悪意ある噂

山間部に近い、バッシュ公爵領直轄自然保護区域内にある、透明度が有名な湖。別名「精霊の湖」と呼ばれるそこを中心とした自然公園内では、東西南北の村々から集まってきた代表者やその家族、手伝いの村人達が、それぞれ自分の村を代表する作物や酪農品を持って集まっていた。

──余談ではあるが、その周囲にはバッシュ公爵家本邸の影達が警備にあたり、観光客や遊びに来た領民達をさり気なく遠ざけたりしていた。

「ふぅ……。うちの陳列はこんなもんかな?」

そんな中、主に果実を育成している南の村からやってきた少女オーブリーは、自分達に与えられたスペースに盛り盛りと置かれた大ぶりの苺を前に、満足そうに何度も頷いた。

「……うん、美しいわ! うちの村の自慢は、なんてったってこの苺だもんね! 特に今年の出来は最高だし!」

そんな彼女の横では、柔和な顔立ちをしたイケメンの中年男性が、気遣わし気な視線を向けていた。

「だ、大丈夫かい? オーブリー」

「あら、なにが? 父さん」

「いや……。お前自ら商品の収穫やら選定やら、ましてやこんな重い物を運ぶのを手伝ったりして……。お前は国の宝である女の子なんだから。もうちょっと、自分自身を大切に……」

「何言ってるのよ父さん! だいたい私、小さい頃から農作業の手伝いをしているじゃない! しかも大きくなってからは、普段から土や堆肥を運んでいるのよ? 今更苺の箱の一つや二つ、持ち運ぶのなんてどうって事ないわよ!」

「お前なぁ……」

はぁ……。と溜息をつく父親に対し、オーブリーは腰に手をあて、仁王立ちになりながら小ぶりな胸を精一杯張った。

「だいたい、うちの村の村長である父さんの子供は私だけなんだもの! 私の輝ける……いえ、我が村の輝ける未来の為に、自分の出来る限りの手伝いをするのは当たり前でしょ!?

「だったら、お前の婚約者や恋人候補の男達を上手く使ってだな……」

父の言葉に途端、オーブリーの勝気そうな眉が釣り上がった。

「はぁ!? あんな見掛け倒しの女に鼻の下を伸ばす野郎共なんか、願い下げよ!! ってか、私に婚約者なんていないわ! 『元』婚約者はいるけどね!」

「……あ、もう三下り半突き付けちゃったのか。……ってかお前、見掛け倒しって……。相手は仮にも貴族……」

「ほらっ、父さん! 他にも陳列するものがあるんだから! 口動かしている暇があったら、手と足を使って!!

父の言葉を一刀両断、バッサリと切り捨て追い立てながら、オーブリーは「ふぅ……」と息をついた。

「だけど、今回の視察の方法って変わっているわよね……」

オーブリーは、バッシュ公爵領内における村々の代表達が、自分の持ち場で特産品をせっせと並べている姿を見ながら、しみじみとそう呟いた。

バッシュ公爵領は広い。

それゆえ本格的に視察をしようとすれば、数日がかりになってしまうのは必至だ。

しかも今回、お嬢様は別の予定でこちらに戻られたらしく、急に視察が決まったとの事で、とてもそれだけの時間が取れないのだそうだ。それゆえ、視察に訪れるのは主要な村や町だけになってしまうはずだった。

そこで今回の視察は、東西南北の村々の丁度中間地点を選び、そこにバッシュ公爵領全域の村々が、それぞれ自慢の特産品を持ち寄り、それをエレノアお嬢様がご覧になる……いわば品評会的なものに変わったのだそうだ。

……というか、中間地点とはいうものの、やや山間部寄りになっている気がしないでもないが……。

でもそれも聞いてみれば、山間部は年寄が多く移動も大変との事で、そこら辺に配慮した結果なのだという。

「いや~、今回のご視察では、とても我々の村には来ていただけないなって思っていたけど、無事にこうして参加する事が出来て良かった!」

「市場とかには出せない、隠れた名産品をお見せ出来るな! お嬢様に興味を持っていただければ良いが」

「このようにご配慮くださる方だ。たとえ興味がなくても、ご覧にはなってくださるさ!」

嬉しそうにそう話しているのは、山間部の村人達だ。

見れば彼等の前には、その独特の風味や味が特徴で、ほぼ集積市場には出回らない山間部ならではの野菜達が積み上げられている。それに多種多様なキノコも所狭しと積み上げられていた。

山間部は開けた土地も少なく、小麦や普段見慣れた野菜などを大量に作る事が難しいうえ、特産品もあまりない。

それゆえバッシュ公爵様も、彼らが安定して収益を得られるようなものをと、色々とお骨折りされているらしいのだ。

それでも、唯一小麦の代わりに栽培されている雑穀も、小麦の一大生産地であるこの領ではわざわざ口にしようという者は僅かで、殆どが家畜の飼料として出荷されているような状態だそうだ。

それゆえ、彼等は将来この領を背負って立つ主家の姫に、少しでも自分達の商品について興味を持ってもらおうとしているに違いない。

……が、そもそも高位貴族が、食べた事もない地味な食材に対し、果たして興味を示してくれるだろうか? 寧ろ素通りされなければ良いのだが……。

「なんて、人の事心配している場合じゃないんだけどね」

我が村の誇るこの苺は、村の先人達が何代にも渡って品種改良を施した逸品だ。

見た目も味も極上で、特に貴族が喜んで買い求めてくれる。父の話によれば、王族への献上品にもなっているのだそうだ。

それ自体は大変名誉で誇らしい事なのだが、実はこの苺。残念なことにあまり一般的には名が知られていない。

それは何故か。

……理由はこの苺があんまりにも繊細過ぎて、大量出荷が出来ないからである。

大ぶりで、驚くほど甘いこの苺はその分繊細で傷みやすく、どんなに注意して出荷しても、集積市場に着いた時点で半分は売り物にならない状態になってしまうのだ。

そんなわけで、残った苺は金持ち連中に売る為、商人達によって買い占められてしまい、その結果、近隣地域の住民以外の一般人は滅多に口にする事が出来ないのである。お陰で巷では『幻の苺』なんて言われてしまう有様だ。

「駄目になった苺は、近隣の村々にお裾分けしたりジャムにしたりしているから、生産者側からすればありふれた苺なのになぁ……」

オーブリーは「はぁ……」と溜息をついた。

高級フルーツと称されるのは誇らしい事だが、出来れば限られた一部の人間だけではなく、多くの人達にこの苺の味を知って楽しんでもらいたい。そしてせっかく作った苺が出荷の際に駄目にならないよう、何とかしたい。

いっそ全てジャムやジュースなどの加工品に……とも考えたが、ありふれた加工品と生の苺とを比べてしまえば、どうしても価値が落ちてしまう。やはりこの苺の美味しさは、そのまま食べてなんぼである。

そんな悩みを抱えていた時、この降って湧いた視察の話。

集積市場を先に視察されるのに、何でわざわざ品評会みたいなものを……? と思っていたが、こうして集積市場にはあまり流通していない影の特産品を知りたいという事なのだろう。成程、奥が深い。というよりこれは、千載一遇のチャンスだ。

何とかこの苺をお嬢様の目に留まらせ、アピールしなくてはならない。そしてあわよくば、お父上であるバッシュ公爵様に現状をお伝えしてご協力を仰ぎたい。

「……それにしてもエレノアお嬢様……。一体、どんな方なのかしら?」

歳は私の一つ下の十三歳だと聞いた。

だがそれ以外、このバッシュ公爵領の姫様だというのにもかかわらず、驚くほど情報が伝わってこないのだ。

……いや、今回の視察の件で、「小柄で可愛らしい方」だという情報はきた。どうやらうちの村の出身者がエレノアお嬢様に手を振ってもらったらしく、意味不明に興奮した魔導通信が家族にかかってきたらしいから。

だが肝心の性格とか、なんで急にバッシュ公爵領にお戻りになったのかとか、そういった情報はやっぱり一切入ってこない。

でも……。

『……〝噂〟は、知っているのよね……』

オーブリーはある事を思い出しながら、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「いやぁ、急な視察も快く承諾されたうえ、このようなご配慮をしてくださるなんて、エレノアお嬢様はとても思慮深く、お優しいお方なんだろうな」

「ああ。お会い出来るのが楽しみだ!」

主に、山間部の村人達がそんな会話をしている中、別の方面から声がかかった。

「いや、エレノアお嬢様は我儘で放漫なお方だと有名らしいぞ?」

「は? なんだそれ」

「お前ら、どこからそんな話を聞いた?」

訝し気な山間部の村人達の言葉に構わず、その場にいた他の若者達も、最初に声をかけてきた若者の言葉に追従するように、次々と声を上げ始める。

「そうそう。それにこのバッシュ公爵領を田舎と馬鹿にされているらしく、今迄こちらに戻られなかったのも、それが原因だという話だ」

「寧ろ、そんなお嬢様を上手く誘導されたのも、こうした趣旨を思い立たれたのも、フローレンス様じゃないのか?」

「そうだよ! あの方は慈悲深くお優しいし、色々な村々にも足繁く通われているんだ。きっとあの方だったら、そうされるはずだよ!」

「今回のご視察にもお嬢様と一緒に来られるんじゃないかな? ……ああ、楽しみ過ぎる!」

オーブリーは、主家の姫に対する不敬を口にしながら、フローレンスの名を出し、うっとりとしている若者達に眉を顰め、醒めた眼差しで睨み付けた。

『……あいつら……。隣の村の連中ね? ってか、うちの村の若い奴らも何人かいるじゃない! ……まぁ本当、仲良くあの女にたぶらかされちゃって!』

見れば、山間部の村人達。そして自分の村や、他の村々から参加しているおばちゃん、お婆ちゃん、おじいちゃん連中や、自分みたいに視察に参加する為にやってきた若い女性達が、彼等に冷たい視線を向けている。

……いや、彼らだけではなく、移民として各村々にやってきた獣人の人達も、なにげに怒っているようだ。

顔はいたって平静だけど、耳が高速でピルピル動いている。猫獣人や犬獣人の人達の尻尾も、ピーンと張った尾っぽがユラユラ振れているし。……あれ、うちの飼い猫が怒った時によくやるのよね。

『……こんな時になんだけど、妙に癒されるな。ああ、でもあの女! ここに居なくてもムカつく奴ね!』

──フローレンス・ゾラ男爵令嬢。

彼女は父親が集積市場の統括という地位にある為、バッシュ公爵領内の村々を視察する父親に同行し、何度も自分の村を訪れていた。

アルバ女は自分同様、気の強い女が多い。

しかも、王都や都心に住む女達のように引き籠っているのではなく、自ら働いている村の女などはその傾向がより顕著だ。

そんな中、あのように清楚でたおやかな風情の女が度々訪れるようになったのである。

見かけだけとはいえ、そういう女に免疫のない田舎者の男連中は、瞬く間にあの女の信奉者となっていった。

しかもそれだけではなく、あの女の虜となった村の若い男達は皆、なにかあるたび、自分の村の女達とあの女の事を比較するようになってしまったのだ。無論、その中には私の婚約者達も含まれている。……いや、『元』婚約者達だが。

そう。自分だけでなく、かなりの数の女性達がそんな婚約者や恋人達に愛想を尽かし、三下り半を突き付けるという騒ぎにもなっているのだ。中には結婚間近で破談という悲惨な話もあったみたいだ。

勿論、それを言い出したのは女性の側。男の方は泣きながら土下座したものの、許して貰えなかったようだ。ま、当然よね。

噂をすればなんとやらで、私の元婚約者や恋人候補だった連中が、作業をしながらチラチラこちらを伺っている。何とも未練がましい野郎共だ。

父からは、「このままだと行き遅れになるよ?」と言われたけど知った事か! というかあいつら、手伝いは断ったはずなのに何故ここにいる!? お呼びじゃないっての! あんたらはあの女の靴の裏でも舐めてろ!

──それにしても……。

「あの女がこの視察を企画? そんな事、あるわけないじゃない!」

あの女はニコニコと人畜無害そうな笑顔と優しい物腰で口当たりの良い事は言うが、村の状況や商品に関しては無関心だった。

「困った事があったら遠慮なく仰ってください」と口では言うものの、一度もそういった事について興味を示した事すらない。

それに、男には気持ちが悪いほど媚びた態度を見せるが、女に対しては割とぞんざいで、笑顔を浮かべていても心から笑っていないのが見え見え。しかも、きちんと目すら合わせようとしてくれなかった。

私がこの苺を差し出し、意見を聞こうとした時も、村の若い男連中達と話すのに夢中で綺麗に無視されたしね。

そんな女が山間部の村々の為に、わざわざこの場所を選ぶとは思えない。だいたい、あの連中が言っていたお嬢様の噂だって、あの女が発信元なのだ。

「実は私が知り合いから聞いたのですが……」って、さも本当であるかのように、あいつらに色々話していた事、私は知っているんだから!

しかも、「有り得ないとは思いますが、もし事実だったとしたら……。このバッシュ公爵領の未来が心配です」って感じで締めくくる。

それを聞いた時は、真面目に腹が立った。

いくらなんでも、実際にお会いした事のない……。ましてや主家のお姫様の事をそんな風に話すなんて、悪意があるとしか思えない。

だけど、そういう気持ちを口にしたとしても、結局は「女の醜い嫉妬」扱いされてしまうのだ。

かくいう元婚約者達にも、「君はどうしてそういう酷い事を言うんだ? この領土の行く末を案じておられるフローレンス様のお優しさを、もっと見習うべきだ」なんて言われてしまい、父親にもやんわり諫められてしまう有様。

その時、私は心の中で誓った。

「男なんて、当てにするだけバカ見るわ! 私は村を預かる父さんの後を継ぎ、立派な女村長となってみせる!!

その為にと、村の特産品をより良くする研究をするだけではなく、畑仕事や出荷作業も積極的に手伝い、言い寄る男どもを蹴散らし、今ここにこうして立っているのだ。

父には「孫の顔が~!!」と嘆かれたが、まだ見ぬ夫や子供よりも自分のキャリアよ!!

女として規格外だと詰られようがそしられようが構うものか!! 私はあんたらの大好きな、自称淑やかでお優しい女とは違うのよ!

「女一人で生きていく為には、お嬢様にうちの商品をしっかりアピールして実績作らなくちゃ……。はぁ……。エレノアお嬢様、あの女みたいな御方じゃなければいいんだけど……」

「オーブリーさん。これはどこに置けばいいですか?」

その時だった。

タイミングよく声をかけられ慌てて振り向くと、重そうな木箱を二つ抱えたウサギ獣人のジャンさんが立っていた。

流石は獣人。草食系でも力があるのよね。彼を含めた移住者の獣人達は、今ではうちの村になくてはならない戦力となりつつある。

「あ、それは後方に置いてください。後で私が陳列しますので」

「分かりました。では、僕も後で手伝いますね」

そう言って、ニッコリ笑いながら耳をピルピルさせるジャンさんに、うっかり和んでしまう。

「…………」

彼らはアルバの男達に比べ、平凡な容姿をしている人達が多いけど、なんというか純朴で裏表がない人ばっかりだ。

女に対してギラギラしていないところも好感が持てる。それになにより、あの耳や尻尾はもう反則だと思う。ずっと見ていても飽きない。

そういえば獣人の女性達も、穏やかで優しい人が多いよね。

もう既に各村々では、彼女らを巡って争奪戦が激化しているみたいだけど、不思議と彼女らに関しては嫉妬とか起きないな。……それよりも。

「誰でもいいから今度、耳とか尻尾を触らせてくれないかな……」

そんな事を呟いていた私の耳に、もうすぐエレノアお嬢様の馬車が到着するとの知らせが届いたのだった。