兄様方も、ものっそ生暖かい眼差しで見ているような気がします。こんな女で御免なさい。でも決して不埒な真似はいたしません。だから暫しの間、天使達を私にお預けくださいませ。

そんな事を心の中で思いつつ、思い切りチビケモっ子パラダイスに浸る私は知らなかった。

極上の笑顔を浮かべながら、獣人の子供達と戯れる私の姿に撃ち抜かれ、その場のほぼ全ての者達……特に騎士達が、ウットリと見惚れていた事を。

ちなみに兄様方はというと……。

オリヴァー兄様は、「……僕にもあんな蕩けた顔を向けてくれたらねぇ……」と呟き、クライヴ兄様はというと、昨日の「こんな子が欲しいですね♡」発言を思い出し、顔を赤らめて見入っていたとの事だった。

「ん? あれ?」

ふと視線を感じて顔を上げると、ウサギ獣人のお母さんと……あれは、犬獣人……? 多分小型犬種の獣人さんだろうお母さんのスカートの影から、こちらを見ている子供達がいた。

その耳と尻尾はどう見ても……。

『狐……と、あれは……狼!?

そう。彼らの生やしている耳や尻尾は、どう見ても肉食系獣人達の持つソレであった。だが、母親達の方はというと、どう見ても草食系獣人である。

「エレノア。彼らの母親達は、肉食系獣人達に仕えていた女性達なんだよ」

オリヴァー兄様がそっと教えてくれた言葉で、私は彼等の事情を察した。

──ああ……。きっと彼らは、母親を襲った理不尽の末に生まれた子供達なのだ。

こちらに来たそうなのに、母親の元から離れないでいる彼ら。母親達も、どこか私に対して遠慮がちだ。

私は彼等と目を合わせ、ニッコリ笑って手招きをする。

すると子供達は戸惑うように、私と母親の顔を交互に見つめる。なので今度は、母親達に向かって安心させるように笑顔を向けながら頷いた。

「貴方達もいらっしゃい」

再び手招きをすると、子供達は母親達から促され、おすおずと遠慮がちにこちらに向かって歩いてくる。

すると今度は、私にじゃれついていた子供達が、彼らに怯えるような様子を見せた。そんな子供達の姿を見て、狐獣人の子と狼獣人の子が悲しそうに顔を歪める。

その姿を見て、私の胸はズキリと痛んだ。

肉食系獣人と草食系獣人との間の溝は深い。

片や絶対的な支配者。片や搾取され、蹂躙される絶対的弱者。

そんな歪な上下関係の果て、戯れに手を出され、肉食系獣人の子供を産んでしまった母親はかなり多く存在しているのだそうだ。今回の移住でも、そんな子供達の多くが移民としてアルバ王国にやってきたと父様から聞いていた。

──肉食系獣人にも、草食系獣人にもなれない半端者。

彼等はそういう立ち位置に置かれ、獣人王国では最も酷い扱いを受けていたのだという。

もし外見が草食系獣人だったなら、まだ良かったのだろう。

けれども、肉食系獣人の血を濃く継いだ容姿の子が生まれてしまえば、それは母親にとっても子供にとっても悲劇以外のなにものでもない。

草食系獣人の血を引いているという事で、肉食系獣人達には半端物の出来損ない扱いを受け、草食系獣人達には、恐怖の対象である肉食系獣人達の血が流れている事から忌避され、遠巻きにされる。

幸いというか、草食系獣人達は穏やかで優しい気性の者達が多いから、肉食系獣人達のように彼らを言葉や身体への暴力で虐げるという事はないようだ。だがそれでも、完全にコミュニティーに入れる事は稀なのだそうだ。

理不尽の果て、ただ生まれてきただけの子供に罪など無いと分かっていて、それでも心から受け入れる事が出来ない。それほどまでに、肉食系獣人達の草食系獣人への差別は酷いものだったのだろう。

私は立ち上がると、そんな彼らに近付いた。

推定年齢五歳ほどの彼等の耳は、思い切りペタリと寝てしまっていて、尻尾もフルフルと不安そうに震えている。

そんな彼らを、私は両腕でまとめてギュウッと抱き締めた。

「お、おじょうさま?」

「あ、あの……」

突然の出来事に動揺し、真っ赤になって戸惑う子供達。耳も尻尾もピーンと張って、ブワッと膨らんでいる。……可愛い。

「ようこそ、バッシュ公爵領へ! ここに来てくれて嬉しいわ。ねえ、君達ここは好き?」

戸惑うように……。だけど力強く、彼等は頷いてくれた。

「うん。ここには……恐い人達がいない……から」

「お腹いっぱい食べられるし、殴られないし、嫌な目で見られない。みんな凄く優しい……です」

「うう……っ!!

こ、こんなに小さいのに、そんな辛い目に……!? い、いかん。目から涙が出そうだ。

「そっか! じゃあこれからここで沢山遊んで学んで、楽しい思い出を一杯作ってほしいな。それに君達はこれからきっと、とても力が強くなるだろうから、その力でお母さんや力の弱い人達を沢山助けて守ってあげてね?」

「お……じょうさまは……。僕達が嫌じゃない? 僕達、お嬢様をいじめた肉食系獣人と同じでしょう?」

おずおずとそう言うなり、再びへにょりと寝てしまった耳と尻尾に溜息が出そうになる。ああ。やっぱりそういう事を言う人もいるんだな。

悲しいけど、ずっと虐げられてきた草食系獣人の中には、どう見ても肉食系獣人の外見を持つこの子達に良い感情を持てない人だって当然いるだろう。

「え? 君達、私をいじめた事があるの?」

わざとキョトンとしながら発した私の言葉に、二人が慌ててプルプルと首を横に振った。

「だよね? そりゃあ私だって、意地悪な人は嫌いだよ? だけど君達はその人達とは違うでしょう? 私の事も、誰の事もいじめたりしていないのに、なんで怖がったり嫌がったりしなければいけないの?」

「──ッ!」

「私は君達の事、大好きだよ? だから君達とも仲良くしたいって思っている。ね? 私と仲良くしてくれる?」

そう言って再度微笑むと、狼と狐の獣人の子達は、泣きそうになりながらも私に笑顔を向けてくれた。

「うん! 僕もお嬢様となかよくしたい!!

「ぼ、ぼくも……!」

「ありがとー!! 凄く嬉しいよ!!

そう言って二人に頬ずりすると、ようやく子供らしい笑顔でキャッキャと笑ってくれた。私もここぞとばかりに、ビロードのようなモッフモフを存分に堪能する。

おおっ! 肉食系獣人特有のフサフサ尻尾が、私の身体にクルンと巻き付いた!! あああっ! し、至福っ!!

「わ、私も!! なかよくする!!

「ぼ、僕も!!

「わたちもー!」

「わー! 嬉しいな!! よーし、みんなもおいでー!!

「「「「「はーいっ!!」」」」」

子供達が歓声を上げながら、私と狼と狐の獣人の子達に飛び付いてきた。少年達は戸惑いながらも、皆と一緒で嬉しそうだ。うんうん、子供は本当に素直で適応力あるよね!

これが切っ掛けになって、肉食・草食の括りを取っ払って、みんなが仲良く出来るようになれればいいな。


そんなエレノアや子供達の触れ合いを見ながら、狼と狐の獣人の少年達の母親達が涙を流し、他の草食系獣人達もどこか気まずそうにしながらも、子供達が屈託なくはしゃぐ姿に胸を打たれ、瞳を潤ましていた。

そしてそれは、エレノアに絶対の忠誠を誓った騎士達も同様で……。

「うう……っ!!

「くぅっ!! ……お、お嬢様!!

「と、尊過ぎて……涙が……!!

「我が人生、一片の悔いなし……!!

等と口にしながら、感涙に咽び泣く。

そんな光景を汗を流して見つめながら、クリスは昨日の近衛騎士達を思い出していた。

「デジャブだ……」

見れば、ポールやネッドも目元を拭っているし、ご婚約者様方も、蕩けそうな顔でエレノアお嬢様を見つめている。

──多分だが、エレノアお嬢様と接すると皆、ああなってしまうのだろう……。

なんて考えている自分だとて、不覚にも目頭が熱くなってしまっているわけで。全くもって、他人の事を言えない状態なのだが……。

『それにしても……あの子達の言っていた事とは一体……。お嬢様が肉食系獣人にいじめられただと……?』

そういえば昨日の獣人達も、「我々を救ってくださった」と言っていた。それに対するお嬢様のあの態度。

何よりも近衛騎士達が口にしていた、『姫騎士』という名。

『姫騎士』とは、アルバ王国の者なら誰でも知っている、救国の聖女の敬称だ。

『ひょっとして……。お嬢様は獣人王国との戦いに、なにかしら関与されているのかもしれない……』

そういえば朝の騒動の後、イーサンに「団長就任祝いです。特別に初回限定版を差し上げましょう」と言って、綺麗にラッピングされた本らしきものを渡された。

しかもそれを見ていた近衛騎士達が、「素晴らしい宝を賜ったな!」「子々孫々に受け継がせるべき家宝だ! 大切にするがいい」と、物凄く良い笑顔で祝福してくれたのだが……。ひょっとしてあれが、彼らの言っていた『聖典バイブル』とやらなのか?

等とクリスが考えていた、その時だった。

硬質なもの同士がぶつかり、軋むような不快な音が響き渡った。

◇◇◇◇◇

「──ッ!!

騎士達が一斉に刀や剣を抜く。

オリヴァー兄様とクライヴ兄様も、瞬時に私の元へと駆け寄ると、再び響き渡る硬質な音のする方向に厳しい目を向けた。

キィン……ガツ! ジュッ!! ガキッ!!

様々な破壊音が、段々と大きくなっていく。しかもそれは……私達の頭上から響いてくるのだ。

皆がとある一点に鋭い視線を向ける。

ソコは、空と雲が不自然にたゆんで見えている。つまりはアレこそが、オリヴァー兄様が張り巡らした結界なのだろう。

その結界に、黒い影が現れては消えを繰り返している。だが次第に、その黒い影は徐々にその場に留まり、どんどんと大きく濃くなっていった。

刀や剣を構え、上空を睨んでいた騎士達の誰かが、「なんなんだ……『アレ』は!?」と呟いた声が耳に届く。その疑問は、私も全く同じだった

──アレは一体、なんなのだろうか?

ドゴッ! ジュッ! ドゴォ!! ……ビキッ!!

空の歪んだ空間に、蜘蛛の巣状の亀裂が走った。

「──チッ! まさか、オリヴァーの結界にヒビを入れるとはな!!

私の前方に刀を構え立つクライヴ兄様が、忌々し気に舌打ちをする。

「お前ら!! 一般人をエレノアの周囲に集めろ!! ……よし、これで全員だな!? いいぞオリヴァー! 防御結界を張れ!!

クライヴ兄様の言葉と同時に、私達の周囲に魔法陣が展開する。

「来るぞ!!

バリン!! と、硬質なガラスが砕け散るような音が周囲に響き渡り、空から大きな黒い塊がボトボトと落ちてきた。

「──ッ!?

ソレを目にした私は、悲鳴を上げそうな口を咄嗟に手で覆った。

空から地面に落ちてきた黒いモノの正体……。それは、黒焦げになった魔獣達だった。

しかも炭のように炭化したものから、半分焼け焦げたようなものまで。その形状は様々だった。

彼等は、明らかにオリヴァー兄様の結界に触れ、命を落としたのだろう。……だけど何故、こんなところに、こんなにも多くの魔獣達が!?

だが、魔獣の死体に思考を割けたのはそこまでだった。

数々の鋭い咆哮が響き渡り、蜘蛛の巣状の穴の中心から、生きた魔獣達が次々と侵入してきたのだ。

まず、双頭の魔犬オルトロスが。次いで雄鶏と蛇が融合した魔獣コカトリス。二角を持つ黒馬バイコーン。猛毒を有する蛇の王バジリスク……。A級討伐対象の魔獣達が、次々と結界内に入り込んでくる。

そして。

「ワイバーン……!!

小型だが、れっきとした竜種。ワイバーンまでもが、穴からこちら側に侵入しようとしている。……が、身体の大きさが穴を上回っているせいで、丁度蓋のように嵌り、結界の放つ衝撃にもがき苦しんでいた。

そんなワイバーンは格好の的だったようで、クライヴ兄様の放った斬撃により首を落され、嵌った胴体を氷漬けにされてしまう。

そして、既に結界内に入り込んでしまった魔獣の方は、クリス団長の指揮の下、騎士達と戦闘状態となって次々と仕留められていくのが見えた。

だが、ワイバーンの穴が使えなくなったと判断したか、他の場所からも先程のような衝撃音が鳴り響き始めた。

「……どういう事だ? 結界を破壊する為に魔獣達が連携し、自分の身を犠牲にしているだなんて……。有り得ない!!

私のすぐ横にいるオリヴァー兄様から発せられた言葉に、私も愕然とする。

じゃあ、あの段々濃くなっていく黒い影は、魔獣達が突っ込んで焦げていく姿!?

──以前、グラント父様に聞いた事があった。

魔獣とは単独行動なうえ、基本的に弱肉強食で、同種であってもテリトリーを犯す者には容赦をしないし、弱い個体は捕食対象になってしまう……と。

群れる個体もいるにはいるが、それは弱い魔獣が強い魔獣から己の身を護る為に群れているだけであって、番以外、仲間意識は希薄なのだそうだ。

そして己の命を脅かしそうな相手に対しては、余程怒り狂っているか、血に酔っている時以外、戦うよりもまず最優先で逃げようとする。

だからこそ魔獣達が連携し、我が身を犠牲にして結界を破ろうとしている光景が信じられないのだ。

オリヴァー兄様が上空に向かって手を掲げる。

すると、うっすらとしか見えなかった結界が光りだし、その全貌を露わにする。

太陽光を反射し、キラキラと光る膜がドーム状に広大な牧場全体を覆っているのが目視で分かった。

それと同時に、結界に突っ込んできた魔獣達が、瞬時に灰へと変わっていく姿も。……多分これ、オリヴァー兄様が結界を強化したのだろう。

ここで私は、ある疑問を兄様に尋ねてみた。

「オリヴァー兄様。結界って透明なのに、なんで今まで魔獣の姿が見えなかったのですか?」

「僕が君の目に、汚物を映させるわけないだろう?」

……えっと……。

つまり、結界が反応した悪意あるものは、可視化されないって事ですか? で、気付かない内に敵は黒焦げていると。

……うわぁい!

それって、『お子様には見せちゃダメ!』的な、モザイク機能ですね!? ……うん。攻撃力といい、本当にあの結界、えげつないなんてもんじゃないな!

オリヴァー兄様の私に対する、凄まじいまでの愛情(?)に慄いているその間にも、クライヴ兄様と騎士達は連携して次々と魔獣を倒していく。

見ればいつの間にやら、ティルがクリス団長の傍で戦っていた。多分だが、身体強化で駆け付けたに違いない。

うん。身体強化の正しい使い道、初めて目にした気がするよ。

クライヴ兄様の流れるような剣技。それに負け劣らぬほどの、繊細かつ豪胆なクリス団長とティルの剣技が、魔獣達を次々と仕留めていく。

しかもクリス団長とティル、心なし楽しそうに見えるんだけど……。それって私の気の所為だろうか。

勿論、他の騎士達も見事な連携で魔獣達を切り倒していき、着実にその数を減らしていく。そのお陰で、既に魔獣達は数えるほどしか残ってはいない。

だが外側から結界に体当たりし、焼け焦げていく魔獣の数は一向に減らない。

しかも、焼け焦げた魔獣達の身体が折り重なっていき、その後からぶつかってくる魔獣達への身体の負担を確実に減らしていく。

「……この異常事態。魔獣使いビーストマスターなら、あるいは……」

魔獣使いビーストマスター?』

オリヴァー兄様がボソリと呟いた、聞き慣れない言葉に首を傾げる。それって一体?

「総員、後退!! 速やかに下がれー!!

突如、クリス団長の鋭い檄が飛び、騎士達が一斉にその場から後方へと飛んだ。

すると、先程までと比較にならないほどに大きな『なにか』が結界にぶつかり、結界がバチバチと火花を散らしながら大きくたゆむ。

「各員! 自分自身に最大級の防御結界を張れ! 身体強化もだ! ……くるぞ!!

なにが……? と思う間もなく、バリバリと音を立てながら結界が砕ける。

それと同時に、シャーという不快な威嚇音が周囲に響き渡り、巨大な『ソレ』が姿を現した。

『ソレ』を目にした牧場の従業員達が悲鳴をあげ、子供達が泣き叫ぶ

「あれは……! 馬鹿な!?

オリヴァー兄様が、驚愕の表情を向けた先に現れたもの。

それは、小山のように大きなトカゲの身体に九つの大蛇の頭部を持つ、討伐対象S級ランクの魔獣、『九頭大蛇ヒュドラ』だったのだ。