石壁の一枚が崩れ、男が二人突っ込んで来る。ジャークは鞭のように腕を撓らせ、敵の顎を正確に撃ち抜いた。脳震盪により、二人の脚が絡んで縺れる。

体勢が崩れていれば、殺すことは容易だ。石槍を生成し、両者の喉を刺し貫いた。

「お見事!」

「前衛の腕が良いと、こっちも楽だよ。とはいえ、連中はなんであんなに避けられるんだ?」

「ああ……あの一番奥の爺さん、アイツの異能が『危機管理』ってヤツなんだ。指揮下にある人間は、攻撃への感度が上がるんだよ」

自分だけではなく、他人にも効果が及ぶのか。なるほど、自分が落ちると全員の補助が解除されるため、後ろに控えている訳だ。

……面倒臭え!

強化異能の影響範囲が広過ぎる。河底の術式を解析して、該当箇所を削除しておくべきだった。

「厄介だし、あの爺を早めに狙いたいな。……接近出来れば、仕留める自信はあるか?」

「勿論」

「じゃあ、あそこまで道を作ってやる。援護は任せろ」

返事を待たず、石柱を乱立させる。ジャークはすぐさまそれに反応し、高所へと駆け上がった。敵も慌てて続こうとして、迂闊にも柱に手をかける。

「おっと、お前は使用禁止だ」

石柱は俺の制御下にあるため、建てるも壊すも思いのままだ。不安定な状況で足場を爆散させると、全身血塗れになりながら、男は遠くへと吹き飛んでいった。

想像した通り、反応出来ても避け切れない攻撃なら、問題無く仕留められるようだ。

さて、ジャークは無事包囲を抜けた。敵の大半は石柱という罠で、まともに身動きが取れなくなっている。

「お仲間が危ないぞ? 助けに行かなくて良いのか?」

味方が目の前で死んでも、彼等は挑発に乗ろうとしない。爺の援助に向かったのは、柱の外側にいた二人だけだった。その他は柱の間を抜け、ゆっくり距離を詰めようとしてくる。

両腕で頭を隠して、致命傷は避ける構えか。

死にたくないから慎重になるのは解る。しかし、それにしたって遅い。

相手が悠長にしているので、俺は石柱の数を増やし、どんどん進路を塞いでいく。オマケで樹のように横棒を生やしてやれば、更に行動は制限された。

今や包囲されているのは彼等の方だった。

「くそッ、ジャークはアイツ等に任せる! まずはあのガキを殺るぞ!」

「おう!」

嗄れた声の老人が号令を掛ける。声は老いていても、筋肉に衰えは感じられない。老人は腰に巻いていた革紐を解くと、それを鞭にして周囲を破壊し始めた。

……随分と珍しい得物を使う。あの老人なら多分、ジャークに対抗出来そうだな。

となると、俺の仕事は老人をこちらに引き付けることだ。石柱を爆破して攻撃するより、遮蔽物が多い方が良いと判断する。やるのはもう少し頭数が減ってからだろう。今は鞭にさえ注意していれば、包囲はされない──こちらへと迫る男の一人へ、接近戦を仕掛けた。

魔術師が自分から間合いを詰めた所為か、相手の顔に驚きが広がる。それでも、男は短剣をこちらへと突き入れてきた。しかし、石柱が邪魔で踏み込みが甘くなっている。

『観察』で攻撃の軌道を読み、相手の手首を掴む。そのまま体をこちらへと引いてやると、相手は勢いの所為で呆気なく転がった。喉を踏み抜いて、男を仕留め切る。

「そこォッ!」

止めに気を取られ、距離感が甘くなってしまった。視界の隅で、勢い良く革紐が踊る。

速い。が、まだ間に合う。

足元の死体を石柱で跳ね上げ、攻撃へと押し付ける。物言わぬ肉の塊が、強かに打たれて爆ぜた。

一発は防いだ。だがこれは拙い、男が邪魔で、

「ッ、くあッ」

死体の脇を抜けて、黒い影が走る。頭部に衝撃が広がり、視界が明滅した。額を割られ、噴き出した血で目が塞がれる。

「今だ、出ろ、殺せェッ!」

……本当に、数を減らしておいて良かった。視覚を奪われ、眩暈でまともに動けずとも、これくらいなら気配を追える。

左側に老人、右側にその手下。まず警戒すべきは老人だ。革紐であるため大した威力にならなかったが、中距離からの鋭い一撃があまりに厄介だ。

攻撃が見えず、防御も回避も出来ないなら、逃げるしかないだろう。

俺はわざと後ろへ倒れ込み、そのまま地中へと沈み込む。頭の上で炸裂音が響いているものの、振動が多少感じられる程度だった。この場は安全だと判断し、『健康』で傷を塞ぐ。顔の血を水術で洗って立て直し完了。

「お待たせ」

外に出ると同時、右往左往する男の足首を散弾の連射で潰す。動けないなら後はどうとでも料理出来る。石柱を崩し、相手を生き埋めにしてやった。

呼吸を整え、改めて老人と向かい合う。戦場の音も随分と減ったことだし、あちらも終わりが見えてきたようだ。

「……さて、そろそろ決着かな?」

「若造め、もう勝ったつもりか」

「ああ、アンタには無理だよ」

先程の攻撃が、最後にして最大の好機だった。俺を仕留められたのは、あの瞬間だけだったろう。

この老人に地面を突破するだけの破壊力が無いことは、先程の潜伏でもう解っている。後は身を隠し、地表に対して適当に攻撃を繰り返しているだけで、こちらはもう勝てるのだ。

気力が折れないことは立派だが、囲まれる恐れが無いのであれば、真っ向からでも負ける相手ではない。

「やれると思うなら、試してみれば良い」

石柱を解除し、戦場を平地に戻す。

癇に障ったのか、老人は顔を真っ赤にして手を振りかぶった。空気を切り裂いて、革紐の先端がこちらの脳天を狙う。

「そんなものか!」

身体強化した左腕を敢えて打たせ、強引に前進。裂けた皮膚は酷い痛みを訴えるものの、致命傷には程遠い。空中で揺らぐ革紐へと鉈を振り、半ばから断ち切った。

「く、くう……ッ! まだだァ!」

一撃の威力が低いがために、老人は距離を保つ必要があった。速度と精度で間合いを支配し、痛みで相手を怯ませる戦術だった訳だ。しかしそれも、武器が万全であってこそ。

革紐を投げ捨て、老人は体術のみで俺に挑む。気合は認めるにせよ、悲しいかな無手の練度が高いとは言えない。首を抉ろうとする腕を掻い潜り、脇腹を鉈で切り裂いた。

手応え有り。

「何故だ、何故我々を殺す……河守は……ッ」

臓物が零れぬよう、老人は必死で脇腹を押さえる。片膝をついたまま、恨みがましい目でこちらを睨み付けている。

「在り様を間違えた者に、先などありません」

第三者の声──気付けば老人の背後に、監視者が立っている。老人の目が見開かれ、口の端から血が漏れた。

「主よ。一族を、一族を守ってはくださらんか!」

監視者は無表情で老人を見下ろすと、首を横に振ってこちらへと歩み寄った。老人の手が力を失い、地に落ちる。

戦場から音はもう聞こえない。

……ようやく幕か。俺は腕の治療をしながら、監視者へと問う。

「見物ですか?」

「ええ。貴方の結論を伺いに」

「そうですか。ならまあ、少しお時間をいただきますよ」

監視者は頷くと、静かに俺の中へと入り込んだ。体内の魔力が勝手に消費されている──存在を維持する力が減っているのか?

まあ、これくらいなら耐えられないほどではない。監視者が何処ぞへと消えて、所在が解らなくなるよりはずっと良い。

離れた場所では、消耗し切ったジャークが呼吸を整えていた。体のあちこちに傷を負い、出血もかなり多そうだが、意識ははっきりしているようだ。近くに水球を浮かべてやると、顔を突っ込んで喉を潤し始める。

「ぷあっ、はぁ……ッ! きつかった……!」

「すまんな、言うほど援護出来んかった」

「いや助かったよ、ありがとう。面倒なのを引き受けてくれたから、ハァッ、あれが無きゃ死んでたねェ……!」

元々は一人で突っ込んでいた訳だし、負荷が減っただけでも御の字なのだろう。仕事をした感はあまり無いものの、本人は感謝しているようなので、素直に言葉を受け取る。

後は、眠り姫をどうにかするだけだ。

「動けるか? アレンドラを引き上げなきゃならん」

「そうだなァ……もうひと頑張りだ」

陽術で体を活性化させ、ジャークの治癒力を高めてやる。劇的な変化は無くとも、復調までの時間は短くなる筈だ。

「色々と面倒をかけるねェ」

「今に始まった話じゃないだろ」

ふらつき、脚を引き摺りながら、ジャークは泉へと一歩ずつ進んでいく。限界が近いな。早く事を済ませないと、運ぶ人間が二人になるかもしれない。

せめて、ジャークには最後まで格好良く決めて欲しいものだ。俺は一足先に泉へ飛び込み、アレンドラの枷を外すべく泳ぎ出した。