顛末
アレンドラや精霊の安全を確保し、王国へ穢れの発生を報告したが、状況は容易に改善されなかった。
俺の発言が正しいかを確認するため、数名の調査員があの街を目指し──そして、誰も帰らなかった。当たり前だ、近づくだけで汚染されるような環境で、人間が生きていける筈が無い。
そうこうしているうちに、穢れは街の外にまで広がっていった。
周辺地区の被害状況から、王国の上層部はついに重い腰を上げる。ダライは一定数の優れた魔術師を集め、国境沿いを浄化する対策班を結成した。陽術を多用する必要があることから、班長にはミル姉が推薦されることとなった。
とはいえ幾ら陽術が有効であっても、河底の術式をどうにかしなければ、いつまで経っても問題は解決されない。そして、あの現場を知る者も限られている。
結果何をとち狂ったのか、条件に合う者として、ミル姉は俺とアレンドラを副班長に指名した。自身の責任を今度こそ全うすべく、アレンドラはそれを受け入れ、ジャークも補佐として名乗りを上げた。順位表に載る魔術師とその幼馴染──元住民の参加は周囲に歓迎された。
さて、そうなると問題は俺である。
何の実績も無い、単なる班長の身内。それどころか、落ちこぼれと非難されている小僧の参戦だ。これは国家的危機に乗じたクロゥレン家の専横であるとして、俺の参加は却下された。俺自身、それはそう取られるだろう、と思ったくらいである。
編成は荒れに荒れたが、参加者を決めるだけで、事件発生から三か月もの時間を要している。揉めている暇は無いとあれこれ説得をして、ようやくミル姉は現地へと旅立った。
……ただ、そうして送り出しはしたものの、対策班の内情は最悪だ。彼等は権力争いによって疲弊し、気力が萎えていたので、計画の失敗は誰の目にも明らかだった。
そこでジィト兄は一計を案じる。
「フェリスは結局、カイゼンの学術院には行かなかったんだよな。お前の話じゃ河底を弄る必要があるみたいだし、あっちで工事の技術でも学んできたらどうだ? 馬鹿にされっぱなしも面白くないだろ」
その発言も一理ある。馬鹿にされるのはさておき、当主に恥をかかせるのは面白くない。
俺は退屈していた師匠を伴い、改めて学術院を目指すことに決めた。カイゼンも国境沿いの状況を憂慮していたことから、留学の申し出は無償で受け入れられた。
そうして本業を離れて三年──俺は魔術と魔核加工を併用した、新しい土木工事の手法を確立。晴れて院を卒業した。
まあ、卒業したとはいえ、大してやれることは変わっていない。地形変化を魔術で行い、簡単な道具を魔核で作成するという、今まで使っていた技術を発展させただけだ。ただ、工事における注意点といった知識を学べたことは、非常に有意義だったと思う。
またその一方で、師匠は学術院での学びから、ついに己の腕を完成させた。従来の義肢は強度を高めるほど重くなるという欠点を抱えていたが、師匠は魔核の硬度を状況に応じて変えることで、それを解決。かつてを上回る体を取り戻した。
そうなると、次に俺達がやることは決まっている。
元々掲げていた目標──祭壇の修復である。
俺達は一度帰国し、作業に必要な準備をすぐさま終えると、ジィト兄の見送りを背に再びカイゼンへと飛び出した。一か月の旅路を経て辿り着いた前線基地では、以前より幾分窶れたミル姉が浄化に勤しんでいた。
公的には参加を許可されていないため、俺達はまず秘密裏にジャークと接触。現状を打破するための作戦があると伝え、何を置いても協力するよう要請した。
ミル姉とアレンドラは、俺達の参戦を拍手で迎え入れた。
「……暫く見ない間に、随分と我侭になったみたいね。早速、その作戦を教えてもらおうじゃない」
「これは元々、私の不手際です。何でも命じてください」
優れた魔術師の力が、作戦には必要だった。
俺が組み立てた計画はこうだ。第一に、ミル姉と師匠が陽術を用いて参加者を保護する。第二に、アレンドラが俺の指示の下、河の流れを堰き止める。
そして最後に、俺が術式を河底へと刻み込む。
かつて監視者と呼ばれた水精は、河底にあった術式を正しく記憶していた。ただ、当時は存在が消えかかっており、かつ人員が俺しかいなかったため、作業出来るような状態ではなかったのだ。しかし、今であれば条件が揃っており、祭壇の修復も不可能ではない。
国内でも有数の魔力量を誇る人員を四人も並べて、力任せに実行した突貫工事は、無事に成功した。
穢れの発生から実に四年。
ついに、国境沿いは平穏を取り戻した。
◇
「……まあ、という訳でカイゼンの騒動はこれで終わりだな。それで、貴女はどうする? 監視者としての務めに戻るなら、あそこまで送るけど」
「いいえ、結構です。御役目から切り離されて、私もようやく自由を得られました。今更あそこに戻ろうという気にはなりません。ただ……あの地に愛着はありますので、修復自体は嬉しく思います」
「そりゃあ、頑張りましたとも。多分、上位存在に対しての最後の恩返しだからなあ」
私達は横に並んで座り、肩を寄せて話し込む。
苦笑しつつ返す彼の表情は、暫く見ないうちに随分と大人びていた。ただ、瞳の奥にある光は、かつてと変わらず今も優しい。
カイゼンを離れた直後、フェリスは私が消失しないよう、ずっと傍で支えてくれていた。あの頃を思い出すような遣り取りに、我知らず胸が弾む。
「最後、ですか?」
「ああ。貴女に言われてからずっと考えていてね。受託者は引き寄せる者だとは言うが……俺は俺の人生を、他者に左右されたくはない。だから祭壇絡みの仕事はこれで終わりにしようと思ってるんだ。上から押さえつけられるのは苦手だし、貴族としての責務だって投げ出したくらいだからね」
種族が違うため意識していなかったが、そういえば彼は地位を持つ人間だった。
魔術の素養といい身のこなしといい、他者よりも圧倒的に優れた能力を持っているのだから、それも当然という気がする。いや、人間は能力で地位を決めないのだったか?
よく解らないけれど、彼が納得しているなら良いのだろう。それならば、私も事実を伝えた甲斐がある。
「理に縛られることはありませんよ。たとえ使命に殉じなくても、フェリスはフェリスのままで充分に素敵です」
「そんな風に真っ直ぐ俺を褒めてくれるのも、今となっては貴女くらいだな。たまには評価されるのも良いものだね」
「たまに? 以前お会いした従者の方も、貴方を評価しているように見えましたが」
武を人の形に凝縮したような女性だったため、私にしては珍しく印象に残っている。彼女はフェリスを慕っていたし、物事を率直に話す手合いだった筈だ。
従者だというのに、一緒に活動していないのだろうか? 私なら彼から離れたりはしないのに。
私の疑問を察してか、フェリスは何気ない調子で答える。
「彼女には兄の補佐をお願いしてるから、暫く会ってないんだよな。元気でやってるみたいだし、正直俺だと持て余すから、このまま領地運営を任せたいところだ」
なるほど。フェリス自身も強度は高いし、あれだけの武が必要になる局面など、確かにそうそう無いだろう。もっと有効な場所で活躍してほしい、という希望は理解出来る。
しかし、強い護衛がいなくても大丈夫なのだろうか。いや、護衛とまでは言わずとも、彼を止めてくれる誰かは必要だと思う。
「フェリスは本当にそれで良いのですか? 祭壇のことが無かったとしても、貴方は危険な場所をあちこち出歩く人でしょう」
「大体のことは何とかなるよ。異能もそのまま残ってるしね」
「貴方は異能に頼って、自分を蔑ろにする傾向があるから心配なんですよ」
そうでもなければ、己の内に穢れを取り込もうだなんて考えもしないだろう。フェリスにはうっかり消えてしまいそうな怖さがある。
私は地面に置かれたフェリスの手に、自分の手を重ねた。
「先程の質問をそのまま返しますが……フェリスはこれからどうするのですか? 祭壇から解放されて、領地も家族に任せるのでしょう?」
「取り敢えず、暫く家には帰らないとして……何処かに腰を落ち着けて、職人仕事をしようかな。荒事からは遠ざかって、好きな物を好きなように作っていきたい」
想像する──何処かの街の片隅で、彼が仕事に打ち込んでいる。完成品に客が喜び、それが評判を呼ぶ。
忙しくも充実した、穏やかな日々。
そうなったら、どれだけ安心出来ることだろう。強いからといって戦う必要なんて無い。今まで苦労した分、フェリスは楽しく生きるべきだ。
「そうですか。無理をしないでいてくれれば、私は構いません。でも、たまには会いに来てくれると嬉しいですね」
「たまに、ねえ。ついて来てほしいと言ったら?」
「えっ?」
何を言われたか解らず、変な声が漏れた。彼は手首を返し、こちらの手を握り返してくる。
彼の瞳の中に、間抜けな顔をした自分が映っている。
「体に問題が無いなら、何処かの街で暮らさないか? 望むなら、あの娘も一緒に」
「本気ですか? 幾ら異能があったとしても、貴方と私達では生きる時間が違い過ぎる。それでも共に歩もうと?」
親しくなったとは思う。相性が良いとも思う。勘違いでなければ、私達は少なからず想い合っている。
でも、人と精霊の寿命の差は、百年程度で収まるものではない。だからこそ私は、最後の一歩を踏み出せなかった。
なのに彼は、躊躇わずに懐へと入り込んでくる。
「……実は、祭壇を直した報酬をまだ保留していてね。俺が精霊になる道も、貴女達が人になる道も今なら選べるんだ。出来過ぎていると思うかもしれないけど……だから、その、どうだろう?」
珍しく歯切れの悪い言葉に、思わず笑ってしまう。私は相手の体に腕を回し、首筋に縋り付いた。
「締まらない口説き文句でしたね。でも、こんなに嬉しい言葉は初めてです」
「俺も告白なんて初めてだから、格好悪いのは勘弁してくれ」
照れくさそうな態度がやけにくすぐったい。顔が火照って、何もかもが落ち着かない。
フェリスと結ばれる日が来るなんて、想像もしていなかった!
「あの子はどんな顔をするでしょうね」
「大丈夫だよ。あるがままを伝えれば受け入れてくれるさ。あの子は元々、人間が好きだしな」
「あら、気付いていなかったんですか? あの子は人間じゃなくて、貴方が好きなんです。一緒にいられると知ったら、きっと喜んでくれますよ」
私達に気を遣って、あの子は遠くに出かけたらしい。
ああ、早く帰って来ないだろうか。それとも、もう少し二人きりを満喫すべきだろうか。
嬉しくて楽しくて、これから過ごすであろう日々が、どうしようもなく待ち遠しい。
視界を涙で滲ませながら、私達は数年ぶりに唇を合わせた。