ご褒美という名の拷問スタート
「あ、クライヴ様!」
薄暗がりの中、自分の姿に気が付き声をかけてきたミアに、クライヴは自分の唇に立てた人差し指を当てた。
「──ッ! も、申し訳ありません」
ウサミミをピルピルさせながら、慌てて小声になるミアに頷きを返すと、ベッドの中を覗き見る。そうして小さな寝息をたてながら眠るエレノアの姿を目にした瞬間、自然と頬が緩んだ。
「……お嬢様、先ほどまでずっと泣いておられて……。『クライヴ兄様に酷い事を言っちゃった』『兄様、呆れちゃったよね?』って、ずっと繰り返されてて……」
その言葉によく見てみれば、エレノアの目元が少しだけ赤い。クライヴの胸がズキリと痛んだ。
「そうか。……ミア、ご苦労だったな。ここはもういいから下がれ」
「え? でも……」
戸惑うミアに対し、クライヴは安心させるように少しだけ微笑む。
「俺が付いているから心配ない。自分の部屋で休んでいろ」
「あ……! は、はいっ!」
クライヴの微笑みという顔面攻撃を受け、頬を真っ赤に染めながら、ミアはペコリとお辞儀をする。そして、ちょっぴり危なっかしい足取りで部屋から出ていった。
「……さて……」
自分とエレノア以外、誰も居なくなった室内。……いや、なんとなく天井方面から影達の気配がするので、実質二人きりではない。だが何故か、心なし影の人数が増えているような気がするのは気のせいだろうか?
……ん? なんかミシミシ音がするが……揉めているのか? ひょっとしてあの家令の放った影が参戦しているとか? ……うん、きっとそうだろうな。あの野郎……!
そっと、エレノアの身体にかかっている掛布をずらすと、フリルが沢山ついた可愛らしい白いネグリジェ姿が目に飛び込んできた。
思わず「うっ!」と声を上げかけてしまう。……落ち着け。平常心だ。平常心……よし!
ってか天井! 思い切りミシッて言ったぞ!? なにエレノアのナイトウェアで興奮してんだ! お前ら真面目に仕事しろ! というより後でぶっ飛ばす!!
……さて。
──帰ってきてすぐ入浴は済ませているし、服も着替えている。このままベッドに入っても問題はなかろう……。
そう思いながら上着を脱ぐと、傍の椅子に放り投げ靴を脱ぐ。そうした後、エレノアが眠るベッドに乗り上げた。
自身の重みでベッドが柔らかく沈み込む。
なるべく振動を与えないように注意しながら、スルリと掛布の中に滑り込むと、小さなエレノアの身体を抱き締める。
腕の中。感じる柔らかい感触と、ふんわりと鼻腔をくすぐる甘い香りにざわつく胸を宥める。
『う~ん……。普通の状態で抱き締めるのと、こうして寝ながら抱き締めるのでは、やはり違うな。……なんていうか……。そう、くるものが違う』
「エレノア?」
それにしてもよく寝ているな……と耳元に唇を寄せ、名を呼んでみるが返答は無い。
『まあ今日は色々あったし、あんなに大勢の人間と接する事など初めての経験だっただろうからな。疲れたよな』
今日のエレノアは、このバッシュ公爵領を統べる直系の姫として、まさに完璧であった。……まあ、最終的にいつもの地が出てしまったが、それすらも領民からは好意的に受け止められていた。
全くもって、兄としても婚約者としても誇らしいとしか言いようがない。本当にこの愛しい存在は、どれだけ自分を……そして周囲を魅了すれば気が済むのだろうか。
それになにより、想定外にもエレノアが「婚約者」として自分に嫉妬心を向けてくれ、その結果、こうして同衾する事が出来ている訳なのだ。……あくまで添い寝ではあるが。
だが、あの恥ずかしがり屋で鈍いエレノアがそういう事を言ってきただけでも、物凄い進歩だ。欲を言えば、折角こうして同衾しているのだから、ピロートークというか少しは語り合いたい。
でもこんなに気持ち良く寝ているのを無理矢理起こすのも……。と、暫し逡巡しながら、なにげなく唇でエレノアの耳をはむっと咥えた。
エレノアの肩がピクリと動く。が、やはり目を覚ます気配が無い。
──思えば本日、こいつの言動にどれほど翻弄された事か。少しは意趣返ししても許されるのではないだろうか?
そんな風に心の中で言い訳めいた事を呟きながら、咥えた耳をやわく甘噛みしてみる。
「んっ」
エレノアの唇から小さな声があがる。それと同時に、クライヴの心臓も大きく跳ね上がった。
「……クライヴ……にいさま……?」
次いで呼ばれた自分の名に、慌てて耳から唇を離して顔を覗き込むと、半分目を開けた状態のエレノアと目が合った。
いつものキラキラ光った宝石のような瞳は、サイドランプの淡い光を受けて潤み、やけに蠱惑的だ。
「エレノア……あ、のな……」
いつもと違ったエレノアの表情と雰囲気に気圧されたように、らしくもなく口ごもってしまう。
そんな自分をぼんやりと見つめた後、自分に引き寄せるように、エレノアの手がスルリと首元に巻き付いた。
「クライヴにいさま……すき。どこにもいかないで……」
舌足らずな甘い声に、クライヴの身体と脳が思い切り思考停止した。更には硬直した身体がゆっくりと、エレノアを押し倒す形でベッドに沈んでいく。
「クライヴにいさま……」
再び甘い声で名を呼ばれ、クライヴは震える腕でエレノアの身体を抱き締める。するとエレノアが幸せそうに唇を綻ばせた。
「エ……エレ……ノア。おまえ……起きて……るのか?」
掠れた声で確認する自分にお構いなしとばかりに、エレノアが自分の顔を甘えるようにクライヴの首筋に摺り寄せる。
「──ッ……!!」
サラリとした髪の感触と甘い香り。そして小さな唇と吐息が首元をくすぐるたび、胸の鼓動がバクバクと跳ねあがる。ついでに不埒な箇所も、とんでもない事になっている。
……しかも密着しているおかげで、エレノアの薄い夜着越しに柔らかい感触がこう、ダイレクトに……。
──何だこれ、俺は今天国にいるのか!? ……いや、ベッドの中か。
思わず自分で自分にツッコミを入れてしまう。
だ、だが本当に、ここまで挑発されたら、もう我慢する必要なくないか? そもそも婚約者が同衾の誘いを受けているんだから、我慢する必要ないよな? そうだよな!?
もはや欲望と理性のシーソーゲームは、欲望に軍配が上がってしまっており、理性はコーナーの隅に追いやられ、ギブアップ寸前である。
クライヴは男としての本能に抗わない事を決めた。
幸い(?)今現在の自分には
何が悲しくて衆人環視の中での羞恥プレイをせねばならんのか……という葛藤は当然あるが、それはそれ。もはや割り切るしかないと葛藤は隅に追いやっておく。
「エレノア……」
湧き上がる愛おしさを込め、桜色の唇に深く唇を重ね、呼吸を邪魔しない程度に甘く柔らかい感触を楽しむ。
そして唇を離すと、そのまま顎から首筋をなぞるように落としていき、エレノアの白く浮き出ている鎖骨付近に軽く吸い付いた。
「っ……あっ……」
濡れた感触に、エレノアの身体が跳ね、吐息のような声が漏れる。
その声に興奮が一気に高まり、そのまま肌を強く吸い上げようとした次の瞬間。物凄い殺気が矢のようにクライヴめがけて降り注ぎ、我に返らせる。
『ッッ~~!! ……あ、あっぶねぇ!!』
危うくキスマークをつけそうになった事実に青褪める。
こんな所に痕を付けたら、いつ何時オリヴァーに見付かってしまうか分からない。というよりエレノアになんと言い訳していいのか分からない。
……いや、こいつなら「虫刺され」ですぐに納得するだろう。だが、他の連中はそうはいかない。
『お、思っていたよりも危険だ……!』
クライヴは、己の顎を伝う汗を腕で拭った。
たかが添い寝。されど添い寝。
心の底から愛しい女相手では、自制など何の役にも立ちはしないのだと、この期に及んで痛感させられてしまう。
『……折角の機会なんだが……。勿体ないがエレノアも起きそうにないし、これぐらいにして部屋に戻るか……』
そう思いながら身体を起こそうとしたその時だった。
「ん?」
右手に、フカッとした柔らかい感触が……。
『──!!!?』
柔らかいものの正体。それがエレノアの胸だと瞬時に察したクライヴは、今度こそ石化した。エレノア的に言うなれば、これこそ正統派の『ラッキースケベ』である。
ドッドッド……と、胸の鼓動が鼓膜に響いて煩い。再び汗も噴き出てきて呼吸も荒くなっていってしまう。……しかも……しかもだ。
『……こっ……これは……!!』
前回、王都邸で一緒に入浴した時より、明らかに成長している。まさかこんな状況で妹の成長を知る事になろうとは……。
──最悪だ!! ……いや、最高というべきか!?
と、とにかくこれって、喜ばしい事には違いない。オリヴァーやセドリックにも是非報告を……って、したら確実に殺されるだろ!! ええぃ! とにかく自分、落ち着け!!
パニックのあまり、心の中で再びセルフボケツッコミをしていたクライヴだったが、そうこうしている内にうっかり手に力が入ってしまい、当然と言うかその結果……。
むにっ。
「あ!?」
「んっ!」
ラッキースケベ再びである。
揉んでしまったその感触に、二人同時に声があがる。と同時に、天井から物凄い殺気と、ついでに暗器がクライヴめがけて矢のように降り注いだ。
我に返ったクライヴが暗器全てを凍結して直撃を防ぎ切ると、ギッと天井を睨み付ける。
──ふざけんなよてめーら! 今のは完全に不可抗力だっただろうが!! しかもまた人数増えてんだろ!? この気配、王家の影も混じってやがんなこの野郎!! ってかよく考えたら、なんでこのベッド、天蓋が付いてねーんだよ!? あんのクソ家令……! こうなると分かっていて、わざと取っ払っていたな!?
声にならない声で、天井裏の影達を罵りつつ、直撃は防いだものの、自分めがけてボトボト落ちてきた暗器を手早く回収していく。
『起きて……ねぇよな……?』
恐る恐るエレノアの顔を覗き込むと、目は閉じているものの、心なしうっすらと頬が紅潮している。
「…………」
それを目にした瞬間、先程までのアレコレが蘇ってきてしまい、再び下半身にあらぬ熱が集中してしまう。
『ッ……くそっ!! もう……限界だ!!』
クライヴは入ってきたのと同じく、スルリと音も立てずにベッドから滑り下り、掛布をそっとかけ直した。
そして深く、ふかーく息を吐き出すと……目にも止まらぬ速さで、続き部屋の先にある自室へと消えていったのだった。