今、幸せですか?
『え? なんですか? この状況は!?』
獣人の皆さんが勢揃いした事により、バッシュ公爵領の騎士達はともかく、近衛騎士様方やクライヴ兄様、ウィル、シャノンは咄嗟に私を庇おうとする。
彼等は直接、シャニヴァ王国との戦闘を経験しているので、当事者である私を
「クライヴ兄様、大丈夫です。……あの? 私になにか御用ですか?」
私はその場から立ち上がると、彼等へ向けて声をかけた。
すると、彼らの先頭に立っていた羊獣人の小さな老人が、戸惑いがちに口を開く。
「エレノアお嬢様。我々草食系獣人達は皆、いつか貴女様にお会いする事が出来たら……その時は、我々全員の心の内をお伝えしたいと、そう思っておりました」
そう言い終わると、彼は深々と私に対して頭を下げる。するとそれに倣い、後方にいた獣人達もが次々と頭を垂れた。
「我々を暴力と支配の連鎖から解き放っていただき、心から感謝いたします」
小さな身体を折り曲げるように、精一杯頭を下げる老人の姿に、私は慌てて首を振った。
「あ、あの、皆様顔を上げてください! そ、それに……。それは私が行った事では……!」
「いいえ。貴女様が己の命を投げ打つ覚悟で、我々の同胞を救おうとご尽力なされた行為が、結果的に『草食系獣人は保護すべき』という方針を打ち出すに至ったと聞き及んでおります。だからこそ我々は、『獣人』と一括りにされず、この国での居住資格を得る事が出来たのです。貴女様はまさに、我々の命の恩人です」
老人は顔を上げずにそう告げる。他の獣人達もである。
その場にいた領民達や、クリス達バッシュ公爵領の騎士達が、一体何事なのかと戸惑い騒めきながら私達を見守っている。
「……皆さん。どうか顔をお上げください。……そして一つだけ、私の質問に答えていただきたいのです」
私の言葉を受け、獣人達が一斉に顔を上げる。その顔には僅かばかりの緊張が見られた。私自身も、湧き上がってくる緊張に口元を引き締める。
そうして私は、ずっと聞きたかったけど恐くて聞く事が出来なかった疑問を口にした。
「貴方がたは今……幸せですか?」
獣人達は目を大きく見開いた後、次々と満面の笑みを浮かべ頷いた。
「はい! 私達はとても幸せです!」
「尊厳を踏みにじられる事もなく、命の危険を感じずに生きていける事も、全てに感謝しております!」
「仕事は楽しいし、領民の方々は皆優しいです。ここはまるで楽園のようです!」
「エレノアお嬢様、本当に有難う御座いました!」
彼等の笑顔と温かい言葉に、心の中で凝っていた不安や疑念がゆっくりと溶けていくのを感じ、目からポロリと涙が零れた。
──本当はずっと、恐かった。
シャニヴァ王国がどんな国であろうとも、彼ら獣人にとっての『故郷』に他ならない。
だけど今現在、東大陸にはもう『シャニヴァ王国』は存在しない。彼らの故郷は永遠に失われてしまったのだ。
そのまま東大陸にいたとしても、彼等は『獣人』として他部族に迫害されるか奴隷にされてしまったかもしれない。勿論、今迄力の強い肉食系獣人に虐げられてはいただろう。でもどれだけ肉食系獣人達が横暴で凶悪であったとしても、『国』という守りが彼らにはあった。
──それを奪ってしまった私達を、彼等は憎んでいるのではないだろうか?
──国が無くなったとしても、本当はあのまま東大陸に残りたかったのではないだろうか?
そんな罪悪感が、私の心には常にあった。
一番身近なミアさんや獣人メイドさん達は、私を命の恩人として感謝してくれている。
けれども、本当は故郷を失ってしまった事を悲しんでいるのではないのか? それを私に遠慮して、口に出せないだけではないのだろうか?
……何度も聞いてみたかったけれど、「その通りだ」と言われるのが恐くて聞けなかった。
でも今、それが杞憂である事が分かった。
少なくとも、この目の前にいる獣人の皆さんは心の底から笑顔を浮かべ、幸せだと口々に言ってくれている。……今は私が泣いてしまっているから、めっちゃオロオロしているけど。
「ふふ……。良かった。私も貴方がたが幸せでいてくれて、凄く嬉しいです。……本当に、嬉しい……!」
「エ、エレノアお嬢様……!!」
「姫様……!」
獣人の皆さんが、次々と泣き崩れていく。……というか、理由が分かっていなかったっぽい領民の皆さんも、なぜかもらい泣きしている。あっ! 近衛の皆さんも泣いてる! それにウィルとシャノンまで! ややっ!? クライヴ兄様まで何故かしんみりした顔をしている!?
そんな周囲を見ながら、困惑しているのはバッシュ公爵家の騎士達である。
詳しい理由が分からずとも、単純にもらい泣きしている領民達と違い、彼等はなぜこんな状況になっているのか分からず戸惑っているのだろう。うう……御免ね。
「……おい。これ、一体全体どうなってるんだ?」
「さ、さあ……? 副団長は理由、御存じですか?」
「いや、僕は知らない。ティル、お前はなにか聞いてないか?」
「はぁ? んなもん、聞いている訳ないじゃないっすかー!」
「……そうだよな。お前が知っているわけないよな。聞いた僕が馬鹿だったよ」
「なんすかそれー!!」
ブーブー文句を言う部下を無視しながら、クリスは溜息をついた。
──というか、騎士の最高峰と言われる王宮近衛騎士達まで、人目も憚らず涙を流しているのは何故なのだ。異様過ぎる。
「うう……っ!! な、何と慈悲深いお心……!!」
「さ、流石は姫騎士……! 涙で前が見えん!!」
──いや、見ろよ! 仮にもあんたら護衛だろうが!?
などと思いつつ、クリスは戸惑いがちに近衛達に声をかける。
「……あの……? 一体これはどういう事なのです? それに『姫騎士』とは?」
すると一人の近衛が目元を拭いながら顔を上げた。
「何だ? 貴公、バッシュ公爵領の騎士なのに、姫騎士様の事を知らぬのか?」
「え、ええ。お恥ずかしながら」
また出た『姫騎士』の言葉に、クリスは内心大いに首を傾げる。
自分の記憶に間違いがなければ、『姫騎士』って小さい頃に絵本で読んだ事のある、救国の聖女の事だよな。……え? なに? ひょっとしてお嬢様って聖女なのか? いや、まさかそんな事……。
そんなクリスの反応を見た近衛騎士は、何かを察したような顔をする。
「……そうか。では屋敷に帰ったおり、我らの
「はぁ?」
そんな事を思っていたクリスは、斜め後方で少女と子供の叫び声を耳にし、瞬時に我に返る。
だがそれとほぼ同時に、目の端を白い何かが驚くべき速さで通り抜けた。
「──ッ!? なんだ!?」
思わず剣の柄に手をかけ、近衛騎士達共々そちらに目をやる。すると……。
『『『ええええー!!!』』』
そこにはなにかを抱えたエレノアが、何故かコロコロ地面を転がっていたのだった。
◆◆◆◆◆
『なんなの!? 一体どうなっているのよ、あの子!?』
獣人達や領民達と涙を流し合っているエレノアの姿を見ながら、フローレンスはギリギリと奥歯を噛み締めていた。
──本当に、なにもかもが上手くいかない。
なにをやっても、なにを言っても、何故か裏目に出てしまい、結果的にエレノアお嬢様が称賛を浴びる事に繋がってしまうのだ。
本当は視察など面倒だと思っているに違いないというのに、今の今まで嫌な顔一つする事なく、常に笑顔を浮かべているだなんて……。流石は高位貴族の娘だと、そこは素直に感心してしまう。
集積市場では、父の事でお嬢様がお怒りになっているのだと思って彼らを庇おうとしたのに、逆に副統括であるガブリエル・ライトに諫められてしまい、同行すら許されなかった。
しかもここでだって……。
折角気を利かせ、高位貴族の娘が気に入りそうな品物の所に案内しようとしたというのに、なぜかそれを責められ、叱責されてしまったのだ。あんな泥まみれの野菜など見ても、なにも楽しくないだろうに……。
きっと、領民に良い顔をしたいが為に演技をしたのだろうと思い、観察していれば、領民達の話を一つ一つ丁寧に聞いているではないか。
しかもなにを思ったのか、自分の婚約者と召使を使って、苺を別のなにかに変えてしまう有様。
誰もが彼女を褒め称え、温かい眼差しを向けている。クライヴ様もだ。
自分に対し、最初から辛辣な態度を取っていた
なのにそれとは対照的に、彼女を見る目は全員、あんなにも柔らかく温かい。しかもどういう訳なのか、エレノアお嬢様は獣人達にも感謝され、慕われている。
今、この場で彼女を……エレノアお嬢様を見ていない者は一人もいない。対して自分はどうだ? まるで存在そのものを忘れ去られてしまったかのようではないか。
「こんな……はずでは……!」
屈辱と怒りに身体が震える。
視察という望まぬ仕事に苛立ち、
今迄積み上げてきたものが、ガラガラと崩れ去っていく音が聞こえる。
何故? 一体どこで自分は間違えてしまったのだろうか?
「……え?」
ふと足元を見ると、先ほどお嬢様と一緒にいた獣人の子供が立っていた。
目が合うと、獣人の子はニコニコと笑顔を浮かべる。その手や口元は苺で真っ赤に染まっていた。
「おねーちゃ、きえいねー」
子供は目を輝かせながら、自分のドレスに苺で汚れた手を差し出した。
「──ッ! 汚い! 触らないで!!」
自分のドレスに小さな手が触れようとした瞬間、慌ててドレスを引き、子供を思い切り振り払った。
「きゃぁっ!」
子供の身体が後方に激しくよろけ、転げそうになった次の瞬間。白い何かが目の前に翻り、子供を受け止めながら、コロコロと転がっていくのが見えた。
◇◇◇◇◇
あの子に気が付いたのは、本当に偶然だった。……いや、私の『ケモナー』としての勘がそうさせたと言うべきか。
全員が私に集中している中、おかあさんから離れ、ヨチヨチと歩くプリティーなお尻……もといロイ君を偶然発見し、なんとなく目で追っていたら……なんとロイ君、フローレンス様を発見するなり、目を輝かせながら近寄っていくではないか。
しかもその手には、私があげたフリーズドライの苺が……!! 当然というか、手も口元も真っ赤ですよ!
あっ! ロイ君に気が付いたフローレンス様の顔が強ばった!
駄目だロイ君! 踏み止まるんだロイ君!
ああ、だけど推定年齢一歳半は止まれない。というより止まらないんだなこれが!
──まずい! このままじゃ……!!
ロイ君を目にしてからここまで、僅か十五秒。私は考えるよりも先に駆け出した。
そして案の定、フローレンス様に振り払われたぷにぷに……もといロイ君をキャッチし、そのまま受け身を取りつつ地面を転げる。
二回転した後、シュタッと着地を決めて腕の中のぷにぷにを覗き込む。……うん。突然の事にビックリしたのか硬直しているけど、怪我なんかは無さそうだな。よしよし。
「おおおおお、おじょうさまぁぁあーーー!!!」
一拍遅れで、シャノンの声にならない悲鳴が後方から聞こえてきたが、あえて無視する。
だってあのままじゃあ、ロイ君が転んで頭を打ってしまうかもしれなかったからね。
私は純白よりも尊いぷにぷに……いや、チビケモっ子を守り切る事が出来たのだ。悔いは無い。シャノンには帰ったら土下座して詫びようと思う。
「エレノア!! 大丈夫か!?」
血相を変えたクライヴ兄様が私に駆け寄り、私の肩を抱いて顔を覗き込む。そんな兄様を安心させるべく、私は笑顔で頷いた。
「はい、私は大丈夫です! ……服以外は」
ズシャッと、シャノンが地面に崩れ落ちた。だから本当、ごめんって!
まあ幸い、地面は芝生のような草が一面生えているので、それほど泥だらけになった訳ではなさそうだ。
……でもチビケモっ子……もといロイ君の無事を確認した時、目の端にピンク色が見えた気が……。なんかロイ君離すのが恐いなぁ……。
「エレノアお嬢様!!」
「バッシュ公爵令嬢!!」
クリス副団長や近衛達も血相を変えて駆け付けてくる。
鬼気迫る表情の大人達に囲まれ、恐怖したロイ君の目がたちまち潤み、ウサミミがへにょりと寝てしまう。
「ふぇ……ふぇっ……」
──ヤバイ! 泣く!!
そう思った私は咄嗟に、ロイ君のぷにぷにほっぺと自分の頬っぺたをくっつけ、スリスリスリとくすぐった。
『ふぉおおお……!!』
推定年齢一歳半のスベスベぷにぷにほっぺと相まって、ふわっふわのウサミミが頬をくすぐる!! ヤバイ! 思わず頬が緩んでしまう! なにこれ本当、真面目に天国!
しゃくり上げていたロイ君も、私のほっぺスリスリ攻撃がくすぐったかったのか、次第に涙を引っ込め、「きゃー!」と可愛い歓声を上げだした。……よしよし。機嫌、直ったね?
……ん? あれ? クリス副団長率いるバッシュ公爵家の騎士達が全員、地面に両手を突いて震えている。
あっ、近衛の皆さんも! 足踏ん張って立っているけど、めっちゃ震えている!? ……って、ええっ!? 気が付けば獣人や領民の皆さん方も、あちこちで蹲ったり転げたりしている! 何故に!?
あっ! ウィルが涙流して「尊い……!」って言いながら、祈っているよ。シャノンは……。うん、燃え尽きているね。しかも、「お守りしていた、お嬢様の純白が……」ってブツブツ呟いている。やはりブレない。
「……す……凄いっす! 騎士の俺らが反射で負けるなんて……! 有り得ないっすよ!! お嬢様って一体、何者!?」
そんな中、ティル一人が大興奮しながら、目を輝かせている。いやいや何者って、ただのしがないケモナーです。
「エレノア。とにかくそのチビ、ちょっと取るぞ」
皆と同様、顔を片手で覆い震えていたクライヴ兄様、何とか復活してロイ君に手を伸ばす。
するとロイ君、「やー!!」と叫んで私の胸にセミのようにしがみ付いた。興奮しているロイ君の耳がピルピル動いて頬をくすぐる……ああっ! 至福!!
幸福感にふやけている私を呆れた眼差しで見つめながら、クライヴ兄様は溜息をつきながら手を引っ込めた。兄様、どうやらロイ君を剥がすのを諦めたようだ。うん。無理矢理剥がすとドレスが破けるかもだしね。
「まあ良い。それじゃあエレノア、何でお前が子供と一緒に地面を転げていたのか説明しろ」
「あの、それは……」
う~ん。こういうの、どうやって話せば角が立たないかな?
「わ、私のせいじゃありません!!」
途端、蒼白になったフローレンス様が叫ぶように声を上げた。
「あ、あれは……その子がいきなり汚れた手で私のドレスを触ろうとしたから止めさせようと……! わ、私は悪くありません!!」
その言葉で、なにが起こったのかを察したクライヴ兄様は眉根を寄せた。
騎士達も鋭い眼差しをフローレンス様に向けているし、領民達も騒めき出し、「いくらなんでもあんな子供を……」と、あちらこちらでヒソヒソと囁き合っている。
だが、誰も表立って非難は出来ずにいる。
なぜなら本来、平民が貴族の令嬢に不遜な行動を起こしたのであれば、それがたとえ子供であっても、なんらかの罰を与えられるのが常識だからだ。
それゆえ、ドレスを汚されそうになったフローレンス様のこの一連の行動。普通であればなんら非難される事ではないのである。
まして彼女は希少な『女性』。
国民感情はともかくとして、むしろ当然の行動と捉えられるのが普通なんだけど……。ただちょっと、言い方が不味い。あれじゃあ反感しか買わないよ。
「……フローレンス様。この子の行動に非があった事は分かっています。貴女が咄嗟にそういう行動を取ってしまったお気持ちも理解しています。ですがそうであったとしても、幼児を振り払うべきではありませんでした。下手をすれば大怪我をしていたかもしれないのですよ?」
そう。若い女性が、いきなり汚れた手で服に触れられそうになれば、大なり小なりああいった行動を起こしてしまうかもしれない。
けれども、そこだけは彼女にも反省してもらいたい。もし頭を打ってしまっていたら、最悪死んでしまう事だってあるのだから。ここはフローレンス様にも歩み寄ってもらって、円満に場を収めたい。
「そ、それは……」
私の言葉に一瞬口籠ったフローレンス様だったが、直ぐに不満を滲ませた口調で反論してきた。
「で、でもエレノアお嬢様、私は貴族の娘です。その私の服を、その子は汚い手で触ろうとしたのですよ!?」
途端、その場の空気が不穏なものへと変わった。
騎士達もフローレンス様の言葉に静かに殺気立つ。勿論、彼女の言葉そのものにも怒っているのだろうが、おそらく私の言葉に素直に頷かなかったばかりか、明らかに反抗的だった事が許せなかったのだろう。
「あ、あのっ! も、申し訳ありませんでした!」
「わ、私共の息子が、とんでもない粗相を! どうかお許しください!」
後方からの声に振り向けば、ロイ君の両親が地面にひれ伏し震えていた。
フローレンス様はそんな彼等にきつい眼差しを向ける。
「貴方達があの子の両親? そうよ、そもそも貴方達がしっかりと監視していなかったから、こんな事になったのよ!? 貴族に対して平民が粗相を行えば、重い罰が下されるの! それを防ぐ為にも厳しくしつけを……」
「止めてください、フローレンス様!」
思わず激昂した私の声に、フローレンス様の肩がビクリと跳ねた。
「貴族だからって、平民にはなにをしたっていいわけじゃない!」
胸の中。緊迫した空気に怯え、プルプルと震えているロイ君の身体を、私はギュッと抱き締めた。
「わ、私は……そんな……」
困惑する彼女がまた言い訳をしようとしたけど、それには耳を貸さず、私はなおも言葉を続ける。
「それに私達貴族は、治める領民や国から様々なものを享受する代わりに、いざという時には彼等を命懸けで守る盾となるのです。貴族の特権とは、その為に国より与えられた『守る為の力』。偉ぶる為のものじゃない!」
そう、与えられた権力には必然的に義務が生じる。特に護るべきものがある貴族なら、なおの事その責任は重い。
「極論かもしれないけど、貴族と領民はそういう意味では対等であると、私は思っています。……だからフローレンス様。これからは貴族としてではなく一人の人間として、なにが正しいかをよく考え、行動するようにしていってもらえないでしょうか?」
俯き、唇を噛み締めるフローレンス様に諭すようにそう告げる。
そう。私の周囲の人達や、身分が高い貴族達は皆、とても鷹揚で他人に寄り添う優しさを持っていた。それはこの国を統治する王族とて例外なく……。
彼女はまだ貴族となって日が浅い。同じバッシュ公爵領の貴族として、彼女には「お貴族様」ではなく、真の意味での貴族として成長していってほしい。
「……ゾラ男爵令嬢。馬車に戻り、少し頭を冷やしておくように。それに馬車の中なら、その白い服も汚れる心配はなかろう」
「……ッ……!」
クライヴ兄様の皮肉とも取れる言葉に、フローレンス様は身体を小刻みに震わせると、私やクライヴ兄様を鋭く一瞥した後、踵を返すように馬車の方へと走り去っていった。
う~ん……。あれ、怒っていたよね。分かってくれなかったっぽいか……。まあ、私がロイ君助けなければ普通にうやむやに出来た事件だし、私の持論も納得出来ないのかもしれないな。
「……エレノアお嬢様……」
フローレンス様の後姿を見送りながら溜息をついていると、後方から声をかけられ振り返る。
するとクリス副団長を筆頭に、騎士達や領民達が、揃って地面に片膝をつき、頭を垂れていた。
「……え? ……えっと……?」
「我々を『対等』と仰っていただき、有難う御座います。感謝の念に堪えません。
「え? ええっ!? あ、そ……っ!」
わたわたする私の頭に、ポンと大きな手が乗せられた。
「エレノア。こういう時は、素直に感謝するのが礼儀ってもんだろ?」
見れば、クライヴ兄様が優しい笑顔を浮かべながら私を見つめている。…えっと……。そ、それじゃあ……。
「よ、よろしくおねがい……します。で、でも命は大切にしましょう!!」
私の言葉を受け、その場の全員がキョトンとした後、ワァッ! と笑顔で大歓声を上げる。さっきまでの雰囲気に怯え、泣きそうだったロイ君も、きゃっきゃと楽しそうだ。
「あっ、あのっ! し、視察再開しますねっ!」
顔も手も、全身真っ赤になって、わたわたしている私に、誰もが温かい眼差しを向けてくれた。気が付けばさっきから、うっかり言葉遣いに地が出てしまっていたのに気が付くが、誰もそれにツッコまない。バッシュ公爵領の領民の皆さん、優しいなぁ。
そんな訳で、私は胸にロイ君を張り付かせたまま、視察を再開したのだった。