祭壇の修復を終え、久々に領地へと帰ってきた。到着と同時、ミル姉とアレンドラはすぐさま寝床へと消え、師匠とジャークは食堂へと向かう。

参加者は皆、一様にくたびれていた。

結果の報告をする者が誰もいないため、已むを得ず俺がジィト兄への面会を求める。執務室の中では、ジィト兄とファラ師が書類と戦っていた。

「おかえりなさいませ」

「おう、おかえり。随分と長くかかったな」

「ただいま。いやあ疲れたよ、まあそれだけの甲斐はあったんだろうけど。……どうする? 忙しいなら報告は後に回すよ?」

「いや、今聞こう。書類仕事も飽きてきた頃だしな」

返答より先にファラ師は立ち上がり、棚から酒瓶を引っ張り出していた。何故執務室に酒が、と思わなくもないが、面倒事を押し付けて消えたのは俺達だ。敢えて追及する真似はせず、ひとまず乾杯をする。柑橘系の匂いが鼻を抜け、思わず溜息が漏れた。

ああ、美味い。大きな仕事を終えて飲む酒は格別だ。

……思えば、この二人と酒を飲むのは初めての気がする。

「ジィト兄も飲むようになったんだ? 味が好きじゃないって言ってなかったっけ」

「会合に参加すると、飲まない訳にはいかんからな。得意ってほどでもないが、今日は祝い事だし良いだろう」

ということは、普段飲んでいるのはファラ師なのだろうか。視線を向けると、彼女は澄ました顔で盃を空にしていた。従者として畏まっていた頃よりも、随分と身軽な印象を受ける。

やはり俺から離れてもらって正解だったようだ。

「ファラ師も元気そうで何より」

「まあこちらは手間がかかるだけで、難しい仕事はしていませんからね。浄化よりは楽な仕事だったと思います。そちらはどうだったんです?」

話が本筋に戻ったため、俺は今までの経緯を順番に説明する。とはいえ、これはあくまで俺の目線であり、国の依頼を無視した内容だ。正規の報告については、やはりミル姉の目覚めを待つ必要があるだろう。

それでも──誰一人欠けることなく、無事に任務を達成した事実を、二人は素直に喜んでくれた。

「ふむ。難しい作業だったろうが、よくやり切ったもんだ。実は今回の仕事が成功したら、うちを伯爵へ上げるという話が内定していてな。どうやら、ミル姉は王国史上初の女伯爵になるそうだ」

「快挙みたいに言ってるけど、それ、ミル姉がいない所で決まったんだよな? 本人は望んでないんじゃ?」

「たとえ望んでなくても、領地は楽になるからな。税の一部が減免されるし、新たな仕事を増やさないことは条件に盛り込んである。やることが変わらないなら、文句は出ないだろ」

ジィト兄が文官として機能しているとは……何とも感慨深い。良くも悪くも、環境は人を変えるのだと思い知らされる。ファラ師が管理職というものを熟知しているため、適切な指導が出来ている、というのもあるだろう。

ともあれ領地にとって利があるなら、俺が反対するものでもない。

「駆け引きが巧くいったのは良しとして、中央と揉めなかったのか?」

「昇爵の話をしつつもこちらの負担を増やす、という様子が見受けられたので、最初はお断りをしていたんですよ。指示に対応出来なくなって、そこを突かれることは明らかでしたしね」

「褒美を与えたいのかそうじゃないのか……相変わらず、中央は何がしたいんだか解らんな?」

「ファラから説明されるまで、俺もよく解らんかったよ。どうも王家が貴族に対し何らかの意思決定をして、当事者へそれが伝えられるまでに、他人が介入する余地があるらしいんだよな。王家から官僚へ、官僚から当事者へという流れの中で、官僚が自分の意思を捻じ込む隙があるって感じかね」

ああ、文官は上位貴族の出身が多いから、情報が筒抜けになってしまうのか。連中は既得権益に執着するし、他人の足を引っ張りたがるから、妙な命令が発せられると。

大元の構造に欠陥があるな。よくそれで体制を維持出来るものだ。

「じゃあ伯爵位なんて要らん、ってことにはしなかったんだ?」

「一度は断ったよ。ただ、国難を排除した家に対して褒賞を与えないとなると、貴族制の根幹が揺らぐからな。内部ではかなり揉めたらしい。……大体にして、王家が配下の勝手を許すからこうなるんだ、と思うがね」

苦言が出るのも当然だろう。以前に王子達が潰し合った結果、どうも彼等の持つ権威は弱まっているようだ。これについては自業自得としか言えない。

そんなことよりも、先程の遣り取りの中で、非常に気になる点があった。

「まあ王家のことはどうでも良いんだが、ファラとは?」

「ん?」

「いや、呼び捨てにしてただろうに」

指摘されて初めて気付いたのか、二人は視線を合わせ、意味深な笑みを浮かべる。気心の知れたという程度ではない、何処か甘い空気だ。

はあ、なるほどね。

気が合うだろうとは予想していたし、この展開を期待していなかった訳ではないが、その通りになるとも思っていなかった。二人に恋愛感情が備わっているのか、正直疑わしかった所為だ。

「あー……詳しい経緯は無くてもいいや。結婚はするつもり?」

「そうしたい、という段階で止まっていました。どうなるにせよ、まずはミルカ様が帰還してからになりますからね。当主の許諾も無く、勝手に進める話ではありませんので」

「あまり煩く言わないとは思うけどなあ……うん、まあとにかく、おめでたいね。俺は祝福するよ」

拍手をすると、何故か改まって乾杯を求められたので、それに応じる。クロゥレン家の戦力がとんでもないことになるが、お互い好き合って結ばれるなら幸せなことだろう。

俺達は全員で一気に酒を飲み干し、熱っぽい溜息を吐いた。

「しかしそうなると、俺の従者からは外れるってことで良いんだよな? あまり仕事を与えられなくて、申し訳無いと思ってたんだ」

「そうですね。お赦しをいただけるのであれば、私はここで働きたいと考えております」

「お赦しとは大袈裟だな、助けられてるのはこっちだよ。それと……これからは家族になるんだから、敬語は止めないか? 昔の話を引き摺ることはないんだしさ」

レイドルク領での出来事を思い出して、懐かしい気持ちになる。かなりの年数が経った筈なのに、俺達はまた同じような遣り取りをしている。

ファラ師と目配せをして笑い合うと、ジィト兄は面白くなさそうに眉を跳ね上げた。

「随分と仲がよろしいことで」

「はっはっは。まあ上司と部下って関係が合ってなかっただけで、最初から仲は悪くなかったしね。ただ、ファラ師が俺に注目したのは、あくまでジィト兄の弟だからってのが大きかったと思うよ。クロゥレン家が相手じゃなかったら、金銭の賠償で終わってただろうさ」

「賠償の中身はさておき、ジィトの弟で、しかも強度が高いという理由で戦ったのは事実ですね。結果、未熟を晒す羽目になりましたが」

未熟……まあ視野が狭くなって、周りを巻き込んだのは未熟としか言い様が無いか。当時は酷い目に遭ったと思ったが、こんな慶事に繋がってくれたのなら、あの痛みにも意味はあった。

ファラ師が相手でなければ、ジィト兄は結婚出来なかっただろう。

目の前で繰り広げられる二人の応酬を眺めながら、盃を傾ける。子供の作れない俺に結婚は無理だなと考え、ふと、本当にそうかと首を捻った。

……次代に血を繋げることは、必ずしも必要なのだろうか? 結ばれるだけなら果たして?

そんなことをぼんやり考えていると、話の矛先はいつしか、ここにいないミル姉へと向けられていた。

「なあフェリス。ミル姉は対策班内で結婚するとか、そういう話は出なかったのか?」

「俺は連中と絡んでないからよく解らんけど……ミル姉は多分、仕事しかしてないんじゃないかな。でもまあ、ジィト兄が気にすることではないよ。むしろ、先に結婚して圧をかけてやった方が、その気になるかもしれないし?」

「ミル姉の性格でか? 俺の読みだと、ここぞとばかりに独身を謳歌すると思うな。そもそも俺達が当主を押し付けた訳だから、後は好き勝手にやるって決めてるよ」

当主就任の経緯を知らなかったのか、ファラ師が驚きで目を剥く。

「えっ? ミルカ様は、望んで当主になった訳ではないと?」

「俺は最初から対象外だったし、ジィト兄は途中で降りたから、一人しか残らなかったというのが正しいね。ミル姉はジィト兄の補佐をするつもりだったのに、当てが外れた訳だ」

「俺の所為みたいに言うなよ。図面を描いたのはお前だろ」

いや、俺としては別にどちらが上に立っても良かったのだが、当時のジィト兄には当主としての適性が無かった。そもそも、十代半ばの武官に管理職をやれということ自体に無理がある。

あの選択は正しかった筈だ。

「でもその読みが正しいとなると、次の当主は二人の子供ってことになるのか?」

「ちょっ、急に重大な役割が回ってきたのですが」

「貴族家に入るって、そういうことなんだよなあ」

先程考えた問題に対しての答えは、どうやら出たらしい。まあ結論としてはありふれているだろう。

──でも、貴族としての道を選ばなければ、水精と結ばれる可能性はあるような?

気持ちを伝えてもいないのに、俺は将来について思いを馳せてしまう。取り敢えず自分の中で結論が出るまで、彼女のことは黙っておくことにした。