何故かクライヴ兄様の胸にすっぽりと抱き締められている事実に、ボンッと顔が真っ赤になった。
「な、な、なんで一緒に寝て……ふにゅ!?」
「なんでって、お前が昨夜、添い寝してくれって言ったんじゃねぇか!」
鼻を摘ままれながらそう言われ、昨夜の出来事がフラッシュバックする。
──そ、そういえば……言った……よね。
「あの……。じゃあずっとこうして、添い寝してくれていたんですか?」
まだ赤みの引かない顔でおずおずと尋ねてみれば、なぜかクライヴ兄様はスンとした顔で「……まあな……」と一言口にする。
だが添い寝していたという割に、心なし目の下にうっすらとクマが出来ているように見えるのは、気の所為だろうか……?
「……お前、勘違いしているんだろうが、俺はあの女なんかどうとも思っていねぇからな?」
「え?」
「昨夜だって、あの女をこの本邸から出させるよう、イーサンに意見するつもりだったんだ」
「そ、そう……だったんですか……」
勝手に嫉妬して、勝手に癇癪を起こしてしまった自分が恥ずかしくて俯くエレノアの頭に、クライヴは優しく口付けを落した。
「……それをちゃんと伝えていなかったんだ。お前が心配しちまうのも当たり前だよな。なのに怒鳴っちまって……。本当にすまなかった」
「クライヴ兄様……」
「……俺にはお前だけだ。可愛い俺のエレノア……。愛している」
クライヴ兄様の言葉に、再び顔が……というか、全身が真っ赤に染まった。
「──ッ! ク、クライヴにいさま……! ……あのっ、わ、私も……にいさま大好き……です。……昨日は大嫌いなんて言ってしまって……ごめんなさい……」
「ああ。お前の気持ちは、寝言で聞いて知っている」
クライヴ兄様の爆弾発言に硬直した後、私はわたわたと思いきり挙動不審となってしまった。
顔も頭から湯気が出そうなほどに、これでもかとばかりに真っ赤になっている。
「うぇぇっ! ね、寝言!? ……わ、私……なんか変な事言っていましたか!?」
「さあ? どうだったかな?」
「クライヴ兄様~!!」
あわあわしている私の唇に、チュッと軽くキスを落すと、クライヴ兄様は再び私の身体をスッポリと胸に抱き締める。
「……どこにもいかねぇよ。ずっとずっと、お前の傍にいるから……」
そう呟きつつ、クライヴ兄様は軽く欠伸をする。
その時の私は、兄様が一旦自室に戻って、賢者タイムになるまで己を徹底的に鎮め、その後再び私と添い寝してから今の今迄、一睡も出来ていなかったという事を知らなかった(後に、その夜の事を話してくれたんだけど、羞恥のあまりに死にかけました)。
そしてそんな兄様の目の前で、うっかり二度寝しかけた私は、ブチ切れた兄様に頬っぺたを左右に思い切り伸ばされたのでした。はい、とっても痛かったです!
◇◇◇◇◇
クライヴ兄様にお叱りを受けた後、私はミアさんに身支度を調えてもらい、ウィルの用意してくれたミックスフルーツジュース(オーブリーさんちの苺多め)とビスケットを摂った。
そして夜明け前の綺麗な空を見ながら、クライヴ兄様と一緒に本邸へと向かったのだった。
──……でもちょっと待ってください。
「クライヴ兄様。なんで私の運動着、学院仕様なんですか?」
そう。なぜか私が今着ている運動着は普段使いのものではなく、学院で半強制的に着用を義務付けられている『姫騎士仕様』のものなのである。
「ああ、それな。持ってきた分がたまたまそれしかなかったらしいぞ?」
「……」
いや、んな訳ないでしょう! だって運動着、私の目の前でミアさんがせっせと用意してくれていたんだから。
チラリと後方に目をやると、ミアさんと何故かウィルが同時に目を逸らした。……うん、二人揃って仲良く自白しているよ。
そうですか。入れた後で、兄様方にすり替えを命じられたんですね。──でもなんで!?
「このバッシュ公爵領では、お前は主家の姫なんだ。だから誰からも一目置かれる立ち居振る舞いと装いをしなくてはならないんだよ」
クライヴ兄様のごもっともなド正論に対し、それでも私は抗議の声を上げた。
「だからって酷いです!! あれ、一番動き易くてお気に入りだったのに!!」
「やかましい!! よりによって、自分の領地にヨレた濃紺つなぎを持っていこうとするバカがどこにいる!? ゴミ箱行きにされなかっただけでも有難いと思え!!」
「見た目で差別するの反対! 兄様はジャージの良さが分かっていないんです!!」
「永遠に分からんでもいいわ!!」
まったく兄様ったら。あの伸縮自在で機能性に優れたジャージの素晴らしさが分からないなんて!
……。まあでも、ジョナネェに必死に強請って、ようやっと作ってもらった服だから、捨てられなくて本当に良かった。
それに、ちょっとギクシャクしていたクライヴ兄様とのやり取りが、いつもの調子に戻ったのも嬉しい。
クライヴ兄様が、わざわざ私が寝ている状態で、ひっそり添い寝してくれていて良かった。
もし、意識がある時に一緒にベッドに入ったりしたら、きっとドキドキして寝不足になっていただろうからね。
◆◆◆◆◆
「……あの、ウィル殿。〝じゃーじ〟ってなんですか?」
今日の護衛を仰せつかったネッドが、斜め横を歩くウィルにこっそりと尋ねる。
「お嬢様の愛用している運動着です。見た目はなんですが、着心地は最高ですよ! ……実は私も、お嬢様とお揃いで持っているんです!」
「ははぁ……成程」
なんかちょっとドヤ顔のウィルを見たネッドは、『きっとそれ、ご婚約者様が着なかった分のお下がりなんだろうな……』と、心の中で呟いた。
お嬢様がこちらにいらしてからずっと見ていて思ったのだが、この侍従ってば本当に、お嬢様とどっこいの感性を持っている。うん、実に良い主従コンビだ。
「しかし……。朝練って、お嬢様ご自身もされるんだな」
「ああ。てっきりお嬢様は見学をされるものだとばかり……」
今日のエレノアの護衛騎士としてやってきたネッドとポールは、わいわいとクライヴと言い合いをしているエレノアを見ながら汗を流した。
昨夜の「朝練」発言。てっきりクライヴの訓練風景を見学するという意味で言ったと思っていたのだが、実はエレノア自身も参加するという意味だった事に、彼等は心底驚いていた。
しかも女……というか、高位貴族のご令嬢が騎士に混じって訓練するなんて、見た事も聞いた事もない。もしや昨夜のイーサンが副団長に告げたというあの言葉は、この事を言っていたのだろうか?
──それにしても……。
ネッドとポールは、エレノアの恰好をまじまじと見つめながら頬を染める。
ドレスのようであって、豪華な騎士服にも見える不思議な装い。きっちりと結い上げた髪と、まだ発育途中の華奢な体躯とが相まって、中性的な少年のようにも見えてしまう。
「お嬢様の勇ましくも可憐なあのお姿……。俺、今迄女に興味なかったけど、お嬢様のあのお姿はくるものがあるな…」
「全くもって同感だ。お嬢様のようなお方ならば、女を愛する事もやぶさかではないと思えるよ」
二人は昨日のエレノアのアレコレを思い返し、揃って恍惚の笑みを浮かべた。彼女ならば、あの辛辣なティルを容易く懐柔したのも納得だ。
そういえば当のティルだが、本日演習場までの護衛が自分達に決まった時、「え~! 俺が一番にお嬢様へご挨拶したかったのにー!!」と、もの凄くぶーたれていた。当然、最後にはクリス副団長にシメられ、城下町を含めた巡回警備隊に放り込まれていたっけ。
「昨日は時間が無くて無理だったが、今日は我々も『騎士の忠誠』をお許しいただきたいものだな!」
「ああ。お嬢様であれば、生涯忠誠をお捧げする事に悔いはない!」
……などと、二人が楽しそうに話し合っているその近くで、物凄く羨ましそうにギリギリと歯を食いしばる近衛騎士達の姿があったと、後にウィルは王都邸の仲間達に語ったという。
◇◇◇◇◇
「……あれ?」
本邸と騎士棟の間に造られたという、広い演習場に足を踏み入れようとした時だった。剣を交える音や、騎士達の掛け声……ではなく、何やら揉めているような声が聞こえてくる。
何事かと、クライヴ兄様や他の護衛騎士達と一緒に、気配を殺して木の陰からこっそり覗いてみる。すると、クリス副団長が複数の団員達に囲まれているのが見えた。
そしてその内の一人が、クリス副団長に詰め寄っている。……けど、ちょっと言葉が不明瞭だな……。
なんて思っていたら、ウィルが風魔法を使って、声がこちらまでクリアに届くようにしてくれた。覗き見&聞き耳なんてはしたないかもだけど、ナイスだウィル!
「クリス副団長! 何故フローレンス様とマディナ夫人が出ていかされたのですか!?」
聞こえてきた内容に驚いてしまう。え? フローレンス様とゾラ男爵夫人、
「そんなの僕は知らないよ。そういう事を決めるのは家令であるイーサン様の仕事だ。寧ろ僕に言いがかりつけるより、イーサン様に直接聞いてみたらどうだ?」
途端、騎士達が一斉に怯んだ。
うん。あのイーサンに進言するって、勇気いりそうだもんね。
「──ッ! し、しかし……! 昨日視察に向かってすぐにそのような事になるなどと……!」
「……クリス副団長が、そうなるように進言されたのではないですか?」
クリス副団長を取り囲んでいた騎士達の一人が呟いた言葉を聞いた瞬間、クリス副団長の背後から黒いなにかが噴き上がった……ような気がした。
「……なんだそれ? どうして僕が、そんな事をしなけりゃならないんだ?」
凍りつくほど冷ややかな口調に、騎士達が気圧されたように一歩後ろに下がる。だがその内の一人が、再び口を開いた。
「ク、クリス副団長はずっと、フローレンス様に悪感情を抱いておられたではないですか!」
「当然だ。場も弁えず、許可もされていないのに演習場をサロン代わりにしているような輩を、快く思う訳がないだろう」
成程、フローレンス様……。度々演習場に来ていたんだ。
しかもクリス副団長の口ぶりだと、その度に訓練邪魔されていたっぽいな。そりゃー怒るでしょう。……でもクリス副団長。フローレンス様の事、「輩」って言っちゃったよ。どんだけ頭にきていたんだ。
私はフローレンス様のしていたであろう行為に溜息をつきつつ、こちらにまで漂ってきそうなほどの怒気を含んだ冷気にブルリと身体を震わせた。
──……いや、実はさっきから、自分の周囲も絶対零度にまで温度が急降下しているんだよね……。
これ多分、発生元はクライヴ兄様で、ウィルが風の魔力でそれを増幅しているんだろうな。流石は冷風機コンビ!
あっ! 後方から、「……あのクソ野郎ども……」「後で殺す……!!」と小さい呟き声が聞こえてくる。こ、この声はネッドとポール?
ああっ! 近衛騎士様方まで追従して、「貴公ら! やるなら我々も是非参加させてもらうぞ!」なんて言っているじゃないですか! やめて皆さん! それだけはやめてー!!
「──ッ! ……だからお嬢様がこちらに来られたのを契機に、フローレンス様方を追い出そうと画策されたのではないのですか!?」
そんな私達の状況など知る由もなく、再びクリス副団長と騎士達の押し問答が始まった。
にしても、仮にも騎士団の団員が、己らの取りまとめ役である副団長にあんな言いたい放題するなんて……。
ティルがこっそり教えてくれたけど、クリス副団長は平民出身らしいから、そういう意味での侮りを持っているのかもしれない。それに私に対しても……彼らはあまり良い感情を持っていないようだ。
多分だけど、彼等にとって私は、愛する女性に害成す存在……。いわば、乙女ゲームにおける悪役令嬢に近い存在なのかもしれない。
確かに私、今の今まで領地を訪れた事なかったからなぁ……。とはいえ、自領の騎士達にそう思われてるのって、割とへこむな。
などと、ちょっとションボリしてしまったら、一段と周囲が冷えてきて……えっ!? ちょっ、こ、これ……! まさかのダイヤモンドダスト!?
「……ふ~ん……。しかもゾラ男爵令嬢に『騎士の忠誠』を誓った団長も謹慎中だし、絶好の機会だと僕が動いたと……。そう言いたいのか?」
えっ!? 騎士団長さん、フローレンス様に『騎士の忠誠』を誓っていたんだ!? あ、騎士達が一斉に動揺している。
「今現在謹慎している騎士達は、団長以下全てゾラ男爵令嬢に『騎士の忠誠』を誓っている。……お前達、やけに彼女の事で熱くなっているが、ひょっとして団長達同様、『騎士の忠誠』を彼女に捧げていたりするのか?」
「──なっ……!?」
「そ、そんな……! わ、我々は……」
──そこでようやっと彼等は、自分達に向けられている視線に気が付いた。
一昨日迄とは違い、密かに自分達に同意する少数の騎士達以外は、明らかに自分達に対し冷ややかな視線を向けている。
それはそうだ。彼らは視察の間に起こった事は知らずとも、騎士団長達の暴挙。更にはフローレンス様が白い色のドレスを身に纏うという非常識さを実際に見て知っているのだ。
あれだけでも、
ましてや『騎士の忠誠』を、仕えるべき主家の姫ではなく、男爵令嬢に捧げていたとなれば……。
今現在の状況に戸惑う騎士達に対し、クリスは「ハッ」と鼻を鳴らした後、とどめとばかりに冷たく言い放った。
「さっきから聞いていれば、僕があの女を追い出す為に画策したなどと……馬鹿馬鹿しい! そもそもあの家令様が、僕ごときの進言を真に受けて動くようなヤツだと思っているのか? それに僕が言っても信じないかもしれないが、彼女は昨日の視察で、許されない言動を繰り返した。むしろ追い出されるだけで済んで幸運だったと、その場にいた者としては思わざるを得ないね!」
「──ッ! じゃあやはり、副団長が……!?」
「だから、何でそうなる!? そもそも僕がその事実を知ったのは、彼女らが追い出された後だ!」
「……ならば、もしや最初からお嬢様の命令で……ガッ!」
それは本当に、思わず口から零れた言葉だったのだろう。
だが言い終わる前に、騎士が言葉を切る。なぜなら、クリス副団長が目にも止まらぬ速さで抜刀し、彼の口の中に剣を突っ込んだからだ。
「……それ以上、僕の『貴婦人』に対する暴言を口走ってみろ。その舌、切り落とすぞ!?」
凄まじい形相と背後から噴き上がる怒気に、その場の誰もがクリス副団長が本気である事を悟る。そして、彼の傍に控えているアリステアもクリス副団長を止める事なく、剣を突っ込まれた騎士を冷ややかな眼差して見つめるだけだった。
「はぁ……。ったく!」
クライヴ兄様が舌打ちをした後、シンと静まり返る演習場へと歩を進めた。
「どうした? 随分楽しそうな訓練をしているみたいじゃないか?」
「──ッ! クライヴ様! それにエレノアお嬢様!?」
クリス副団長が部下の口に突っ込んでいた剣を抜き、その場に片膝を突くと、その場にいた騎士達も慌ててそれに倣った。さっきまでクリス副団長に詰め寄っていた騎士達も片膝を突いて俯いている。が、その顔色は一様に悪い。
多分だが、今迄の会話を私達に聞かれたかもしれないと焦っているのだろう。
「エレノアお嬢様。並びにクライヴ様。この度はお見苦しい様を晒し……」
クライヴ兄様が手を前に出し、クリス副団長の謝罪を遮る。
「そちらの内輪揉めに介入するつもりはない……今はな」
クライヴ兄様の言葉を受け、主に先程の騎士達が詰めた息を吐いた。
そんな彼らを鋭く一瞥した後、クライヴ兄様は更に言葉を続ける。
「クリス副団長。訓練中邪魔して悪いが、今日から俺達も訓練に参加させてもらえないか?」
ザワリ……と、その場の空気が騒めく。
「は? そ、それは勿論。我が国が誇る英雄、グラント・オルセン将軍閣下の御子息様と、王族方を守護する近衛騎士様方と共に訓練が出来るなど、騎士として光栄の極み。なれば是非ともこの機会に、ご指導賜りたく存じ上げます」
「英雄なのは、俺じゃなくて親父だからな。そう大仰に構えられると居心地が悪い。寧ろ俺の方こそ、世に名高いバッシュ公爵家の騎士に胸を貸してもらおうと思っている。エレノアの婚約者だからと遠慮せず、全力で相手をしてくれると助かる」
「ヒル副団長殿、我らも是非参加させてほしい。魔獣や無法者達と最前線で戦う貴公らとの手合わせ。鈍った剣のいいサビ落としとなろう」
「……は。我らも是非、胸を貸していただきたく存じます」
クリス副団長が好戦的にニッと笑うと、クライヴ兄様も不敵に微笑む。このやり取りで、先程の剣呑とした雰囲気が見事に霧散してしまった。
場を仲裁するオカン属性のその手腕。流石はクライヴ兄様、お見事です!
「ところでエレノアお嬢様、その恰好は?」
クリス副団長が戸惑うように、私の恰好を凝視してくる。ついでに他の騎士達も、私の恰好を食い入るように見つめてくる。しかも何故か皆の顔が赤い。
「あ、あのっ! 私も訓練に参加したくて来ました!」
「は!? お、お嬢様が!?」
途端、演習場に居た騎士達が騒めいた。
中には信じられないといった様子で私を見る騎士達もいる。……うん、そりゃそうだよね。こんな格好した小娘が、訓練に参加するなんて信じられないよね。分かります。
「ああ、信じられないかもしれんが、エレノアは小さい頃から俺や親父が鍛えているんだ。だから格闘技も出来るし、当然剣も使える」
「オ、オルセン将軍が!?」「まさか……!」と、更にその場が騒めき立った。クリス副団長や、その横に控えていたアリステアさんも目を丸くして私を凝視した後、クライヴ兄様を見た。
そんなクリス副団長達に対し、クライヴ兄様のみならず、ウィルや近衛騎士様方も深く頷く。その事でようやく、私が本当に訓練をしたいという事を信じてくれたみたいだ。
「し、失礼いたしました! ではお嬢様、どうぞこちらに……」
そう言って演習場の中央へ誘導しようとしたクリス副団長を、私は慌てて止めた。
「あの、私は隅の方を貸していただければ結構です」
「は!? い、いえそれは! お嬢様を隅に追いやるなど……!」
焦った様子のクリス副団長に、私は本当に大丈夫だからという意味を込めてニッコリと微笑んだ。
「大丈夫、気にしないでください。そもそもここは、貴方がたがバッシュ公爵領を守る為に訓練を行う大切な場所……。いわば騎士の方々にとっての聖域です。だから邪魔にならないよう、隅で練習させてください」
途端、騎士達の顔がハッとする。
「そうだな。副団長、悪いがエレノアに場所を貸してやってくれ。こいつの言うとおり、お前達の邪魔にならないようにするから、暫くは宜しく頼む。なんせ、お披露目で行う余興を練習させないといけないからな」
「……ん?」
──……はい? クライヴ兄様、今余興って言った?
「あの、クライヴ兄様……?」
「それじゃあエレノア、まずは俺と一緒に柔軟体操をした後、ウィルと敷地内を駆け足で周回してこい。剣舞の練習はそれからだ」
「はい!? け、剣舞!?」
剣舞!? 剣舞って言いましたか!? ……まさか……余興って、剣舞の披露って事!?
「ほれ、さっさと始めるぞ!」
確認と抗議をしようとした私の首根っこを掴んだクライヴ兄様は、騎士達の邪魔にならないよう、演習場の端の方へと歩きだした。
そうして、「剣舞をするとはなんぞ!?」という私の疑問を無視したクライヴ兄様と共に柔軟体操をこなした後、ウィルと共に本邸を一周走らされました。
……それにしても、本邸って……。分かっていたけど広い!!
わりと全速力で走ったのに、戻ってきた時にはすっかり朝日が昇っておりました。
う~ん……。王都邸もバカみたいに広いと思っていたけど、本邸はそれ以上だった。途中で野生の鹿やら馬やら白鳥やらがいたんだけど、なぜか彼らは私と並走して一緒に走っていた(白鳥は飛んでいたけど)。
……あの~……。貴方がたって、野生ですよね?
一緒にランニングした仲という事で、こっそり彼らにぺんぺん草を振る舞ったんだけど、演習場へと戻ろうとした目の端に、物凄い勢いでぺんぺん草にがっつく鹿と馬に混じって、白鳥も参戦している姿が映った。……白鳥って、普通の草食べたっけ?
なんて、首を傾げながら演習場へと戻ると、そこにはクリス副団長と激しく打ち合いをしているクライヴ兄様の姿があった。
近衛騎士様方も、バッシュ公爵家の騎士達……今はネッド達と実戦さながらの打ち合いをしている。……って、なんかあちらこちらに呻き声をあげて転がっている騎士達がいるんですが……。あ、よく見たら、さっきクリス副団長と揉めていた騎士達だ。
「お嬢様。少々お待ちください」
そう言ってウィルが、いつの間にやら待機していたミアさんと共に、木陰へと素早く移動する。
『あーっ!! ふ、二人ってば逢引!?』なんて、一瞬ワクテカしてしまったが、ミアさんはすぐに木陰から出てきました。残念!
「お待たせしました、エレノアお嬢様!」
そう言って出てきたウィルの姿は……なんとビックリ! 騎士服を着ておりました。しかもあれって、クロス伯爵家の騎士服ですね!?
バッシュ公爵家の騎士服は緑色がベースだけど、クロス伯爵家の騎士服は赤系統。多分、主家の魔力属性が火の家系だからだろうなと勝手に想像しています。それにしても……。
「ウィル! すっごく恰好良いよ!! わぁ~……! ウィルってば本当に騎士だったんだね!!」
「ウィルさん、本当に恰好いいです!」
私とミアさんの手放しの賛辞に、ウィルは顔を赤くして照れまくった。
「エレノアお嬢様、ミアさん。有難う御座います! でもここにきてクロス伯爵領の騎士服など……お恥ずかしい限りです。なんせバッシュ公爵家に来てから、騎士服を着る機会がありませんでしたので。本邸に戻りましたらジョゼフ様にお願いして、バッシュ公爵家の騎士服を新調したいと思います!」
いえいえ、騎士服なんて似合っていればそれで良いんですよ。それにクロス伯爵家の騎士さん達も、私の身内みたいなもんだしね。
「ではお嬢様! 剣舞を練習される前に、私と少々打ち合いをいたしましょう」
「あ、はいっ!」
「お嬢様。刀をどうぞ」
ミアさんが私の愛刀を恭しく差し出す。
成程。ウィルが騎士服着たのって、打ち合いをする為ですか。……え? 違う? 良い機会だから、ついでに『騎士の忠誠』を誓うべく、ミアさんに頼んで騎士服を用意してもらっていた? お……おう。成程ね。
「勿論、騎士の忠誠をお誓いするのは、稽古が終わってからで結構です。さ、まずは基本の型からおさらいしますよ」
そう言った後、まずは互いに礼を行い抜刀。その後刀を合わせる。
ちなみにだが、バッシュ公爵家王都邸の騎士達やクロス伯爵領、そして王宮の騎士達の多くは魔力を込めるのに適しているうえ、強度も抜群な日本刀を愛用している。なので当然、ウィルも日本刀を所持しています。
「まいります」