──うわぁぁぁ!! に、兄様が、「あ、俺死んだわ」って感じの絶望顔になっているー!!
え!? つ、つまりオリヴァー兄様のあの暗黒オーラ、クライヴ兄様に向けられているって事ですか!? ひょっとして断罪ですか!? な、なにゆえっ!?
私の視線に気が付いたクライヴ兄様は、フッ……と、なぜか儚げに微笑んだ。
「……エレノア、安心しろ。お前の命だけは、なにがあっても俺が守ってやる」
──えええええーっ!!? わ、私もオリヴァー兄様の制裁対象なんですか!?
『ま、全く身に覚えがないっ! な、なにをやらかしたんだろ私!?』
ってかクライヴ兄様!? なに全てを諦めたような、悟りきった顔しているんですか!?
そ、そしてオリヴァー兄様! バッシュ公爵領に電撃訪問した挙句、兄妹を制裁って、本当になにがあったって言うんですかね!?
◆◆◆◆◆
「……す、凄ぇ……!」
ゴクリ……。と、喉を鳴らしながら呟かれたティルの言葉。
それに対し、他の騎士達も「た、確かに……」「ああ……。凄い……!」と、心の中で呟きながら同意する。
それは果たして、突如現れた青年の、人外レベルとも言うべき美貌に対してなのか。
それとも彼の身体全体から立ち昇る、禍々しさすら感じる膨大な魔力に対してなのか。……それともその両方か。
「うおぉぉぉっ!! てめぇら、そこどけー!!」
すると突然。怒声と共に、別の
警戒態勢を取っていた騎士達が、慌てて馬車の軌道から飛びずさる。
だが間に合わず、何人かが轢かれかけて地面に転がる中、その馬車はやはり急ブレーキをかけながら、バッシュ公爵家の馬車の丁度後方に停止する。
ついでに言うと、その馬車はバッシュ公爵家の馬車よりも派手に、二回バウンドした。
再び痛いほどの静寂と、馬の荒い呼吸音が響き渡る。……が、そんな静寂を切り開くように、場違い感半端ない能天気な声が周囲に響き渡った。
「あー、くそっ!! この俺が競り負けるとは!! まだまだ修行が足んねーな!」
「デ……ディーさん……!?」
その聞き慣れた声の方を見てみると、なんと馬車の御者台に、見覚えのある紅い髪と瞳を持った精悍な美丈夫が……!!
「……おっ!? クライヴ!! おい! お前には色々聞きたい事が……って、おおっ! 久し振りだな! 俺の可愛いエ……」
ディーさんの言葉の途中で、ドガッ! と、派手な音を立てて馬車のドアがぶち破られた。
「ディラン殿下!! てめぇ! ふざけんなよ! なに自ら御者してやがんだこの脳筋!! しかもあんな無茶苦茶に爆走しやがって!! 自分の母親と弟殺す気かー!?」
物凄い怒りの形相で、気を失った
「リ……リアム殿下……! お、お気を……確かに……!!」
その後から、やはり失神したリアムを抱き抱え、自身もヨロヨロしながら馬車から下りてきたのは……ええっ!? マ、マテオ!?
「おう、ヒューとマテオ。お袋とリアム守ってくれてありがとな! いや~、それにしても久々に御者やってみたけど、やっぱ滾るわ! 帰りも俺が運転すっかな?」
「黙れ! このバカ殿下!! もう二度と! 金輪際! あんたには運転させてたまるか!! ……帰ったら……いや、今この場を借りて、あんたには王族としてのなんたるかを、徹底的に叩き込んでやる!! 二度と日の目を見られると思うな!?」
……ヒ、ヒューさん。なにげに殺害予告しておりませんか!? そんでもって、ディーさんとヒューさんの言い合いで、「えっ!? で、殿下!?」「そ、そういえば馬車の家紋が……!」って、召使達や騎士達が騒めき始めてしまいましたよ!
ってかディーさん!? 確か貴方がたをバッシュ公爵家一同で優雅にお出迎えするのって、明後日じゃなかったですかね!? なのになんで自ら馬車を爆走させ、オリヴァー兄様とカーチェイスしていたんですか!? しかもアリアさんやリアム、目を回していますが!? なんか色々ぶち壊しですよ!?
──ああもう! 本当になにがなにやら!?
するとそんな喧騒の中、イーサンが馬車の御者台から飛び降りたディーさんの前へと進み、深々と頭を下げ、臣下の最高礼を取った。
「ディラン殿下。わたくし、バッシュ公爵家当主であらせられますアイザック様より、この本邸をお預かりしております、イーサン・ホールと申します。このたびは聖女様やリアム殿下共々、至高の御方々による、バッシュ公爵領へのご来駕。私を含め、領地の者達は皆、望外の喜びに震えております。王家に忠誠を誓う我ら領民一同。これより出来る限りの最上級のおもてなしさせていただきます。どうぞごゆるりと、心ゆくまでバッシュ公爵領をご堪能くださいませ」
イーサンの流れるような口上を受け、召使や騎士達が慌てて臣下の最高礼を執った。
……でもイーサン。皆が震えているのって喜びでというより、天災のごとくに突然現れた王家の面々にパニクっているからだと思うよ? というか、私もパニクっておりますから!!
「おう! お前がバッシュ公爵の言っていたイーサンって奴か! 母や弟共々、これから宜しく頼むぜ! それからエ……」
再びディーさんが私の名前を言う前に、すかさずイーサンの言葉がそれを遮る。
「殿下方も聖女様も、長旅でお疲れで御座いましょう。迎賓館へご案内いたします。それから……オリヴァー様。弟君と御一緒に、貴方様もそちらでお休みになられては?」
さり気に言葉を振られたオリヴァー兄様が、小脇に抱えていたセドリックをウィルに手渡した後、真っすぐにイーサンへと向き直った。
「……いや。弟は休ませるが、私は大丈夫だ。……それより君がイーサンか……」
「お初にお目にかかります。エレノアお嬢様の筆頭婚約者であらせられます、オリヴァー・クロス伯爵令息様。わたくし、本邸で家令を務めさせていただいております、イーサン・ホールと申します。以後、どうぞお見知りおきを」
慇懃に礼を執った後、オリヴァー兄様とイーサンの視線がぶつかり合う。
その瞬間、バチバチッと、青い稲妻が走った……気がした。
◇◇◇◇◇
「……ふぅ……」
その頃。爽やかな朝日が差し込む王宮のサロンでは、アシュルとフィンレーが共にお茶を嗜んでいた。
一見優雅に見えるがこの二人、実は完徹状態である。
お茶は眠気覚ましであり、もう既に十杯近くは飲んでいる。おかげでお腹はもうチャプチャプ状態だ。
完徹の理由はというと、昨夜グラントのぶちかました『クライヴとエレノアが同衾する』という、爆弾発言ゆえである。
「……今頃オリヴァー達、無事にバッシュ公爵領に着いたかねぇ……」
「到着はするだろうけど、無事ではないかもね」
「母上を拉致られて、父上や叔父上方もブチ切れていたからな……。
アシュルがチラリとサロンの端に目をやる。
すると、まさに般若と化したアイザックが、正座をさせたグラントの前で仁王立ちになりながら睨み付けている様子が見えた。
この二人も当然というか完徹で、夜を徹してガチ説教会が行われていたのである。
「バッシュ公爵もよく飽きないよねぇ。ま、こっちは眠気覚ましの娯楽になったから良いけどさ」
「フィン。娯楽と言ってやるな。バッシュ公爵が気の毒だよ」
苦笑しつつ、フィンレーを嗜めながら、アシュルは昨夜の修羅場を思い返していた。
◆◆◆◆◆
エレノアがクライヴとベッドイン……という、グラントの爆弾発言を受け、その場にいた全員が「どういう事だー!!」と、大騒ぎになった。
そして当然というか、真っ先にブチ切れたのはオリヴァーだった。
「クライヴ……なんて事を!! ああ、エレノアが危ない!! 今すぐ助けに行かなければ!!」
「オリヴァー、ストップ!! 皆も落ち着いて!!」
アイザックは、今にもバッシュ公爵領に向け、飛んでいってしまいそうなオリヴァー並びに王家の面々を必死に宥め、どういう経緯でそうなったのかを説明する。
「……というわけで、確かに同衾だけどただの添い寝だから!! それにあのクライヴだよ!? まだ未成年のエレノアに手を出すなんて事、するはずないから!! 情報によれば、僕の影だけじゃなくて、王家の影達も臨戦態勢で天井裏に待機しているらしいし、彼らにかけていた情報制限も解禁するから!!」
そこでようやっと、いきり立った面々が、「まぁ……それなら……」と、殺気と魔力を引っ込めだした中、聞くべき事は聞いたとばかりにオリヴァーが動き出そうとする。
だが、長年の付き合いからそれを瞬時に察したアイザックが、今まさに部屋から出ていこうとしたオリヴァーの足へと、タイミングバッチリに縋りついたのである。
「待って! 行かないでくれオリヴァー!!」
「離してください! 公爵様!!」
「エレノアとクライヴのアレは、ただの添い寝だって、今しっかり説明したじゃないか!! ね? ここで大人しく報告を待とう!」
「待っている間に、なにかあったらどうするおつもりです!?」
「き、君は実の兄を信用できないのか!?」
「くっ……! 信用していればこそ、行かなくてはならないんです!!」
「ちょっとそれ、意味わからない!! と、とにかく冷静になろう!!」
「ええい! お離しください公爵様!!」
「ああっ!!」
オリヴァーは、自分の足に取り縋るアイザックの身体をペリッと引き剥がすと、ポイッとソファーに向かって放り投げた。
敬愛する義父を気遣い、足蹴にこそしなかったオリヴァーだったが、もしこの情景をエレノアが見ていたとしたら、「金●夜叉の貫一とお宮……」と呟いたであろう。
それは置いておくとして、
「行くよ! セドリック!!」
「えっ!? ち、ちょっ、あにう……うわぁ!?」
言うが早いが、セドリックを横抱きにすると、オリヴァーは脱兎のごとくその場から走り去っていった。
一連の流れを呆然としながら見守っていたアシュル達だったが、ディランがいち早く我に返った。
「くそっ! 後れを取るわけにはいかねぇ!! って事で、俺らも行くぞ! リアム!」
「えっ!? あ、兄上!? ちょっ……!!」
リアムを小脇に抱え、「お袋ー!!」と叫びながら爆走していくディランの姿を見て、次にマテオが我に返った。
「リ、リアム殿下ー!! にいさま! ヒュー兄様ー!! ディラン殿下がご乱心ですー!!」
「うわー!! で、殿下ー!!」
「誰か! 国王陛下と、今いらっしゃる王弟殿下方に連絡を!!」
近衛や侍従達も、慌ててマテオに続いて部屋から飛び出していく。
その結果、残されたのはアシュルとフィンレーと、ソファーに打ち捨てられたアイザックのみとなった。
……いや。約一名、「ヤバ……」と珍しく動揺しながら呟いている、ドラゴン殺しの英雄もいたが……。
「……え~っと……。バッシュ公爵?」
シーンと静まり返った中、アシュルがソファーに倒れ果てているアイザックへと声をかける。
すると無言のまま、むくりと起き上がったアイザックは、クラバットからツルンとした半透明の魔石が
すると魔石がボウッと光り、次いで地を這うような不機嫌極まる声が聞こえてきた。
『……なんですか?』
「あ、イーサン!? あのっ、緊急事態が発生したんだ!」
「「イーサン?」」
先程バッシュ公爵が言っていた、本邸を取り仕切る家令の名前に、アシュルとフィンレーが目を見開く。
すると、更に不機嫌そうな声が続けて聞こえてきた。
『……アイザック様。確か私、今夜から明日の昼頃まで、互いの直接連絡は不可とお伝えしておいたはずですが……?』
──えっ!? 連絡不可!?
仮にも本邸を預かる家令が、当主の連絡を拒否するなんて正気か!? と、驚愕するアシュル達を他所に、なおも会話は続く。
「分かっているよ! でも本当に緊急事態なんだってば!! 実はね……!」
かくかくしかじかと、アイザックが今迄の状況を必死に説明していく。
「……って訳で、オリヴァーがそちらに向かっているんだ! ディラン殿下も同時に到着する恐れがある! 頼むから、なんとかその場を収めてくれ!」
『………はぁ~~………』
長く深い溜息の後、「貸し一つですからね」と返され、アイザックも流石にブチ切れた。
「ちょっと君ー! 酷くない!? 僕、一応君の主人なんだけど!?」
『生憎ですが、エレノアお嬢様がお生まれになった時点で、私の主は自動的にエレノアお嬢様へと変更されております』
「いつの間に!? ってか初耳!!」
『あ、そういえばちゃんと言った事ありませんでしたね。……尤も、貴方がエレノアお嬢様を連れ、王都へ逃亡なさらなければ、そのまま主人継続もやぶさかではなかったのですが……」
「エレノアの初めて(のパパ呼び)を奪おうとする危険な男の元に、可愛いエレノアを置いとくわけないだろう!? ってか君、執念深いのも大概にしてくれる!?」
『エ、エレノアの……初めて!?』
『こ、この主従って……一体……!?』
会話の内容を聞き、慄くアシュルとフィンレーを他所に、更に会話は続く。
『まあとにかく。お嬢様は私がお守りいたしますし、ついでにクライヴ様もお守りいたしますのでご安心ください』
「ついでってなに!? むしろメインで守ってあげて!!」
『お黙りやがれですよ! ……アイザック様。これより私は、いつお嬢様がいらしても良いよう、夜を徹して演習場を監視するという、重大な使命があるのです。これ以上私の邪魔をなさるようでしたら、お仕事倍にしますからね!? それでは失礼いたします』
「ちょっ! イーサ……」
ブチッと切れた魔導通信を手に、アイザックはガックリと力無く項垂れる。そんなアイザックを汗を流し見つめながら、かける言葉を思案していたアシュルを他所に、雰囲気クラッシャーのフィンレーがズバッと直球を投げかける。
「万年番狂いの義息子に、当主を当主と思わない家令か……。ついでに、直系の姫を陥れようとする新興貴族の娘と、その信奉者達……。ねえ、バッシュ公爵家って本当に大丈夫?」
「ちょっ! フィン!!」
慌ててアシュルがフィンレーを諫めるが、アイザックはさらにどん底まで落ち込んでしまった。
「……あの……アイザック。……その……ごめん……な?」
そんなアイザックに、おずおずと声をかけてきたグラントに対し、遂にアイザックの怒りが沸点を越えた。
「グラントーー!! 君って奴はーーー!!!」
◆◆◆◆◆
……そんなこんなで今現在である。
ちなみにあの後すぐ、王宮の影から、ディランがアリアとリアムを
ヒューバードとマテオは、出立直前に馬車の中へと滑り込んだとの事なので、母とリアムはなんとか無事に到着出来るだろう(父と叔父達はその報告を受け、揃って頭を抱えていたそうだが)。
アイザックの元にも、ディランより僅かに早く、オリヴァーとセドリックがバッシュ公爵家から旅立ったと、影から報告が入った。
その際、一番馬を扱うのが得意とされている、庭師のリドリーが御者に(無理矢理)抜擢されたと聞いたアイザックは、「気の毒……。無事に帰ってきたら傷病手当つけてあげよう」と言いながら目元を拭っていた。
「……まあ、クライヴとエレノアも、何事もなかったみたいで良かったよ」
影からの報告により、昨夜は最後まで、普通に添い寝だけで終わった事を聞いたアシュルが胸を撫で下ろす。
オリヴァーやディランではないが、なにかあったらすぐさま自分も、バッシュ公爵領に行くつもりでいたので、親友をこの手にかけずに済んだ事にホッとする。
「オリヴァー達も到着したみたいだし……。さて。あの家令がどう場を収めるのか楽しみだ」
部屋の端から「君にはもう一生、エレノアと会わせないからね!」「そんな! 俺に死ねというのか!?」という声を聞きながら、アシュルはぬるくなったお茶を一息に飲み干した。