これが嫉妬というものか
カタンと馬車の小さい揺れに意識が浮上する。
どうやらうたた寝をしていたようだ……けど、首とか痛くないなぁ?
「起きたか? エレノア」
頭上から優しい声がかかる。
見上げてみると、クライヴ兄様の麗しいご尊顔がどアップで目に飛び込んできた。どうやらうたた寝をしていたら、クライヴ兄様が膝抱っこしてくれていたようだ。
「うひゃあ! も、申し訳ありませんっ!」
真っ赤になって慌てて飛び起きようとした私の身体を、クライヴ兄様がやんわりと抱き締める。
「初めての領地視察で疲れただろう。バッシュ公爵邸までまだかかるから、このまま寝ていろ」
「そうですよお嬢様!」
「どうぞ我々に遠慮なさらず、ゆったりとなさってください」
クライヴ兄様に引き続き、ウィルとシャノンが優しく声をかけてくる。……二人とも、帰りは何故かこちらの馬車に乗り込んでいたんだよね。
二人によれば。
「あの令嬢の、エレノアお嬢様への態度や、獣人の子供に対して行なったあの非道は許せません!」
「私もウィルと同意見です。それに言いたい事はだいたい言いましたから、あちらの馬車に乗る意味がありません」
……だそうです。
クライヴ兄様も、「一人にさせておいた方がいいだろう」と、ウィルとシャノンの同乗を許可したのである。まあ確かに。あんな事があった後では、お互い気まずいだろうしね。
「ほら、目ぇ瞑ってろ」
そう言って、クライヴ兄様は私の瞼にキスを落とした。
くっ! そ、そんな事されたらどうしても目を瞑っちゃうし、ウィル達の目が恥ずかしくて目を開けられないじゃないか! し、しかも抱き締められているお陰でぬくぬく温かくて……眠く……なる……。
「……寝たな」
「寝ましたね」
「色々ありましたし、お疲れになったのでしょう」
スウスウと寝息を立てだしたエレノアのあどけない寝顔を、三人は揃って愛しげに見つめた。
◇◇◇◇◇
「クライヴ様。お帰りなさいませ」
「おう。……ってか、直でこっち来たのに、なぜお前がここにいる?」
エレノアを腕に抱いたままタラップを下りたクライヴは、離れの正面玄関で待ち構えていたイーサンに胡乱な眼差しを向ける。が、それに対し、イーサンは深々と頭を下げながらキッパリと言い放った。
「いついかなる時でも主人の行動の先読みを行う事は、家令の嗜みでございます」
「お、おう……。そうか」
……んん? 何か声が……?
意識がゆるゆると浮上する。
──あ、私今、クライヴ兄様に運ばれているのか。どうりでこの浮遊感。イーサンの声もするって事は、バッシュ公爵家本邸に到着したんだね。
「初めてのご視察、滞りなくお済みのご様子。お喜び申し上げます。では、お嬢様は私がお部屋までお運びいたしましょう」
「せんでいい! 俺がこのまま運ぶ!」
「……左様で御座いますか」
──おや? なんか小さく舌打ちがきこえたような……?
「では、オルセン子爵令息。我々は館の周囲を巡回してまいります」
「ああ。宜しく頼む。後の警護はバッシュ公爵家の騎士達に引き継がせるから、巡回が終わったらそのまま休んでくれ」
「承知しました」
──近衛騎士の皆様方、お疲れ様です。寝たふりのままでなんですが、今日一日有難う御座いました!
「それとイーサン。後であのゾラ男爵令嬢の件で話がある」
クライヴ兄様の口から出た名にドキリとする。
「……畏まりました。では後ほど……」
「ああ」
──……うう……。なんだかまたモヤモヤする。
なんで兄様がフローレンス様の事でイーサンと話すの? と、思わず口に出して言ってしまいそうになり、私は慌ててキュッと唇を引き結んだ。
今日一日彼女と一緒にいて分かった事。それは、私は彼女と仲良くなれそうにないな……という事実だった。
バッシュ公爵家本邸に到着し、初めて見た彼女は、噂で聞くような儚くて優しそうな女性に見えた。
だけど彼女と行動を共にしている内に、どんどんと違和感というか、彼女の嫌な面が鼻についてくるようになっていったのだった。
ロイ君の事に関しては、アルバの貴族女子なら、多分ああいう態度こそが通常仕様なのかもしれない。
でも彼女は「貴族」という特権を強調しながらも、主家の娘である私の言葉に最後まで頷く事はしなかったのだ。それは暗に、私を下に見ている事に他ならない。
まあでもそれに関して言えば、相手に自分を認めさせられない私にも非があるのだろう。そもそも人間なのだから、相性もあるだろうしね。
……でも多分だが、フローレンス様は私の事を嫌い……なのだろう。
それは、認めていない私が、仕えるべき主家の娘だったからなのか。それとも一目で恋に落ちた男性……クライヴ兄様の婚約者が私だったからなのか……。それは分からない、けれど私も、権力を振りかざして相手を下に見る人は、正直言って大嫌いだ。
しかも、服の色といいクライヴ兄様への態度といい……。いくら気に入らない女の婚約者であったとしても、他人の婚約者に対し、なんでああいった行動を起こせるのだろうか。
……ひょっとして、私よりも美人だし領民に人望があるから、クライヴ兄様も私よりも自分に好意を持つはずだ……って、そう思っちゃったのかな?
『そんな事、クライヴ兄様に限って絶対有り得ない! 兄様は私の事を愛してくださっているし、私も……。兄様が大好きだ。だから、誰かに兄様を渡すなんて絶対しない!』
そう。昔は兄様方の愛情がシスコンからきていると思ったからこそ、良い人がいたらその人と幸せになってほしいなんて思っていた。
けれど、兄様方の本当の気持ちを知った今となっては、兄様が他の女性の事を気にかけているって考えるだけで、胸がモヤモヤしてしまう。
多分……いや、間違いなく、私は今嫉妬をしているんだ。
「エレノア? 起きたのか?」
「………」
私の気配を敏感に察したクライヴ兄様が声をかけてくる。私はそれに応える事なく、そのまま眠ったふりをし続けたのだった。
「エレノアお嬢様! お帰りなさいませ!」
サロンに入った瞬間を見計らい、たった今目を覚ましたように装って目を開けると、そこにはミアさんが元気一杯といった様子で立っていた。ウサミミも元気一杯にピルピルしている。癒されるなぁ!
「ミアさん、帰ってきたの? まだ家族水入らずしていても良かったのに」
私の言葉に、ミアさんはプルプルと首を振った。
「いいえ、大丈夫です! またすぐに会えますし。あ、エレノアお嬢様が持たせてくださったお土産、皆とても喜んでおりました!」
「そっかー! 良かった!」
私はミアさんと一緒にニコニコと笑い合った。
実は明日からの私の修行、バッシュ公爵家直営の牧場兼農園で行う事になっているんだけど、ミアさん達家族の移住先が、まさにその牧場なのである。
だからミアさんとはそこで落ち合おうねって話だったんだけど、急遽視察が入って修行が一日延びちゃったから帰ってきたんだって。うわぁ……申し訳ないわ。
「ミアさん。さてはお嬢様に会いたくなりましたね?」
「流石はウィルさん。実はその通りです」
あ、ミアさん。早速ウィルと楽しそうに話し始めた。ふふ、あの二人って、最初は(ウィルが一方的に)張り合っていたけど、今じゃすっかり仲良しだよね。
「あの……。ところでエレノアお嬢様。その……お召し物が……」
ミアさんがなんか言い辛そうにしながら、私の胸元をチラチラ見ている。あ、これですか。
「気にしないでミアさん。これ、名誉の負傷だから!」
「は、はぁ?」
キリッとしながら答えると、ミアさんが首を傾げる。そしてその横でシャノンが小さく「私にとっては致命傷です」と呟いている。だから本当にごめんって!
「ではお嬢様。一日中ご視察でお疲れになった事でしょう。先にお風呂になさいますか? それともお食事に?」
「んー……。お風呂!」
「かしこまりました」
何やら新婚さんのようなやり取りをした後、私とミアさんはクライヴ兄様と別れて大浴場へと向かった。あ、ウィルとシャノンはクライヴ兄様の入浴の準備をすると言って、クライヴ兄様の自室に向かいました。
実は今朝、ちょろっと温泉に入ってみたんだけれども、青みがかった乳白色のお湯は前世の硫黄風呂と違い、花の香りがしてとてもリラックス出来た。父様、素敵な温泉どうも有難う!
あ、今回はミアさんも一緒に入ろうって誘ったんだけど、お風呂上がりのお世話が出来ないからという理由で断られてしまった。残念!
◇◇◇◇◇
さてさて、楽しい入浴タイムを終え、今度は楽しい夕飯タイムだ。
お風呂上がりでホカホカしながら、期待にワクワク胸躍らせ席に着くと、どういうわけだか前菜で、色々なキノコと雑穀を使ったスープが出てきてビックリする。
「うわぁ!! こ、これって……!!」
「お嬢様がお好きと伺いましたので……」
イーサンが眼鏡のフレームをクイッと指で上げながら、顔を紅潮させた私に対し淡々とそう告げる。
聞けば、私があんまり大喜びしていたからと、クライヴ兄様があの場のキノコと雑穀を全部持って帰ってくれたんだそうだ。
そしてイーサンが指示して、雑穀とキノコのコンソメスープが出された……という事らしい。
あれ? でも私、確かに「雑穀とキノコのスープ風リゾット」って呟いたけど、クライヴ兄様、それ聞いていたのかな? でも確かリゾットって料理、この世界では無かったような……。あ、リゾット省いて「雑穀とキノコのスープ」という事になったのかな? よく見れば汁多めだし。
……ま、この際細かい事はどうでもいいか! では実食!
「美味しいー!!」
丁度良い柔らかさの雑穀と、薫り高いキノコと一緒に煮込んだベーコンから出た出汁とシャキシャキした食感がたまらなく美味しい! 白米だったらもっと美味しいんだろうけど、雑穀でも十分美味しい。というか、栄養的にはこちらの方が絶対に上だよね。
そうだ! キノコをフリーズドライにしてみて、煮たらどれぐらい元通りになるのか試してみよう。上手くいけば冒険者の携帯食として重宝されそうだし。
◆◆◆◆◆
「……」
大喜びでリゾットもどきを食べているエレノアの姿を、目を細めながら見つめた後、クライヴはイーサンと視線を合わせる。
『……ひょっとして、影を付けていたのか?』
『家令の嗜みに御座います』
目と目で会話をかわし、「それ、家令の嗜みじゃなくて付きまといって言うんだ!」と心の中でツッコミつつ、クライヴは、エレノアが喜んで食べているスープに口をつけた。
すると、思った以上に滋味溢れる旨味が口一杯に広がり、思わず目を見張る。
雑穀を食べる習慣がなかった事と、見た事のないキノコばかりで食べるのを少し躊躇してしまったが……。なるほど、これならば聖女様と交渉出来るかもしれない。
『家畜の餌だと思っていた雑穀も、調理次第では絶品料理になるという事か……』
そういえば、エレノアが言うにはこの雑穀、栄養価がずば抜けて高く、パンに混ぜたりこうして食べる事で、病気の予防や治療にもなるのだと言っていた。しかも小麦などが取れない僻地でも、沢山の実をつける事が出来るのだそうだ。
それが事実だとすれば、まさに家畜の餌が主食の麦と同等か、それ以上の価値を得る事になる。
しかも、飢饉が起こった時の備えとしても有用だし、雑穀の有効的な活用法を他国に売る事も出来る。
『これこそが転生者の知識……という事か。末恐ろしいな』
この一日で、エレノアが発案したものの価値は計り知れない。何度も思ったが、転生者や転移者が国家の保護対象になる訳だ。
ハフハフと美味しそうに雑穀スープを食べているエレノアを見つめる。
転生者がどれほどの知識を持ち、それがどれだけ国家に恩恵を与える希少な存在であろうとも、自分達にとってこの少女は、ただひたすらに愛しくかけがえのない婚約者でしかない。
──その婚約者を守る為には、後顧の憂いとなるものは全て排除しておかなくては……。
心の中で固く決意したクライヴは食事を終えると、エレノアと共にサロンへと向かった。
「さて、それじゃあなエレノア。明日は久々に早朝訓練だから、早めに寝ろよ?」
紅茶を飲んだ後、立ち上がったクライヴ兄様は、私の頬を撫でながら優しくキスをした後、イーサンに目配せをする。
「──!」
咄嗟に、本邸に戻った時のクライヴ兄様の言葉を思い出した私は、考えるよりも先に立ち上がった。
「待ってくださいクライヴ兄様! 行かないで!!」
咄嗟に身体が動き、扉に手をかける寸前だったクライヴ兄様の背中に、縋るように抱き着く。
「ん? どうした? エレノア?」
「……ク、クライヴ兄様……あの……」
不思議そうな顔で私を見下ろすクライヴ兄様を見た瞬間、頭の中が真っ白になってしまった。
「──ッ! ……あのっ! こ、今夜、私と寝てもらえますか!?」
思わず、とんでもない発言を口にしてしまった私を見下ろしながら、クライヴ兄様はビシリと硬直した。
◇◇◇◇◇
……私は何を言ってしまったのだろうか?
耳が痛くなるほどの静寂漂う空気の中、ゴクリと鳴った自分の喉の音がやけに大きく聞こえる。
そして、「凄ぇ! エレノアお嬢様! 攻めるっすね!」というティルの興奮声と、何かが床に叩き付けられた音が同時に響き渡る。……が、それに気を取られている暇など、今の私には皆無だった。
「……エレノア……」
名を呼ばれ、おずおずと見上げれば、暫し硬直していたクライヴ兄様が目を見開いた状態で私を見下ろしていた。
その瞳には、驚愕や期待……そして喜びの色が浮かんでいて、思わず私の頬も赤く染まる。
「お……まえ……。今言った事、冗談……か?」
「……じ……冗談……です!」
照れの為、思わずクライヴ兄様の言葉に乗っかってしまう。するとクライヴ兄様の額にビキリと大きく青筋が立った。
「あーそうかよ! 期待した俺が大馬鹿だった! ったく……俺は忙しいんだ! くだらねぇ冗談言ってねぇで、お前もとっとと寝ろ! ……それと、明日の朝練は覚悟しておけよ……!?」
顔を赤から青に変え、あわあわしている私にそう言い放ったクライヴ兄様は、自分に引っ付いていた私をベリッと剥がし、ポイッとウィルに向かって放り投げた。ウィルもナイスキャッチで私を受け取る。
「ク、クライヴ兄様! 申し訳ありません! 嘘です! 冗談じゃありません!! 真面目です! 真面目に添い寝希望です!!」
怒りに任せ、大股で出ていこうとしたクライヴ兄様の足がピタリと止まった。
「……は? 添い寝?」
「は、はいっ! 添い寝です!!」
「……寝るって、そういう意味か……」
明らかにガックリと脱力したクライヴ兄様。それを同情のこもった眼差しで見つめるクリス副団長含めた護衛騎士の皆さん。
あっ! 皆、今度は私を生暖かい眼差しで見つめてくる!
ティルに至っては、「うわぁ……お嬢様ってば鬼畜ー!」って、多分だが皆の心の声を代弁してくる。しかも今回に限ってクリス副団長がティルをシメない!! わ、私、そんなに許されない事を言いましたかね!? ……うん。言ったんだろうな。
で、でもですね!! まだ十三歳の成人前の女の子が異性に対して、「一緒に寝ましょう♡」なんて言ったら、普通は「なんという事を!」「貴族の娘がはしたない!」って、責めるよね!?
なのに実際は、健全に添い寝する方を責めるなんておかしいでしょ!? いくら恋愛事情がレディース文庫の世界だからって、もっと慎みというか、貞操観念というか……。そういうの大切にしようよ!!
「エレノアお嬢様……」
あっ! イーサンが眼鏡のフレームを指クイしている!
「そのような男心を弄ぶようなご冗談を仰るとは……。クライヴ様は分別がおありになりますから良いとして、例えばこれが余裕のないご婚約者様であったとします」
余裕のない婚約者? ……な、なんかやけに具体的ですね?
「そういう方は大抵、お嬢様が仰った冗談を逆手に、なし崩し的にコトに及ぼうとされるはずです。……宜しいですか? 己の身を護る為にも、今後は不用意に迂闊な事は仰らぬようになさいませ!」
「ううう……は、はい……」
意外にも、普通に「貞操気を付けろ」なお叱りを受けてしまった。……だ、だけど、イーサンの背後に夜叉が見える! ……しかもその夜叉、ジョゼフに似ている気がするのは気のせいだろうか?
「……という訳だ。お前、くれぐれもあいつに同じ冗談言うなよ!?」
あ……あいつ……!? あいつって……誰!? ……はっ……!(察し)
「は、はい! オリヴァー兄様を犯罪者にさせない為にも、今後気を付けます!!」
途端、再び場の空気が凍り付いた。
「……エレノア……お前……」
「え? ……あっ!」
──し、しまった!! クライヴ兄様が、あえて名前を伏せた意味がっ!!
「……おい。オリヴァー様って、お嬢様の筆頭婚約者様……だよな?」
「余裕がないご婚約者様って……まさか……」
「ってか、犯罪者ってなに!?」
などといった護衛騎士達のヒソヒソ声に、私は己の失言を悟った。……ヤバイ。彼らの中でオリヴァー兄様の株がだだ下がっている……気がする。
い、今の状況をオリヴァー兄様が知ったとしたら……。
その瞬間。暗黒オーラをまとって微笑む、超絶麗しい兄の美貌が脳裏に浮かんだ。
『へぇ……。僕ってそんなに余裕がないんだ。それじゃあエレノア、君ならそんな僕を優しく慰めてくれるよね……?』
──あわわ……!! げ、幻聴まで聞こえてくる! つ……詰んだ!? 私、詰んじゃったの!?
「お、お嬢様! 大丈夫です!! 不肖ウィル、今この場で起こった事は、記憶から抹消いたします! どんな事があっても口を割りません!!」
「ウ、ウィル! ありがとう!! でも口を割らなくても、表情を読まれちゃったらどうしよう!?」
「そ……っ、それは……!!」
あっ、ウィルも青褪めてる。そうだよね。私達って二人揃って分かり易い上にチョロいから。
◆◆◆◆◆
「……あの、クライヴ様。オリヴァー様とは一体……」
コソリと尋ねてくるクリスに対し、クライヴは目の前のお馬鹿主従をジト目で見つめながら口を開く。
「エレノアが絡まなければ、あの男ほど良識があって有能な男はいない」
「お嬢様が絡まなければ……ですか」
「そうだ」
「それって……」
──ヤバイお人だ!!
クリスは心の中で叫んだ。
オリヴァー・クロス伯爵令息。……彼は絶世の美貌と優雅な物腰、未来の宰相候補と言われるほどの才覚を持ち、父親であるクロス伯爵と共に『貴族の中の貴族』と称される貴人だと噂で聞いている。そして、婚約者であるエレノアお嬢様を熱愛しているとも噂される人物だ。
そんな彼が、お嬢様と絡まない時などあるのだろうか? ……いや、んな訳ない。つまり彼は、最重要危険人物という事だ。
「大丈夫だ。奴はエレノアを害そうとする者や、卑怯な手段で近付こうとする奴に対しては冷酷で、どんな手段を使っても徹底的に潰すが、正々堂々ぶち当たってくる奴には寛大だからな」
「……ちなみに、どのように寛大なのですか?」
「礼儀として、正々堂々真正面からぶっ潰しにくる」
──超、超、危険人物だ!!
愛する者に対する執着心が強いのはアルバ男の性ではあるが、聞いている限り、オリヴァー様というお方の執着心は底無しのようだ。……まあでもあのお嬢様相手なら、そこまで溺愛を拗らせてしまうのも分からなくはないが……。
『とにかく、筆頭婚約者様には絶対に逆らわないでおこう』クリス以下一同は、そう心の中で決意した。
「さて、それじゃあエレノアの警護は頼んだぞ」
「はっ! お任せくださ……」
「クライヴ兄様! 行かないで!!」
ウィルの腕から逃れたエレノアに、再び背後からタックルを食らったクライヴは遂にブチ切れた。
「いい加減にしろ!! お前、本気で俺を怒らせたいのか!?」
鋭い叱責に、ビクリとエレノアの肩が竦んだ。
「──ッ……!?」
途端、ブワッとエレノアの瞳に涙が盛り上がり、ボロボロと零れ落ちていく。そんなエレノアを見て、クライヴを含めた周囲の者達が一様にギョッとする。
「エ、エレ……」
「もう……いいです!! クライヴ兄様なんて、イーサンと楽しくフローレンス様の事を話していればいいんだ!! 兄様のバカ!! 大嫌い!!」