いよいよ修行開始です!

「さて。それじゃあ修行を始めようか?」

「は……はひ……」

頬ずりしたりキスしたりと、爽やかな青空の下。散々スキンシップを堪能し、満足されたオリヴァー兄様が私を地面に下ろすと、にこやかに修行開始を宣言した。

しかもいつの間にか、修行スペースまで移動していましたよ私達。

あれか? 私がオリヴァー兄様の仕打ち(愛情)に翻弄されている間に、クライヴ兄様と護衛騎士達と共に、ゾロゾロと場所移動が行われていた……と。そういう事なんですか!?

オリヴァー兄様! 己の欲望とお仕事を同時進行しているなんて流石です! ……が、牧場内の皆さんに野外羞恥プレイをご披露して回っていたって事ですよね!?

生暖かい視線をあちらこちらから感じるのはつまり、「このバカップルが」って目で見られているって事ですよね!?

うわぁぁぁぁぁぁぁ……!! 今なら羞恥で死ねる!

私は目をクルクル回したまま、叫び出したい衝動をそのまま、目の前に広がる牧草地予定の広大な広場に向かって、「えいや!」とぶつけた。今回咲かせるのは、ぺんぺんではなくアレだ!!

すると、耕した後の土だけだった広場に、シロツメグサの花畑が私を中心に広がっていく。

「「「「「おおおおっ!!」」」」」

その光景を間近で見たバッシュ公爵家の騎士達が、歓声と共に惜しみない拍手を送ってくれた。

その中に小さく、「お嬢様ー! すげー!!」と聞こえてきたのだが……。あ、やっぱティルだ。

でもなんか凄く遠くに配置されているんだけど? ひょっとしてこれって、オリヴァー兄様対策ってやつなのかな?

ところで、なんでシロツメクサなのかというと、実はバッシュ公爵領に行く前の最終打ち合わせで、「雑草しか生やす事が出来ないのなら、それを逆手にとってみてはどうか?」との意見が出されたのだ。

つまり、薔薇だの百合だのは咲かせる事が出来なくても、雑草の中でも華やかな花の咲く品種を厳選して咲かせてみればいいじゃないか。そうすれば雑草でも華やかに見える。……という訳なのである。

実際、こうして地面いっぱいにシロツメグサを咲かせてみると、想像以上に華やかで綺麗だ。

確かこういう、野草や野花で作った庭園の事を、前世では『メドウガーデン』って言うんだっけ。

そういえば前世のお祖父ちゃん、庭の草むしりサボりまくって雑草だらけにした挙句、「実はワシ、超自然派庭園? え~と、メノウガーデンっちゅうもんを作ろうと思って!」と言い張って、お祖母ちゃんにぶっ飛ばされていたな。

お祖父ちゃん、なんでも横文字にすればいいってもんじゃないよ? それに「メノウ」じゃなくて「メドウ」だからね。二重に残念だったね。

──閑話休題。

庭師達にとっては憎き天敵雑草であっても、農業地帯のバッシュ公爵領では、花農家さん以外にガーデニングをしている人ってあまりいないし、こういう野花の方が馴染み深いから、たとえ咲かせたのが雑草であっても、「花」として認識して喜んでくれるのが凄く嬉しい。

しかも、私が野花しか生やせられないっていう真実も、バッシュ公爵領では全然知られていないしね。

あっ! よく見たら、従業員の皆さんや獣人の皆さん方も、キラキラ笑顔で拍手してくれている! ありがとう! 皆さん、本当にありがとう!! 野花の聖女(予定)頑張りました!

「雑草とはいえ、これだけ群生していると存在感あるな」

感心した様子のクライヴ兄様と、満足そうに頷かれているオリヴァー兄様の姿に、ちょっぴり鼻が高くなってしまう。ふふ……。順調順調!

「エレノア! 次はカタバミとかスミレとかポピーとか咲かせてみて!」

少し離れた場所からオリヴァー兄様に指示され、私は「はいっ!」と元気に返事をしてから意識を集中させる。

えーと……スミレ、ポピー、カタバミ……って、スミレは分かるけど、ポピーとかカタバミってよく分からないなー……。と、とにかくなんか花!

私は目を閉じ、懐かしい田舎の土手を思い出す。……だがそれが良くなかった。

──ポン!

んん? なんか不吉な効果音が……?

──ポポポポン!

「エレノアー! 違う違う!! タンポポは駄目! それと、いつものアレも咲きまくってる!! ストップー!!

「えっ!? ああっ!!

目を開けて見ると、シロツメグサのお花畑を侵食する勢いで、黄色い悪魔タンポポ白い悪魔ぺんぺん草がっ!!

「兄様ー! ポピーとカタバミが分かりませんっ!!

「お前ー!! あんだけ、野草の図鑑見て復習しとけって言っておいただろうがー!!

正直に分からない事を自白したら、すかさずクライヴ兄様の怒声が飛んだ。

だ、だってだって! 馬車の中で再確認しようと思っていたら、いきなりオリヴァー兄様来ちゃったから、復習出来なかったんだもん! しかも色々脳内飛んじゃったし!!

「えーと! それじゃあスミレだけに集中!!

オリヴァー兄様の言葉に従い、スミレを必死に想像すると、黄色と白の間に紫色が混じり出した。

「いいよエレノア! それじゃあ次は……サクラソウ!」

「サ、サクラソウ!?

私がそう口にした瞬間、オリヴァー兄様は全てを察した。

「エレノア! 知らなければパスして!! スミレに集中!! 黄色と白が増えてきてる!!

ああっ! 本当だ! お、おのれタンポポ! そしてぺんぺん! お前らはお呼びではないんだ!! ってか、想像してもいないのに、勝手に出てくるんじゃない!!

「じゃあ次は……」

──……なんて事を繰り返していたら、最終的に黄色と白が幅をきかせているお花畑が爆誕した。

「エレノアお嬢様!! 凄いです!!

「流石はエレノアお嬢様!!

「バッシュ公爵家直系の力を拝見できて光栄です!!

当座の魔力を使い果たし、野花に埋もれるように大の字でゼイゼイ言っている私の傍で、バッシュ公爵家の騎士達が、興奮気味に次々と賛辞を述べにきてくれる。

「………ドモ……」

そんな彼らに、気力をふりしぼってお礼を言う。

ちなみに今回、修行に付いてくる予定だった近衛騎士さん達やウィルの替わりに、急遽クリス団長が指名した十数名もの騎士達が、追加でここに来ている。

勿論、クリス団長直属の騎士であるティル達がメインで私の護衛をするので、他の騎士達の任務はこの牧場内外の警備だ。

その為、彼等は牧場全体に散って周囲の警戒に当たっている。……が、やはり皆、私の修行に興味津々な為、気が付けば近くを交代でウロウロしており、見付かり次第クリス団長に怒られていた。

それでもこうしてめげずにやってくるあたり、流石は騎士。タフである。

「エレノア、お疲れ様。……まあ、成功率は半分……以下ってところかな?」

クスクス笑いながら、私の横に腰を下ろしたオリヴァー兄様に頭を撫でられる。反対側にはクライヴ兄様が腰を下ろし、サクラソウを咲かせようとして、何故か一本だけ咲かせたミニヒマワリを千切って私の髪に差してくれた。

「うん、似合うぞ」

「……アリガトウゴザイマス……」

私のカタコト言葉に、兄様方が汗を流す。

「……相当キてるな……」

「……うん。今日の修行はこれぐらいに……」

なんて事を兄様方が話し合っていた矢先、クリス団長や他の騎士達の怒声と悲鳴が響き渡る。そして何故か地響きも。

「ク。クライヴ様ー!! オリヴァー様ー!! お嬢様を連れて、お逃げくださいっ!!

「──ッ!!

「なんだ!?

すると、目にも止まらぬ速さで、オリヴァー兄様が私を腕に抱き締める。クライヴ兄様も私達を守るように刀の柄に手をかけ、振り返った。

だが睨み据えたその先にいたのは、敵ではなかった。

「──は!?

「え? ちょっ……!?

思わずといったように、兄様方が目を丸くしてその光景を見つめる。

なんと、地響きと土煙をたてながらこちらに向かっているのは、羊・牛・馬等の大群だった。

彼等は次々と柵を飛び越え、または破壊しながら、真っすぐこちらを目指して爆走してくる。

流石の騎士達も、牧場で大切に飼われている家畜達を撃退する訳にもいかず、その勢いに負けて次々突き飛ばされたり転がされたりしている。

兄様方も瞬時に臨戦態勢を解き、逃げの一手に打って出た。そんな私達をクリス団長とティルが安全な場所へと誘導する。

──ってティル!? あんた物凄い端っこの方にいたのに、いつの間にここに!? ……え? 丁度いいから荒ぶる牛の背中に乗ってきた? ……うん。なんかもう、どこをどうツッコんでいいのか分からない。

そんな私達には目もくれず、羊や牛達は私の作ったお花畑に一斉に群がると、「モー」「ヒヒィーン」「メー」「メー」「ウメー(幻聴?)」と鳴きながら、物凄い勢いでがっつきだした。

そして野花の大地は、荒ぶる野獣と化した彼等によって瞬く間に食い尽くされ、後には元通りのハゲ地のみが広がるだけとなったのであった。

牧場主さんや従業員の皆さんに誘導され、家畜達が満足気にゾロゾロと帰っていった後には、禿げた大地と破壊され尽くした柵が残されていた訳で……。

結果、牧場の従業員さん達総出で、破壊された柵の修理に追われる事となったのである。

私の撒いた種(咲かせた雑草)のせいで……。ううう……み、皆さん。本当に御免なさい!

そんな恐縮しきりな私の気持ちをおもんばかってくれたのか、バッシュ公爵家の騎士達がその後片づけと柵の修理を手伝ってくれる事となった。

勿論私の護衛をしながらなので、その範囲内でですが……。

まあ、私にはクライヴ兄様とオリヴァー兄様がいるから、そこまで護衛は必要じゃない。だから、大変な所は積極的に手伝ってあげてほしいって伝えておいたんだよね。

……だが。

「こちらもお運びいたしましょう」

「あ……。あ、有難う御座います!」

「家畜の餌やりですか? では、飼料運びは私にお任せください」

「え? あ、あの……っ! そんな……!」

「ついでですから、廃材となった柵はまとめて薪にしておきましょう」

「えっ! き、騎士様のお手を煩わせるような……ああっ! 剣で一瞬にして薪に……!?

……等と、騎士服でビシッと決めたイケメン軍団が、爽やかに軽やかに手伝いをしてくれている様子に、従業員の方々よりむしろ、アルバ王国の顔面偏差値にまだ慣れていないであろう獣人女子の皆さんが頬を染め、ケモミミをピルピルさせながら色めき立っている。

うん。うちの国の男性達凄いでしょ。

彼等のそのキラキラしさは、己の種を後世に残さんとする遺伝子達が、涙ぐましい努力の末に己を高めあげた結果なんですよ。だから筋金入りなんです。私もエレノアとして覚醒した直後は、もう本当に大変で……。あ、今も大変ですけど。

……なんて思いながら、自分に被害が及ばぬのを良い事に、オリヴァー兄様に抱き抱えられたまま、のほほんとその光景を見学していた私なのだが……。ふと、ある事実に気が付いた。

「……クライヴ兄様。獣人女性の皆さん、明らかにロックオンされていますよね?」

私達の横にいたクライヴ兄様に尋ねると、兄様は同意するように頷いた。

「ああ。見てみろ、奴らの目を。あれは狙った獲物は逃がさないっていう捕食者のそれだ」

そう。アルバの男性って、女性に対して徹底的に紳士なレディーファースター達なんだけど、その実態は草食獣の皮を被った肉食獣なんだよね。

そんな彼らがフリーで……。おまけに初心で可愛いケモミミ女子をロックオンしないはずがない。

ああほら、そこのポーッと頬を染めているウサミミのお嬢さん。爽やかスマイルに油断しちゃ駄目! 一息に食われますよー?

……ん? 牧場の男性従業員の皆さんが、さりげなくケモミミ女子達をガードしたり、別の場所に誘導しようとしたりして、騎士さん達と笑顔で揉めている。

……そうですか。戦いのゴングは既に鳴っていたのですね。

「まあ、これで彼らが上手い具合に伴侶を得られれば、領内の人口が増える。人口増加は領内の発展に直結するから喜ばしい事だ。まさに一挙両得ってやつだね」

しかもトップシークレットだけど、獣人さんとのハーフって、能力が滅茶苦茶高いって話だしね。

「ああ。この状況って、考えようによってはまさに災い転じて福となるってやつだな! お前のやらかしも、たまには役に立つなエレノア」

「…………」

──なんか複雑。

まあでも、バッシュ公爵家の騎士さん達や、領民の皆さんに春が訪れるのは純粋に良かったと思う。それにこのままいけば、数年後にはチビケモミミのベビーラッシュがやってくるのかもしれない。

って事は、バッシュ公爵領はいずれモフモフパラダイスに!? や、やっぱこっちに居を移そうかな……。

「エレノア。今は駄目だからね?」

「……はい」

くっ! また考えている事が読まれた! いつも思うけど、なんでなんだろうなぁ?

……え? 目は口ほどにものを言う? というより顔に出ている? そ、そんな事ない……と思うよ!? 私だって日々成長しているはずだもん! って、兄様方! なんでそこで目を逸らすんですか!? 言いたい事があるなら口に出してくださ……いえ、出さなくていいです。

私は騎士さん達と、男性従業員達とがにこやかに火花を散らしている姿を見つつ、「可愛いチビケモっ子をどうぞお恵みください」と、心の中で彼らにエールを送った。

その後。

私と兄様方とで、牧場が見渡せる丘の上。大きな椎の木の木陰で休憩を取る事にした。

その際、料理長が「途中休憩のおやつに」と渡してくれたバスケットの中のフルーツサンドを、牧場の従業員達が差し入れてくれた冷たいミルクと共に頂く。

魔力枯渇寸前まで大盤振る舞いした身体に、生クリームの甘味とフルーツの甘酸っぱさが染み渡るなぁ……。ミルクも甘くて濃厚で美味い!

「ちょっといいかな? クライヴ」

突然、オリヴァー兄様がクライヴ兄様へと声をかける。クライヴ兄様も少しだけ眉を顰めている。ま、まさかオリヴァー兄様! 「校舎の裏にこい!」的なアレですか!?

「……エレノア、違うから。本当にクライヴと話したい事があるんだよ」

また的確に私の心中を察したオリヴァー兄様に、苦笑気味にそう言われてしまう。どうやら私の不安な気持ちが、またしても顔に出てしまったようだ。

「すぐ戻るよ」

オリヴァー兄様は、周囲で警護をしている騎士達に視線をやると、騎士達も了承したように胸に手を当て、礼を取った。

それを確認した後、オリヴァー兄様とクライヴ兄様は、少し離れた場所へと移動していったのだった。

◆◆◆◆◆

「で? なんの話だオリヴァー。言っとくが、添い寝はあいつから言い出した事だし、実際本気で添い寝しただけで、やましい事はなにも……(まあ、ちょっとはあったが)」

「うん。それはもう報告を受けていたから知っている」

「……知ってんのかよ……」

クライヴはガックリと脱力した後、呆れた眼差しを弟へと向けた。

──この様子を見るにこいつ、クロス伯爵家の影を付けてたな……。

どうりで、色々な気配がひしめき合っていたはずだ。とするとあの中に、バッシュ公爵様直轄の影もいたのだろう。

そう思っていた矢先、オリヴァーが術式を展開した。

「おい? これは……音声遮断の結界か? ……お前、そこまで……」

エレノアに聞かせたくない、どんな罵詈雑言を言う気だ!? と身構えたクライヴに、オリヴァーは肩を竦めた。

「僕が君に伝えたい事は、添い寝についてじゃないよ。……いや、本当は色々言いたいし聞きたいけど、本題はこちらだ。……エレノアに毒虫が接触してくるかもしれない。しかも、帝国産の厄介なのが」

「帝国……だと!?

クライヴが瞬時に顔を強張らせた。

『帝国』とは、この西の大陸において、アルバ王国と同規模の国土と国力を誇る、好戦的な軍事大国だ。

過去においては国力がほぼ拮抗していた事もあり、周辺諸国を巻き込み、なにかと粉をかけてきたものだが、アルバ王国側に強大な力を持った王族が多く生まれ続け、なおかつ国民一人一人における魔力量にも差がつき始めた為、徐々に手を出される事が減ってきた……と聞かされている。

極めつけに、『ドラゴン殺しの英雄』たるグラントと、天災級の魔導師たるメルヴィルが現れた事により、ここ数十年、帝国は目立った動きを全く見せていなかった。

かくいう自分達の世代などは、帝国とは国交もない事から、かの国の事は全て「噂」程度にしか知らない者が殆どだろう。

だが、帝国はアルバ王国同様他国に比べ、魔力の高い者が非常に多いとされている。一説によれば、太古に滅んだとされている魔族の血が流れているとも言われているのだ。

その為、もし彼の国が本気で事を起こそうとすれば、アルバ王国といえど無傷では済まないだろうとも言われている。

「……クライヴ。僕と話している間は、なるべくいがみ合っているような態度でいてくれ。僕もそうするから」

一瞬眉を顰めたクライヴだったが、即座に指示された通り、憮然とした表情を作り、オリヴァーを睨みつける。

オリヴァーも、冷ややかな表情をクライヴへと向けながら、その帝国が己の国を繁栄させる為に長年行ってきたとされる『ある事』を話して聞かせた。

「は!? 『異世界人召喚』だと!?

「ああ。最近断定されたみたいなんだが……。どうやら世界的に、女性の数が激減した頃から行なっていたらしい。無論、秘密裏にね」

「……信じられねぇ……! そもそも、『転生』と『転移』で異世界に渡る者達はいるが、それは稀に起こる自然現象であって、人為的に『召喚』するなんて事、普通は出来ないはずじゃないのか!?

「うん。だが帝国は、その不可能を可能にする技術を持ち合わせていたんだろう。そして人口が少なくなるたび、異世界人召喚を繰り返し、女性達と……ついでに、異世界の知識や召喚者の魔力を糧に、大国となって栄えた……」

「まさか……。あの国がそんな非道な事を、長年行なっていただなんて……!」

クライヴは、オリヴァーから聞かされた話の内容に絶句する。

自分達の繁栄の為に、なんの罪も無い女性達が異世界から召喚され続けていた。しかも消耗品のように、次から次へと……。

突然、自分の生まれ育った世界から引き離され、異世界である帝国に呼び出された挙句、国の繁栄の為にと犠牲にされた女性達の悲しみや苦しみ。それを想像するだけで胸が痛む。

「……だがここ数十年の間、帝国の人口減少が進んでいるらしいから、以前よりも頻繁に異世界人召喚を行なっていないのではないか……というのが、王家の見解だ。でも問題はそれだけじゃない」

「オリヴァー?」

突然、更に厳しい表情になったオリヴァーに、クライヴが眉を顰めた。これ以上、なにがあるというのだろうか?

「……これも最近分かった事なんだけど、帝国以外の国で保護されていた『転生者』や『転移者』が、次々と姿を消しているらしいんだ。……しかも女性限定でね」

そこでクライヴは、オリヴァーの言いたかった事を理解した。

「……帝国が絡んでいる……という事か? そして、エレノアも狙われるかもしれないと……」

「確証はないらしいんだ。そもそも『転生者』も『転移者』も、どの国も喉から手が出るほど欲しい存在だから、帝国以外の国が関与している可能性も否定出来ない。だけど女性限定で……となると、やはり帝国の関与を疑わざるを得ない」

それらを総合し、もしかすると帝国は異世界人召喚を行なえなくなった結果、他の国の『転生者』や『転移者』を攫っているのではないか……という結論になったのだという。

幸い、エレノアの前に『転移者』としてアルバ王国にやってきた聖女アリアは、『転生者』と『転移者』を厳重に保護する仕組みに加え、当代の国王陛下や王弟達の独占欲により、その身が『転移者』である事を徹底的に秘匿された。

それに万が一、彼女が『転移者』である事がバレたとしても、すでに彼女は『聖女』であり『公妃』という、アルバ王国の国母である。

彼女に手を出せば、アルバ王国そのものが帝国に牙を剥く。だから当面、アリアに危険が及ぶ事は限りなく低いだろう。

対してエレノアは、転生者である事は今のところ、ごく限定された者しか知らない。だが、その身分はあくまで『公爵令嬢』であり、王族とも正式に婚姻関係を結んではいない状態だ。

だからこそ王家は、エレノアに『聖女』認定を行い、更に王家直系達と縁を結ばせようとしたのだ。……全てはエレノアを守る為に。

「クライヴとエレノアの添い寝の話で、頭に血が上ったのは本当だけど、帝国の話を聞いて、一刻も早くエレノアの傍に行きたかったんだ。……多分だけど、ディラン殿下もそうだったんじゃないかな」

「あの方はアシュルや他の連中と違って、堅苦しい取り決めや手続きなんてすっ飛ばして、本能で行動するからな」

アシュルは今頃胃を痛めているだろうが、ある意味動けない自分の代わりに、弟であるディラン殿下が動いてくれてホッとしてもいるのだろう。

「国王陛下方もそれを分かっていたから、本気で止めようとしなかったんだと思うよ? ……まあ、途中でそういった諸々を抜きで、馬車勝負に熱中していたっぽいけど」

「結果、聖女様とリアム殿下がああなったからな。影の総帥がブチ切れんのも仕方がないか」

クライヴの言葉に苦笑するオリヴァーは、次の瞬間暗い顔で溜息をついた。

「それにしても、僕も公爵様も……恐らくイーサンでさえも、『転生者』の知識を甘く見ていたんだ。昨日の視察の内容を聞いて驚いたよ。まさかあれほどの知識と発想力を『転生者』が有しているとは思ってもみなかった。尤もそれだけ、エレノア自身が特別だったという事なのかもしれないけどね」

「ああ。それは俺も思った。特にあの『フリーズドライ』って製法で、苺をスナックにした時は度肝を抜かれたぜ」

そもそも『転生者』も『転移者』も、百年に一度顕れるかどうか……とされるほどに希少な存在だし、歴代に顕れた者達が成した事が、生活や経済に大きな変革を与えたとされる事実もあまりなかったはずだ。

当代の『転移者』であるアリアも、希少な『光』の魔力を有してはいたが、自らの知識として行なった事といえば、王宮にワショクをもたらしたり、地域の医療体制を整えたりする程度だった。

──だから王家も油断してしまった。

「うん。しかも知識を披露した場所が、また不味かった。不特定多数の者達が多く集うあの場所では、帝国の関係者もいたかもしれない。そしてその者達が、エレノアの語った知識が転生者のものである事を悟ったとしたら……」

「……笑えねぇ話だな……」

だが、ここでいきなりエレノアの警備を厳重にする訳にはいかない。

それは結果的に、帝国の疑念を確信に変える切っ掛けになってしまう恐れがあるからだ。

『成程な……』

だからこそオリヴァーは、『嫉妬のあまり、なりふり構わず駆け付けた婚約者』として、バッシュ公爵領に駆け付けたのだ(まあ、実際嫉妬もあったのだろうが)。

オリヴァーの嫉妬深さとエレノアへの溺愛は周知の事実だから、なんら怪しまれる事もない。

ディランにもその思惑があったかどうかは分からない。……いや、十中八九闘争本能を刺激されただけであろうが、結果的に王族もエレノアを守る矛と盾として、バッシュ公爵領入りする事が出来た。

我が弟ながら、自分の悪評までをも利用するこの頭の回転の早さには、心の底から感嘆してしまう。

「クライヴ……。僕は誰であろうとも、理不尽にエレノアを奪おうとする者に対して、絶対に容赦しない!」

「……ああ。俺も同意見だ」

まるで、互いに威嚇し合っているようにそう言い合いながら、エレノアの方に目をやる。するとエレノアは、騎士服を着た男と一緒に、なにやら楽しそうにお喋りをしていた。

「クライヴ。あの男は?」

「ああ。あいつはティルロード・バグマンって言って、クリストファー・ヒル団長の腹心だ。なんかエレノアに懐いちまってな。あ、それとあいつ、第三勢力同性愛者だから、そう言った意味で危険はねぇぞ?」

「ふぅん……」

その直後、背後からの気配に振り向く。

するとそこには、騎士団長のクリスが地面に片膝を突き、頭を垂れていた。

オリヴァーが瞬時に音声遮断の術式を解く。

「あの……。オリヴァー様。うちの部下がお嬢様に馴れ馴れしくしてしまい、誠に申し訳ありません。奴には後で私からきつく申し付けておきますので、なにとぞ罰は最小限にしていただけたらと……」

──……なんか、物凄く緊張している。

クライヴはクリスの態度を見ながら冷や汗を流した。

まあ、昨日自分が言った脅し文句に加え、オリヴァーがバッシュ公爵領に来てからの、これまでの行動や言動を見るに、緊張しない方がおかしい。

ひょっとしたら、愛する婚約者に不埒を働いたと、ティルがオリヴァーによって消し炭にされるかもしれないと危惧しての謝罪なのだろうか……。

「ヒル団長、顔を上げてくれ。……僕はエレノアをあんな風に笑顔にしてくれる者を、どうこうする趣味はない。だから安心してほしい」

「は……」

遠慮がちに顔を上げたクリスは、オリヴァーの表情を見るなり絶句した。

エレノアを見つめ、柔らかく微笑むその絶世の美貌は慈愛に満ち溢れ……不覚にもクリスの頬が赤くなってしまう。

「僕は、あの子の笑顔を守っていきたいだけなんだ」

オリヴァーの呟きに、クライヴとクリスもエレノアの方に目をやる。

すると、大切な少女の屈託のない笑顔が目に飛び込んできて、思わず口元が綻んだ。

「ああ。守っていこうな、俺達の手で」

「はい。私を含めた騎士団員達も、バッシュ公爵領に住まう者達も、皆気持ちは同じです」

新たなる決意を胸に刻んだ彼らの頬を、緑薫る風が優しく吹き抜けていった。

◇◇◇◇◇

オリヴァー達が帝国の脅威を話し合い、後にクリスと共に新たなる誓いを胸に刻むちょっと前。

当のエレノアはというと、最初はオリヴァーやクライヴ達をハラハラしながら見ていたのだが、彼等と長年共に過ごした勘が、『あ、兄様方大丈夫そうだ』と告げた為、安心しておやつ代わりのフルーツサンドをモグモグ食べ、騎士ウォッチングに勤しんでいた。


「う~ん……。成程!」

え? 何をそんなに熱心に見ているのかって?

そりゃあ今目の前で、茶色い垂れ耳のウサギ獣人の少年と楽しそうに談笑しながら、牧草の刈り取りを手伝っているアリステアの姿に決まっていますって!

ちなみにネッドとポールはというと、私の周辺警護をしている為、手伝いには参加していない。

『うむむ……。どちらかというと寡黙で、表情があまり崩れないアリステアのあの満面の笑み……。こ、これは……。こちらもひょっとして、恋の予感……!?

「おーじょう様っ! なーに真剣に見ているんっすか?」

「ぴゃっ!」

気配も無くいきなり声をかけられ、思わずその場でぴょんと飛び跳ねてしまう。

「テ、ティル!? ビックリしたー!」

そんな私を面白そうに見下ろすティルは、次いで膝の上のサンドイッチに視線を移した。……なんか物欲しそうにしている様子を見るに、どうやらお腹が空いているようだ。

「えっと……フルーツサンド食べる?」

「あざっす!」

嬉しそうにお礼を言いながら、フルーツサンドを受け取ったティルは、何故かそのままストンと私の真横に座りこんだ。あれ? ティル護衛だよね?

「あ、俺今休憩なんで!」

そんな風に、超良い笑顔で言い切られたんだけど……。えっと、本当かな?

チラリと、遠巻きにこちらを見ているネッドとポールに視線を向けてみると、ネッドはしかめっ面で首を横に振り、ポールは「ないない」と言ったように、呆れ顔で手を左右に振った。そうかー、つまりはサボりですか。

「で? 何を見ていたんっすか?」

同じ質問を繰り返される。あ、そこまだ聞くんだ。

「う、うん。アリステアが獣人の男の子と仲良くしているなぁって」

「あー、アリステアね! あいつ可愛い系が好みなんすよ! ウサギの耳持った可愛い男の子なんて、そりゃー好みどストライクっしょ!」

ふぉぉぉっ!! や、やっぱりそうだったんだ! ってかアリステアさん、リバ改めタチ決定!!

「……お嬢様。ひょっとして、そういう話にご興味が……?」

思わずギクリと肩が跳ねてしまった。さ、流石はティル。直球で言い当てられるとは。

えっと……。ここは、「そんな訳ないじゃないですかー!」とでも言って誤魔化すか!? ……うん。無理だな。この全てを確信したような曇りなきまなこ。誤魔化しても、「まったまた~!」って言われるに決まっている。

だったらここは、いい機会だと開き直って、前々から気になっていた事を聞くしかないだろう。

「……あの……。ティルってさ、クリス団長の事好き……だよね?」

するとティルは思いっきり目を丸くし、きょとんとしながら首を傾げた。

「え? なんすかそれ?」

「え? 違うの!? ……あ! じ、じゃあオリヴァー兄様の事も気に入っていたみたいだし(組み敷いてなんとか~って言っていたような気がしたし)、ひょっとしてキレイ系な人だったら誰でもタイプとか!? あ、で、でもオリヴァー兄様は駄目だからね!? 兄様に手を出したら、いくらティルでも怒るからね!?

するとティルが口の端を吊り上げ、ニヤリと笑った。おおっ! ちょいワル顔!

「ふっ……。お嬢様、浅いっすね。俺の性癖はもっとこう……深いんっすよ」

「ええっ!?

──そ、そこのトコ、もっと詳しく!!

私にキラキラしい眼差しを向けられ、ティルもなにげにノリノリになったようだ。

「ふっふっふ……。お嬢様も好きっすねぇ。それじゃあ、ちょーっと詳しく話しちゃおっかな~?」

「ど、どうぞ!!

ヤバイ! こんなところで、マジもんの腐トークが出来るとは思わなかった! あああ……! 沼が……沼が滾る!!

「まず第一に、俺の好みは確かに綺麗系ですが、ただ綺麗なだけじゃ燃えないんっすよ」

「つ、つまり!?

ゴクリ……と喉が鳴る。

「絶対的強者を組み敷かせ、鳴かせる事こそ至高! クリス団長なんか、その点で言えば完璧っすね! あのすました美貌が、屈辱とそれ以上のなにかに染まって歪む顔なんかを想像したら、もうたまらないっつーか!」

「うわぁ! 不毛♡」

おおっ! た、確かに深い! そして歪んでいる!!

ヤバイ! こんなBとLの生の声が聞ける日が来るなんて! か、顔のにやけが止まらない! 前世のお腐れ仲間達よ! 私は沼の深淵しんえんに一歩近づきました!!

「ふっ……。山は高ければ高いほど、登り切った時の達成感は堪えられないものが……」

ドガッ!!

……あれ? ティルがいきなり目の前から消えた……?

ゴンッ!!

「うきゃっ!!

突然、脳天に衝撃が走った。あまりの痛さに目の前に星が見える。

「……エレノア……」

頭を押さえ、蹲っていた私の耳に、地を這うような声が……。

恐る恐る顔を上げてみると、そこには顔半分に影を落とし、アルカイックスマイルを浮かべたオリヴァー兄様が!

ええっ!? オリヴァー兄様が、まさかの鉄拳制裁!? ああっ! クライヴ兄様の表情も氷点下です! 氷結です!!

しかもその横には、クリス団長が悪鬼のような顔で肩を怒らせている。……って、五十メートルほど先に倒れ伏しているティルの姿が!! ひょっとしなくても、クリス団長にぶっ飛ばされましたね!?

「……オリヴァー様。暫しお嬢様の御前で、お見苦しいものをお見せする事となりそうです……」

「うん、大丈夫。僕もエレノアとみっちり話し合いたい事が出来たから。気にしないで、遠慮なくやっておいで」

「感謝いたします」

オ。オリヴァー兄様!? その「やっておいで」って、まさか「っておいで」じゃないですよね!? ああっ! そう言った矢先に、ティルがクリス団長に全力で足蹴にされているー!!

「貴様という奴はー!! あんのクソヤバイ性癖を、よりによってお嬢様に晒すとはっ!! 貴様なんぞの命の嘆願をした僕が馬鹿だった!! よってお前はここで滅しろ!! 僕が止めを刺してやる!! 今すぐ滅べー!!

あっ! ティルの身体がサッカーボールのように宙に跳んだ!!

「それとネッドにポール!! 貴様らが傍に居ながら、なんでこいつがお嬢様に接触するのを止めなかった!? こいつを始末した後はお前らだ! 覚悟しとけ!!

「なっ! クリス団長!?

「何故私達まで!? 理不尽です!! 下手にこいつ止めたら面倒くさい事になるって、団長だって知っているでしょう!?

「ちょっ! まっ! あたたっ!! 団長! タンマ!! あっ! 剣まで使うって反則!! うぎゃー!! マジで死ぬっ!!

ティル、生きてー!!

「エレノア……。なにあっちの方見ているの? 君も人の事、心配している場合じゃないよね……?」

いやあぁぁぁー!!

私の脳内に、絶叫が響き渡った。

──その後。

「そんな笑顔を守りたい訳じゃない!!

「あん時の気持ちを返せ! このバカ娘!!

自分達が真剣に話し合いをしている最中、私がお腐れトークでティルとキャッキャウフフしていた事を知ったオリヴァー兄様とクライヴ兄様は、色々と裏切られた気持ちになったらしい。

その後。兄様方は湧き上がる怒りのまま、私をその場に正座させると、足の感覚が無くなるまで、こってりお説教し続けたのだった。

◇◇◇◇◇

「まったくもう! 本当に君って子は!!

お説教という、雷鳴とどろく嵐が通り過ぎた後。

足が痺れ、そのまま倒れ果ててしまった私は、今現在大木に背を預けたオリヴァー兄様のお膝に乗っけられ、後ろから抱き締められております。

口調も雰囲気もまだ怒っている兄様だけど、髪にキスしたり、私を堪能するように首元に顔を埋めてグリグリしたりしているから、実際のところ、そんなに怒ってはいないのだろう。

でも時折身体を動かし、私の痺れた足を刺激して、小さく悲鳴を上げさせる事も忘れていないのが、なんともえげつない。というか、流石はオリヴァー兄様と言わずにはおれない。

ちなみにティルだが、怒れるクリス団長に散々甚振いたぶられた挙句、牧場の端の方に追いやられてしまったようだ。

「おじょうさま~!」なんて声が小さく聞こえてくる。あ、なんか豆粒のような人影が、こっちに向かって手を振っているわ。

ティル、なんとか無事だったようだ。本当に良かった!

というか、あのクリス団長の殴る蹴るの嵐をもろに食らって、無事ってところが真面目に凄い。

クリス団長曰く、「奴は魔力量が常人より多いので、姑息にも身体強化を使いまくっていやがるんですよ。全くもって腹立たしい!」……だそうです。

ところでクライヴ兄様だが、お説教が終わった後、「ちょっと寝る」と言ってゴロリと横になってしまい、今現在私達の横で爆睡中です。

そんな兄様に、「あれ? クライヴ兄様。あんだけ寝たのに寝足りないんですか?」……ってポロリと口を滑らせてしまったんだけど、その一言が何故か兄様の怒髪天を衝いてしまい、未だ痺れている足を思い切りムギューと掴まれ、絶叫をあげさせられてしまいました。ひ、ひどっ! 何故にクライヴ兄様!?

そうだ。酷いと言えば、私が悲鳴を上げているのに、「どうしたんですか!?」の一言もなく駆け付けもせず、ただこちらを眺めているだけの騎士達ですよ!

主家の姫が悲鳴上げているっていうのに、その冷ややかな反応。「自業自得ですよ」とでも言いたげな生暖かい眼差し。

私、ここに来てまだ三日目だってのに、随分最初の頃と態度が違いやしませんかね!?

……まあ、でも考えてみれば王都邸の皆も、私に対してはこんな感じに塩対応だったっけ。

多分だけど、連日あれだけご令嬢らしくない姿を曝け出していたから、みんなして呆れているんだろうなぁ。

うう……。だけど今更、淑女の皮なんて被れない。あ、公式の場では被りますけどね!? 私だって、主家の姫としての立場くらいは理解しておりますとも!

「オリヴァー兄様。兄様は眠らなくて良いのですか?」

私の後頭部にキスを落しているオリヴァー兄様に声をかける。

だって、徹夜で馬車を爆走してきているんだもん。きっと疲れているだろうし眠いはずだ。

「大丈夫だよ。僕にとって、こうしてエレノアを堪能している時こそが、なによりの休息なんだ。クライヴも僕がいるから、こうして安心して眠っていられるんだしね」

苦笑交じりにそう言われ、私は後方から抱き締めているオリヴァー兄様を見ようと振り返る。

するとすかさず、唇にチュッとキスをされてしまった。くぅ……っ! ふ、不覚!!

「で、でも兄様。バッシュ公爵家の騎士達もいますし、兄様が張ったという、えげつな……いえ、超強力な結界もありますから、少しは兄様も休んでください」

そう。私にはよく分からないけど、この牧場に到着して割とすぐ、オリヴァー兄様はこの広大な牧場全体に結界を張ったのだそうだ。

その際、張られた結界を見上げた誰かが、「うわぁ……えげつな……」ってボソリと呟いていたんだけど、どうやらこの結界、悪意を持った者は通り抜けできないどころか、触れた瞬間黒焦げになるほどの攻撃魔法が展開するようになっているらしい。

クライヴ兄様も結界を見ながら、「マジか……」って呟いていたから、相当ヤバイ代物……なんだよね?

……どうしよう。帰る時に黒焦げになったナニかを目撃してしまったら……。

「いや、本当に大丈夫。僕もクライヴほどじゃないけど、鍛えているからね」

「それは知っています。それでも少しは休んでください。なんなら膝枕しますよ?」

「──ッ!? ……膝……枕……?」

うん。ようやっと足の痺れも収まってきたしね。……ってオリヴァー兄様? 何故か黙ってしまわれたのですが、どうしました?

再び首を後方に捻ってみると、オリヴァー兄様は驚いたように見開いた目をふっと揺らめかせた。しかも、頬がみるみるうちに赤く染まっていく。

「……そ……そう……だな。やって……もらおう……かな?」

照れたように微笑んだ兄様のあまりの麗しさに、今度は私が真っ赤になって硬直してしまった。

──多分今の私、顔と言わず全身が真っ赤になってしまっているに違いない。

久々に鼻腔内毛細血管がショートしそうな予感に、慌てて己に喝を入れた。

くっ……! 傾国の美形は、攻略対象への攻撃力を緩めない為に、日々己の美貌を自動アップデートしているとでもいうのだろうか!?

「エレノア?」

固まってしまった私を、不思議そうな顔で覗き込んだオリヴァー兄様の声に我に返る。

「はっ、はいっ!! どどどどうぞ!!

慌ててオリヴァー兄様のお膝からぴょんとどき、「どんとこいや!」とばかりに膝をポフポフ叩くと、オリヴァー兄様は戸惑いがちに……でも凄く嬉しそうに、私の膝に頭を乗っけてゴロリと横になった。

「ふふ……。気持ちがいいね」

太ももに兄様の重みを受け、バクバクと心臓が鼓動を早める。

ま、まさかここにきて、自分がこんな恋人達が野外デートで行う、嬉し恥ずかし羞恥プレイをするとは思いもよらなかったよ。

惜しむらくは、もろに貴族の正装を身にまとったオリヴァー兄様に対し、私の恰好が農民スタイルだったってところかな。

これでドレス姿だったら、めっちゃ様になっているところなんだろうけど……。まあ、オリヴァー兄様が幸せそうだからいいかな?

癖のない艶やかな黒髪を、指ですくようにサラリと撫でる。

その絹糸のような極上の触り心地に、サラサラと何度も髪を撫でていたら、オリヴァー兄様の身体から徐々に力が抜け、私の足にかかる重みが増していく。

やがて小さな寝息が耳に届く。

そろりとオリヴァー兄様の顔を覗いてみると、少しだけ疲れたような……でもとても穏やかな寝顔が見えて、胸にほんわりと温かいものが広がっていった。

私への溺愛が突き抜けすぎて、本当にもうこの人は……! という時も正直多いけど、それを差し引きしても、私はこの人の事が本当に大好きだ。

王都からバッシュ公爵領まで、八本脚馬スレイプニルの馬車で爆走するなんて……。あんな無茶苦茶してまで、ここに駆け付けた事だって、クライヴ兄様に嫉妬……も当然あるだろうけど、私の事がただただ心配だったっていう気持ちからなのだろう(巻き込まれたセドリックには同情の念を禁じ得ない)。

そんなオリヴァー兄様に感じる気持ちが、戸惑いや恐怖よりも嬉しさが勝ってしまっているってところが、私も大概末期だなって思う。

「オリヴァー兄様、大好き」

そっと屈んで耳元に囁けば、オリヴァー兄様の口元がほんの少しだけ綻んだ。