天啓

さて、連中はどう出るかねェ。

集会所の屋根に登り、気配を殺して中を覗き見る。何故かアレンドラはおらず、幹部が膝を突き合わせて難しい顔を並べていた。

「……アレンドラは魔術師として優秀であっても、当主としては不適格であったか。まさかこのような事態になるとはな」

「何を今更、だから私は反対したのだ! あのような小娘に、一族の今後を任せる訳にはいかんとあれほど言ったであろう!」

「当時の決断をどうこう言っても仕方あるまい。とはいえ、当主を交代すること自体は決まりだな」

「まあ、それが祭壇の意思とあらば当然であろう。しかし……誰が当主となるにせよ、まずは御使い様に誠意をお見せしなければなるまい?」

「然り。とはいえ幸いなことに、御使い様は河守を滅ぼそうとまでは考えておられないご様子。ならば、アレンドラを贄として捧げ、好きなようにしてもらうか?」

「いや、そんな悠長なことはしていられまい。今この時にも我々の異能は損なわれているのだ。すぐにでもあ奴を処刑しなければ、全てが手遅れになるかもしれん」

「ううむ……だが、アレンドラは順位表に載るだけの腕があるぞ。どう仕留める?」

「難しく考えることはあるまい。今後の相談ということで、ここへまた呼び出せば良いのだ。あの薬はまだあっただろう?」

「流石に立場上断ることはないだろうし、眠らせるなら、少し楽しませてもらおうか。御使い様だけではなく、我々にも詫びが必要だろう?」

「そうさな。手配しておこう」

「うむ、では次の議題だが……式場の管理は今後どうすべきか? 当主が行っていた儀式について、少なくとも私は把握していない。誰か知っている者は?」

「先代の急死で、伝承が途絶えておるからなあ……。アレンドラを問い詰めたところで、何も出ないかもしれん」

「それこそ、詳細は御使い様がご存じなのではないか? 儀式の何たるかを知らずして、御役目は果たせまい。当主を排するのはあちらの指示なのだから、こちらの事情も理解していただけるのでは?」

「あちらとて、管理が行き届かないと困るであろう。河守と敵対したい訳ではないようだし、しっかりとお詫びすれば協調出来ると思う」

「そうだな。ただ、そうなると誰を使者に据える?」

「已むを得まい、私が行こう。どうせなら、御使い様に新たな当主となってもらうのはどうだ?」

「正しい在り方を改めて示していただこうと言うのか? 下の者がそれで納得するだろうか」

「規律を正してもらったら、交代を申し出ては? 異能を失うよりはずっと良い」

「賛成する」

「異議なし」

「私もだ」

「まあ、これについては先方の意思もあろう。ともかく、アレンドラの処遇を済ませてしまおうか」

「そうだな。では早速」

……あの人はそんな性格じゃないと思うけどねェ。

連中があまりに浅はかで嘆息してしまう。ともあれ時間は無いみたいだし、とにかく急ごうか。

街をうろつき、推船の作業を一通り確認してから祭壇まで戻る。

まあ……他にも見るべきものはあるのだろうが、相手の戦力は概ね把握出来たことにする。集会所を覗いた限りでは、アレンドラとジャーク以外に突出した戦力は無い。ただ、突出していないだけで弱いとも感じなかったため、二人がいなくとも苦労はするだろう。

やり合うなら、やはりこの場でなければ安心出来ない。

この街で祭壇の使用権を持っているのは俺だけだ。ここでなら祭壇を盾に相手の魔術を封じつつ、自分は魔力の補充をすることが出来る。間違いなく泥仕合になるが、外で戦うより勝率は上がる。

他に何か手は……出入口を幾つか塞ぐか? やらない手は無いな。

侵入経路は少ない方が楽だ。使ったことの無い通路全てを瓦礫で埋め、更には『集中』を起動して丁寧に押し固める。警戒すべき方向を絞り込んで、奇襲に備えた。

緊張からか、いつになく疲労感が強い。

とはいえ、ゆっくり休みたいという気持ちがあっても、この状況下で宿を使う訳にはいかない。部外者の出入りを調べられたら、身元を確保されてしまう。それに、無関係な人間を巻き込まずに済ませる自信も無い。

暫くは硬い石畳で寝るしかないか。

溜息をついて、干し肉を口に含む。それとほぼ同時、知った気配が近づいているとかろうじて気付いた。

呼吸を落ち着け、影を纏う。

「……ジャークか」

「お疲れ様~。吃驚させようと思ったのに、よく気付いたねェ?」

「自分でもそう思う。お前が本気だったら、また違ったろうが」

魔術行使のため『集中』を起動していたことも助けになった。強化された異能の対策も必要か。何処までやれば万全になるやら。

内心で嘆息していると、ジャークは俺の前に腰を下ろし、深く頭を下げた。

「何だ、どうした?」

「今日はお別れを言いに来たんだよ。……アレンドラはもう、ここには来れない。ボクも、これが最期になるだろう。待ちぼうけをさせるのも、申し訳無いからねェ」

いつもの薄ら笑いとは違う、妙に落ち着いた表情でジャークは言う。瞳が澄んで、芯にぶれが無い──これは、死ぬことを覚悟した人間の表情だ。

「何があった」

「大したことじゃない。……一族はアレンドラの処刑を決めたよ。こんな事態に陥った責任を取ってもらい、御使い様に許しを乞うんだってサ」

上役は責任を取るためにいる。だから、アレンドラが追及されること自体はおかしくはない。こういうご時世であれば、命で贖うなんてのもありがちな話だ。

しかし、アレンドラを使い潰すでもなく、ただ殺すのか? 俺への対処をしない?

ああ……職務は放棄する癖に、下手に河への信心が残っている所為で、俺を大きく見積もったのか。それは裏目だ。

「いや、確かにこの状況は彼女が招いたものだが……命までは求めてないって話はしたのか?」

「そんな釈明はさせてもらえなかったんじゃないかなァ? ボクは話し合いに参加させてもらえなかったからね、解らないよ」

相手の表情が全く変わらない。声は抑揚が無く平淡だ。

これは──感情が振り切れてしまっている。あまりに静かな在り方に気圧され、こめかみを汗が伝った。

それでも、怯んでいる場合ではない。

「にしてもだ。河守は彼女のお陰で、それなりに良い思いをしたんじゃないのか? その点は評価されても然るべきだろうに」

「アイツはアイツなりに全力を尽くしたけど、やっかんでる奴もいた、ってことなんだろうねェ。自分よりも上の立場にいる小娘を蹴落とすなら、今が好機でしょ?」

「自分達で上に据えたんじゃないのか? 大体アレンドラだって、何でもかんでも素直に従う必要は無いだろう。抵抗するのは簡単だ」

一族に何かしらの恩義はあるのかもしれない。とはいえ、無抵抗で命を捧げるだけのことか?

俺の疑問に、ジャークは首を横に振る。

「アイツにとっては一族が全てなんだよ。幼い頃から、いずれ当主として一族を統べるため、ずっと教育されて生きてきたんだ。それ以外の生き方なんて知らないんじゃないかなァ。……それに、過ちを正さずにいられる性格でもない。自分の命で贖えるなら、と思ってしまったんだろうねェ」

理屈としては理解出来る。

理解出来るが……あまりに不快だった。アレンドラは相変わらず妄信的で視野が狭く、一族はそれに甘え自身を省みることをしない。関係性が歪過ぎる。愛されない、愛されたい子と愛さない親のような──傍から見れば、まるで拘る必要の無い繋がりを、後生大事にするような。

正直、馬鹿げているし気持ちが悪い。

「……なるほどな。まあどういう決定をしても、河守の問題だし俺が口を出すことじゃないんだが……アレンドラを殺しても無意味だぞ」

「と言うと? 処刑も排除にはなるでしょ?」

「ちょっと前に解ったんだが、託宣が出たのは、推船の作業でアレンドラが河底の術式を削った所為だ。排除はあくまで祭壇の崩壊を先送りにするためのもので、修繕出来る見込みは無い。現状では河守どころか街の存亡すら疑わしいぞ」

だからアレンドラを殺したって、何の解決にもならないと俺は告げる。

ジャークは暫し目を閉じると、手で口元を押さえた。やがて石畳に倒れ込み、堪え切れずに手足をばたつかせて笑い転げる。

「アハッ、アッハハハッ! そっか、そうだったんだ! ハァ、いや、良いことを聞いた!」

「どうする? 彼女の想いはさておき、アレンドラが責められること自体は真っ当だ。贖罪が必要だってのもそうだろう。ただ、殺したところで河守にとって意味のある行いではない」

「ボクのやることは変わらないよ。これで安心して動けるってだけさ」

笑い過ぎで滲んだ涙を拭いながら、ジャークは身を起こす。

安心するだけの要素は何も無い……いや、あるな。ジャークが一族を相手にして、道半ばで倒れてしまったとしても、連中の終わりは決まっている。敵の全滅を狙う必要が無くなる分、作業が少し楽になるのか。

後は、アレンドラを翻意させられるかどうかだけになるな。

ジャークは改めてやる気を漲らせたようだし、邪魔になりそうな勢力を削ってくれるなら、俺にとっても意味はある。だったら少しくらい、可能性を上げてやるか。

「行くなら少し待て。手甲を作るから両手を見せろ」

手技で多数を相手にするなら、拳の保護は必須になる。

懐から魔核を取り出し、返事を聞かずに加工を始める。魔力は祭壇に溢れているため、消費を気にせず、どんどん作業を進めていく。

差し出されたジャークの手をよくよく『観察』し、握り込んだ時にずれたりしないよう形を整えた。

「アハッ、止めないんだねェ?」

「男が女の為に命を懸けるんだ、言うだけ無粋じゃないか」

指の起伏に沿って、薄い鋼板のように伸ばした魔核を張り付けていく。そうして拳を覆うような形状を作り、徐々に厚みを持たせていく。手をある程度自由に開閉出来るくらいで止め、手首から革帯を巻き付けることで補強した。これで少しは衝撃を受け止めてくれるだろう。

ジャークは空中に向かって突きを何度か放ち、具合を確かめる。悪くはないようで、一つ頷いた。

「……君、意外と人間臭いよねェ。御使い様はもっと冷淡な存在だと思ってたよ」

「まあ、俺も立場はあるけども……祭壇が絡んでなけりゃ、素直にアレンドラを応援したよ。一族の利益を考えられる人間なんだから、当主の資質はある。他者を慮り、導くことが出来る人間は尊いんだ」

俺は、そういう役目からは降りてしまった。他人の人生など背負えないし、責任なんて持てない。人の上に立てるような人間ではないから、より相応しい人間に全てを任せてしまった。

だから、アレンドラが過ちを犯したとしても、それを憎もうという気にはなれない。

「……そっか。そう評価してくれる人間がいるんなら、アイツも少しは報われる」

呟き、ジャークは立ち上がる。俺もそれに倣い、最後に手甲へと仕掛けを施した。

「そいつは魔力を込めれば外れるようにしてある。手が不自由だと感じたら破棄してくれ。……思う存分やって来い」

「面倒事に巻き込んで悪かったねェ。……ありがとう、君のような人が御使いで、本当に良かった」

ジャークは俺に頭を下げると、不意に景色へと溶け込んでいった。

最後にして唯一の河守が去って行く。

一族を皆殺しにするとして、ジャークが本気でかかれば半数は殺れるだろうか。魔力量は少ないようだったし、異能が維持出来なくなってからは運次第になりそうだ。それとも、アレンドラの元へ一気に侵入して、まずは説得を試みるだろうか? いずれにせよ障害は多い。

今後のことを考えていると、ふと、一つの思い付きが生じる。

河守は終わる。これは確定事項だ。

──ならば、この街の住人が全滅するのを防げる、か?

急速に思考が回転し、浮かんだ筋道が実行可能かを計算し始める。必要なものは覚悟だけで、やるべきことは単純だ。

……いけるんじゃないか? 可能性はあるよな?

巧くいけば、懸念することが一つ減る。事を成すための条件は、ジャークやアレンドラも含めたすべての河守が、この街からいなくなることだ。

となればジャークと足並みを揃え、一緒に打って出るべきだった。

気付くのが少し遅かった。それでもまだ間に合う筈だ。

武器を掴んで走り出す。

別に河守に恨みは無いが、罪の責任を問うのであれば、それは一族全員に取ってもらおう。