苺のフリーズドライ
『ううむ……! 見るもの全部、興味深い!!』
今現在、私は心の中の興奮を必死に抑えながら展示品を見回っていた。
実はこの世界の食材って、基本的には前世の食材と名前も見た目も変わらないのだ。植物なんかの名前とかもそう。
ひょっとしたら名前なんかは、私の中のなにかがそういう風に変換しているのかもしれないけどね。
だけど見本市(?)に出品されている食材は、どれもこれも初めて見るものや初めて聞く名前のものばかりで興味が尽きない。
見た目はココナッツなのに、割ったら黄色の果肉がぎっしりという果物もビックリしたし、見た目普通のジャガイモなのに、皮を剥こうとするとツルンと身が出てきたり……。
私はそれらの名前や特徴、味なんかを詳しくウィルにメモしてもらう。
こういう世に出回らぬ特産品も、加工したりして市場に出せれば村の収益にもなるし、思わぬヒット商品も生まれるかもしれない。何より私が食べてみたい。
当然試食の名の下に、全ての食材を後でバッシュ公爵家本邸に届けてもらう気満々です! 今この場で試食が出来なかった分、本邸に帰ったら食べまくるぞー!
「わぁ!」
折り返しの半ば。山のように盛られた、目にも鮮やかなルビー色に目が釘付けになった。
「凄い量の苺!! 私がいつも頂いているのって、こちらの村の商品だったのですね!」
興奮しながら、スペースに立っている、私よりも少し年上そうな少女に向かって話しかける。すると少女は顔を真っ赤にさせながら、カクカクとぎこちない動きで頷いた。
この苺って、主に王侯貴族御用達の高級フルーツだ。バッシュ公爵領でしか栽培されていない貴重なものらしく、ワーズの一番のお気に入りでもある。
普通の苺よりも色が鮮やかで粒が大きくて、おまけに滅茶苦茶甘い。かくいう私もこの苺が大好きだ。
「は、は、はいっ! こ、光栄であります!!」
少女が傍目で見ても分かるほど、ガッチガチだ。その口調、まさに上官に報告する兵士のごときである。
癖のある赤毛を三つ編みにして、ギンガムチェックのワンピースの上からエプロンを付けているその姿は、まるであの世界的名作の主人公のようだ。名前はひょっとして「ア●」であろうか。
それにしても、珍しい食材もそうなんだけど、年の近い女の子達と触れ合えるってのもテンション上がるなー!
私はなるべく緊張をほぐしてもらうべく、ことさら意識して笑顔を浮かべるが、何故か少女の緊張は高まってしまったようだ。何故に?
「えっと……。これだけ美味しい苺を作るのには、ご苦労された事でしょう。滅多に市場に出回らないと聞きましたが、普通の苺と違って育てるのが大変なのでしょうか?」
なんの気なしにそう言った途端、少女の顔が曇った。……おや?
「い、いえ。違います。確かに手間はかかりますが、普通の苺と同じぐらい採れます。……ですが、その……。身が柔らか過ぎて、出荷するのが難しいんです」
「そうなのですか!?」
私は改めて、苺の山に目をやった。
見るだけでも分かるほど、艶々と瑞々しい。そういえばこれをオリヴァー兄様に「はい、アーン」って食べさせられた時、思い切り齧り付いた結果、果汁が飛び散り大惨事となったんだよね。
以来、この苺だけは「アーンNG」に指定されているのだ。提供される時も、必ずカットされているし。
「高位の貴族の方々に重宝されているのは大変光栄なのですが……。出来ればもっと沢山の人達に、この苺の美味しさを知っていただきたいのです」
うん。その気持ちはよく分かる。
コストの分、高額になって金持ちしか食べられない前世の高級フルーツと違い、これはその特性から出荷が難しくて高額になってしまっているのだ。
安心安全な輸送……。たとえば、空間転移とか防御を付与した梱包とかしようとすれば、それが出来る高位の魔導師を雇わなくてはならなくて、結局コストがかさんでしまうのだろう。
バッシュ公爵家の直轄事業に組み込むにしても、「
でも品種改良の目途が立つ迄の間だけでも、この美味しい苺を何らかの形で世に広めたい……。
私は苺を慎重に指でつまんだ。
途端、シャノンの気配が殺気だったので、慌てて食べる訳ではないのだとジェスチャーしてから、クライヴ兄様を見上げた。
「クライヴ兄様。ちょっと宜しいですか?」
「ん? どうした?」
「ちょっと、実験してみたいんです。すみません、もしお皿があったら、この苺をいくつか乗せてもらえますか?」
「え? はぁ……。か、構いませんが……」
首を傾げながらも、少女は私の言う通り、大ぶりな苺を何個か皿に乗せてくれた。
私はそれをクライヴ兄様へと差し出す。
「兄様。この苺を瞬間冷凍してください。出来ればマイナス三十度ほどで。それとウィル」
「はい! お嬢様!!」
「ウィルは苺が凍ったら、苺の周りだけを真空にしてくれる?」
「は、はい……?」
「おい、エレノア。お前一体なにをする気だ?」
クライヴ兄様とウィルが揃って困惑顔をする。少女や周囲の領民達も、何事かと興味津々に私達に注目していた。
「出来てからのお楽しみです! ……というか、上手く出来るかはまだ分からないんですけど……」
首を傾げながらも、クライヴ兄様は苺に手をかざす。
瞬く間に苺だけが凍り付き、周囲からどよめきの声が上がった。
そりゃそうだよね。平民でも大なり小なり魔力はあるけど、氷魔法を自在に使えるのは高位貴族が多いから。
「ウィル、じゃあお願い。なるべく一気に」
「はいっ!」
ウィルが凍った苺に風の魔力を放つ。
すると見た目はそのままで、艶だけが無くなった苺が完成した。……で、出来た……? 出来たのかな!?
私は湧き上がってくる興奮に震え、ドキドキしながら苺を摘まむ。すると、先ほどの瑞々しかった苺と違い、固い感触が指に伝わった。しかも軽い。
私は何の躊躇もせずに、指に摘まんだ苺をパクリと口に含んだ。
「エレノア!?」
「おおお、お嬢様ーー!!?」
クライヴ兄様とシャノンの慌てた声が聞こえ、ハッと我に返ったが時すでに遅し。既に歯を立ててしまっていた苺をそのまま噛み締める。
──シャクッ……。
まるでスナックのようにサックリとした食感に目を見開く。勿論果汁は溢れ出ない。……やった……やったぞ! 成功だー!!
『おおっ! 流石は幻の苺! 味がめちゃくちゃ濃くて美味しい! しかも水分が無い分、普通の苺の時より甘味が濃厚になってる!』
そのままシャクシャクと美味しそうに咀嚼をする私を、シャノンを含めた周囲が唖然とした様子で見つめている。
食べ終わった私は、ニッコリ笑顔でクライヴ兄様に苺を差し出した。
「兄様、どうぞ! 美味しいですよ!」
訳も分からず苺を手にしたクライヴ兄様は、まずその固さに驚いた様子を見せる。そして恐る恐るといった様子で苺を口に含んだ。……が、その瞬間。驚愕に目を見開いた。
「──ッ!? なんだ……? これは本当に苺なのか……!? いや、味は苺……だな」
首を思い切り捻りながらも、シャクシャクと苺を完食する兄様。どうやら気に入ってくれたようだ。
私は呆然とこちらを見ていた少女に、残った苺を差し出した。
「どうぞ、食べてみてください。大丈夫、毒ではありませんよ? 私と兄様がしっかり毒見をしましたからね」
「なっ! そっ! ど、毒見……!! おおおお、恐れ多い!!」
少女は顔を赤くさせたり青くさせたりしながらも、差し出した苺を恐る恐るといったように一つ摘まんだ。……が、その瞬間目を思い切り見開く。
「え? か、固い……? しかも……軽い……!?」
感触を確認したり匂いを嗅いだりした後、ようやく苺を口に含んだ少女は、その食感に物凄く驚いたようだった。
「え? な、何ですかこれ!? ドライフルーツ……ではないですよね? サクサクしていて……。こ、こんな食感、初めて……!」
次第に目を輝かせながら夢中で苺を頬張る少女を見ながら、私は上手くいった喜びに胸の中で万歳三唱をする。
私が作ったのは、『苺のフリーズドライ』である。
実は前世で大好きだったお菓子に、乾燥苺のホワイトチョコレートがけがあったのだが、自分でも作ってみたくなって買った苺を天日干しにしてみたのである。
──結果、見事に腐った。
その後も色々な果物を干してみたのだが、バナナ以外は全部腐るか日干しになるか。唯一成功したバナナも固くて茶色くて、とてもじゃないけど例のお菓子とは別物になってしまったのである。そして家族にも「食いもん無駄にするな!!」と、めっちゃ叱られた。
後々調べてみたら、あのサクサク苺は『フリーズドライ』という製法で作られていた事が判明。
フリーズドライ製法をおおざっぱに言うと、急速に凍結し、さらに減圧して真空状態で水分を昇華させて乾燥させるんだそうだ。
詳しい事はよく覚えていないんだけど、とにかく個人では絶対作れないという事が判明し、あの時は泣く泣く自分で作るのを諦めたものだ。
だがここは異世界。魔法が使える世界である。
急速冷凍と真空……。それって氷魔法と風魔法でも出来るんじゃないかな? と思い、物は試しとやってみたのだが、どうやら私の読みは当たったようだ。
というより、高価で複雑な機械を使わなくて済むし、探せば平民でも氷魔法を使える人は必ずいるはず。つまりはコスパ最強! ビバ異世界!!
「えっと、詳しい事は長くなるのでここでは言えませんが、これなら見た目も損なわないし、そのまま食べてもお菓子などの加工品にしても美味しいです。それになにより、持ち運びもかなり楽になりますしね」
しかもこれ、リンゴやミカンやキウイといった、他の果物も加工できるし、栄養素も損なわず、水分を加えればある程度元に戻るのである。
湿気に弱いから、長期保存する時は袋に入れて真空状態にした方が良いかもしれないけれど、これなら干した果物より軽いし、冒険者や船乗りの人達の携帯食としても重宝するんじゃないかな?
「──ッ……!! ……お、お嬢様……!! す、素晴らしいです!! あ、あのっ! こ、この製法を、是非私共にお貸しいただけないでしょうか!?」
「え? あの……」
「い、いえっ! 申し訳ありません! 図々しい事を申し上げました! で、では、これからの事業の末席でよろしいので、どうか私共も参加させてください! このとおりで御座います!!」
いきなり少女がその場で膝を突き、深々と頭を下げる。いわゆる土下座ってやつです。
はい、ちょっとストーップ!! 止めて! それ止めてー!!
「ちょっ……た、立ってください! 頼まれずとも、レシピは差し上げます。そもそもこの苺をなんとか流通出来ないかなと思って、考えたものですから」
「お……お嬢様……!!」
おおっと! 少女の目がウルウルと涙目になっている。……って、いやちょっと待ってください。そのまま祈りに入らないで! ああっ! 周囲の人達も、拝まないで!!
わたわたしていると、私の目の端に何かが映った。
ふと足元を見てみる。するとそこには、小さなウサギ獣人の子供がちょこんと立っていたのであった。
「──ッッ!!?」
推定年齢一歳半。どこもかしこもプリッとしていて、小さなウサミミがピョコピョコ動いている。そのつぶらであどけない瞳は、興味津々とばかりに私をジーッと見つめていた。
思わず鼻腔内毛細血管が決壊しそうなほどの衝撃を受けた私は、フリーズドライの苺を乗っけたお皿を持ったまま、その場にストンとしゃがみ込んでしまった。
シャノンが「ドレスの裾がー!!」と叫んでいる声が聞こえたが、今はそれどころではない。寧ろ倒れ伏さなかっただけマシだと思ってほしい。
するとチビケモっ子は途端、目をキラキラと輝かせながら、私の手にしている皿を見つめた。耳も期待からかピルピルしていて、殺人的に可愛い。
「……っ……た、食べる?」
何とか踏ん張り、引き攣った微笑を浮かべながら苺を差し出すと、チビケモっ子は「あいっ!」と元気よく返事をし、嬉しそうに苺を両手で受け取った。
……はわわわ……あ、「あいっ!」って……! しかも小さいお口で一生懸命齧り付いている……!! 可愛い……。可愛いが過ぎる……!!
殺人的な可愛さに、思わず『ちくしょう! こいつは上玉だぜ!』と、心の中でアホな台詞を叫びつつ、激しく身悶えていた私だったが、どうやらそう思っているのは私だけではなかったようだ。
見ればクライヴ兄様もウィルや護衛騎士達も皆、チビケモっ子を見ながらほっこりしている。領民達も全員ほっこり笑顔だ。うん、そうだよね! ケモミミは至高!! 可愛いは正義!!
「ロイ! あ、あの……申し訳ありません!」
すると、クリス副団長やアリステア達の向こう側から、若い女性の声が聞こえてき、た。……あ、ちょっぴりウサミミが見える。ひょっとしたら、この子のお母さんかな?
「ティル、通してあげて」
私の言葉に、ティルがスッと移動すると、若いウサギ獣人の男女が、恐縮した様子でこちらへとやってくるのが見えた。
すると、苺に夢中になっていたチビケモっ子が途端、パァッと破顔し、「かーたん!」と言いながら女性の方へとテトテト歩き出した。
「ふぐっ!?」
途端、目に飛び込んできた推定年齢一歳半のプリッとしたお尻と、ズボンからちょこんと出ているウサ尻尾に、思わず奇声を発してしまう。
ふぉぉぉ……!! お、おかあさん! 分かっていらっしゃる! 眼福!! 鼻血出そう!! ……あっ、クライヴ兄様。その不審人物を見るような眼差し、やめてください!! 仕方がないじゃないですか! こうなってしまうのは、ケモナーの宿命です!!
「あ、あの……。お嬢様……」
戸惑いがちにかけられた声に我に返ると、そこにはいつの間にか多くの獣人達が集まり、こちらを見ていたのだった。