ああ、俺が場を汚染しているように見えるのか。まあ、確かに中心にいるのは俺だし、知らなければそう思ってしまうな。

「穢した訳じゃない。俺が来た時点で、ここはこうだったよ。むしろ俺はアンタの尻拭いをしているだけだ」

理解してもらえるよう、先程までの行為を再現する。穢れを引き寄せて己の身に取り込んだ瞬間、内臓に鋭い痛みが走り、意識が一瞬遠くなった。そろそろ陽術で打ち消すなりしないと、許容量を超えてしまう。

苦痛を堪えていると、アレンドラは顔を歪めて魔力を練り始めた。

「……貴様、本当に人間か……?」

「ジャークから説明を受けてないのか? 俺は、お前等が御使いと呼ぶ存在だよ。河守が使命を果たさないから、已む無くこうやって穢れを処理している」

「馬鹿な。こんなもの、人間に耐えられる訳がない!」

「いや、そういう状況に自分がしたんだと理解してくれ。こっちだってやりたくてやってる訳じゃねえよ」

強くなっていく痛みに、口調が荒くなる。

こちらには余裕が無いというのに、状況の所為でアレンドラが暴発しそうだ。一瞬にして練り上げられた魔力が巨大な水塊となり、俺を狙っている。

「落ち着け、魔力を解放しろ」

「近寄るな。これで貴様を殺せるとは思えんが……それでも無傷とはいくまい」

確かに、俺を殺せるかは五分五分といった感じではある。ただ、今問題にしているのは、そんな話ではない。

「お前は祭壇を吹き飛ばすつもりか? 流石にそこまで面倒は見切れんぞ?」

「止めときなよ、アレンドラ。それは流石に駄目だ」

ジャークがアレンドラの肩を掴み、強く揺さぶる。アレンドラは迷いを見せていたが、やがてその言葉に従うように水が床に落ち、魔力が静まった。

あくまで反射的なものであって、本腰を入れて術式を組んだ訳ではないようだ。それでこの圧力ということは、やはり真っ向勝負が出来る相手ではない。

冷や汗が背中を伝う。祭壇を盾にした形とはいえ、ジャークも制止してくれて助かった。

しかし……視野が狭いというか、どうにもそそっかしい女だな。この性格では、責任者を任せるのは不安がある。

「アレンドラ。受託者、或いは御使いとして言わせてもらうが……上位存在はお前を不適格だと判定した。古の契約に基づくなら、河守にも間も無く影響が出るだろう。一族の内部に、異能が弱体化している人間がいるんじゃないか?」

心当たりはあるらしく、アレンドラは露骨に狼狽えた。唇を噛み締めて、こちらを睨み付ける。

「……いや、そんな人間はいない。契約は果たされている!」

「ボクはちょっと調子悪い感じがするよ? 別に隠すようなことじゃないでしょ」

「人間誰しも好不調はある。ジャークの言う不調が祭壇に起因するかなんて、解らないじゃないか……」

こんなあからさまな状況でも、外部の人間に弱みは見せられないか。長としては当たり前の返答でも、経験不足が露骨に表れていて、却って気の毒に見えた。

俺としても、別に彼女を苛めたい訳ではない。

「認めようと認めまいと、祭壇からの指示はお前を排除すべしというものだった。ただ、俺自身は別に、お前を殺す必要は無いと思っている。河守を辞してこの地を離れるのなら、一族から力が失われずに済むかもしれない」

「本当にそうなる保証があるとでも?」

俺の発言は推察であって、確たる証拠がある訳ではない。そこを突かれると少し困る。

「保証と言えるだけのものは、正直無い。ただ、託宣は排除であって殺害という形にはなっていなかった。託宣を守り、一族が生業を元に戻せば、上位存在に許しを請う機会くらいは作れるんじゃないか?」

提案を聞き、アレンドラは悩んでいる様子だったが、悩んでいる時点で結論は出たようなものだろう。彼女は一族に不利益となる行為をしないし、ジャークも彼女が降りることを望んでいる。

話が通じる相手で本当に良かった。後は覚悟を決めてくれれば、全てが穏便に終わる。

「周りも絡む話だし、今すぐに答えを出せとは言わない。行く当てが無いなら、仕官先を紹介することだって出来る。俺はここで暫く祭壇の浄化をしているから、数日中に回答をしてくれれば良い」

泣きそうな表情を隠しもせず、アレンドラはただ立ち尽くしていた。

それでも、最悪の結果になった訳ではない。まだ希望は残されている方だ。

俺は祭壇の前に腰を下ろし、体内の穢れを少しずつ打ち消す作業に取り掛かる。話が終わったと見て、ジャークはアレンドラの肩を抱き、彼方へと消えて行った。

それを見届け、一度息を止める。

「ぐ、かっはッ」

どうにか奴等が消えるまでは耐えたが、もう我慢の限界だ。

喉奥から、どす黒い血が大量に溢れ出す。

『健康』で誤魔化せる限界を超えてしまった。意識が明滅し、体表を覆っていた影が消えていく。

どうすれば浄化が進められるのか、ぼんやりと考えながら血の上に倒れ込んだ。