まだ見ぬ珍味を求めて。視察開始!
「わぁ~!! 綺麗な湖!!」
私は馬車の窓から眺める景色に大興奮していた。
バッシュ公爵領直轄の……いわば国立公園に近い自然公園。
その中でも群を抜いて人気があり、多くの観光客が訪れると言われているこの自然公園には、『精霊の湖』という名の湖がある。そう、つまりはここだ。
どうやら湖底から湧水が湧いているようで、その透明度はアルバ王国随一とも言われているのだそうだ。
しかも角度によっては、深い青が緑になったりもして、まさに精霊や妖精がひょっこり出てきそうなぐらいに神秘的な湖なのである。
「クライヴ兄様! 折角だから、湖の畔でお弁当食べたいですね!」
「ああ。時間もそろそろ昼過ぎだし、視察が一段落ついたらそうするか」
私のはしゃぎっぷりに目を細めながら、クライヴ兄様はそう言って頷いてくれた。
『それにしても……。次の視察場所では、普通の市場では出回らない食材が沢山あるって言っていたから、ひょっとしてひょっとしたら、『アレ』があるかもしれない……!!』
──私の考えている『アレ』とは何か。……まあ、ようするに『米』である。
王家に稲の譲渡を何度頼み込んでも、笑顔でスルーされてしまっている現在。私は性懲りもなくアイザック父様にお願いして、国内外の主要な地域をくまなく捜索してもらったのだが、やはりというか『米』発見には至らなかった。
唯一探し出せたのは、王家直轄の農場。だがそこに米があるのは分かり切っている。そう、分かり切っているのだ。なので、涙を飲んでスルーする。
オリヴァー兄様達も、米さえ発見してしまえば、王家に『ワショク』を餌に私を呼び付けられる事が無くなると、持てるあらゆる権力と伝手を使って捜索したのだが、その存在の欠片すらも掴む事が出来なかったのである。
そんな時に舞い込んできたこの青空見本市……ならぬ、バッシュ公爵領全土の村々の、市場にはあまり出回る事がないという珍品珍味(?)の視察に、私のテンションはだだ上がった。
『米は無理かもしれないけど……。それに近い物は手に入るかもしれない……! もしくはお米と交換出来るような、激レア食物をゲット出来るかも……!?』
それに、普段は滅多に見る事が出来ない珍しい食材が見られるなどというまたとない機会に、否が応でも期待は高まる。まさにリアル食いしん坊万歳である。
「……エレノア。分かっているとは思うが……」
「は、はいっ!(なるべく)羽目を外さないように気を付けます!」
「お前、〝なるべく〟とか心ん中で呟いてやがったろ!? 絶対、羽目を外さないように気を付けろ!!」
「ぴゃっ!!」
まるで心の副音声を読んでいるかのごとき、絶妙なタイミングでの叱責に、私はその場でピョイと飛び上がった。クライヴ兄様、エスパーかな!?
──ヤバい。クライヴ兄様がオリヴァー兄様化していっている……!!
内心恐怖に震える私とクライヴ兄様を乗せ、馬車は目的地である『精霊の湖』の畔へと到着したのだった。
◇◇◇◇◇
「「「「エレノアお嬢様! ようこそおいでくださいました!!」」」」
沢山の領民の皆さんが出迎えてくれる中、私達は厳重な警備の元、馬車から降り立った。
集まった皆さんは、相も変わらずクライヴ兄様のお姿を見るなり絶句した後、満面の笑みを浮かべながら、大合唱で歓迎の言葉を述べてくれた。……ひょっとして、私達がここに来るまでの間、練習していたのかもしれないな。
「領民の皆様、初めまして。エレノア・バッシュで御座います。このたびはお忙しい中、私の為にお集まりくださいまして、本当に有難う御座います。皆様にお会いし、まだ見ぬ珍味……いえ、珍しい食材を拝見するのを楽しみにしておりました。今日はなにとぞ、宜しくお付き合いくださいませ」
……ふぅ……。ヤバイヤバイ。ついうっかり『珍味』なんぞと口に出してしまった。……あっ! 兄様。そのブリザードな眼差し止めて! わざとじゃありません! これは事故です!!
後方から「ブフッ!」と小さく噴き出す声が聞こえてきたが……ティルだな。
クライヴ兄様の無言の圧を受け、何とか引き攣りながらも笑顔を浮かべながら、例の簡易的な挨拶を行う。すると領民の方々がワッと歓声を上げながら盛大な拍手を送ってくれた。
ありがとう! ありがとう皆さん! ……と、声には出せないので、心の中でお礼を言っておきますね。
すると何故か、あちらこちらから「はうっ!!」「ぐはっ!!」「んんっ!!」といった声が上がった。どうした皆さん!?
『それにしてもここ、女性が沢山いるなー!』
殆どが肝っ玉母さん的な人達だが、中には若い女性も何人かいる。そしてそして……。なんと! 獣人の方々が大勢いらっしゃるではありませんか!! 中にはチビケモもいるよ!
そういえば獣人の移民の方々、農村部に集中して移住したって言っていたな。うわぁ……! 珍味発見と同じぐらいに嬉しい! 後で絶対お話しようっと!
「エレノアお嬢様。あの、ご紹介をいたします。こちらが南区の村々の代表をされているゴタナ村長様。そしてあちらが西区の村々の代表をされている……」
そしてフローレンス様だが、最初の集積市場と違い、この場に到着するなり急いで私の元へとやってきた。そして私が村々の皆さんと挨拶をした後、東西南北それぞれの地区の代表者の紹介を始めたのだった。
そういえば馬車から下りてきた時、ウィル共々やけにゲッソリとした様子だったのに対し、シャノンがやけにスッキリ顔をしていたな。ひょっとしたらフローレンス様、馬車の中で彼に何か注意されていたのかもしれない。
それにしても代表の方々、流石はアルバ男! 田舎方面であってもやっぱり全員イケメンだ。そしてとても人の良さそうな……あれ? 何でか皆、ダラダラ汗をかいている。今日ってそんなに暑かったかな?
「それでは、各村々の名産品を見てまいりましょう。オルセン様も是非、ご覧になってくださいませ」
そう言うと、フローレンス様が先頭に立って案内を開始する。
でも何故かフローレンス様、立ち止まらないでスタスタ歩いていくんですが? 私、端から端までまんべんなく特産品を見たいんだけど……。
「あの、フローレンス様。お待ちください」
「はい? 何でしょうかエレノアお嬢様」
「私、最初の村の展示品から見ていきたいのですが?」
「え? でも私、お嬢様のお喜びになりそうな果物や蜂蜜などをお見せしたいと……」
……いや私、別に果物や蜂蜜だけを求めている訳ではないんですが。
「いえ。私はどの村にどのような特産品があるのかを知りたいのです。お心遣いは感謝いたしますが、最初の展示品から見てまいりたいと思います」
「ですがお嬢様。そのような事をしていては、時間がいくらあっても……。それに今通り過ぎてきた村々の特産品は、ありふれた地味なものばかりで、お嬢様にとって見る価値があるかどうか……」
尚も食い下がろうとするフローレンス様だったが、その言葉を聞いた瞬間、私は考えるよりも先に口を開いた。
「フローレンス様。貴女にとって興味の無いものは、価値の無いものですか?」
「──ッ! い……いえ、そんなつもりでは……」
「たとえそうであっても、他人も全てそうであるという事はないのです。決めつけてはなりません」
ピシャリと言い放つとクルリと方向転換をし、一番端まで戻っていく。
そう。見た目が華やかなものじゃなくても、素晴らしい物は沢山あるのだ。それにその食物は、農家の皆さんが汗水たらして作ったものなのである。その努力の末の結晶を、見る価値の無いものなんて、絶対に言ってはならない。少なくとも私はそう思う。
「申し訳ありません。こちらのお品の説明をお願いいたします」
最初の村の展示品を前に、ニッコリ笑顔で声をかけると、恰幅の良い女性が慌てたような……それでいて凄く嬉しそうな顔で、「こ、こちらは……」と商品の説明を始める。
それに「ふむふむ」と相槌を打つ私の横で、ウィルがサラサラとその説明をメモしてくれている。うん、流石はウィル。私の希望を阿吽の呼吸で理解し、行動してくれる。流石の一言だ。
そういえばウィル、「お嬢様~!!」と言いながら、まるで迷子になっていた犬が飼い主を見つけ、必死に駆け寄ってくるがごとく、ダッシュで私の方へとやってきたんだけど……。そしてなんか涙目だったんだけど……。本当になにがあったんだろうか?
「ウィル。お前、情けないぞ! それでも騎士の端くれか!?」
「やかましい!! あんな空間に同席させられた俺の身にもなれ!! お前は言いたい事言えてスッキリだろうが、俺はめっちゃくちゃ辛かったんだよ!! 今この時より、俺はお嬢様のお傍を離れない!! 絶対だ!!」
……なんて、シャノンと小声でやり合った挙句、宣言通り私の横にピッタリ張り付いて離れない。……ウィル。本当に辛かったんだね。ウィルの今の顔、輝いているよ。
そうして私は順繰りに、珍しい展示品を堪能していった。
中には採ってから二~三日で食べないと腐ってしまう果物や、逆に採ってから数ヵ月経たないと食べられない野菜まであって、とても面白いし興味深い。
「エレノア、楽しいか?」
「はいっ、クライヴ兄様! 凄く楽しいです!」
「そうか」
クライヴ兄様が優しいお顔をしながら頭を撫でてくれる。そんな中、チラリと目の端に映ったフローレンス様はというと、護衛騎士達の後方で若い男の人達に話しかけられ、楽しそうに会話されていた。
そういえばフローレンス様、さっきまでやたらとクライヴ兄様に声をかけていたな……。
ちょっとモヤッとした私は、クライヴ兄様の手をキュッと握り締める。するとクライヴ兄様は一瞬目を見開いた後、嬉しそうに破顔し、私の手を握り返してくれた。
周囲で小さく「きゃーっ♡♡」なんて声と、バタバタなにかが倒れるような音が聞こえてくる。
皆さん。うちの顔面凶器がすみません。これからも被弾するかもしれませんが、宜しくお願いします。
そう心の中で頭を下げながら、私は視察を続けたのだった。
◆◆◆◆◆
──……ビックリしたわ……。
何がって? 全てよ! 決まっているじゃない!!
見た事もない八本脚の巨大な馬が馬車を引いてやってきたのにもビックリだし、眼球ブッ潰れそうな銀色の美形が颯爽と降りてきたのにも度肝を抜かれたし……。それに何よりビックリしたのはエレノアお嬢様よ!
何なの!? あの小さくて愛らしい、お人形みたいな方は!?
薔薇色の頬と艶々と波打つヘーゼルブロンドの髪。大きな黄褐色の瞳は、好奇心いっぱいといった感じにキラキラ輝いている。
……思わず『精霊の湖』に精霊が降り立ったかと思っちゃった。はぁ~……。流石は大貴族のご令嬢。なんというか……。同じ女として格が違うわ。
今迄「フローレンス様~♡」なんてはしゃいでいた男共も、アホみたいに目と口を開いてポカーンとしていたわよ! ……まあでも私も、あんぐりと口を開けた間抜け顔していたから、あいつらの事とやかく言えないけどね……。
お嬢様は微笑を浮かべながら、集まった私達をグルリと見回した。
そして勘違いじゃなければ、私と目が合った瞬間、ニッコリと物凄くいい笑顔を浮かべてくださったのよ! お陰で周囲の男達同様、真っ赤になって
でも貴族のご令嬢ってみんな、あんなにフレンドリーなの? やっぱりお育ちが良いから? はぁ……。やっぱり格が違うわ。
お嬢様はその後も私達に向かってお言葉を述べた後、スカートを摘まんで腰を落とす挨拶をしてくれたわ。平民である私達によ!? もう、私達の興奮は最高潮よ!
この領地を治めるバッシュ公爵様は温厚でお優しいお方だと聞いていたけど、お嬢様もお父様そっくりな素晴らしいお方だったのね!
あら? 隣村やうちの若い連中、全員バツが悪そうな顔をしているわ。
ま、そりゃそうよね! 今迄あの女の言った事を鵜呑みにして、お嬢様への不敬を散々口にしていたんだから。ふふん、ざまーみろ!
……でも待って。なんかお嬢様のお言葉の中で、「珍味」って言葉が聞こえた気がしたんだけど……。高位貴族のお嬢様が「珍味」なんて言うかしら……?
いえ。多分あれは私が興奮のあまり、聞き間違えたんだわ。うん、そうに違いない。
にしてもあの女……。やっぱりやらかしてくれたわね!!
なんなのあの女の服は!? エレノアお嬢様の着ておられるお洋服と色が丸かぶりじゃない!
白い色って間違いなく、お嬢様のご婚約者様のお色よね!? お仕えするお方のご婚約者様のお色を堂々と着ているなんて……。喧嘩吹っ掛けているって思われてもおかしくないでしょ!? しかもお嬢様より派手なドレス着ちゃって! 本当になにを考えているのやら!
若い男連中は、相変わらずあの女を見てデレデレしちゃっているけど、非常識だって分かっている人達は全員動揺するか眉を顰めちゃっているわよ。
ああ、ほら。あの女に紹介されている村の代表者達なんて、父さんを含めて全員真っ青になっているじゃない。しかも物凄い冷や汗。勿論、私達女連中も静かに怒っているわ。
でもそんな事をされても、平常心でいらっしゃるエレノアお嬢様……流石だわ。私だったら「今すぐその服脱げや!!」って、怒鳴りつけているところよ。やはり本物の高位貴族のご令嬢は、つくづく普通の女とは違うのね。
なんて事を考えていると、なんとあの女。お嬢様をご案内するとか言っておきながら、折角特産品を陳列していたスペースを何軒も素通りしてしまったじゃない。
しかも、お嬢様が慌ててお止めくださったのに対し、「時間が無いし、地味だから見る価値が無い」みたいな事を言ったのよ! 信じられないわ!!
そりゃあ、最初の村々の特産品はジャガイモとかの根菜中心で、地味と言われたらそれまでだけどさ。だからって見る価値が無いなんてあんまりだわ!
ああ、ほら。素通りされたスペースのおかみさん達、めっちゃくちゃ怒っているじゃない。しかも最初のスペースにいるあのおばちゃん、近隣の村々から『女帝』って言われるほど豪快な人なのよ。怒れる女帝を敵に回すなんて……。流石は考えなしのバカ女! 私だったら絶対出来ない。
対してお嬢様はというと、あの女の暴言を全否定し、最初のスペースに戻られ、ちゃんとお話を聞かれていた。素通りされた村の人達も、お嬢様のその行動にビックリしていたけど、物凄く嬉しそうだ。うん、そりゃそうよね。
あっ! お嬢様がお話を聞き終え、スペースを離れた瞬間、女帝が目元を拭った! まさに「女帝の目にも涙」だわ。お嬢様凄い!
あの女は……あ、お嬢様が展示品に夢中になっている間に、ご婚約者様に媚びを売ろうとしているわ。お嬢様にあれだけピシャリと叱られたのに、反省するどころかあんな女神様をも恐れぬ所業を……!
あ、でも周囲の護衛騎士様達がさり気なく間に入ってガードしているわね。わぁ、凄く悔しそうな顔! さっきのお嬢様にご叱責された事といい、なんて小気味いいのかしら。まさにざまぁみろだわ!
ああ、すかさず若い男連中があの女に媚びを売っているわ。……でも明らかに、以前よりも数が少ないわね。
まあそりゃそうか。なんせ自分のとこの商品を「地味で価値がない」なんて言われちゃあね。百年の恋も醒めるってもんよ!
それになにより、主家のお姫様であるエレノアお嬢様が、自分達が一生懸命作った作物に興味を持って接してくださる姿を見れば、嫌でも目が覚めるわよね。
しかも老若男女関係なく、平等に接せられていらっしゃるのよ。あれにはやられるわ……。実際、私もほっこりしちゃっているもん。
尤も、目が覚めていない奴もまだまだいるみたいだけどね。男って本当、バカばっか!!
って、あっ! お嬢様がご婚約者様と手を繋がれた!! うわぁ……。あのご婚約者様の
あっ! おばちゃん達やご老人方がバタバタ倒れている!! 刺激が強すぎたのね。分かります! 若い女の子達は……ああ、もう何人か鼻血出して蹲っているわね。分かるわ……。私も今ちょっとヤバイもん。
あああっ! そ、そんなこんなしている内に、お嬢様が近付いてきた!! き、緊張する~!! そそうしないように頑張らなくちゃ!