オーブリーは見た!
「エレノアお嬢様ー! また是非いらしてくださいねー!!」
「更に美味しい野菜や果物を作ってお待ちしておりまーす!!」
「エレノアお嬢様、ばんざーい!!」
その場にいた領民全員での万歳大合唱でお嬢様をお見送りした後、私はふぅ……と、溜息をついた。
当然と言うか、疲れたからではない。寧ろ心身共に充足感で満ち溢れている。今なら羽根を生やしてどこまでも飛んでいけそうだ。
「それにしても、エレノアお嬢様……尊かったなぁ……! 私達の将来お仕えするお方があの方だなんて、私達ってとんでもなくついているわ! ああ女神様、感謝します!!」
私はエレノアお嬢様が去っていった方角に向け、そっと女神様へ感謝の祈りを捧げたのだった。
あ、その前に。ちょっと女性的な感じのする美形の召使さんに上目遣いしながら小首を傾げ、「シャノン、ごめんね?」って謝っておられたわね。
女である私から見ても、辛抱たまらんあざと可愛い攻撃(?)を受けたその召使さん、燃え尽きていた様子を一変させ、顔を赤らめさせながら「おっ、お嬢様がそういうお方だという事は分かっておりましたしっ! ぜ、全然怒ってなんかいませんからっ!」って、ツンとそっぽを向いていたわ。……あれ、怒っているように見えるけど、実は喜んでいる……わよね……?
あっ、お嬢様! ウトウトしだした子供をあやしながら「クライヴ兄様、可愛らしいですよね。私もこんな子が欲しいです」なんて爆弾発言をぶちかました!!
ああっ! ご婚約者様がお顔を真っ赤にされて地面に片膝を突かれた! ご婚約者様、ファイト!
それにしてもお嬢様……。先ほどの攻撃といい、なんて恐ろしいお方……!! 天使的小悪魔って感じかしら。同じ女として、色々と勉強になるわ……。
お嬢様。実践できるかはともかく、私もバッシュ公爵領の女として、お嬢様を見習って頑張ります!
あ、お嬢様の爆弾発言と、それに被弾して盛大に照れる凶悪過ぎる美形……という、ダブルコンボの流れ弾に当たった女達が、あちこちで鼻血出して撃沈している!
……って、女だけじゃなくて男共も鼻血出しているわね。……うん、分かる。色々な意味で物凄い衝撃よね。かくいう私も、いざという時のハンカチは常に握り締めているわ。
そして、そのわりとすぐ後。流石に恐縮しきりのウサギ獣人の夫婦が、しきりに頭を下げながら、お嬢様の胸から子供を回収していった。お嬢様、物凄く名残惜しそうだったけど……胸の方、まだらのピンク模様になっています。そしてそれを見たさっきの召使さん、また真っ白になっています。
『私達貴族は、治める領民や国から様々なものを享受する代わりに、いざという時には彼等を命懸けで守る盾となる。貴族の特権とは、その為に国より与えられた『守る為の力』。偉ぶる為のものじゃない!』
──ふいに、先ほどのお嬢様のお言葉が脳裏に蘇ってくる。
……あの女は、自分の純白を守る為に子供を突き飛ばしたけど、お嬢様は自分の純白を犠牲にして子供を守った。
あの汚れはお嬢様の仰る通り、私達領民を思うお嬢様の御心そのものだ。
『それにしても……あの女ったら!』
お嬢様にあれだけ諭されても反省するどころか、お嬢様を睨み付けるだなんて!
騎士様方の誰かも、「なんと愚かな……!」って小さく呟いていたわ。ええ、私も全くもって同意見です!!
「おいシャノン。んな事で一々目くじらたててんじゃねぇよ! 器の小さい男だな!」
「やかましいわウィル! お前に俺の気持ちが分かってたまるか!!」
……なんて、燃え尽きていた召使さんと、凄く人の良さそうなもう一人の召使さんとが言い争っている声が聞こえてくる。
うん。確かに名誉の負傷とはいえ、お嬢様のアレはちょっといただけない。
なので、差し出がましいと知りつつも、私の持ってきた予備のエプロンをお貸しする事にした。
木綿で作った、いかにも庶民の服である簡素なエプロン。なけなしのお洒落として、裾にフリルをあしらった真っ白いそれを、お嬢様は「可愛い!」と凄く喜んで受け取られ、早速身に着けてくださった。
「ふふっ、オーブリーさんとお揃いですね。どうでしょうか? 似合いますか?」
そう言って、その場でクルリと一回転されたお嬢様……。
フリルのエプロンがフワリと宙を舞う。
……お嬢様、最高です!! めっちゃ可愛い!! お揃いだなんて恐れ多い!! 今身に着けているエプロン、家宝にします!! というか名前!! わ、私の名前、憶えてくださったんですね!? あああっ! 思わず涙が!!
おおっ! 周囲の男連中がバタバタ倒れ果てていく。あっ! 超美形揃いの騎士様方も、立っているのがやっとって感じに息も絶え絶えだ。それでも踏ん張って立っているあたり、流石は騎士様といったところかしら。
あら? 言い争いしていた召使さん達が両方地面に撃沈している。そしてお嬢様はといえば、ご婚約者様がぎゅうぎゅうと腕に抱き締めておられる。
……ご婚約者様。とうとう耐えきれなくなられたのですね。お気持ち、痛いほど分かります! あっ! お嬢様が真っ赤になっている! 恥ずかしがるお嬢様もまた尊い!
そんなこんなしつつ、お嬢様は最後のスペースである山間部の特産品を目にされた。……と同時に、お嬢様はカッと両目を見開かれ、覚醒された。
「ああっ! 粟に
……大興奮といった感じのお嬢様は、途中で青筋を立てたご婚約者様に頭部を鷲掴みされ、「うきゃー!」と悲鳴をあげられている。……あ、あれって新たなる愛の形……ってやつなのかしら? だとすれば奥深いわね。ご婚約者様の新たなる一面を見た気分だわ。
……って、あれ? な、なんかお嬢様の足が宙に浮いている気がするんだけど……。み、見間違い……よね?
あっ! 騎士様方がオロオロしている! でもその内のお一人は爆笑されてるわね。あ、すかさず黒髪の騎士様に殴り倒された。……カオスだわ。
それにしてもお嬢様……。ご挨拶の際に仰った『珍味』ってお言葉。あれ、聞き間違えじゃなくて、実際に仰っていたんですね……。
いえ、大丈夫! そんな飾らないお嬢様もとても素敵です!
あ、落ち着かれた様子のお嬢様。頭を擦りながら、キノコの山を物色している。そして何やら、黒くて丸い石のようなものと、傘が黒くて妙にずんぐりした肉厚のキノコを手にした途端、再び大興奮されていた。
「クライヴ兄様! これならいけます! 交渉のテーブルにつけそうです!」「なにっ!? それは本当か!? でかしたエレノア!」なんて話されていたけど、一体なんの事かしら?
山間部の村人達、お嬢様のご様子に皆ビックリしていたけど、お嬢様が「この商品、私に預けてください! これは宝の山です!!」とのお言葉に、涙を流さんばかりに喜んでいたわ。
その後お嬢様が、「まずは、雑穀とキノコのスープ風リゾット~♡ トリュフも沢山散らそうっと♡♡」って小さく呟かれていたけど……リゾット? それってなにかしら。ひょっとして料理の名前?
そうして一通り視察が終わった後、お嬢様は湖で昼食を取られる事となった。
私達も折角なので、自分達が持ち寄った果物や野菜をふんだんに使った料理をお出ししたら、物凄く喜ばれたわ。
お礼にって、お嬢様が考案されたフルーツサンドなる食べ物を分けていただいた。
物凄く美味しいし、見た目もカラフルでとても綺麗。そうか……。ちょっと傷付いた商品でも、こうすれば高級食材並みに変身できるのね。
集積市場でのやり取りも少しだけ教えていただいて、商品の新たなる可能性と廃棄される作物が無くなるかもしれないって事実に、私達一同は大興奮してしまった。
その流れで、先ほどお嬢様がお作りになった、サクサク食感の摩訶不思議な苺の作り方を皆の前で再び実演してくださった。
皆、その不思議な食感に物凄くビックリしていたけど、他の果物や野菜でも出来ると聞かされ、我先にと自分の村の商品を持ち寄っていた。
結果、魔力を使い過ぎた人の好さそうな召使さんが力尽き、仲間の召使さんに介抱されていたなぁ。
ご婚約者様の方は、まだまだ全然平気そうなご様子だったので、同じ風の魔力属性の騎士様が後を引き継いでいたわ。
それにしても……。
普通はこんな凄い製法、厳重に秘匿して世に出さず、公爵家の独占製法にするだろうに……。お嬢様はそれを惜しげもなく私達領民に施してくださった。
先ほど、私達を「対等」と言い切ってくださった事といい……ああ。本当にお嬢様というお方は、なんと素晴らしい方なのだろうか。
……そして私は……。いえ、私達は気が付いてしまった。
エレノアお嬢様がああなのは、高位貴族のご令嬢だからではなく、『エレノアお嬢様だから』なのだという事を。
多分だけど、エレノアお嬢様のようなお方は、この国中どこを探しても見付からないんじゃないだろうか?
エレノアお嬢様はまさに女神様が遣わされた天使であり、この世の奇跡と呼べるお方なのだ。
私は自分の両手にそっと目を落す。
『エプロン、本当に有難うございます。何か困ったことがあったり、良いアイデアが出たら、遠慮なく連絡してくださいね!』
そう笑顔で言いながら力強く握りしめてくれた、あの柔らかくて温かい手を思い出すと、自然と頬が緩んでしまう。
はい、お嬢様! 私、これからも頑張ります!!
そして今日一日の出来事を、余す事なく村人達に伝えます。
お嬢様がどれだけ素敵なお方だったか。どんな事をお話して、どれだけの事をしてくださったのか……。
そして当然! あの女のやらかしも余す事なく! 暴言からなにから、徹底的に広めてみせますとも!!
あ、女帝やおばちゃん達も、私と同じ気持ちのようね。皆の目、
あの女と、あの女に乗せられていたバカ男共、覚悟しておきなさいよ!
「あ、そういえば……」
羊獣人のお爺さんが、エレノアお嬢様を「自分達の命の恩人」って言っていたけど、あれってどういう意味なんだろうか?
獣人王国が滅亡したから、彼ら草食系獣人を難民として受け入れた……って聞いていたんだけど、ひょっとしてエレノアお嬢様、その騒動に関わっていたの……?
その事について、それとなくジャンさんに聞いてみたんだけど、「いずれ分かりますよ」って笑顔で言われて終了。他の村人達も、私と同じようにスルーされている。
多分だけど獣人さん達、誰かに口止めされているっぽいな。う~ん……。気になる!
「オーブリーさん、撤収作業は私と他の連中で全部やりますよ。苺は殆ど食べてしまいましたし、空箱だけですからね」
噂をすればジャンさんだ。
私は、空の木箱を五箱まとめて持ち上げているジャンさんに慌ててお礼を言いつつ、その上機嫌にピョコピョコ揺れているウサミミについ目が釘付けになってしまう。
小さなウサミミ坊やと戯れる、天使な笑顔のお嬢様が脳裏に蘇ってくる。それと同時に、ご婚約者様を撃沈させたあのお言葉も。
……うん。あり……かもしれないな。
「ジャンさん、私も持つわ!」
「オーブリーさん?」
ジャンさんから無理矢理木箱を一つ奪うと、ジャンさんの耳が困ったようにピルピルしている。ああ……和む。
『今度一緒に、集積市場に行こうって誘ってみよう』
そう心の中で決意しながら、私はジャンさんと共に、荷馬車へと向かって歩き始めたのだった。