バッシュ公爵領の視察
朝食が終わり、美容班達に着せられたのは、普段着に近い真っ白いワンピースタイプのドレスだった。
「本日は一日中馬車に揺られますからね。普通のドレスではお嬢様が大変でしょうから」
流石は美容班! 私の体調を優先して服を選んでくれるなんて……! やはり出来る召使は違うね!
「でもお嬢様。お色がお色ですから、色々食べ物を差し出されても食べちゃダメですよ?」
そんな言葉に、私の感謝の気持ちは木っ端となって吹っ飛んだ。
「えええーっ!? クライヴ兄様の色だと思っていたんだけど、まさかのつまみ食い防止策!? ってか言い方! まるで小さな子供かペットに対するそれでしょ!? ひどっ!!」
……って抗議したら、「んな事ある訳ないでしょう!?」「クライヴ様のお色だからに決まっているでしょうが!!」って、逆に怒られてしまいました。
そんでもって、「駄目だ……! ウィル一人じゃ心もとない! あいつだったら止めるどころか、「美味しいですねー! お嬢様♡」なんて言いながら、一緒にトマトを丸かじりしかねん!」と言って、美容班が一人護衛として私に付き添う事となりました。……解せぬ!
「エレノア、支度出来たか?」
髪のセットや小物の装着など、
クライヴ兄様も昨日と違い、かなりラフな服装をしている。
まあラフとは言っても、やはりそこはそれ。軍服を普段着にアレンジしたような装いは、凛とした美貌を持つクライヴ兄様にベストマッチしていて、朝に引き続き、胸の鼓動がドコドコと
「ああ、とても可愛らしいな」
そう言って頬に優しく手を添え、まるで眩しいものを見つめるように目を細めるクライヴ兄様の顔。それがあまりにも男前過ぎて、ボンッと顔が真っ赤になってしまう。
そんな私を見ながら、クックッと小さく笑ったクライヴ兄様は、私の唇に自分のそれを優しく重ねた。そして暫し堪能するように口付けを深くしていく。
「~~~~!!」
やがて名残惜しそうにそっと唇を離すと、これ以上はないほど全身真っ赤になった私を優しく抱き締める。
「愛している。俺のエレノア……」
クライヴ兄様に甘く耳元で囁かれ、腰砕けになりながらも、羞恥心で周囲を素早く見回す。
すると、その場にいた美容班達はいつの間にやら、いなくなっていた。……流石は出来る召使達。気配もなく消えるとは……やりおる。
「……ッ……わ……私も……です……。クライヴ……にいさま……」
「ふ……。ここで俺の名前を呼び捨ててほしいところだが……。まあ、おいおい慣れていこうな?」
再び唇に軽くキスを落し、ポンポンと頭を撫でてから解放された私は、思わず膝カックンしそうな身体に必死に活を入れた。
クライヴ兄様っ! 視察前に妹を腰砕けにしてどうすんですか!?
「さて、そろそろ行くか」
そう言うと、クライヴ兄様は生まれたての小鹿よろしく、足がプルプルしている私の腰を抱き、サポートしながら歩き出した。その顔は満面の笑みで彩られている。
私は羞恥心と怒りで、足だけではなく、身体全体をプルプル震わせた。
──確信犯だ! 私がこうなるって知っていて、わざとやったんだ! おのれ兄様!! いつか仕返ししてやるんだからね! 首洗って待ってろよー!!
◇◇◇◇◇
「おはよう御座います。バッシュ公爵令嬢」
「おはよう御座います。皆様方」
外で待機してくれていた近衛騎士様方が、私とクライヴ兄様の姿を確認するなり、騎士の礼を執る。うむ。今日もバッチリキマってますね! 眼福眼福!
私だけではなく、クライヴ兄様も彼等と挨拶を交わし、そのまま今日の予定と護衛に付いてくる人達の選別について話し合い出した。
……というより、「ここの騎士達もいるし、そんなに護衛要らないから」と、護衛をやんわり断ろうとするクライヴ兄様に対し、「いえ。我々は王命にて、バッシュ公爵令嬢の護衛を任じられておりますから!」と言って引かない近衛騎士様方との押し問答になっているっぽい。
っていうかこの方々、私の護衛をしろって王命下っていたんだ。てっきり、これから来る聖女様やリアム達の為に、先遣隊として付いてきたとばかり……。
ふと、話し合い(?)をしていた兄様方の気が逸れる。
なんだろう? と思って見てみれば、クリス副団長がティルや他の騎士達を従え、こちらに向かってやってくるのが見えた。
「あっ! クリス副団長にティル!」
クリス副団長達がこちらに向かって騎士の礼を執る。
うむ。こちらも流石はバッシュ公爵家の騎士達。緑を基調とした騎士服がバッチリ決まっていて、めっちゃ眼福!
あっ、ティルがブンブンと手を振っている。……なんか、ブンブンと振られる尻尾のように見えるのは気のせいだろうか。
「お嬢様ー! おはよーございまーす!!」
「おはよー! ティル!」
同じく手を振りながら返事をすると、物凄く良い笑顔でこちらに向かって駆け寄ってきた。
うん、やっぱりワンコだな。それも大型犬。あっ! クリス副団長が、青筋立てたキレッキレの笑顔でこちらに向かってくる。
「おはよう御座います。エレノアお嬢様」
「お、おはよう! クリス副団長」
クリス副団長は恭しく頭を垂れた後、目にも止まらぬ速さでティルの首根っこを掴むと、自分達の方へと引き摺り戻した。しかも地面に叩き付けている。あ、相変わらず容赦ない……!
「エレノアお嬢様。本日、私と共に護衛の任に就く者達を連れてまいりました」
「ひどっ!」と喚いているティルを無視し、後方に控えていた騎士達が私の前へと進むと、そのまま片膝を地面に突き、頭を垂れた。
「エレノアお嬢様。ヒル副団長直轄部隊のアリステア・マキシミリオンで御座います」
「同じく。ネッド・オスニエルで御座います」
「ポール・ラッセルで御座います。どうぞお見知りおきを」
三人とも、私に向かって騎士の礼を執る。おおおっ! ぜ、全員めっちゃレベル高いな!
……そういえばクリス副団長が、「私の直轄の隊員達は、全員
これは私の個人的感想なんだけど、第三勢力の人達って、基本的に普通のアルバ男性よりも綺麗だったりカッコ良かったりする人達が多いと思う。
やはり
『し、しかしこれは……! 想像が
第三勢力の護衛騎士達という、どこのご褒美ですか的な状況に、私の腐った沼がハイテンションにはしゃぐ。
ふむ……。アリステアさんは赤褐色というか、赤みを帯びた黒髪と黒目の筋骨隆々の美丈夫って感じの人で、この中では一番年上っぽい。
タチかネコかといえば、タチ……に見えて、案外ネコという線も有り得る。いや、以前マテオが言っていたけど、アルバの
ネッドさんはプラチナブロンドを短く刈り込んだ、水色の瞳の青年だ。
クリス副団長よりガタイは良いものの、全体的に華奢な印象を受ける。そして仕草がやけに色っぽい。ひょっとしたらバリネコ……か!?
そしてポールさんは、少し藤色がかった長めの銀髪を一まとめに縛り、前に垂らしている。切れ長の瞳はマテオのような銀色で、冷静沈着そうなタイプ。纏う雰囲気からして、きっと彼はタチだ。うん、そうに違いない!
……しかし……。素朴な疑問なんだけれども、ひょっとして美形じゃなければ騎士にはなれないのだろうか? ……いや、違うな。この国の顔面偏差値が異常なだけだった。
「はい。宜しくお願いします! それと皆さん。昨日は私を守ろうとしてくださって、有難う御座いました!」
こんな腐った妄言を胸中で呟いていた事を悟らせぬよう、ニッコリ笑顔で挨拶をする。
するとアリステアさんが、驚いたように顔を上げた。
「お嬢様!? 我々を覚えていてくださったのですか?」
そう。この人達は騎士団長さん達が私に対峙した時、クリス副団長やティルと共に、私を守ろうとしてくれた人達なのだ。
「はい、勿論です!」
再びニッコリ微笑むと、皆が物凄く嬉しそうに頬を染めた。
うーむ……。多種多様な美形のご尊顔が朝日に照らされ、めっちゃ眩しい。目に沁みる……。
──……それにしても……。
こんな風に美形の軍団を見ても、動悸息切れ眩暈……果ては鼻腔内毛細血管を崩壊させる事もなく、頬を染める程度に抑え、こうやって同行して観察出来るまでになっただなんて……。うん、私も成長したものだ。実に感慨深い。
「ヒル副団長。これからよろしく頼む。……それとだな。今回の視察には、ゾラ男爵令嬢も同行するので、彼女も護衛対象に加えてほしい」
えっ!? あれっ? クライヴ兄様がそう言った途端、クリス副団長以下、全員の顔がスン……と能面のように無表情になったよ!?
「……心得まして御座います」
ク、クリス副団長? 表情だけでなく、声にも抑揚なくなっていますが!?
……あっ! そういえば第三勢力の人達って、基本女性が苦手な人が多いんだった!
あちゃ~……。失敗だったな。フローレンス様の同行、お断りした方が良かったかな?
「いえ、お嬢様お気になさらず。……それよりもお嬢様! 護衛騎士として御身は必ずや、我々がお守りいたします!」
「は、はい。宜しくお願いします?」
えっ? なんですかその決意表明。領地視察って、そんなに危険だったんですかね!?
頭の上に「??」と疑問符を浮かべながら、クリス副団長達に先導され、本邸へと向かう。
本当なら離れから直接馬車に乗っても構わないらしいんだけれども、イーサンいわく、「当主代行として、本邸から出立という形を」との事。成程です。
「──ッ! あれは……!」
本邸の正面玄関が見えてきた時だった。
先頭を歩いていたクリス副団長が足を止めた。しかも何やら小さく舌打ちする音が聞こえる。え? どうしたんだろうか?
「クライヴ様……」
クリス副団長が、私の横を歩いていたクライヴ兄様を振り返った。
見ればクライヴ兄様の表情も険しくなっている。い……一体全体、なにがあったというんだろうか?
「……こちらがどうこうする事ではない。このまま進むぞ」
「御意」
「??」
再び歩き出したものの、周囲の人達は全員、ピリピリした雰囲気のままだった。
戸惑いながら本邸へと到着すると、そこには私達の姿……というより、私の姿を見て一斉に驚愕と戸惑いの表情を浮かべた召使達と、眉間に皺を寄せたイーサン……そして。
「おはよう御座います、エレノアお嬢様!」
私と同じ、純白のドレスを身にまとったフローレンス様が、花が綻ぶような笑顔を浮かべて私達を出迎えたのだった。