おおっ! ウィルの顔つきが変わった! 刀を振るう身のこなしといい、まるで別人のようだ。

打ち合いをしながら、チラリとミアさんを確認すると、顔を紅潮させながらこちらを……というよりウィルを見ている。ウサミミもめっちゃピルピルしているし……あれは惚れたな!?

「お嬢様! 集中!」

「はっ! す、すみません!!

わーん、ウィルに怒られちゃった! ……う~ん。それにしてもやっぱり、ウィルってば騎士なんだなぁ……。

普段のほやほやした、穏やかウィルとのギャップが凄い。ミアさんもそれで撃ち抜かれたんだし、つまりはこれも立派なギャップ萌えってやつだね。うん、分かります。私もちょっと撃ち抜かれたよ!

そうしてウィルと打ち合いをこなし終え、互いに一礼してからクルリと振り向くと、何故か演習場中の騎士達が練習の手を止め、ジーーーッとこちらを見つめていた。

「ふふっ。皆、お嬢様の素晴らしい剣技に目が釘付けなようですね」

そう言いながら、何故かウィルがドヤ顔をしている。いや、剣技いうか、ただ打ち合いをしていただけですが!?

──ここで私は、ハッと気が付いた。そうだ! お披露目とか剣舞って、どういう事!?

「ああ、それですか? なんでも聖女様が直接、お嬢様の剣舞をご覧になりたいと仰ったとかで、急遽剣舞を舞う事が決定されたそうですよ?」

それを聞いた私は、思わずガックリと項垂れた。

聖女様がお望みという事は、それを叶えるべく、国王陛下あたりが父様にお願いしたのかもしれない。というより、お願いと言う名の王命が下された、って事かもしれない。

聞けばディーさんも大興奮して聖女様と一緒にはしゃいでいたらしい。ええぃ! あの似た者親子め!

「エレノア、それだけじゃねぇぞ。王都に戻ったらお前、国王陛下方やアシュル達の前でも剣舞を披露するって事になっているんだからな?」

「ええっ!? 嘘! だ、誰からそんな情報を!?

「アシュルから」

「なんでー!!?」

いつの間にか傍に来ていたクライヴ兄様の無情なお言葉に、思わず叫び声をあげてしまう。

なんでも、「アリアばかりずるい!」「ディランやリアムばかりずるい!」と、国王陛下だけでなく、王弟殿下方やアシュル様達が大ブーイングをした挙句、全員剣舞を見にバッシュ公爵領に突撃しようと計画していたらしい。

……って、あれ? という事は、私がバッシュ公爵領で剣舞を披露するのって、王命じゃなかったんだ。まあ考えてみれば、アルバの男が聖女様のご希望を叶えないはずないもんね。

そんな訳で、いち早くその情報を掴んだワイアット宰相様に父様がお願いされ、急遽王宮でも剣舞を披露する事になったんだそうな。ワイアット宰相様……ご苦労様です。でも出来る事なら剣舞そのものを止めてほしかった!

「なんかな、親父達も一緒になって陛下方を煽っていたらしいぞ」

なんと! まさかのメル父様とグラント父様の参戦情報!

おのれ……なんて余計な事をしてくれたんだ!! いくら以前、剣舞のリクエストを断ったからって、いい大人がなにやってんですか!?

「まあ、諦めて練習しろ」

「うう……はい。でも兄様、こんなに見られていたら集中できません」

私がそう言うと、クライヴ兄様は再び演習場の中心に戻り、騎士達に指示を与える。それに倣うように、動きを止めていた騎士達が再び剣の打ち合いを開始した。

それを見ながら、私は深呼吸を行う。そして身体の重心を垂直に下ろすと、刀の柄に手をかけた。

スラリと刀を抜くと、身体を起こし、まずは刀を横に一閃する。

そうして重心をそのままに、すり足で体勢を整えると、流れるような動作で次々と刀を振るい、技をきめていく。

私の剣舞の型は、舞踊の流れも汲んでいる為、指先一つの動きから足捌きに至るまで、優雅さを求められる。が、刀を振るうスピードや角度は一撃必勝を軸にしたもので、前世の師匠が初めて剣舞を披露してくれた時は、本当に感動したものだった。

『師匠! 私もいつか、師匠のように舞ってみたいです!!

『ふっ……。私の修行は厳しいぞ? ついて……こられるかな?』

『はいっ!!

……なんて、師匠と武士道ごっこしながら楽しく修行していたっけ……。懐かしいな。

まあ、それは置いておくとして。

今の私は、前世の師匠の技量に遠く及ばないけど、流派の流れを汲む者として、どうせ剣舞を披露しなくてはならないのなら、師匠にも自分にも恥じる事のないものを見せたい。

──剣の舞いは神々に捧げる奉納舞。だからこそ、まだまだ未熟者であったとしてもそれを恥じる事なく、今ある技量で精一杯舞いなさい。それに大切なのは、技量よりも寧ろ『心』だからね。

前世の師匠の言葉が脳裏に蘇ってくる。

『はい、師匠! 私、まだまだ未熟者ですが……精一杯頑張ります!』

やがて周囲の音が段々と小さくなっていき、最終的に完全に聞こえなくなっていった

◆◆◆◆◆

「これは……なんという……」

エレノアお嬢様の舞う姿を見ながら、僕はゴクリと喉を鳴らした。

先程目にした従僕との打ち合い一つ取ってみても、エレノアお嬢様の剣の技量は素晴らしいものだった。

最初はいきなりの真剣同士での打ち合いに、「万が一お嬢様がお怪我をされたら……!」と焦ったものだったが、予想に反し、思った以上に危なげなく打ち合っている姿に強い衝撃を受けた。

クライヴ様曰く、お嬢様は幼い頃から剣の稽古をされてきたという事だが、あの剣捌きや体幹を見れば、それが真実であるという事は容易く知れる。

寧ろ、並みの騎士見習いでは太刀打ち出来ないのではないか……? そう感じずにはおれないほど、その太刀筋は洗練されたものだった。

そして今。お嬢様は刀を手に、まるで空に花弁が舞うような剣技を披露している。その姿は幻想的とも呼べるほどに美しいものだった。

今迄見た事のない剣の型と技。凛とした表情。男とは違う、しなやかで柔らかな身体が、まるで見えない敵と対峙するかのように、鋭く白刃を煌めかせる。

それでいて、流れるような動きは指先一つとってもたおやかで繊細。刀を振るう凛とした動きと反比例したその姿は、清廉でありながら蠱惑的でアンバランスな魅力に満ち溢れていた。

ゾクリ……と、思わず快感にも似た甘い痺れが背筋を突き抜ける。

多分、その気持ちは他の騎士達も同じなのだろう。皆が皆、魅了にかかったような恍惚とした表情で、食い入るようにエレノアお嬢様の動きを目で追っている。

ああ……。あの家令イーサンが昨夜言っていた「楽しみにしていろ」とは、この事だったんだな。

……ん? 近衛騎士達、また泣いていないか?

「我が人生に悔いなし!」とか呟いているが、いやあんたら、王家を守る盾だろが! どんだけエレノアお嬢様が大好きなんだよ!?

その時だった。

「お嬢様、かっけー!!」という、非常に聞き慣れた声が聞こえてきてギョッとする。

慌てて斜め前方に目をやると、そこには不肖の部下の姿があった。

──うぉい! ティル!! お前、いつの間にここに戻ってきやがった!?

さてはあの野郎、巡回業務、見習いに押し付けて帰ってきたな!? 今は下手に動けんが、後で絶対にぶちのめしてやる!!

キラキラと瞳を輝かせ、興奮顔でお嬢様に声援(?)を送っている、ふざけた馬鹿にブチ切れながら、心の中で罵詈雑言を浴びせかける。

『……そういえば……』

横におられるクライヴ様をチラリと盗み見てみると、これ以上はないほどの優しい眼差しをお嬢様に向けておられた。

普段は凛とした表情を浮かべておられるのに、今の表情には鋭さの欠片も無い。その甘く蕩ける美しさに、不覚にも胸が高鳴ってしまう。

──クライヴ・オルセン。

かの『ドラゴン殺しの英雄』グラント・オルセン将軍を父に持ち、その才能と容姿を余す事なく継承したと言われる天才。

先程の打ち合いや他の騎士達を指導する姿を見ても、そのずば抜けた技量と魔力量が分かる。

加えて、その類まれな美貌。

並みの騎士であれば、容易く膝を突き従ってしまうに違いない。まさしく、自分達のような第三勢力同性愛者にとっての理想そのものといった相手だ。

そんな彼が口には出さずとも、全身で愛おしさを表す相手がエレノアお嬢様なのだろう。

思わず嫉妬してしまいそうになって、はたと首を傾げる。

──自分はいったい、どちらに対して嫉妬しているのだろうか……?

ワッ! と怒涛の歓声に我に返ると、エレノアお嬢様の剣舞が終わってしまっていた。

「うわっ! 最後らへん見逃した!」

「大丈夫だ。お披露目パーティーまで何回も練習するし、本番もここで舞うだろうからな」

思わず呟いた言葉をクライヴ様に拾われてしまう。……だがそうか。あの剣舞、練習風景だけではなく本番も見る事が出来るのか。なんという僥倖。

「……おい、顔がにやけているぞ? 今はいいが、オリヴァーが来た時に、締まりのねぇ顔はすんなよ?」

……オリヴァー様。どんだけ狭量なお方なのだ!?

「エ、エレノアお嬢様!! どうか私の騎士の忠誠をお受けください!!

「わ、私も! どうか……!!

エレノアお嬢様の剣舞の余韻から覚めた騎士達が、次々とお嬢様の元へ集まり、その前にかしづく。

──……ああ、あいつら全員落ちたな。

まあ、さもありなん。あんなものを見せられて魅了されない男はいないだろう。

しかも今、騎士達に取り囲まれ真っ赤になってうろたえているお嬢様には、先程までの神々しいほど凛とした表情は欠片も見当たらない。その代わり、まるで小動物のような愛らしさに満ち溢れているのだ。

……なんという凄まじいギャップだ。

見れば、自分と同じ第三勢力の部下達までもが、他の騎士達を押し退けるようにエレノアお嬢様の前に傅いている。……おい、アリステア。お前もか。

自分はもう既に『騎士の忠誠』をお捧げしているから、こうして余裕でいられるが、もしまだだったのなら、確実に今頃はあの騎士達の中にいただろう。……ってかティル! てめーはもう騎士の忠誠誓ってんだろうが!! なにちゃっかり騎士達の中に紛れてんだよ!? 本当にあいつ……。後で覚えていろよ!?

「…………」

エレノアお嬢様の困ったような笑顔に、昨日の出来事が蘇ってくる。

どんな目下の人間に対しても敬意を持って接するお嬢様。

獣人の子供を庇う為に、ドレスが汚れるのも構わず地面を転げるお嬢様。

天真爛漫でおっちょこちょいで……。なのに幼いながらも、大人顔負けな持論を展開するお嬢様。

本当に、お嬢様はこちらが予期せぬ様々な表情を見せてくださる。このお方の傍にいられたら、きっとこれからの人生、もの凄く楽しいものになるに違いない。

……ん? なんだ? さっき言い掛かりをつけてきた騎士達まで、エレノアお嬢様に群がっているじゃないか。……あの野郎共……。おまえらみたいな奴らの忠誠なんて捧げられたら、エレノアお嬢様が穢れるわ!

憤りを胸に、件の騎士達を排除すべく、エレノアお嬢様の元に向かおうとしたその時だった。

「全員、鎮まりなさい!」

静かでいて、威圧を含んだ声が演習場に響き渡る。

見れば、このバッシュ公爵領の影の支配者とも言われている食えない家令が、絶対零度の表情を浮かべながら、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。