驚愕の訪問者

「「「「お帰りなさいませ! エレノアお嬢様!!」」」」

本邸に入った瞬間、ズラリと整列した召使達が一斉に頭を下げ、私達を出迎えてくれる。

実は、演習場でのイーサンによる騎士達の断罪の後、私達は「今から離れに戻られるのも時間の無駄ですから」とイーサンに言われ、本邸でお風呂と朝食を頂く事になったのである。

「あ、あの……。お世話になります」

集まってくれた人達にニコリと笑いかけると、皆が一斉に目をウルウルとさせ、感激の面持ちで私を見つめていたが、イーサンの咳払いで慌てて各々の持ち場に散っていく。

「さ、お嬢様。まずは湯浴みをいたしましょう」

そう言って案内されたのは、「どこの王族だ!?」と叫びたくなるほど、ゴージャスなお風呂だった。

真っ白い大理石が惜しげもなく、ふんだんに使用された、十畳くらいありそうな浴室。そこはどこもかしこも朝日に照らされ輝いていて、非常に目に眩しい。

そしてこれまた、真っ白い陶器に金の縁取りが施された大きなバスタブには、ハーブの香り漂うたっぷりなお湯の中、色とりどりの花弁が散っている。……あの、朝からこれっておかしくないですかね?

そうして、なんちゃってお姫様気分でサッパリした私は、ミアさんが急いで離れから持ってきてくれた浅葱あさぎ色のワンピースドレスを身に着けた。

昨日よりも更に簡素なドレスを着た私を、これまた何故かしっかり待機していた、シャノン含めた美容班達が「えぇ……」と不服そうにしていたが、この服を選んだ理由はちゃんとあるんですよ。

そう。今日からいよいよ、私の修行が始まるのだ! ちなみに修行場所は、バッシュ公爵家直轄の牧場。

何故牧場にしたのかというと、王宮の中庭における悲劇を繰り返さない為。これに尽きる。

アイザック父様曰く、「バッシュ公爵領は農地が多いから、下手な所で雑草……いや、野花を大量発生させるわけにはいかないし、下手をすると生態系を乱す恐れもあるしねぇ……。そうだ! どれだけ雑草……いやいや、野花が生えても大丈夫な場所があるから!」

という事で、公爵家うち直轄の牧場が修行場所に決まったのである。

ここなら、公爵家直轄という事で人の出入りも制限できるし、働いている人達も身元がしっかりしている地元民だけ。更に警備も万全との事で、私の修行の事が漏れる心配もない。成程、まさにうってつけの場所ですね。

しかも私が生やす雑草は、スレちゃんやニルちゃん含め、何故か動物達に大人気なのだ。

だからもし万が一雑草を生やしてしまっても、ヤギだの羊だの牛だのが喜んで食べてくれるに違いない。まさに一石二鳥の修行場所と言えよう。

更に付け足すと、その牧場には、バッシュ公爵領に移住したミアさんの一家とその親戚達が働いているから、ミアさんも家族と一緒に過ごす事が出来るし、私もミアさんの弟さんや妹さん達と戯れる事が出来る。いや本当、一石二鳥どころか一石三鳥ですね!

そんな浮かれる私に対し、オリヴァー兄様はというと、「エレノア。遊びに行くんじゃなくて、修行だからね?」と、青筋を立てながら優しく諭してくださった。

……うう……分かっていますよ!

で、修行場所が決まった後、私はジョナネェに頼んで農作業用のつなぎを新調した。そう、前世で言うところのオーバーオールです!

「本っ当に、あんたって子は……!」って、ジョナネェがめっちゃぶつくさ言っていたけど、あちこちにさり気なく可愛い刺繍を入れてくれたりして、精一杯お洒落に仕上げてくれた。

「わーい! 有難う! ジョナネェ大好き!」って、抱き着いてお礼を言ったら、「まったくもう! 本当、あんたって子はロクなもん注文しないわよね!!」って、顔を赤くしてツンとそっぽを向いていたっけ。

……ひょっとしたら第三勢力同性愛者の人達って、生まれながらにツンデレ属性を持っているのかもしれないな。

そうして、王宮もかくやとばかりに磨き上げられたゴージャスな食堂で、何故かしっかりスタンバイしていた料理長のレスターさんや、他のシェフ達がズラリと居並ぶ中、クライヴ兄様と一緒に美味しい朝食を満喫する。

朝練でお腹が空いていたので、ついがっついてしまったが、そんな私を皆が微笑ましそうに見つめていた。……けど、わんこソバのように、フレンチトーストをお皿に追加するのはいかがなものかと思う。

私は三皿ぐらいでギブアップしたけど、クライヴ兄様は八皿ぐらいお代わりしていた。流石だ。

「レスターさん、そして他のシェフの皆さん。朝食とっても美味しかったです! お弁当もたっぷり作ってくれて有難う! お昼がとっても楽しみです!」

朝食が終わった後、大量のランチボックスを用意してくれたシェフの皆さんに、満面の笑みでお礼を言うと、シェフの皆さんが真っ赤な顔をして「くっ……!!」「尊過ぎて……目がッ!!」「馬鹿野郎! お嬢様の御前で膝を突くな! 耐えろ!!」とか言いながら悶え始めた。

「勿体なきお言葉! このレスター、これからもより精進を重ね、お嬢様のお喜びになる料理を作り続けていく所存! 昨夜頂いた食材も、お嬢様のご要望に沿ったものを作り上げる為、命を懸けて励みます!」

そんな中、料理長のレスターさんだけは、顔を真っ赤にしながらもしっかり足を踏ん張り、高らかにそう宣言した。

「う、うん! 楽しみにしています!」

でもお願いです。命だけは懸けないでくださいね?

「エレノア……。お前、なにを企んでいるんだ?」

レスターさんとの会話を聞いたクライヴ兄様が、ちょっと訝し気に声をかけてきた。というか企むって言い方、酷くありませんか?

「プレゼン用の料理の開発です!」

「ぷれぜん……?」

「えーっと、つまりは聖女様の舌と心をがっちり掴んで、王家から稲の苗を譲渡していただく為の料理を試作してもらうんです!」

そう。私と同じ日本人であり、多分私と同等に食い意地の張っているアリアさんなら、山菜や松茸といったレアアイテムに、必ずや食い付くはず!

残念ながら醤油は今手元にないから、洋風の味付けになってしまうけど、山菜汁や松茸の土瓶蒸しなんかは、かなり近い物が出来る予定である。

しかもこちらには(前世の)世界三大珍味、トリュフまであるのだ。

これらの料理を、安定供給する事と引き換えにお米をゲットし、あわよくば苗もゲットしたい。いや、してみせる!!

「……そっか。まあ、頑張れや」

クライヴ兄様! 反応冷たい!! しかもその憐れみを込めた眼差し、やめてください!

そんな感じに、クライヴ兄様とお喋りしながら本邸の玄関を出ると、既に馬車が用意されており、イーサンを筆頭に召使や騎士達がズラリと整列していた。な、なんかこういうのって、大貴族っぽくて緊張するな(というか実際大貴族です)。

「イーサン、皆、行ってきます!」

「「「「「行ってらっしゃいませ、お嬢様!!」」」」」

召使さん達の大合唱を背に、馬車に乗り込もうとした私を、何故かイーサンがやんわりと止める。

「お嬢様。そろそろ到着されそうですので、もう暫くお待ちを」

「はい?」

到着? え? 一体誰が到着すると……。

「……おい。なんか地響きが聞こえねぇか?」

「え?」

クライヴ兄様の言葉に耳を澄ませてみると、確かに遠くでなにやら音が聞こえてくる。

しかもそれは段々大きくなって……ん? なんか小さく見えましたよ? ……えっと、あれは馬車……ですね。馬車が物凄いスピードでこちらに向かってきますよ。しかも何故か二台でカーチェイスよろしく、抜きつ抜かれつを繰り広げている!? え!? い、一体全体なにごと!?

その異常事態に気が付き、クリス団長を初めとした騎士達が一斉に臨戦態勢に入る。が、何故かイーサンは涼し気な顔で騎士達を制し、後方に下がらせた。ついでに私が乗る予定だった馬車をも移動させる。

「お、おい……! アレって……まさか……!?

どんどん近付いてくる馬車を見ていた、クライヴ兄様の顔色がサッと変わる。

何事かと、私もスピードを上げ、もう一台を引き離してグングン爆走してくる馬車を見て気が付いた。

「あれっ!? あれって、スレちゃんとニルちゃん!?

見覚えのある八本脚馬スレイプニルの姿に驚愕していた私と、青褪めているクライヴ兄様の目の前に、急ブレーキをかけた馬車がガッコンと派手にバウンドし、停車した。

◇◇◇◇◇

シーン……。と、水を打ったかのように静まり返ったその場に、スレちゃんとニルちゃんの荒い息遣いだけが響き渡る。

そして御者が、多分タラップを用意しようとし……そのまま地面に、力尽きたかのようにポトリと落ちた(いや本当に、そんな感じに落ちた!)。

って!? よ、よく見たらあれ、庭師のリドリー!?

なにがなにやらのこの状況に、ゴクリ……。と、誰かが唾を飲む音が聞こえた。

そんな異様な雰囲気の中、馬車の扉がゆっくりと開く。

サラリとした、光を含んだ黒髪。黒曜石のようなきらめきを放つ瞳。『貴族の中の貴族』と、誰もが口を揃えて称える、黒の麗人たる麗しき美貌……。

案の定というか、微笑を称えたオリヴァー兄様が現れ、タラップ無しで優雅に馬車から降り立った。……しかも何故か、ぐんにゃりと気を失っているセドリックを小脇に抱えながら!!

「オ、オリヴァー兄様!? そ、それにセドリック!?

なぜ貴方がたがここにー!? 確かこちらに来るのは明日の予定だったはずでは!? というか、セドリックー!! い、一体どうしちゃったの!?

オリヴァー兄様は、驚き固まっている私達を一瞬鋭い眼差しで一瞥した後、なぜかホッとしたような顔をした。そしてその後すぐ、ニッコリと極上の笑顔を浮かべる。

「やあ、エレノア。……それにクライヴ……。二日ぶりだね。元気にしていたかい?」

いかにも高位貴族然とした、優美な所作で微笑むオリヴァー兄様。その姿はあくまで、優雅で艶やかだ。

……そう。たとえ小脇にセドリックを抱えた状態であっても。

『──くっ! 麗しいご尊顔が、朝日を受けてめっちゃキラキラしい!!

私はその眩しい顔面破壊力目潰し攻撃を受け、目を瞬かせる。

たった二日しか離れていなかったというのに、どうやら私の目は悲しいほどに初期化されてしまったようだ。いや、それだけオリヴァー兄様の顔面偏差値が高すぎるというか……。

その証拠に、さっきからうっかり、鼻腔内毛細血管が暴れ出しそうになってしまって、ちょっとヤバイ!!

……いや、ヤバイと言えば……。

『な、なんか兄様の背後。兄様自身のキラキラしさと相反して、物凄くどす黒いオーラが噴き上がっている……ような……?』

おかしいな? 表情はめっちゃ微笑んでいるのに……。こ、これって目の錯覚……という訳ではない……よね?

思わず、隣で一言も言葉を発しないクライヴ兄様をチラ見してみる。すると。

『ク、クライヴ兄様!?